クロト サイド
「オレ達はまんまと騙されたって訳なのか……」
深夜を過ぎて閑散としたNPCレストランにて、オレ達は今回の事件を振り返っていた。キリトが気づいた今回の手口は、言われてみれば納得できるものの、普段は見落としがちな方法だったのだ。
―――元々圏内で保護されるのはプレイヤーであって、オブジェクトは保護されない。それを利用したカインズとヨルコさんは圏外で自分に武器を刺して圏内へ移動し、身に纏った鎧や服の耐久値が武器によって削りきられて消滅するその時に転移結晶で転移する事で、圏内殺人を偽装したのだ。
全てはシュミットを追い詰めるために。
「アルゴに聞いたけど、やっぱりシュミット以外は’黄金林檎’解散後も似たような中層ギルドに入ったそうだ」
「シュミットさんだけが急に装備を更新して攻略組入りしたから、最初から疑ってたのね……」
キリトは今朝ヨルコさんに話を聞いた後、元’黄金林檎’のメンバー達の情報収集をアルゴに頼んでいた。とはいえ一日も経っていないうちに調べ終えるとは……後でどんだけボッタクリな情報料を請求されるのかが気になるが、これで事件はカタがついたのだろう。
「生命の碑の方も、同じ読み方をする別の人の名前……一年前になくなった人と同じ時間に殺人の偽装をする事でバレないようにしてた……でもフレンド登録をしてくれたのはどうしてなのかしら?」
「きっと、後で事情を説明しにいくため……俺達への最低限の謝罪のつもりだったんだろうな……」
キリトの言葉に納得したようなアスナは、穏やかな笑みを浮かべた。攻略の鬼とか言われていたために普段はまず見る事が無いだろうその表情に、彼女がアインクラッドでサクラと人気を二分する美少女だった事を今更ながらに思い出した。
「キリト?」
アスナから視線を逸らすと、ほけ~っと彼女を見ていたキリトが目に映った。いつもの彼からは創造できないくらい間の抜けたような表情だったため、気になって肩を叩いた。
「何ぼーっとしてんだ?」
「ぁ……いや、圏内は安全なままだって解って…ハルも大丈夫だなって思ったら、気が抜けただけだよ」
いつもどおりのブラコン発言だが、今回は若干取り繕ったような感じだった。そこになんとも言えない違和感があるが、そこまで踏み込む必要も無いだろう。
後は彼らに委ねよう、キリトのその一言に、オレ達は頷いた。
(……ねみぃけど……まぁいっか……)
もうしばらくすれば夜が明ける。本来ならねぐらで熟睡しているか、迷宮区で仮眠をとっている時間なので、眠気がそれなりにあった。だが今の雰囲気が中々心地よく、ついオレ達は眠気覚ましの飲み物を飲みながら雑談をしてしまった。
「―――ねぇ、君達ならどうしてた?もしギルドやパーティーに所属して、超級レアアイテムがドロップした時……君達ならなんて言ってた?」
そんな時だった。アスナが何気なくオレ達に聞いてきたのは。
「ちょっと違うけど……オレ達二人の場合はドロップしたモン勝ちだな。クエ報酬とかだったらデュエルとかジャンケンとかで取り合ってるけど」
「……クロトとは気心がしれてるからいいけど……ギルドにいる場合だったら、売却だな。利益を等分すれば全員平等に金が手に入るし、丸く収まりやすい」
まぁ、そういうトラブルがあるからギルドはイヤなんだけど、とキリトは肩をすくめてみせた。
「KOBではアイテムは全部ドロップした人の物、ってルールなんだよ」
「ええ。ログが残らないこの世界では誰が何を手に入れたかは本人しか分からない。隠匿とかのトラブルをさけるとしたら、それ以外にないし」
「なるほど、それなら売却利益の着服とかのトラブルとも無縁だな」
サクラとアスナの説明に感心した様子のキリト。仮にギルドに入るとしたら、そういうルールのトコにしようとオレは思った。
今はまだ大丈夫だが、いずれオレとキリトの二人では限度が来るだろう事はSAOがネットゲーム―――多人数のプレイヤーが協力して攻略されるのを前提に作られたもの―――であるため容易に予想できた。ギルドとのパイプはある程度確保しておくべきかな~と思考が脱線しかけていたが、アスナ達の話が続いているので意識を引き戻した。
「―――それにそういうシステムだからこそ、この世界での結婚に重みが出るのよ」
「へ?」
重みとは何ぞや?とつい間の抜けた声がでてしまった。あくまでネットゲームであるSAOでの結婚にどんな重みがあるのだろうか?
「結婚すれば、お互いの全情報が共有されるでしょ。レベル、スキルとその熟練度、ストレージ内のアイテム……いままで隠せた事が、一切合切隠せなくなるのよ」
「……マジ?」
今まで攻略や戦闘に関する事ばかりに目を向けていたので、結婚システムの存在こそ知っていても詳しい内容は知らなかった。
「お互いに自分の全てをさらけ出す……だからこそ、よっぽど信頼しあってないと結婚できないの」
「俺達もカップルを見たことは何度もあるけど、結婚してたヤツには会った事無かった……けど、そういう理由だったのか……」
どこか諦観したような目で、キリトはぼんやりと呟いた。
「そうね。相手に対して、隠匿とかねこばばとか……そういう事をした人は、もうその相手とは結婚できない。全情報の共有って、凄くプラグマチックで……それでいてロマンチックなシステムだと思うわ」
「アスナさん……」
二人とも結婚への憧れがあるのだろう。うっとりとした表情で語る様子はさながら恋する乙女という風で―――
(って、何考えてんだオレ!?)
サクラはオレが好きだという事をキリトから聞いたし、アスナは今までの様子から何となくキリトに惹かれているんじゃないかと思うし……
「隠匿とかねこばばって……そんな事したらハルに嫌われて引きこもりになる自信がある」
また空気を読まないブラコン発言をするキリト。だが、諦観したような目を見ると、どうしても怒る気にはなれなかった。
キリトはいつもそうだ。恋愛事になると、いつも諦めの混じった表情になる。
(オレと大して変わんねぇぐらいの歳のはずだってのに……何があったんだ?)
リアルの事を聞くのはマナー違反であり、この世界での現実味を無くしてしまう。加えて彼の表情から考えると、トラウマかそれに近い心の傷だろうという事が予想できた。そのため好奇心があっても、聞く事を躊躇ってしまう。
「キリト君……?」
「キリトとハル君見てると、兄弟もいいなぁって思えるよ。本当に仲がいいんだね……」
アスナはキリトの諦観した様子に気づき、サクラは気づかず兄弟への憧れを口にした。元々キリトは冷めた様子でいる事が多いため、アスナみたいに気づける人はほとんどいない。オレだってずっとつるんでいたから気づけた訳だし。
「まぁ、あんないい弟を大切にしない方がおかしいだろ…………あ、そういえばアスナ。プラ……プラグなんちゃらってどういう意味?」
「プラグマチック、よ。実際的って意味」
「実際的って……ここでの結婚が?」
思わず口にした疑問に、アスナは即座に答えてくれた。
「だって身も蓋も無いでしょ、全情報の共有……特にストレージの共通化とか」
ストレージ共通化ねぇ……何かそこが引っかかるんだが、何故引っかかるのかが分からない。
「待てよ……今回のケース、つまり片方が死別したら、ストレージのアイテムはどうなる?」
「えっ?離婚の場合は幾つかオプションがあるけど……死別した場合の事は知らないわ」
「……順当に考えれば、全部生き残った側のストレージに残るとかじゃね?」
何気なく言った瞬間、三人の表情が変わった。
「もしそうなら、指輪はグリセルダさんを殺害したヤツが手に入れる事無く……」
「グリムロックさんのストレージに残るはずだよね。という事は……」
「……指輪は奪われていなかった……ううん、グリムロックさんが奪ったんだわ!」
おいおい……この仮説どおりなら、グリムロックこそが指輪事件の真犯人という訳で―――
「ヨルコさん達が危ない!アスナ、彼女達は今何処にいる!?」
「十九層のフィールド、十字の丘よ!」
クソッ、よりによって圏外かよ!
「サクラとアスナは増援を手配してくれ!キリト、行くぞ!」
「あとグリムロックも現場にいる筈だから探してくれ!」
オレとキリトはそう言うか早いかレストランを飛び出し、転移門へと全速力で駆け出した。こんな時間に起きてる攻略組がいるかどうか分からないし、サクラ達を置いていくのは不本意だが事態は一刻を争う。
「「転移、”ラーベルグ”!」」
半ば飛び込むように転移し、転移先で盛大にすっ転ぶ。間髪いれずに起き上がって駆け出そうとするとキリトが腕を掴んで叫んだ。
「確かゲートの近くに厩舎があった筈だ!馬の方が速い!!」
「つっても乗った事ねぇぞ!?」
「それでもやるんだよ!」
キリトの提案にやけっぱち気味に従い、厩舎へと駆け込んだ。経営しているのはNPCであるため、二十四時間営業だ。そこで一番足の速い馬を一頭借り、二人でまたがった。
「落ちても知らねぇからな!?」
「その時はその時だ!」
偶々オレが手綱を握る事になったが、どっちが握っても大して変わらないだろう。とにかく急がなければと馬を走らせた。
~~~~~~~~~~
馬に乗って駆けたのはほんの数分だが、生まれて初めての乗馬であるため悪戦苦闘だった。とにかく落馬しないだけでも上出来ではないだろうか?
「カァ!」
「グリーンとオレンジが三つずつだ!」
「ならセーフだ!」
ヤタがプレイヤーを感知し、少し遅れてキリトもカーソルを発見した。付近で隠れているだろうグリムロックは見つけていないが、きっとサクラ達が発見してくれる筈だ。とにかく今は突っ込む!
「ハアッ!」
馬でグリーンとオレンジの間に突っ込むと、キリトは勢いそのままに飛び降り、髑髏の仮面を着けたエストック使いに切りかかった。髑髏仮面は後ろへ飛び退って回避したが、お陰でヨルコさん達とオレンジプレイヤー達―――ヨルコさん達を殺そうとしたレッドプレイヤー達―――の間にオレ達が割り込む事ができた。
「ふい~、ギリセーフってトコか?」
「……状況は良くないけどな」
馬を降り、尻を叩いてレンタルを解除。それと同時に短剣を抜きながら軽い調子でそう言うと、キリトが苦笑交じりに返してくれた。
戦力になるかも、と思っていたシュミットは麻痺でダウン。タンクとしてレジストスキルを上げていた筈だから、コイツ等の毒は相当強力な物なのだろう。ヨルコさんと、初めて顔を見たカインズは中層プレイヤーであるため戦力外だし、二人とも怯えてしまっている。
対する向こうは三人。髑髏仮面のエストック使いと、明らかに毒とわかる粘液がついたナイフを持った頭陀袋、そして―――
「よぉ
「貴様には言われたくねぇな、キリト」
黒ポンチョを纏い、肉切り包丁を思わせるレア短剣を装備した男、PoH。
「どっかのレッド連中だとは思ってたけどよ……よりによってラフコフかよ……」
「あぁ、一番相手にしたくなかったな……」
アインクラッド最悪の殺人ギルド、’ラフィン・コフィン’……その名が意味するのは、笑う棺桶。PoHはそのトップであり、彼の傍にいる二人は間違いなく幹部クラスのプレイヤーだ。正直相手にするだけで冷や汗ものだが、オレもキリトも長いビーター生活のお陰でポーカーフェイスには自信がある。
「ンの野郎!余裕かましてんじゃ―――」
「あと十分もすれば、攻略組三十人がやってくるぜ。三人で俺達二人にタイムアタックでもやるか?」
頭陀袋のわめきを遮るようにキリトが盛大なハッタリをかますと、PoHは無言でオレ達を睨みつけた。
「……チッ」
時間にして僅か数秒のにらみ合いは、PoHの舌打ちで幕を閉じた。彼が左手の指を鳴らすと、両側の二人は大人しく武器を納めた。
「……黒の剣士、遊撃手……貴様らは必ず血祭りに上げてやる。貴様らの大事なヤツを目の前で殺した後でな……」
殺気を隠そうともせずにPoHは吐き捨てると、身を翻して去っていった。残りの二人もそれに続く―――と思いきや髑髏仮面だけが振り返り
「格好、つけやがって。次はおれが、馬でお前らを、追いまわしてやる」
そんな捨て台詞を置いて行くのだった。
「なら精々頑張れよ。思ったほど簡単じゃねぇからな」
黙っているのは癪だったので、精一杯の皮肉を込めてそう返してやった。
クロトは結構器用なんです。
作者兄弟は数年前に一度だけ乗馬経験がありますが、ただ歩く馬から落ちないようにするのが精一杯でした……