SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 GGO編でサラッと流してしまった、キリトの傷跡がリズ達にバレるエピソード

 妄想してた骨組みに色々と肉付けしてたら、いつの間にか出来上がったものですが……折角ならばと思い、投稿しました。


閑話 傷跡と絆

 クロト サイド

 

 十二月二十日の午後八時過ぎ。世間が年末休みを目前に控えるこの時期の週末に、いつものメンツ(大人組除く)にシノンを加えたオレ達はイグドラシル・シティにあるキリトとアスナの部屋に集まっていた。

 

 「―――キャラ作って一週間……シノンも大分ALOに慣れてきたな」

 

 「そうね。本拠はGGOのつもりだけど……あっちはBoBのほとぼりが冷めてないし、、こっちの雰囲気も結構気に入ってるわ」

 

 「そう言ってもらえると、このゲームを勧めた甲斐があったよ」

 

 線の細い影妖精(スプリガン)の少年が微笑むと、表情を変えない猫妖精(ケットシー)の少女のシャープな猫耳が嬉しそうに揺れ動く。猫妖精(ケットシー)の耳や尻尾って表情よりもずっとダイレクトに感情表現が反映されてしまうので、GGOの頃よりもシノンの感情の機微が分かりやすい。

 

 (もう暫く黙っとくか。その方が面白そうだし)

 

 ちょっとした悪戯心から、シノンに耳や尻尾について教えないでおこうなんて思っていると、不意に頭を撫でられる。

 

 「もう、またクロトってば良くない事考えてるでしょ」

 

 「ちょ、サクラ……ここで頭……耳さわんのやめてくれって……尻尾なら、好きにしてくれて……ん、いいからさ……」

 

 「いいじゃない、減るものじゃないんだし」

 

 「ハイそこイチャつくなー」

 

 オレ達のいるソファの奥のスツールから抑揚の無いリズの声が飛んでくる。それがきっかけで部屋中から生暖かい視線を注がれ、どうしようもなく背中がむず痒くなる。

 

 「耳って、そんな敏感になるの……?」

 

 素朴な疑問をこぼしたシノンに答えたのは、トコトコと彼女の傍にやってきたシリカだった。

 

 「あたしは耳も尻尾もギュって強く触られるとすごくヘンな感じがして、それが普通なんですけど……クロトさんはちょっと変わっていて、尻尾は平気な代わりに耳がとっても弱いんです」

 

 「……さっきの狩りで、尻尾でポーチからポーション取り出してたわね。私にもできるかしら……?」

 

 視界の端で二人の猫妖精(ケットシー)の少女がそろって自前の尻尾を見つめる。そんな彼女達に朗らかな声色で影妖精(スプリガン)の少女が爆弾とも言える発言をしやがった。

 

 「んー、あいつはキリトに悪戯で掴まれまくってたから、同じようにやってもらったらできるんじゃない?」

 

 「うぇ!?さ、触られるの……キリトに……?」

 

 「ななな何言ってるんですかフィリアさん!?そんな、事……で、でもキリトさんが望むなら……」

 

 「落ち着いて!シリカちゃんその先言っちゃダメ!キリト君はあっち向いてて!!」

 

 猫妖精(ケットシー)二名の顔が一瞬で真っ赤に染まる。なんだか変な方向に向かいかけていた空気を、アスナが委員長が如き様子で軌道修正を図る。次いで咎めるように彼女はフィリアを睨むが、当の本人はちろりと舌を覗かせて肩を竦めるだけだった……反省してねぇなコイツ。

 一方とばっちり食らったキリトは言われた通りシノン達に背を向けて皆が落ち着くのを待つ。完全に尻に敷かれているのは、まぁいつもの事か。

 

 「まぁまぁ、フィリアさんも悪気があった訳じゃないんですから。お茶のお代わり淹れましたよ」

 

 「もう……そうね。ありがとうハル君、リーファちゃんも」

 

 「いえいえ。あ、お兄ちゃん。バンダナ結構ほつれとか目立ってきてるけど、耐久値大丈夫なの?」

 

 キリトの弟妹が気を利かせて皆に飲み物を配っていく最中、リーファが兄にそんな言葉を投げかける。ALOの運営が新体制となり正式にSAOのデータが引き継げるようになってから、キリトやオレを含めたSAO帰還者のアバターは現実世界に準じた姿になった。その結果相棒の額には、例の傷跡も再現されているのだ。逆にオレの方は全体的な雰囲気が野良猫っぽいままだった……解せぬ。

 

 「あー……耐久値は半分くらいだな。予備はあるけど……アスナ、修繕頼むよ」

 

 「はーい、任せて」

 

 ウィンドウを操作し、身に着けていたバンダナを外してアスナに手渡すキリト。その様子を見ていたシノンが、抱いたばかりの疑問をそのまま零すように聞いてきた。

 

 「そういえば、何でキリトはそんなもの付けてるの?このメンツに傷跡隠す必要ないでしょ」

 

 「確かにそうだが……外で他のプレイヤーに見られたくないんだよ。特にALOは空中戦があるから、前髪が捲れるのはしょっちゅうだし」

 

 「ふーん……じゃ、リアルの方は?何かで隠したりしてるの?」

 

 「そもそも学校じゃバンダナとか着けられないからなぁ……前髪を伸ばしとくくらいかな。日常生活は基本それで充分隠せるよ」

 

 「あ、でもデートとか、外出する時は帽子被ってたよね。夏でも真っ黒なヤツだったから、とっても暑そうにしてたっけ」

 

 「あぁ……ソンナコトモアリマシタネ」

 

 クスクスと笑い声を漏らすアスナの後ろで、ハルはどこか遠い目で兄を見つめる。

 

 「お兄ちゃん……帽子なら他の色もあるじゃん……」

 

 「いや、あの時寝坊しかけてたから、とりあえず目についたの被ってったんだよ」

 

 「それ夏休み中に不規則な生活してだらけてたからでしょ。ハルが起こすまでグータラしてたお兄ちゃんが悪い!」

 

 妹に言い負かされるキリトが何だか妙に面白くて、誰かが笑ったのをきっかけに皆も笑い出す。

 

 「ひどいなぁもう」

 

 「大丈夫ですパパ!私はいつだってパパの味方です!」

 

 唇を尖らせて拗ねたアピールをする彼の頭に、小さな妖精が舞い降りる。愛娘に屈託ない声で励まされれば、父親たらんとするキリトの機嫌もたちまち直る。

 

 「でも兄さんの傷跡が、皆にバレた時はヒヤッとしましたよ……」

 

 「どんな感じだったのよ?」

 

 「ちょっとした事件になったわ。詳しく話すとね―――」

 

 あんまり気持ちがいい話でもないけど、と前置きしてから、懐かしむようにリズは当時の事をシノンに語り始めた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 里香 サイド

 

 このSAO帰還者学校に入学してから一週間ほど経った昼休み。チャイムが鳴るや否や空腹を満たすべくカフェや購買に向かっていくクラスメイトを横目に、あたしは隣のクラスへと足を運ぶ。

 

 「邪魔するわよー」

 

 一応告げるものの、答える者はいない。元々誰かの返事を期待している訳ではなく習慣として半ば自動的に言っているだけなので、気にせず目当ての友人の姿を求めて教室を見渡す。

 

 「―――ア、アスナさん!お昼ご一緒しませんか!?」

 

 「いやいや、おれと一緒に食べましょうよ!さっき出た課題も得意分野なんで、お力に―――」

 

 「何をぉ!それならおれの方が―――」

 

 (今日も今日とて、閃光様は大人気よねー……男女比の偏りが大きいのもあるけど)

 

 ハルみたいな急成長を除けば、ほぼ全ての生徒がSAO内と同じ顔の為、彼の城で超有名人だったアスナは入学初日に速攻で身バレしていた。SAOに於いてあたしくらいの年齢の少年少女の殆どは、キリトみたいな例外を除けば中層ゾーンや生産職で生計を立てていたらしく、高嶺の花だったアスナが同じ学校にいると知った思春期の男共が我先にと彼女とお近づきになろうとするのは当然の帰結だった。

 

 「しーずーかーにー!アスナが困っているわよ!先約あるっていい加減に分かりなさいよ!!」

 

 フィリアの一声で男共が鎮まる。その隙を見逃さなかったあたしは、足早にアスナの傍に向かう。

 

 「二人共、迎えに来たわよー」

 

 「リズ!皆ごめんなさい。せっかく誘ってくれたけど、一緒にいたい人が他にいるの」

 

 アスナに断られ、撃沈していく男子諸君をかき分け、あたしは彼女を立たせるべく手を伸ばす。キリトと並んで歩きたい一心で、この子は相当ハードなリハビリをしていたけど。松葉杖が取れるのはもう少し先になりそうだと、悔しそうにしていたのは記憶に新しい。

 

 「ほら、立てる?」

 

 「うん、いつもありがとうリズ、フィリアも」

 

 最近になって血色がよくなってきたアスナが手を取ろうとした時―――

 

 「アスナさん居ますか!!」

 

 スパーン!とあたしが入ってきたのとは反対側の閉じていた引き戸が勢いよく開けられ、誰もがそちらへ目を向けた。

 

 「キリ、ハル!?いきなり―――」

 

 「―――兄さんが!すぐ来て……一刻を争うので失礼します!連れていきますね!!」

 

 「え?え?キリト君に何が―――きゃっ!」

 

 兄そっくりに成長しつつあるハルの鬼気迫る様子に呆気に取られていると、有無を言わさずアスナを抱え―――ちょ、お姫様抱っこぉ!?後でキリトにぶん殴られてもおかしくないわよ!?

 

 「はぁ!?お前誰だよ!アスナさんに何て事を!!」

 

 「うるさい!邪魔だ!!どけ!!!」

 

 ガチギレ真っ只中のハルの憤怒に気圧され、突っかかってきた男子も口を噤む。詳しくは分からないけど、キリトの身に何か悪い事が起こったとあたし達は悟った。

 

 「文句でも何でも後でいくらでも聞きます!今は大人しくしてください!」

 

 「う、うん……」

 

 並々ならぬ様子のハルがアスナを抱えて教室から出ていく。あたしとフィリアは残された松葉杖を引っ掴んで全力で後を追いかける。……これが原因で翌日筋肉痛になったわ。

 とても人を抱えているとは思えない速さで駆けていくハルの背中を見失わないように追いかけるのは、リハビリを終えたばかりの体でも大変だった。それでも何とか走り続けられたのは、(ひとえ)にキリトの一大事ゆえ。息を切らせてたどり着いたのは、キリトが所属する教室の手前の廊下にできた人だかり。

 

 「―――!……!」

 

 人垣の外側にいたシリカが振り返り、何か叫びながら飛び跳ねる。でもその声は人混みの騒がしさにかき消され、あたし達の耳朶にまでは届かない。それにあの子の小柄な体躯じゃあ、アレを突っ切っていくのは酷そうね……あぁ息するのしんどい……

 

 「―――黙れクソ共がああぁぁぁ!!」

 

 (……え……?今の、は……?)

 

 人混みの向こうからの叫びが、見えない鈍器となって殴りつけてきた。

 早鐘を打つ心臓を見えない手で掴まれたような感覚に、一瞬息が詰まる。休まず動いていた筈の脚もシリカの傍まで行く頃には竦みあがっていう事を聞いてくれなくなっていた。

 あの人垣の奥から無差別に飛んでくるこれは、怒気と……冷たいナニカ。それを宿した声の主が、彼だなんて……こんなの、信じたくない。

 

 「ど、けぇええ!」

 

 先程の叫びに竦まなかったのはハルだけで、彼はピタリと静まって烏合の衆と化した人垣を押しのけて突き進む。その背中越しに見えたのは、壁を背にして冷たい眼光で周囲を威圧するクロト、彼の背後でしゃがみ込むサクラ。そして……蹲り、震えるキリトの姿だった。

 

 (怯えてるの……?キリトが、何に……?)

 

 サクラが彼の手を握り、背をさすって呼びかけているけど、一体何が原因でキリトがああなっているのかが分からない。普段とかけ離れたクロトによってできた静寂が、自分の呼吸を嫌に認識させる。でも他の雑音が無いからこそ、キリト達までたどり着いたハルとアスナの声がはっきりと聞こえてきた

 

 「にい、さん……!」

 

 「キリト君……!?何が、あったの……?」

 

 周囲への威圧はそのままに、キリトの前からクロトが退く。彼の目の前でアスナを下ろしたハルはそこで力尽き、すぐ傍の壁にもたれて崩れ落ちる。栗色の髪を靡かせてキリトの前に跪いたアスナは真っ先に彼へと手を伸ばし、その頬に触れる。

 

 「あ、アスナさん……?」

 

 「本物の、閃光だ……」

 

 彼女の登場に、沈黙していた烏合の衆がざわめきだす。このままじゃ事態が悪化する気がして、でもいう事を聞いてくれない四肢は凍り付いたようにあの中へ踏み込むのを拒んだ。

 

 「触ってはいけませんアスナさん!」

 

 「そうです!そんな醜い傷跡(・・・・)のヤツなんて―――」

 

 「―――黙れぇえええ!!!」

 

 かつてアインクラッドで聞いたハルの怒声を上回る声量が廊下に轟く。傍にいるシリカはもう涙目になっていて、あたしとフィリアは歯の根が合わない程に体が震えて……情けないけど傍観者の立場から動けなかった。

 

 「ゴミ共が。何も知らねぇで好き勝手言いやがって……テメェら全員、そのツラ忘れねぇぞ」

 

 「ひぃ……!」

 

 人垣の最前列にいた何人かが腰を抜かし、そうでない者達は後ずさる。誰もが攻撃的なクロトに怯え、言葉にならない声を漏らすしかできない。

 

 「もうやめて、クロト君」

 

 凛とした声が、鼓膜を震わせた。決して大きくなかった筈のその声が聞えた時、クロトからの威圧が幾らか弱まった。

 

 「そこの貴方」

 

 「は、はい!」

 

 「彼に触るなと言いましたね。何故です?」

 

 久しぶりに聞く、副団長モードの硬い声音。振り返ったアスナの眼差しは、攻略の鬼と呼ばれた頃の絶対零度のそれで……射貫かれた男子は、口をパクパクさせながらも何とか答えた。

 

 「そ、それは……そいつが、アスナさんに相応しくない、から……!」

 

 「その根拠は?貴方は、何をもってそう判断したのですか?」

 

 「こ、根拠……?そんなの……そんなの決まってます!その男の額が、その傷跡が汚らわしいんですよ!」

 

 「その通りです!あんな醜いモノを持った奴がアスナさんの傍にいるなんて、許されません!」

 

 (傷跡……?それに汚らわしい……?醜い……?)

 

 次々とキリトを罵っていく彼らの言葉の意味が、理解できない。額の傷跡って、一体何の事なの……?

 

 「―――そうですか……もう充分です」

 

 冷たく静かなアスナの呟き。そこに込められた形容し難い圧力に、キリトへの暴言が止まる。集まる視線を歯牙にもかけない様子でキリトに向き直ったアスナは、慈しむ手つきで彼の顔を上げさせる。怯え、焦点の合わない虚ろな瞳をしたキリトにゆっくりと顔を近づけた彼女が、その前髪をそっとかき上げて―――

 

 「んっ……」

 

 露わになったキリトの額に、アスナは堂々と口づけを落としてみせた。それだけであたしを含めた全員が度肝を抜かれる程に衝撃を受けたのに、あの娘はさらに彼を抱きしめた。

 

 「ぁ……す、な……?」

 

 「うん、そうだよ。大丈夫、ずっと君の傍にいるから……もう大丈夫」

 

 キリトの強張っていた全身が弛緩する。アスナの胸元に抱き込まれて顔は見えないけど、彼が安心しきっているのは一目瞭然で。人目を憚らずにやってのけた彼女の想いの強さに皆息を吞んだ。

 

 「私が君を守るからね……大丈夫、もう独りぼっちじゃないよ」

 

 キリトを宥めるその声は、どこまでも優しく、温かい。自分に向けられている訳じゃないって分かっていても、ドキリとしてしまうほど魅力的なもので……思わず聞き入ってしまった。見れば集まっていた男子共は一様に顔を赤くし、惚けていた。

 だけどもそれは、アスナが振り返るまでの事。

 

 「貴方達は、私の大切な人を……愛する人を傷つけました。私は貴方達を許しません。今後一切、私と彼に関わらないで」

 

 キリトに向けたのとは真逆の、底冷えする声での宣告。先程まで見惚れていた男子達にとってアスナの一方的な拒絶は、その表情を一斉に青ざめるのに充分な威力を誇った。

 

 「―――おいそこ、廊下を塞ぐな!一体何の騒ぎだ?」

 

 後ろから飛んできた声に振り向くと、この人だかりを見咎めた教職員の男性が足早にやってくるところだった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 リズベット サイド

 

 「―――で、その後は保健室にキリトを運んで、あたしらはアスナから傷跡の詳細を聞いたのよ」

 

 「あの時……眠った兄さんの額、皆さん確認してましたね」

 

 「気が付いたら全員知ってたって……必死になって隠してた側からしたら心臓止まりそうだったんだぞ」

 

 言葉とは裏腹に、キリトの表情は明るい。拒絶され続けたからこそ、先に自分から拒絶して傷つかないようにする……SAOにいた頃の彼が、最低限の人付き合いしかしなかった元々の原因が知れた事は、不謹慎だけど嬉しかった。一度は胸の内に押し込め、燻っていた彼への恋慕がまた湧き上がる程に。

 

 (けど、アスナはそれを知った上で、結婚してたって事なのよね……)

 

 初めてキリトがシノンに傷跡を見せた時のリアクションと同じように、あたし達もキリトの傷跡に嫌悪や侮蔑といった負の感情を抱くことは無いって言えるけど……アレは客観的にみると結構エグいというかグロい。当時アスナの隣を独占していた彼への嫉妬に満ちていた男共が恰好の的として罵倒してきたのは、ある意味では避けようのない事だったかも。

 

 「ねえ、そもそも何でキリトの傷跡は他のやつにバレたの?」

 

 「えーっと……確かあの日って、珍しく風が強かったよね」

 

 「そうだな。んで結構暖かい日も続いてて、廊下の窓は基本開けっ放しだったな。そんな時、アスナに付きまとうなーって勝手な言い掛かりでキリトに突っかかってきた男共がいたんだよ。気づいたオレが介入するより先に、強い風が吹いて、な」

 

 それでバレたのか、とサクラとクロトの説明に一人納得したシノン。でもそれだけで満足しなかったみたいで、彼女の瞳はこちらを向いたまま離れてくれない。

 

 「でも、それで終わり……とはならなかったんでしょ?」

 

 続きを促すシノンの表情はクールを装っているけど、彼女の尻尾は興味津々とばかりにピクピクと揺れていた。ここまで話したなら、特に渋る理由も無いわね。

 

 「まず、止めに入った先生にサクラが事情説明したのよ。それでまぁ、キリトを悪く言ったヤツは全員、クロトとアスナがその場で摘発したわ」

 

 「あの時のクロトさん、怖かったです……先生にすら噛みつきそうでしたし……」

 

 「それが原因でクロト、しばらくは臨時のカウンセリング受けるハメになったのよね……そりゃ仲間の為ならってタガが外れるのは知ってたけど、マジの殺気は危ないって」

 

 あたしに続くようにシリカとフィリアが言葉を重ねると、シノンはジーっと同種族の少年を見る。

 

 「仲間の為って……キリトの事で暴走して、シリカ泣かせてるじゃない。加減できなかったの?」

 

 「……無理だったから、ああなったんだろうが」

 

 「ふーん、まぁいいわ。コイツの他は?アスナだってあんな事言ったんだし、腫物扱いされたりしなかったの?」

 

 少々脱線しかけたところを踏みとどまって、一番の渦中にいたアスナとキリトのその後に話を戻す。切り替えるべく咳払いを一つして、当時を思い返す。

 

 「アスナの方……より先に学校の方ね。元々あの学校ってSAO帰還者の監視っていう側面もあって、開校早々に問題が起きたってなったら生徒達の社会復帰が危うくなるから、大事(おおごと)にはしなかったわ。精々が互いにSAOの頃のトラウマを刺激しないようにって厳重注意が全生徒にされたくらい」

 

 「後はクロトみたいに、あの騒ぎにいた生徒が追加のカウンセリング受けたの」

 

 「そう……学校なんて所詮そんな対応よね」

 

 諦観すら感じさせる冷めた返事だけど、シノンの境遇を考えればそう思うのも当然でしょうね。

 

 「で、アスナの方に戻るけど……今も続いてんのよね。普段はぽわぽわした雰囲気する時もあって、ガード緩いなぁって心配してんのに、あの時の奴が話しかけてきた瞬間に表情消えるの。そんでもって容赦無く話しかけないでって一刀両断」

 

 「……自業自得ね、その男共は」

 

 「まぁね、普段のアスナは人当たりいいから、あの騒ぎから数日たった頃には腫物扱いは無くなったわ。後は、そうだなぁ……クラスの男子の間で、私やアスナの前でキリトの話はタブーになったかな」

 

 あの騒ぎに関わっていなかった男子生徒の、アスナに嫌われたくないって下心が透けて見える姿には辟易したわ。根性なしどもめ。あ、いや……あたしだってキリトが悪く言われなくなったのはいい事だって思うのよ?だけど、何というか……アスナがキリトに会いに行く時、不満や嫉妬の浮かんだ表情をしながらも露骨に彼の話題を避ける連中の姿を見ると、意気地なしとか思っちゃうのよ。

 

 「アスナ、さん?その……本当に全員の顔を覚えておいでで……?」

 

 「当然。もちろん名前もよ。今後も許す気は無いわ」

 

 恐る恐る聞いてきたキリトに即答するアスナの男前っぷりに、彼の頬が若干引きつるのが見えた。もう半年以上前の出来事なのに、今でも全員の顔と名前覚えてるって……ちょっと怖いわよアスナ!

 

 「周りの事はもういーだろ。オレから見て一番尾を引いていたのは、リズ達とキリトの距離感だったよ」

 

 「大変だったねー」

 

 クロトとサクラの言葉に、申し訳なさそうにキリトが顔を伏せる。こっちが傷跡の事を気にしないようにって意識して、かえってぎこちない態度で接してしまい……それをキリトがあたし達が無理をしているって誤解して距離をとるようになったのよね。ALOでもそれが続き、クラインとエギルにもバレて……あの二人にも気を使わせちゃったっけ。

 

 「あの頃のお兄ちゃん、正直見てられなかったですよ」

 

 「一度自己嫌悪したら、底なし沼みたいにズブズブと自虐してくもんね……だからこそ、悪化する前に兄さんの背中を押す……いや、アスナさんとクロトさんに協力してもらって逃げ道塞いだっけ」

 

 「逃げ道を塞ぐ?どうやって?」

 

 ハルの呟きに首を傾げるシノン。当時の事を思い出しあたしとシリカは赤面し、フィリアも居心地が悪そうに身じろぎするのが見えていないのか、ハルはそのまま話す。

 

 「周三くらいのペースで、兄さんとアスナさんは一緒にお昼を過ごしているんですけど……そこを三人にすり替わってもらったんです。場所も屋上に指定して。それでクロトさんには兄さんが少し遅れて屋上に行くように誘導してもらって、送り届けたあとは唯一の通り道になる階段に陣取って監視してもらいました」

 

 「ハル……あの時は最初マジで空気が重かったんだぞ……どう接すればいいのか分からなくなった三人と、面と向かって話す機会を不意打ちで用意されるとか、精神的なHPが一気にレッドゾーン入りしたよ」

 

 苦しいやら恥ずかしいやら、赤面したり表情を歪めたりと百面相するキリトはそのまま顔を両手で覆い、シノンの目が必然的にあたし達に向けられた。これは、この先も話さなきゃダメ……?

 

 「うー、恥ずかしいからパスしていい?」

 

 「ここまで来てそれは生殺しじゃない」

 

 「デスヨネー」

 

 おっしゃる通りで……逆の立場だったらあたしも同じセリフ言ってる自信あるわ。気づけばリーファやサクラ、アスナまで興味津々な顔してるし……仕方ない、ここは一番槍だったシリカを差し出して、あたし達は軽く流してしまおう。

 

 「ンッンン……キリトさんはいい人だから、怖がったりしません」

 

 「リズさぁん!?それあたしですか!?あたしの事ですよね!?」

 

 「モチ。最初に突撃したのは本当なんだし」

 

 「あうぅぅ……」

 

 首から上が茹蛸よろしく超真っ赤に染まったシリカ。よし、あとはこの子の事を赤裸々に言って、あたしの事はオマケでさらっと言えば軽傷で済むわ。

 

 「ちょっと目を離したら、その瞬間に逃げ出しそうなキリトの手を握って、真正面から!堂々と!宣言したのよ。いやー、やる時はとんでもなく大胆になるのよねーこの子」

 

 「~~!!」

 

 言葉が出なくなって身悶えしながらも、体を丸めて蹲るのは何ともいじらしい。中層ゾーンでアイドルプレイヤーとして持ち上げられてたのも納得だわ。

 

 「そうねぇ……ぶっちゃけ私もリズも、シリカに便乗する形で誤解を解いたの。確かにそれぞれ言葉を重ねたけど、一番最初にキリトが作ってた壁を破ったのはシリカだったわ」

 

 「ね、熱烈ね……この男、相当な天然ジゴロじゃない……」

 

 あたしの意図を察したフィリアが追撃すると、耳を傾けていたシノンが目に見えて頬を染める……やっぱりこの娘もキリトに惚れてるわね。自覚あるかどうかは別として。

 

 「すごいじゃないシリカ。色々と面倒くさい思考してるお兄ちゃんには、一番効くやつだよそれ」

 

 「姉さんの言う通りだね。うん、SAOでもそうだったけど、兄さんは裏の無い純粋な想いにとっても弱いから。あの騒ぎの時だって、真っ先に僕にSOSだって連絡くれたし。シリカはもっと誇っていいよ」

 

 「弟妹揃って兄ちゃんを分析するのはやめてくれ……」

 

 キリトの弱弱しい抗議に、誰かが小さく笑い声を漏らす。それは瞬く間に部屋中に伝播し、皆が朗らかな笑みに包まれた。

 

 (よーし、どうにかなりそう……あとは締めの言葉で終わらせれば……!)

 

 恥ずかしいあの出来事を言わなくて済む。

 

 「それで、リズとフィリアは何て言ったの?私はそっちも詳しく聞きたいなぁ」

 

 なーんて、甘い考えを抱いていた時期がありました。とってもいい笑顔で見つめてくるアスナに誤魔化しは通用しなくて。

 結局は根掘り葉掘り聞かれ、シリカと同じ末路を辿るのでした……




 久々のオリジナル回、楽しんでいただけたなら幸いです。
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