キリト サイド
(オレンジが九人、グリーンが二人か……少し離れたところにいるグリーンとイエローはクロトとヤタだな)
プネウマの花を手に入れた俺達は、思い出の丘から主街区へと歩いていた。来た道を引き返すだけなので道に迷う事は無かったし、来るときに撃破したmobがリポップする事も無かった。
だが主街区近くの桟橋に差し掛かったとき、俺の索敵スキルにプレイヤーがヒットしたのだ。全員隠れているが、攻略組でもトップクラスの熟練度を誇る俺の索敵スキルの警戒網をすり抜ける事は不可能だった。
(これでシリカには怖がられるかもな……)
シリカは今までの戦闘で、俺が高レベルのプレイヤーだと感づいているはずだ。だが、まさか俺が攻略組だとは思っていないだろう。加えて、これからオレンジギルド―――タイタンズハンドを捕まえるための囮にしてしまったのだ。事実を知ったとき、彼女が受けるだろうショックの大きさを考えると、怖がられたり嫌われたりしても仕方が無いと思う。
だが、敵はもう目の前にいる。わざわざ向こうの奇襲を受けるつもりは無いので、俺はハルとシリカの肩に手を置き
「そこで隠れてるヤツ、出て来いよ!」
声を張り上げた。すると意外なほどアッサリと、一人のプレイヤーが姿を現した。
「ロ、ロザリアさん!?何でここに……?」
出てきたのはロザリアだった。だが彼女は特に焦った様な表情ではなく、気持ち悪さを感じさせるくらいにこやかな笑顔でしゃべり始めた。
「アタシの
「他人に自慢できるくらいの熟練度はあるんでね、残りのヤツ等もバレてるぜ」
すると彼女は気にした様子も無く、右手を掲げる。それを合図に残りのメンバーがぞろぞろと現れた。
「何が……どうなってるの……?」
状況を飲み込めていないシリカが、怯えたように数歩後ずさりする。
「大丈夫だよ」
そんな彼女の手を握り、ハルが安心させるように笑いかけた。
「簡単な事よ。アンタがさっき手に入れたプネウマの花をくれるってんなら、見逃してあげなくも無いって話」
ロザリアの貼り付けたような笑みに、嫌悪感しかしない。シリカに状況を分からせる為にも、声を張り上げる。
「そう言って俺達全員殺すつもりなんだろ?オレンジギルド、タイタンズハンドのリーダー!」
「ま、待ってくださいキリトさん!ロザリアさんはグリーンですよ!?」
信じたくない、という風にシリカが食いついてきた。彼女にとって残酷かもしれないが、教えておかなくてはまた被害に遭う。
「オレンジギルドって言っても、全員がオレンジじゃあ無いんだ。グリーンが得物を見繕い、オレンジの所まで誘導し、一気に襲う……最近の常套手段さ」
「そんな……!?じゃあ」
シリカは目を見開き、ロザリアを見る。向こうにも聞こえていたようで、続きは勝手に引き継いでくれた。
「えぇ、獲物を分析しながら美味しくなるのを待ってたの。本当は今日にでもやっちゃうつもりだったんだけど、一番の目玉のアンタが弱っちい剣士とレアアイテム取りにいくって言うじゃない?」
そこまで言ったロザリアは、獲物を前に舌なめずりする捕食者のような歪んだ顔をしていた。
(反吐が出る……!)
彼女の言葉を聞きながら思ったのは、それだけだった。本当に、醜い。そして向こうはまだ続けている。
「だからこうして総出でお出迎えってワケ。分かったらさっさと持ち物全部よこしな!!」
「っ!」
ロザリアが現した本性に、シリカが怯えた。今まで明確な悪意に晒された事が無かったのだろう。俺はシリカを後ろに隠すようにしながら、数歩進み出た。
「あんたらの要求に従う気は無い」
そう言ってデボルポポルを引き抜き、タイタンズハンドの方へ歩いていく。向こうは自分達の勝利を確信しており、悠長に待ってくれた。
「アッハハハ!ノコノコ殺されに来るなんてホントバカね!やっちまいな!!」
ロザリアの号令を合図に、オレンジプレイヤーが俺をソードスキルで代わる代わる袋叩きにしてきた。HPバーを見ると、向こうの与ダメージはバトルヒーリングでの回復よりも少ない。彼らが俺を殺すのは不可能だと分かったが、全身を攻撃されるのはあまり気分がよくない。
「オラァ!」
「キリトさん!!」
「死ねやぁ!」
オレンジたちの叫びに混じって、シリカの悲鳴が聞こえた。彼女からすれば、俺がしていることは自殺行為に等しい。
だが、これでいい。やつ等を大人しくさせるには、これが一番手っ取り早いのだから。……一応、目をやられないようにさりげなく頭を動かしているが。
「はぁ……はぁ……いったいどうなってやがる!?」
「何で死なねぇんだ!」
オレンジ達がようやく気づき、攻撃の手が一旦止まる。確かに向こうからしたら不思議だろう。一分近くタコ殴りにしているのに、死なないと言うのは。ロザリアが部下達に発破をかけているようだが、今度はこっちの番だ。
「十秒あたり四〇〇程度……それがお前達が俺に与えるダメージの総量だ」
「んなっ!?」
向こうが驚いているのも当たり前だろう。殺すつもりで攻撃したのに、相手は死なない上に悠長に自分達の与ダメージを計算していたのだから。
「俺のレベルは八十、HPは一五〇〇〇オーバーだ。そしてバトルヒーリングスキルによって十秒につき六〇〇の回復がある……何時間攻撃しても、俺は殺せないよ」
今度こそ、ロザリアを含めたタイタンズハンド全員が驚愕の表情を浮かべていた。さらに俺は畳み掛ける。
「あんた等もゲーマーなら分かるだろ?低レベルプレイヤーがどれだけ束になっても、高レベルプレイヤーにはなすすべも無く蹴散らされるレベル製MMOゲームの理不尽さを!ここもそういう理不尽がまかり通る世界なんだ!」
獲物だと思っていた相手が、自分達の手には負えない化物だった事にようやく気づいた彼らは、ただただ俺に怯える事しかできないでいた。
(もう、終わらせよう)
そう思った時、ロザリアが転移結晶を取り出した。
「てん―――」
だが彼女が使用するよりも先に、黒い何かがその手から転移結晶を奪い取った。
「―――い?」
ロザリアは何が起きたのか分からす、呆然とした顔で自分の手を見ていた。
「ラッキー。タダで転移結晶ゲット~」
突然、場違いなほどに明るい声がロザリアの背後から聞こえ、全員がそちらに注目した。そこには暗い色のズボンとハーフコートを纏い、首に漆黒のマフラーを巻いた、中性的な顔の少年がいた。その左肩には、使い魔である三つ足のカラスがとまっている。
「クロト……雰囲気ぶち壊しじゃないか?」
「細かい事は気にすんなよ相棒。転移結晶のストック増えたんだしさ」
そうは言うが、二本の足で彼の肩にとまりながらも中央の足で転移結晶を掴んだまま、餌を貰ってるカラス―――ヤタはとても浮いていた。
「三つ足のカラス……黒いマフラー……何よりあの顔は!」
「ゆ、遊撃手!」
「じゃあこっちは……黒の剣士!?」
「たった二人で最前線に潜ってるビーター共だ!!」
やっと俺達の正体に気づいたようだ。でもクロトとセットでようやく気づかれる程度の知名度しかないのは、ゲーマーとしてはちょっと悔しかったりする……その分下層でも活動しやすいから別にいいけどさ。
「俺達二人に勝てないって分かった所で、大人しくしてもらおうか!」
注目を集めるために大声を出しながら、ポーチから回廊結晶を取り出す。
「こいつの出口は監獄エリアに設定してある。お前ら全員そこで軍の厄介になってもらう!」
正体がバレた以上、遠慮は要らない。悪のビーターらしくニヤリと口の端を吊り上げながら、ロザリア達を見回す。だが、まだ心が折れていない者もいた。
「もし、イヤだって言ったら―――」
そいつが言葉を言い切る前に、地面に崩れ落ちる。その後ろには、不気味な色の粘液がついた短剣を握ったクロトが立っていた。
「そん時はこうして抑えて荷物みてぇに放り込んでやるよ」
その時になってようやく彼らは、牢獄へ入る以外の未来がない事を悟った。多くは絶望し、抵抗の意志が消えたが、恐慌状態に陥った一人が喚きだした。
「何でだよ!なんでこんなトコにビーター共がいるんだよ!お前ら攻略組だろ!最前線でずっとアホみたく戦ってりゃいいだろ!何警察みてーな事してんだよ!!」
この世界で歪んでしまった、あまりにも身勝手な叫び。本来なら取り合う事は無いのだが―――
「―――うるせぇよ」
「ひっ!」
喚くプレイヤーの目の前に移動し、剣を突きつける。それだけでそいつは陸に上がった魚みたいに口をパクパクさせる事しかできなくなった。
「アホみたく戦ってりゃいい、だと?理由は何であれ、攻略組は命がけで戦ってるんだ。その姿勢を冒涜する権利は誰にも無い!」
脳裏によぎるのは、身を粉にしながら戦い続ける一人の少女。トップギルドの指揮をとりながらも自ら剣を握り、光のような剣技と共に最前線を突き進む彼女を誰が批難できようか。
「あーもう、とっととコリドー開けよキリト。こいつら放り込むから」
「ああ……コリドー、オープン!」
左手に握っていた回廊結晶が砕け、青く光る転移ゲートが開かれる。するとそこに次々とタイタンズハンドのメンバーが放り込まれていく。ちょっと雑な投げ方(喚いていたヤツは蹴り飛ばされていた)をしているあたり、クロトも頭に来ているようだ。
程なくロザリアだけが残された状況になった。だが彼女も現在クロトに襟首をつかまれてゲートへと引きずられている。
彼女がグリーンである事が何の意味もなさないというのは、先ほど別のグリーンを放り込んでもクロトがオレンジにならない事で証明された。俺達と彼女ではレベル差による高い壁が存在しており、ハラスメントコードが起動しないように気をつければ強引に移動させるのは簡単だった。
「ねぇ!やめてよ!ほら、アタシと組まない!?あんた等がいればどんなヤツにも勝てそうだし、イイコトだって沢山してあげても―――」
ロザリアの喚きを聞いているうちにどんどん熱が冷めていく。
(利己と保身だらけ……やっぱり人間は醜い)
俺が彼女から感じた事は、それだけだ。先ほど脳裏をよぎった少女だって、本当は醜い……いや、平然とそう思える自分自身が何よりも醜い。彼女は違う、あんな綺麗な剣筋を持った彼女は醜くなんてないと、そう信じたい。
「因果応報ってヤツだ。諦めな、ババア」
その言葉と共に、クロトは躊躇い無くロザリアをゲートに投げ込んだ。そして彼女が入った数秒後に、ゲートが閉じた。後はメッセージで依頼主に報告すれば、依頼達成だ。だが―――
「ハル、シリカ……ゴメン、怖い思いさせて」
橋で一部始終を見ていた二人に近づき、頭を下げた。
何も知らないまま巻き込んでしまったシリカと、本来ならここに来る必要の無かったハル。この二人には、どうしても謝りたかった。他人からの悪意に慣れていない二人にとって、今回の事は恐怖以外の何物でもなかっただろう。
(こうなる事は解ってた筈だろ…………何だ、一番醜いのは俺じゃないか……)
再び自己嫌悪に陥っていると、シリカが声をかけてきた。
「あの……キリトさん、その……」
だがその声は震えており、ますます後悔が強くなる。
「あ、足が竦んで、動けなくて……手……引いてくれませんか?」
何故か頬を赤く染めながら、俺に手を伸ばすシリカ。俺はどうすればいいか解らず、硬直してしまった。
「こういう時は素直に手を取るべきだよ、兄さん」
見かねたのか、そう言ったハルが苦笑交じりに俺の手とシリカの手を繋がせてくれた。
「これでシリカも歩けるでしょ?後はピナを呼び戻せば万事解決だよ!」
本当にハルには敵わない。さっきまでの重い空気が嘘のように消え、シリカは何事も無かったかのように穏やかに笑う事ができた。
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「本当に、行っちゃうんですか?」
「ああ、大分前線から離れちゃったからな……明日には戻らないと」
攻略組の中ではただでさえ肩身が狭いのだ。このままサボり続けたら、ボス戦から除外されたりKOB副団長様から絶対零度の視線でお説教されたりする未来しか見えない。……まあそれ以外にも最前線に挑み続ける理由はあるのだが。
タイタンズハンドを牢獄へ送った後、俺達は三十五層主街区にある宿屋の、シリカの部屋にいた。ここに戻るまでの間、彼女はクロトとビーストテイマー同士という事もあり、あっさり打ち解けて……いや、ヤタに対してシリカが随分興奮していたんだっけ。
だが俺達が前線に戻らなくてはならないと告げたとき、シリカは悲しそうな顔をしてしまった。そしてそれは夕方になった今もそうであって、どう慰めればいいのか俺には解らなかった。
「こ、攻略組なんてすごいですよね!あたしだったら、何年たっても追いつけっこないですよ!」
シリカが空元気で自分の感情を押さえ込もうとしているのが解る。だけど俺には、今彼女が一番望んでいる言葉が解らない。だから―――
「レベルなんてただの数字だよ。そんなものただの幻想さ」
彼女が望むものでは無いかもしれないけれど、俺の、俺なりの言葉を伝える。
「その幻想の強さに溺れる事無く、自分らしく生きる事の方が大切さ……シリカ、君は俺達ビーターを怖がりもせず、偏見すら持たずに接してくれた。その純真さは、何よりも誇れるものだよ」
彼女はしばしポカーンとしていたが、俺の言葉の意味が伝わったようで
「キリトさんはいい人だから、怖がったりしません」
―――穏やかな笑みを浮かべて、そう言ってくれた。
(額の
無意識に、左手がバンダナ越しに傷跡に触れていた。俺自身が受け入れられないものを、他人が受け入れられるはずがない。きっとシリカも、傷跡を見たら離れていくだろう……彼女達のように。
「だから……その、えっと……」
モジモジしながら続けようとするシリカ。さっきまで普通だったのに、今度はどうしたのだろうか?何か言おうとする必死さは伝わるのだが―――
「お~い、さっきから一生の別れみたく見えるぞ」
―――クロトがぶち壊した。だが同時にシリカが何を望んでいるのかがなんとなく解った気がしたので、特に文句は出てこなかった。
「確かに連絡先知らないと再会は難しいからな……これでいいか?」
メニューを操作し、シリカにフレンド申請を送る。後は彼女が受諾すれば互いの居場所が分かるようになるし、メッセージのやり取りもできる。
「はい、ありがとうございます!」
シリカは笑顔で、俺のフレンド申請を受諾してくれた。
「さ、早くピナを呼び戻そう」
俺がそう言うと、シリカは嬉しそうな顔でピナの心とプネウマの花をオブジェクト化する。
「使い魔はフェザーリドラだったか?」
「はい!ヤタよりもふわふわな毛並みで可愛いですよ」
ヤタの毛ってそれなりに柔らかいけど、見た目は硬そうだからな……前に触った事あるけど、不思議な感じだったっけ。比べられたヤタは、拗ねたようにそっぽを向いて鳴き、場を和ませる。
「後で僕ともフレンド登録してくれない?同年代の知り合いが全然いなくて……」
「それ、あたしもなんだ……」
確かにハルくらいの年齢のプレイヤーはとても少ないからなぁ……今までクラインやエギルだと通じにくかった話も、同じくらいの年齢のシリカとなら共有できそうだ。
「―――それじゃ、いきます!」
やや緊張気味な掛け声と共に、ピナの心にプネウマの花の雫を振り掛けるシリカ。雫を掛けられたピナの心は温かな光を放ち、それに照らされたみんなの顔は穏やかな笑みを浮かべていた。
ヤタのスペック
強奪スキル
圏外で結晶やポーションなどの片手で持てる小さなアイテムを盗む事が可能。クロト本人が盗むわけでは無いので、カーソルがオレンジになる事がない。
索敵スキル
肩に止まっている間は、クロトに高い索敵スキルやそのmod(暗視などの分岐スキル)を付与し、敵が近づいたときに警告する。
攻撃能力
嘴で突っつく。攻撃力は無いに等しく、ヘイトを稼ぐ事もできない。ただしクロト曰く結構痛いらしい……
ヤタについてざっくりとまとめたのですが……これってチートでしょうか?そこが不安です。
誤字、脱字、アドバイス等ありましたら、感想にてお願いします。