百十話 冒険の準備
クロト サイド
二千二十五年、十二月二十八日。日曜日の午前十時を過ぎ、朝とは言い難い時間帯に、エギルを除いたいつものメンツがALO内のリズの店に集まっていた。つってもシステム上の所有者こそリズだが、殆どハルと共同で経営してっけどな。陳列してある武具もカテゴリーで分けてあるものの、同一カテゴリー内では二人が作った奴がごっちゃになっているし。
「―――クラインさんはもう、お仕事はお休みなんですか?」
「おう、昨日っからな。この時期は働きたくても荷が入ってこねーからよ。年末年始に一週間も休みがあるなんざウチは超ホワイト企業だぜ!って社長のヤロー自慢しやがって」
言葉とは裏腹に朗らかな笑みを浮かべるクラインに、シリカは膝の上で丸まっている愛竜を撫でながらクスクスと声を漏らす。口でこそ文句を言う彼だが、今勤めている会社はSAOに囚われたクラインを解雇せずに面倒を見続け、解放された後は彼が社会復帰するまで手厚くサポートしてくれた。クライン自身も本心では会社に多大な恩義を感じており、それに報いるべくオレ達の見ていない所では色々と貢献している……らしい。全部キリトからの又聞きだけど。
で、これから行くクエストへの景気づけとばかりに酒瓶を傾けるこの野武士面だが、SAOではゲームクリアまでギルドメンバー全員を生存させた実績を持つ一流の刀使いだ。色々とバカをやる時もあるが、反面大事な時には頼りになるので、戦力としてはオレも相棒も大いに期待している。あとはタンクやれるエギルもいれば言う事無しだったが、あっちは店があるので今日は不参加だ。
「おう、キリの字。今日上手いことエクスキャリバーをゲットできたら、今度おれ様の為に霊刀カグツチ取りに行くの手伝えよ」
「えぇー……あのダンジョンくそ暑いじゃん」
「それ言ったら今日行くヨツンヘイムはくそ寒いだろ!」
「なんつー低レベルな言い合いしてんだよ」
ぎゃいぎゃいとじゃれ合う黒衣の少年と野武士面を見てそんなぼやきが零れるが、オレの胸中は結構ほのぼのとしていた。GGOでの一件から一月も経っていないが、そこで忘れかけていたトラウマを穿り返された相棒と、その様子をMストの中継映像で見ていた皆が何のわだかまりなく平和を享受している。その光景がオレの心を満たしていく。
「あ、じゃあ私もアレ欲しい。光弓シェキナー」
「キャラ作って二週間でもう
ちなみにオレ達が集まってんのも、その
「リズが作った弓も素敵だけど、できればもう少し射程が欲しいのよ」
GGOで主武装としていた
「あのねぇ!この世界の弓ってのはせいぜい槍以上魔法以下の射程で使う物なの!それを百メートルも離れた所から狙おうとか、普通はしないわよ!」
「欲を言えば、その倍の射程は欲しいわね」
サラリととんでもない事を言ってのけたシノンに、キリトが引きつった笑みを浮かべる。百メートルなんて銃ゲーたるGGOでは近距離であっても、剣と魔法の世界であるALOでは超ロングレンジだ。射程に秀でた
「ですが、いくら光弓シェキナーでも、二百メートルも射程があるっていう確証はありませんよ?それに
リズに続いて作業場からひょっこり顔を出したハルがそう言うと、すまし顔だった水色のヤマネコが己のステータスを見て少々眉を顰める。確か魔剣グラムの装備条件に両手剣スキルの熟練度がかなり高い数値まで上げる必要がある、なんて噂もあったな。具体的な数値は忘れたけど。
キャラクターのレベルが存在しないスキル制MMOたるALOでは、他のザ・シード規格のVRMMOでプレイヤースキルを磨いた新参者が古参に匹敵する実力を発揮する場面はさして珍しくないのだが……スキル熟練度だけは、そのプレイヤーが膨大な時間をかけて反復練習を重ねた結果として積み上げてきた代物なので、圧倒的にプレイ時間が少ないALOでのシノンの弱点だ。つっても彼女も主要な弓ソードスキルは一通り使える数値まで、ハイペースで鍛えてあるけどな。
「―――お待たせー!」
ポーション等の消費アイテムの買い出しに言っていたアスナ、サクラ、リーファが、満杯になったバスケットを両手に携えて帰ってきた。彼女達がテーブルに色とりどりの小瓶や木の実を並べはじめると、アスナの肩からピクシー姿のユイがキリトの頭に移動した。あ、コラ、木の実をつまみ食いしようとすんじゃねぇぞヤタ。
「買い出しのついでにちょっと情報収集したのですが、まだあの空中ダンジョンに到達したパーティー及びプレイヤーは存在しないようです」
「へぇ……じゃあどうしてエクスキャリバーが見つかったんだ?トンキーに乗せてもらわなきゃ、アレが見える事は無いと思うんだけどなぁ……」
「それが、パパが見つけたトンキーさんのクエストとは別種のクエストの報酬としてNPCが提示したのがエクスキャリバーだった、という事らしいです」
ヤタを抑えながらマジか、と相棒と顔を見合わせると、浮かない顔をしたアスナとサクラが補足してくれた。
「しかもそれ、あんまり穏やかなクエじゃないのよ。お使い系や護衛系じゃなくて、スローター系」
「それで今のヨツンヘイムには複数の邪神狩りパーティーが入り込んでて、ポップの取り合いで殺伐しているんだって」
「何それ!エクスキャリバーってこのゲーム随一のお宝でしょ、強敵がウヨウヨいる超高難易度のダンジョンを攻略した末に自分の手でゲットするのが王道じゃないの!?これから行くクエみたいにさ!」
お宝マニア……もといトレジャーハンターのフィリアからすれば、
「でもサクラは今、邪神狩りつったよな?それを何十体も倒すってんなら、
高難易度フィールドのヨツンヘイムに実装されているmobは総じて強敵だが、一部の邪神と呼ばれる連中はこのゲーム最強クラスのmobだ。どいつもこいつも「勝たせる気ゼロだろ運営!?」って叫びたくなる程に高い攻撃力とHPを誇り、パーティー単位できちんと戦力とアイテムを用意しなければ一体倒す事すら叶わない奴等である。そんなボス級を何体も……ひょっとしたら何十、あるいは百体も倒せ、なんてクエストであれば、このゲームのスローター系クエストでは最高峰の難易度になるんじゃなかろうか?
それ一つの為に消費されるであろうアイテムの費用や時間、そして入手後に待ち構えている’パーティー内でたった一つの超レアアイテムどう扱うか’という全員に均等に利益を確保させ辛い問題が残る事に対して報酬が釣り合っているかどうかは怪しいと個人的に思うけどな。
「……確かにクロの字の言うとおり、難易度的にゃアリなんだろうが……実際のブツは例の空中ダンジョンのいっちゃん奥にあるんだろ?どーなってんだ?」
サクラ達が帰ってきてから酒瓶をしまい込んだクラインが頭をひねるが、明確な答えを返せる者はこの中にはいなかった。一つしかない
(NPCが嘘をついた……?あるいは、オレ達が見たあっちの方が偽物だったってオチか……?)
あの空中ダンジョンで見たエクスキャリバーは、ぶっちゃけかなり遠くからリーファが望遠の魔法で見ただけで絶対に本物だという確証は無い。が、どれ程難しくともスローター系クエストの報酬としてNPCがポンとくれる方が本物とはどーにも思えないんだよなぁ……自分から妥当な難易度では、なんて言ったけどさ。
「言われてみれば、ちょっと変な気がします」
「別にいいでしょ。これからそのダンジョンに行くんだもの、そこで確かめればいいわ」
シリカの呟きにシノンが答えた時、奥の作業場に籠っていた二人の
「よぉーし、全武器フル回復!」
「お待たせしましたー!このまま僕はキャラ変えてきますね」
リズとハルに全員で労いの言葉を唱和し、新品同然の輝きを取り戻した得物たちを各自装備する。それを見届けた少年鍛冶師が一旦ログアウトしていく。
「……しっかしよぉ、こうして改めて見ると、マジで脳筋パーティーだよな」
「だったらアンタが魔法スキル上げなさいよ」
「へっ!ヤなこった。侍たるもの魔の一文字が入ったスキルは取らねぇ、取っちゃならねぇ」
「あのねぇ、大昔からRPGの侍は戦士プラス黒魔法使いでしょうが」
クラインとリズの掛け合いには、旧SAO組にとっては中々耳に痛い所があった。なんせこの場にいる大半のキャラが、魔法の存在しない剣の世界を生き抜いてきたからだ。そのセーブデータを引き継いだ為、オレ達のスキル構成が魔法が絡んだ攻防を全切りしたビルドに偏っていたのは当然に帰結だった。一応、後方支援が得意な
「ただいま……っと」
「お帰りハル、感覚は大丈夫か?」
「うん、ちょっと違和感ある……こっちの方がリアルの体格に近い筈なんだけどね。それはそうと、こっちじゃ’セイ’だよ兄さん」
そう、
そのセイだが、キャラ自体は新生アインクラッド実装から少し経ったあたりで作成し、彼の育成にブラコンたる
「じゃ、アイテムの分配するよー」
セイが来たのを確認したアスナとサクラの指示の下、彼女達が買い込んだアイテムをそれぞれのポーチに詰め、持ちきれない分はストレージ内に収める。
「皆、今日は俺の急な呼びかけに集まってくれてありがとう。このお礼はいつか必ず、精神的に!それじゃ、聖剣エクスキャリバー獲得クエスト、いっちょ頑張ろう!」
おー!という唱和と共に、この場に集った全員が右の拳を上げる。気になる点はあるものの……誰もが恐らく今年最後になるであろう冒険に、期待に胸を膨らませているのだった。