SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 とりあえず圏内事件終了……かな?


 シュミット達が空気になっていますが、どうかご勘弁を……


三十三話 愛とは

 クロト サイド

 

「行ったか……」

 

 「……みたいだな」

 

 索敵範囲から三つのオレンジカーソルが消えた事を確認したオレとキリトは、ようやく詰めていた息を吐き出した。

 

 (まさかラフコフのトップがお出ましとはな……)

 

 横でキリトが援軍を連れて急行中であろうクラインに、ラフコフが撤退した旨のメッセージを送っている。その間にオレは、解毒ポーションをシュミットの口に突っ込みつつもそう思い、ため息をついた。

 今回はどうにかなったが、あの状況はガチでヤバかった。頭数の時点で不利であり、盾にされる恐れのあるプレイヤーが三人もいたのだ。加えて、PoHは’堕とす’方向での人心掌握に長けている。もしあのまま戦ったら、ここにいる全員がお陀仏になっていたかもしれない。

 

 「……助けてくれたのは礼を言うが、どうしてお前達が?」

 

 「万が一、最悪の事態になったらって思って来たんだよ」

 

 確証は無かったけどな、と言うとシュミットを起き上がらせる。元々タンクプレイヤーとして毒関係へのレジストは高かったので、ある程度麻痺の時間を短縮できていたのだろう彼からは麻痺のアイコンが消えていた。キリトはその間にヨルコさん達と言葉を交わしていた。

 

 「おかしいって思ったのは、ほんの三十分前だ…………なあ、二人はグリムロックに今回使用した武器を作ってもらったんだろ?」

 

 「はい。彼は最初、もうグリセルダさんを安らかに眠らせてあげたいって乗り気じゃなかったんです。でも……ぼくらが一生懸命頼んだらやっと武器を作ってくれたんです」

 

 ヨルコさんの隣にいた朴訥そうな男性―――カインズは、先ほどの恐怖からまだ立ち直りきれていないようで、幾分蒼白な顔のままキリトの問いかけにそう答えた。

 

 「……残念だけど、グリムロックがあんた達の計画に反対したのはグリセルダさんの為じゃない。圏内PKという派手な演出によって注目を集めてしまえば、いずれ誰かが気づいてしまうと思ったんだ……指輪事件の真相に」

 

 「え……?」

 

 キリトが告げた真実に対して、ヨルコさん、カインズ、シュミットまでもが理解できないといった顔をしていた。

 

 「結婚相手が死別した場合、ストレージのアイテムは全て生き残っている側の物になる……どうやっても奪えないんだよ、グリセルダさんを殺したヤツには。彼女が死んだ瞬間に、指輪はグリムロックのストレージ内に移動してしまうんだからな」

 

 「じ、じゃあ…あの金を用意できたのは、グリムロックだけ……という事は、あいつが?あいつがグリセルダを殺した真犯人なのか!?」

 

 あくまで淡々と説明するキリトに対し、三人は完全に動揺していた。……無理もない。今まで被害者だと思っていたグリムロックが、実は黒幕だったのだから。だが自分でPK行為をしてしまえば、自ずと足がついてしまう。

 

 「いいや、アイツは直接手を汚しちゃいねぇ……きっとレッド共に依頼した筈だ。アリバイを確保するためにもな……今回ラフコフが来たのだって、その時の伝手を使ったんだろ」

 

 「ヨルコさん達をまとめて消してしまえば、指輪事件の真相は永遠に闇の中へと葬る事ができるからな……」

 

 オレの推測にキリトは首肯し、続けた。アインクラッド中でお尋ね者になっているラフコフがここに偶然現れたとはとても考えられないのだ。

 

 「……どう……して…………?」

 

 「詳しい話は、本人に直接聞こう…………そうだろ、アスナ?」

 

 掠れた声でヨルコさんが呟いてから程なく、アスナとサクラが後ろから近づいてきたのが分かった。振り返ってみると、彼女達は一人の長身の男に武器を付きつけて連行していた。

 

 「みんな……グリムロックさん、連れてきたよ」

 

 「キリト君達が言ったとおり、この近くでハイドしていたわ」

 

 長身の男―――グリムロックをオレ達の前まで連行した二人は、一旦武器を納めてオレ達の傍に来た。幸い二人のカーソルはグリーンのままで、万が一グリムロックが抵抗してオレンジになってしまわないかというオレの心配は杞憂だった。

 

 「やあ……久しぶりだね、皆」

 

 ひどく落ち着いた低い声。グリムロックからは、追い詰められた者特有の焦り等が一切感じられなかった。ただ、その落ち着いた中に得体の知れない何かを隠しているようで不気味だった。

 

 「初めまして……に、なるか。オレはクロト……んでこっちが相棒のキリトだ」

 

 ここで自己紹介するのも暢気なものだ、と自分の行動に内心苦笑しながらもオレは続けた。

 

 「……単刀直入に聞くぜ。半年前、ギルド黄金林檎で起きた指輪事件の黒幕はアンタだろ?」

 

 「……」

 

 オレの問いかけにグリムロックは眉一つ動かす事は無かったが、その沈黙こそが肯定の意を表していた。

 

 「……どうして……どうしてなのグリムロック!奥さんを殺してまで、指輪をお金にする必要が何処にあったの!?」

 

 「……フ、フフ…………金…………金だって?」

 

 震える声から始まり、終いには涙交じりに叫んだヨルコさんに対して、グリムロックはどこか壊れたかの様に体を震わせた。

 

 「金の為では無い。私はどうしても彼女を殺さねばならなかったのだ…………彼女がまだ、私の妻でいる内に……!」

 

 「なん……だと?」

 

 殺さねばならなかった?一体何を言っているというのだ、この男は。

 

 「どうして奥さんを……大切な人を殺す必要があったんですか……?」

 

 サクラが理解できないとかぶりを振ったが、グリムロックは構わずに独白を続けた。

 

 「彼女は、現実世界でも私の妻だった……可愛らしく、従順で、ただ一度の夫婦喧嘩すらしたことが無い理想の妻だったよ。だが……共にこの世界に囚われてから、彼女は変わってしまった……」

 

 始めの時の落ち着きが見る間に消え失せ、その中にあった得体の知れない何か―――いや、狂気がむき出しになっていくのが分かった。俯いた彼の顔は帽子によって見えないが、その目にオレ達が映っていないだろうという事は容易に理解できた。

 

 「強要されたデスゲームに怯え、竦んだのは私だった……彼女は今までの姿からは想像できないような才能を開花させ、私の反対を押し切ってギルドを作り、仲間を募り、鍛え上げた。その時の彼女は―――ユウコは現実世界にいた時よりも遥かに生き生きとしていて、充実した様子だった……。変わっていく彼女を見ながら、認めざるを得なかったよ……私が愛したユウコは消えてしまったのだと。例えこのゲームがクリアされ、現実世界に戻れたとしても……かつての彼女は二度と戻ってこないのだと」

 

 ヤツの肩が小刻みに震えているのは、自嘲の笑いか、喪失の悲嘆か―――

 

 「ならば!合法的殺人の可能なこの世界にいる間に彼女を……ユウコを、永遠の思い出の中に封じ込めてしまいたいと願った私を!いったい誰が責められるというのだろう……?」

 

 俯いていた顔を上げた彼の目は見開かれており、おぞましさを感じさせる狂気の色を宿していた。それを見た途端、彼の心をオレが理解する事は不可能だろうと何となく分かった気がした。けれど―――

 

 「……ふざけんな……!」

 

 ―――それ以前に、湧き上がる怒りをぶつけられずにはいられなかった。

 

 「黙って聞いてりゃ……変わったから、言う事を聞かなくなったから殺した……?んなもん全部テメェの独りよがりだろうが!」

 

 グリムロックの胸倉を掴み、叫ぶ。自分でも歯止めが利かなかった。

 

 「テメェは奥さんに、ちゃんと言ったのか!?怖いって、戦いたくないって、面と向かって言ったのかよ!?」

 

 「そんなもの……言える訳が無いだろう?君も男なら、せめて弱さは見せまいという意地くらいある筈だ」

 

 「それが独りよがりだっつってんだろ!言わなきゃ伝わんねぇんだよ、夫婦でも……親子でも!!」

 

 一人で決め、それが誰かに理解されなくても構わない。そんなグリムロックの姿勢が、親父と重なって見えた。

 

 「結局テメェは!奥さんに勝手なイメージを一方的に押し付けてただけで、向き合ってなかったんだよ!!」

 

 「……君には分からないだろうね。愛情を手にいれ、それが失われようとした時にでもならなければ」

 

 確かにオレには経験の無い話だ。だがグリムロックの、全てを悟ったかのような声が、表情が、気に入らない。

 

 「この―――!」

 

 激情に任せて拳を振り上げたが、それを振り下ろす事は叶わなかった。

 

 「よせ。お前がオレンジになるだけだ」

 

 声からしてキリトだろう。彼がオレの腕を掴み、グリムロックを殴ろうとしていたのを止めていた。キリトの制止のせいか、さっきまでの激情が少しだけ静まった気がした。

 

 「……放せよ」

 

 「少しは頭を冷やせ。お前らしくもない」

 

 舌打ちをして、グリムロックを掴んでいた手を離した。彼はさして気にした様子は無く、その目は狂気の色を宿したままだった。

 

 「君も私に何か言いたそうだね。大方、こっちの彼とそう変わらない糾弾だろう?」

 

 振り向いて見ると、キリトは俯いていた。表情こそ見えないが、今の彼からはオレの様な激情は感じられなかった。

 

 「……あんた、今幸せか?」

 

 「何……?」

 

 オレが数歩脇へどいたところで、キリトはゆらりと俯いていた顔を上げた。

 

 「……望みどおり奥さんを思い出の中に封じ込めて……幸せになれたのか?」

 

 「何が言いたい……?」

 

 キリトはただ、願いを叶えて幸福かと聞いただけだったが、初めてグリムロックは動揺した。

 

 「いや……あんたの言う愛情ってのも、所詮その程度かって思っただけさ……」

 

 「っ、黙れ!」

 

 キリトはいつもどおりの冷めた表情をしていたが、目は何時にも増して諦観の色が濃かった。

 

 「半年前に奥さんを失っても、あんたは今こうして平然と生きていられる……あんたにとって愛情ってのは、別に無くたって生きていける、その程度の想いだったんだろ?」

 

 「君に私の何が分かる!?私がどれほどの屈辱を、絶望を味わったか!君に分かる筈無いだろう!!」

 

 キリトを見ていると、冷水をぶっ掛けられたかの様に感情が冷めていく。彼の声が、表情が、普段のそれと変わらない―――いや、変わらなさ過ぎるのだ。グリムロックの身勝手な思いに怒りも、憎悪も、嫌悪も、侮蔑も無い……これは明らかにおかしい。

 

 「ああ。俺にはあんたの心は分からない……男女間の愛情なんて、俺にとっちゃ上っ面だけの薄っぺらな……どうでもいいものでしかないからな」

 

 「な、に……?」

 

 グリムロックは掠れた声を上げ、数歩後ずさる。かく言うオレ達も、今のキリトの言葉には息を呑んだ。

 

 「屈辱……絶望か……俺にあんたの心が分からない様に、あんただって俺の痛みはわからないだろうな……上っ面だけを気に入って近づいて手を差し伸べてきたクセに、その手を取ろうとすれば掌返して拒絶される……何度も何度も、得られるかもしれないと期待させられて、一気に付き落とされた俺の痛みが…あんたにわかるか?」

 

 光が、希望が無い。キリトにあるのはただ、暗く深い影と諦観のみで

 

 「男女の愛なんて所詮その程度だ。気に入ったから近づいて、気に入らなくなったから切り捨てる……最も移ろいやすく、不確かで、信じるに値しない―――」

 

 グリムロックだけではなく、オレやヨルコさん達も何も言えなかった。キリトの言う事を否定したいのに口は上手く動かず、言いたい事は言葉としてまとまる事が無い。キリトから発せられる闇に呑まれそうな中―――

 

 「―――違う……それは違うよキリト!」

 

 サクラが叫んだ。彼女は目に涙を溜めて、今にも泣き出しそうな表情だった。

 

 「人の想いは、そんな軽いものじゃ無い……好きな人に……大切な人に笑っていてほしい、幸せでいてほしいって願って、見返りを求めずに注ぎ続けるのが愛情だってわたしは思うの。家族でも、男女でもそれは変わらないよ」

 

 キリトの琴線に触れるものがあったのか、彼の表情が歪み、闇色の瞳が揺らいだ。それを見てから、サクラは涙を拭ってグリムロックへと向き直る。

 

 「グリムロックさん……わたし、わかる気がするんです。奥さんが変わったのは、ただ貴方を救いたかったから……戦う道を選んだのは、怯えた貴方に少しでも希望を見せたかったから……生き生きとしていたのは、他でもない貴方の支えになっていると思っていたから、って。きっと奥さんは、ずっとずっと貴方を愛していたんです」

 

 「っ!わ、私は……私は!」

 

 サクラの言葉に、グリムロックはたじろいだ。彼女に反論したくても言葉が見つからず、ただただ受け入れたくないとかぶりを振っているだけだ。

 

 「貴方が抱いていたのは、ただの所有欲よ!グリセルダさんの心をわかろうとしなかった貴方に、愛情を口にする資格は無いわ!!」

 

 凛とした声で、アスナがとどめを刺した。ついにグリムロックは崩れて、両手をついた。この場に再び静寂が訪れ、やがて夜が明けた。

 

 「……クロト、キリト。この男の処遇は、おれ達元GAに任せてくれないか?もちろん、私刑にかけたりはしない……しかし罪は必ず償わせる」

 

 最初に動いたのはシュミットだった。がしゃり、と鎧を鳴らして立ち上がり、グリムロックの傍らまで歩み寄ってそう言った。オレがそれに答えようとした時、突如シュミットが目を見開き、口元を戦慄かせた。その目はオレ達の後ろを見ていて―――

 

 「グリ、セル……ダ」

 

 思わず零れたような呟きを耳にする前に、オレ達は振り向いた。

 

 「あ……」

 

 「嘘……」

 

 少し離れた、丘の北側。そこにある古樹の根元の、苔むした墓標の傍らに。体が半ば透き通った、一人の女性プレイヤーがいた。

 ヨルコさんも、カインズも、シュミットも、オレ達でさえも、指一本動かすことができなかった。アインクラッドには心霊現象なんてあり得ない。そう解っているのに、目の前の現象を幻覚とは思えなかった。

 

 「ふっ、私に恨み言を言いに来たのかい……ユウコ?」

 

 ただ、グリムロックだけが皮肉気に口を開いた。その声には、もうどうにでもなれという自棄が含まれていた。

 

 ―――いいえ

 

 彼女が首を横に振ると同時に、そんな声が聞こえた。その声には、怒りも、失望も無く―――どこまでも優しく、ただ慈愛に満ち溢れていた。

 

 「まさか……わ、私を…赦すと……?」

 

 グリムロックの、有り得ないといわんばかりの呟きはとても小さく、掠れたものであった。本来なら届かない筈の呟きはしかし、グリセルダさんに届いたようで―――

 

 ―――ええ、貴方を……愛しています

 

 柔和な美しい笑みと、その言葉を最後に、彼女の姿は掻き消えた。残ったのは、彼女がいた名残を示すかのような、薄い金色の煌きだけだった。

 

 「すまなかった、ユウコ!……私は…なんという…愚かな、事を……!」

 

 グリムロックの慟哭が響く中、ヨルコさんはカインズの胸で泣きじゃくり、カインズもシュミットも、黙して涙を流していた。気づけば、オレもサクラもアスナも溢れ出す涙を止められなかったが、

 

 「……どうして、裏切られても……受け入れられるんだ…………!」

 

 ただ一人、キリトだけがひどく辛そうで苦しげな表情を浮かべ、震える拳を握り締めていた。

 

 (オレも、もしかしたら……サクラとすれ違ってこうなってしまうのか……?)

 

 愛する夫の為に変わった妻と、それを受け入れられなかった夫。互いに想いあっていた筈なのに、たった一つの間違いで壊れてしまい、失ってからその大切さを思い知らされる。

 今は、グリムロックを泣かせよう。彼はやっと、自らの過ちに気づき、後悔し、懺悔しているのだから。




 愛情って難しいですよね。



 それと前回のボツシーン(台本形式)
  原作読んでいたらパッと浮かんだんですが、本作のキリトのキャラじゃないや、とカットしました。


 キ「離婚した時のストレージはどうなる?」

 ア「えっと、幾つかオプションがあるけど……」

 サ「わたし達もあんまり知らないの」

 キ「なら、クロトとサクラで試しに―――」

 ク「―――するかボケェ!ムードもへったくれも無ぇ!!」

 ア&サ「キリト(君)のバカアアァァァ!!!」

 ドゴッ!ドガッ!バキッ!ドスッ!(クロト、サクラ、アスナに殴られヤタに突かれるキリト)
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