シリカ サイド
夕食を食べ終え、デザートのチーズケーキが届くのを待つ間にふと、あたしは先ほどの赤髪の女性―――ロザリアさんの態度を思い出していた。
「何で、あんな意地悪言うのかな……」
彼女の行動が、あたしには理解できなかった。どうして嫌な気分になる事を平気で言えるのか、分からなくてつい呟いてしまった。
「君は、MMOはSAOが初めて?」
「あ、はい」
あたしの呟きが聞こえたらしく、向かいに座っているキリトさんが確認するように聞いてきた。あたしはオンラインゲームはSAOが初めてなので、頷く。
「そうか……どんなゲームでも、人格が変わる人は多い。中には、進んで悪事を働く人もいるんだ」
「普通のゲームだったら、悪役を気取ったロールプレイって事で許容できたんだけどね……」
キリトさん達はこういったゲームでの事情に詳しいらしく、あたしに説明し始めてくれた。
「俺達のカーソルはグリーン。だけどこの世界で罪を犯せば、オレンジに変わる」
「そういう人達が’オレンジプレイヤー’って呼ばれてるのは分かるよね?」
これはあたしも知ってる事だった……実際にオレンジプレイヤーに会ったことは無いけど。
「そのオレンジの中でもPK―――殺人を犯した奴は、’レッドプレイヤー’と呼ばれるんだ」
「カーソルは同じオレンジだから、一目見ただけじゃ分からないけどね」
「で、でも……人殺しなんて……そんな事したら……」
あたしには信じられなかった。この世界で死ねば、現実でも死ぬ。それが分かっていて他人を殺す人達―――つまり現実での殺人犯と変わらない人達―――がいる事が、怖くなった。
「ああ、このSAOはデスゲームなんだ。レッド連中もそれを知った上でPKを繰り返している……俺はオレンジもレッドも、腹の底が腐ったどうしようもない奴だと思ってるよ……!」
「……兄さん」
キリトさんはマグカップを握る両手に力を込めて、何かを堪えるような表情をしていた。ハル君はそんなキリトさんの腕に触れ、悲しそうな目で見ている。
「あ、ごめん……俺も人の事、言えないのにな……」
暗くなる事言って悪かった、とキリトさんは自虐するように苦笑いをした。あたしにはそれがどこか無理をしているように思えて、ただただ何かしなきゃ!と焦ってしまって―――
「キリトさんはいい人です!あたしを助けてくれたもん!!」
気がついたら身を乗り出して、キリトさんの両手に自分の手を重ねていた。キリトさんは一瞬驚いた顔をしていたけど
「俺が慰められちゃったかな……ありがとう、シリカ」
笑顔を見せてくれた。でもそれは泣き出す寸前のような、笑っているのに悲しそうな影のあるもので、見ているこっちが切なくなって、吸い寄せられたように目が離せなくて―――
「シリカ?」
ハル君に呼ばれて、あたしはここがどこで、自分が何をしてたのか思い出した。そして同時に恥ずかしさがこみ上げてきて!?!?!!!
「ああわわあわわあわ!!?」
「シリカ、顔が赤いけど大丈夫か?」
どどどどうしたのあたし!?急に顔が熱くなってきたし、キリトさんと目が合わせられないし!!
「すすすすみませーん!デザートまだなんですけどぉー!!」
恥ずかしさをごまかすように、いつも以上に大声でNPCのウェイターに催促するのがやっとだった。
「兄さん……また釣っちゃたよ……」
ハル君が何か呟いていたけど、顔の熱が引かないあたしにはよく聞こえなかった。キリトさんはキリトさんで首を傾げていた。
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キリト サイド
「なぁハル、シリカはどうして真っ赤になったんだ?」
この世界の感情表現はオーバー気味だ。そのため恥ずかしい思いをすればすぐに赤面、ひどい時は先ほどのシリカのように顔全体が真っ赤になる。
だが俺は彼女が恥ずかしくなるような事をした覚えが無い。本人に直接聞くのは気が引けるので、借りた二人部屋に入ってからハルに聞いてみた。
「……兄さんって本当に鈍いよね……」
だが返ってきたのは呆れた口調による、よく分からない台詞だった。そのため俺は聞き返してしまう。
「鈍いって……何が?」
「分からないなら分からないでいいよ……兄さんにとって、よくない事だから」
後半はとても小さい声だったので、ほとんど聞こえなかった。
「ハル?今なんて―――」
「それより!クロトさんからダンジョンの情報貰ったの?」
そうだった。四十七層は他の四十台の層に比べて難易度が低いとはいえ、この層よりも危険である事には変わり無い。街に戻る途中でクロトにメッセージを飛ばしたはずだが―――
「お、やっときたか」
ようやくクロトから返信がきた。確認してみると、思い出の丘について書かれていた。ウィンドウを可視化し、ハルと二人で読む。
「mobのステータスは三十層クラスって……弱すぎないか?それに、ボスとか状態異常攻撃を持ったヤツもいないって……」
「でもプレイヤーが近づくまでは擬態してて、索敵に引っかからないって書いてあるよ」
それは困る。索敵スキルが通用しないって事は、エンカウントすれば必ず不意打ちされるって事じゃないか。俺はともかくシリカが不意打ちされたらたまったもんじゃない。十分注意しなければ。
「ん?マップは共通タブに入れたミラージュスフィアで確認してくれ、か……」
ストレージには、特定の人とアイテムを共有するための機能が備わっている。それは個人同士のものから、パーティー、ギルドなど規模は様々だ。
サチが遺した記録結晶も、生前彼女と作った共通タブに入っていた。彼女の死後そこは全く確認していなかったので、タイマーが機能するその時まで、俺は彼女の遺言に気づけなかったのだ。
……あの時の事を思い出すのはやめよう。今はマップの確認が必要だ。
「アイテムをシェアするのって意外と不便だな……もう一つ用意し」
「無駄遣いダメ」
「……はい、我慢します」
ミラージュスフィアは確か……エギルから買ったんだっけ。俺はその時の値段を覚えていないが、ハルが買うのを止めるくらいだから……結構するのかな?いや、なんだかんだでエギルにぼったくられたからか?
そんな事を考えながら机にミラージュスフィアを置いたところで、俺はある事を思い出す。
「そういえばハル、シリカに武器を」
「会ってすぐに売ったよ。兄さん見てたよね?」
呆れたような声とジト目をされ、俺は何も言えなくなってしまった。……し、仕方ないだろ!?和んじゃったんだし!!
―――コンコン
ドアからノックが聞こえたのは、少し気まずい空気になった時だった。
「―――キリトさん、今ってお時間よろしいですか?」
「シリカ?ああ、大丈夫だよ」
ドアを開けると、可愛らしいチュニックを着たシリカがいた。……何かモジモジしてるけど。
「どうしたんだ?もしかして、ハルが売った剣が合わなかったのか?」
「い、いえ!そんな事ないです!…そ、その……よ、四十七層の事を聞きたいと思って!!」
ああ、そういう事か。確かに情報無しの状態でダンジョンに挑むのは危険だから、彼女が部屋を訪ねてきたのも頷ける。
「分かったよ。それじゃ、下で話そうか?」
「いえ!貴重な情報を誰かに聞かれたら困りますし、その……」
またシリカがモジモジしだしたけど、言ってる事は間違っていない。情報漏えいを防ぎたいのなら、この部屋で話せばいいだろう。
「なら、部屋で話そうか」
「はい!失礼……しま、す」
……部屋に招いたはいいものの、緊張のせいかシリカの動きがぎこちない。
「シリカ、大丈夫?」
「う、うん!大丈夫だよ」
こういう時すぐに声をかけてやれるハルがいてくれると本当に助かる。コミュ障の俺じゃ、何て声をかければいいのか分からないからなぁ。
とりあえず、机に置きっぱなしにしてあるミラージュスフィアを起動させる。
「綺麗……これ何ですか?」
「ミラージュスフィア。平たく言えば、立体映像マップだよ」
表示できる範囲は自分のマップと同じで、これを持って自分でマッピングしたり、他人からマップデータを貰ったりすればいい。俺自身は思い出の丘に行った事は無いが、クロトがマッピングしてあるので表示できる。
早速四十七層のマップを表示し、シリカへの説明を始める。
「これが四十七層だよ。そしてここが主街区で、思い出の丘は……ここだな。だとすると通る道はこれで……確かこの道で危険な場所は―――」
そこまで言った時、俺にメッセージが届いた。差出人はクロト。内容は
―――盗聴
とだけあった。それでおおよそを察した俺は、怪訝そうな表情のハルとシリカに静かにするようにジェスチャーをする。そして素早くドアに近づき、開いて―――
「誰だ!」
叫んだ。だが向こうも勘がいいようで、俺が捉えられたのは足音だけだった。俺のステータスなら追いつけるだろうが、二人を置いていくのは気が引ける。
そして何より、階段付近の窓が開いており、そこにクロトが立っていた。彼は任せろといわんばかりの表情で
「な、何だったんですか?」
「聞かれていたんだ」
シリカが不安そうに聞いてきたが、ごまかすのは悪いと思い素直に答える。
「でもノック無しじゃドア越しの音は聞こえない筈じゃ―――」
「聞き耳スキルが高いとその限りじゃないんだよ……そんなの上げてる人は、そうそういないけどね」
中層で活動しているシリカが知らなくても不思議じゃない。そもそも聞き耳スキルはマイナーなスキルで、普段活躍する場面がほぼ無いからだ。そのため攻略組でも聞き耳スキルのメリットを知っている人は少ない。
だがそれゆえに、オレンジギルドに所属するプレイヤーが情報収集に活用する手段の一つとして使われてしまっている。
「そんな……」
ハルの説明を聞き、彼女は怯えたように体を震わせる。
(きっとプライベートが盗聴されているんじゃないかって思ってるんだろうな……)
「盗聴って言っても、そんな鮮明に聞こえる訳じゃないから、そこまで怯えなくてもいい」
気休め程度とはいえ、効果はあったようだ。シリカの表情が、幾分か安心したものになった。
「ちょっとメッセージ打つから、待っててくれ」
部屋に戻り、二人にそう言って背を向ける。
メッセージを打つ相手は今回の依頼主―――シルバーフラグスのリーダーだ。
―――明日には依頼が終わりそうだ、と。
先ほど盗聴してきた奴は十中八九オレンジギルド、タイタンズハンドの一員だろう。ということは、こちらを標的にしたと考えるべきだ。
タイタンズハンドの主な活動範囲は三十二~四十二層。普通なら四十七層まで上がってくる事はないが、俺達が取りに行く使い魔蘇生アイテムは超がつくレアアイテム……多少のリスクを負ってでも手に入れる価値があるため、総掛かりで奪いに来るだろう。そこを一網打尽にすれば終わる。
(シリカを囮にするようで罪悪感があるけど……背は腹に変えられないし……仕方ない)
メッセージを打ち終わって振り返ると―――シリカが俺のベッドで寝ていた。ハルが軽く揺すって呼びかけているが、目を覚ます様子は微塵も無い。
「いつの間に……」
「気づいた時には……こうなってたよ」
知り合ったばかりの男の部屋で寝るのはどうかと思うが、今日彼女に起こった事を考えると仕方ないとも思える。
そのためもう一つのベッドにハルと二人で寝る。多少狭く感じるが、我慢できない程では無い。
「ハル?」
だからだろうか?俺がハルの震えに気づけたのは。
「ごめん、兄さん……シリカといたら、木綿季と藍子の事……思い、出して……」
「ハル……」
迂闊だった。俺だって彼女達の事を思い出したのだから、ハルが思い出すのは当然であり、容易に予想できたというのに。
「ごめんな。気づけた筈なのに……俺」
「兄さんは悪くないよ。明日からは大丈夫だから―――」
一旦言葉を切り、俺の胸に額を押し当てて
「―――だから今夜だけ、泣いていい?」
小さな声で、弱音を吐いた。俺が無言で抱きしめて応えると―――
「木綿季……会いたい、よぉ……」
ハルは静かに嗚咽を漏らした。それに対して、俺はただ頭を優しく撫でてやるくらいしか……できなかった。
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