SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 今回の話、始めの辺りは飛ばしてもらっても結構です。いつになく長ったらしくなったので……


閑話 アスナの想い

 アスナ サイド

 

―――私は、キリト君が好き。

 

 最初は他の人とは違う不思議な感じの人くらいだった。デスゲームとなったこの世界で、アルゴさんに助けてもらったとは言えほとんど手探りで情報を得なくてはならなかった私達に色々な情報を教えてくれたし、そのくせ特に見返りを求めてくる事は無かった。助けてくれる理由を聞けば、私達が強くなれば結果的に自分が楽できるから、といつも煙に巻いた答えしか言わないくせに、妙に感情的に動く事もあったり、クロト君と揃って無茶をしたりしていた。

 でも、不思議な感じがすると同時にハル君への気遣いは確かな物であり、弟思いな人という印象は強かった。

 彼を見ていると、現実世界の兄を思い出す事が幾度となくあった。兄妹仲は悪くなかったけど、歳が離れていたために接する機会が少なく兄とはどこか壁があった気がする。

 だから、彼らの仲のよさにどこか憧れていたんだと思う。兄もキリト君みたいに、妹である私の事をずっと気にかけてくれてたのかな、とか私もハル君みたいに兄に甘えてみたかったな、なんて無意識に何度も夢想した事もある。

 

 ―――そうやって彼らを見ている中でふと、キリト君の影に気づいた。

 

 きっかけは、五十層のボス攻略戦直後の些細な事だったと思う。久方ぶりというかなんというか、サクラがクロト君に大胆な事をして周りが騒いでいる中で……彼だけ違った。羨望、憧憬、諦観……様々な感情が入り混じった暗い瞳が、涙こそないものの泣いているような表情が、私の心に引っかかった。

 二十五層を越えた辺りからやや疎遠になり、約一ヶ月後にはボス戦以外では言葉を交わす事なんてほぼ無かった。四十九層まではクロト君ですらついていくのがやっとな無茶を平気でやっていたし、ほとんどの事に対して無表情だった。そんな彼が久しぶりに見せたあの表情が、私は忘れられなかったのだ。

 

 ―――今思えば、この時から惹かれ始めていたのかもしれない。

 

 でもその時の私はKOBの副団長として、何より自分自身が現実世界へ帰る事を最優先として戦っていたので、自分の想いに蓋をした……ううん、押し込めて気づかないふりをしていたんだと思う。仕事中にキリト君の事が頭をよぎる事が何度かあったし、彼ばかり目で追っていた気がする。何よりも、キリト君を見た時に心がモヤモヤしたのはよく覚えている。

 

 ―――この想いが私の中ではっきりしたのは、彼と剣を交えた時だった。

 

 見える物や聞こえる物など、ほぼ全てが偽物であるこの世界で時間が過ぎていけばいくほど、現実世界での私達の時間は失われていく。現実世界で今まで積み上げてきた物全てが音を立てて崩れ落ちていくのが怖くて、一日でも早くゲームクリアをしなければという強迫観念に囚われていた。そんな追い立てられるような私の剣を、彼は’こんなもの’と一蹴した。

 

 ―――ふざけないでよ!

 

 真っ先に湧き上がってきたのは怒りだった。今までの私の、現実世界へ帰るための努力を否定されたような気がしたから。それがきっかけで、今まで押さえ込んでいた感情に歯止めが利かなくなってしまい、全てキリト君へとぶつけた。傍から見れば、駄々をこねる子供みたいだったと思う。でも彼は正面から向き合ってくれたし、私の言葉を聞いた上で’今生きているのはこのアインクラッドだ’と叫んだ。

 その時のキリト君の目は、真っ直ぐに私を見ていた。彼の真剣な眼差しを、想いの篭もった剣を受け、彼への恋心を偽れなくなった。

 

 ―――初めて抱いた恋心は、気づいた時にはもうどうしようもないくらい大きな物になっていた。

 

 本音を言えばサクラ達のようになりたくて、でも恥ずかしくて中々素直になれなくて。そのため彼との距離は大して変わらないまま。むしろサクラの方が近いんじゃないかなって不安になり、どうしたら彼との距離が縮まるのかって思うようになって、今までとは別の理由で眠れなくなった。

 

 ―――でもそれは、意外な理由で何とかなってしまった。

 

 クロト君と揃って攻略をサボって昼寝をしていたのを見かけたときは、やっぱり素直になれなくてつっけんどんな言い方をしてしまった。でもキリト君はさして気にしていなかったし、私に’寝てみたら?’とまで言ってきた。

 試しに横になった途端に眠ってしまったのは……今でも凄く恥ずかしい。でも、あの時感じた日差しの温もりや風の心地よさは本物だって思えたし、私達がこの世界で生きているんだって事がようやく分かった。

 私が起きた時のキリト君は悪戯っぽい笑みを浮かべていて、普段よりも表情が明るかった。それを見た瞬間、彼にほとんど意識されていない事に気づいてショックを受けたけど、同時に彼との距離が縮まらない事を不安に思っていた自分が馬鹿らしくなった。

 

 ―――こうなったら、何が何でも振り向かせてみせる!

 

 そう決意したものの、せっかくの御洒落はスルーされ、手料理だってハル君の踏み台扱いされてしまった。御洒落は……男の子だし百歩譲ってそういった事に疎いからだとしても…………手料理の感想にアレは無いと思う。

 それに……勇気を振り絞って伸ばした手は振り払われてしまった。とても悲しかったけど、あの時のキリト君は様子が変だった。そして彼が―――恋愛に対して否定的だって知った。諦めて、冷め切ってしまったかのような彼の表情を見たとき、胸がすごく痛かったのは記憶に新しい。それと同時に、キリト君の影を振り払ってあげたい、彼の心に希望を灯してあげたいって思ったの。

 

 ―――だから、これからも手を伸ばそう。君の事が……好きだから。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 五十層主街区”アルゲード”

 

 「ここ……なのよね」

 

 転移門広場から少し離れた通りに建つ一軒家。外見は特に変わったところは無く、強いて挙げるなら武具屋を表す看板が申し訳程度についているくらい。

 青地に白で染め抜かれた盾と剣と甲冑の紋章は、キリト君の弟にしてアインクラッド初の鍛冶プレイヤーであるハル君の店の物。盾は’加護’、剣は’力’、甲冑は’勇気’をイメージした物であり、女性プレイヤーのほとんどが常識として認知している。値は張る物の武具はどれも高品質で、ハル君の容姿も併せてショタコンな人たちにはこの紋章はブランド扱いされている。兄弟である事がばれない様にキリト君達の装備にはついていないけど、彼らの剣を鍛え上げてきたのは間違いなくハル君だ。

 

 「看板はあるし……ハル君の位置情報もここにある」

 

 フレンドリストの追跡機能でハル君を探すと、目の前の店にいる事がわかった。つまりこの店がキリト君達三人が暮らしている家でもある。ハル君を探したついでにキリト君達の位置情報を調べてみると追跡できなかったので、きっと今頃迷宮区に潜り込んでいるんだと思う。サクラ達だってそうしてるだろうし、元々私もその予定だった。

 でも今朝急に団長からオフだと言われ、とはいえ何かする気が起きなくて―――ふと思った。ハル君なら、キリト君が何故恋愛に否定的なのかを知っているんじゃないかって。

 本当は本人に訊くのが一番良いのだけれど、きっとキリト君は女の子である私に話してくれないから、彼に最も近くて、彼の事を一番知っているであろうハル君に聞くことにした。

 

 「いらっしゃいませ!……ってアスナさん!?」

 

 いざ店内に入ると、何故かハル君に驚かれちゃった。

 

 「こんにちは、ハル君。……私がここに来るのってそんなに変かしら?」

 

 「いや、装備はリズさんの以外使いたくないってリズさんから聞いたので、ここに来るとは全然思って無くて……」

 

 なんだ、そういう事ね。確かにリズ以外の人の武器はあんまり使いたくないと思ってるし、リズに黙って他の人の武器を使うなんて彼女への裏切りになる。

 リズのお店に比べれば小さいけど、綺麗に整理された店内はお客にとって利用しやすくなるようにきちんと考えられていて、ハル君の人柄の良さが感じられた。

 今お店にいるのは私とハル君の二人だけみたいだし、キリト君達が帰ってくる前に話を済ませてしまおう。

 

 「今日来たのは、ハル君に聞きたい事があるからなの。今って時間ある?」

 

 「はい、大丈夫ですけど……ちょっと待ってて下さい」

 

 ハル君はそう言って閉店作業―――表の看板をcloseに変えて玄関のドアをロックするのみ―――をしてから、奥にある居間へと通してくれた。

 リズのお店には雇ったNPCの店員がいるから、外出する時や寝る時以外はほぼ開いているけど、このお店にはハル君一人だけ。その為お店に出られない時は必ず閉店作業が必要になってしまう。その事を申し訳なく思いながら、居間に入った。

 居間には四人掛けのテーブルと椅子、小さなキッチンがあり、どれも質素ではあるもののどこか人の温もりを感じさせる物だった。キリト君達がここで生活している姿を想像すると、少しドキドキする。

 

 「そこの椅子に掛けててください。今お茶を用意しますから」

 

 「ありがとう。そうさせてもらうね」

 

 手近な椅子に座り、改めて部屋を見回す。

 

 (あの止まり木……ヤタはあそこにとまってるのかしら?)

 

 部屋の隅にある止まり木に、いつもクロト君の左肩にいる三つ足の鴉がとまる姿を思い浮かべる。そのまま視線を動かして……窓際の揺り椅子に目が留まった。

 視線をフォーカスしてみると、二人掛けの物である事が分かった。

 

 (ひょっとして……キリト君とハル君が使ってるのかな?)

 

 先日ハル君に膝枕をしていた事を思い出し、二人が椅子に座って揺られる姿が容易に想像できた。

 

 「どうぞ」

 

 「ありがとう、いい香りね」

 

 出されたお茶は、素朴ながらもどこか心を落ち着かせる不思議な香りで、しばしその香りを楽しんでしまった。

 

 「―――それで、聞きたい事って何ですか?」

 

 出されたお茶の事など他愛の無い雑談を少ししたところで、ハル君が本題にはいってきた。私から切り出すべきだと思っていたけど、先に言い出せるハル君の気遣いには敵わないかもしれないと感じた。

 

 「その……キリト君の事をね」

 

 「……何故ですか?」

 

 まだ恥ずかしく思うところはあるけど、彼の事を知りたいと言った私に返ってきたのは、先ほどとは打って変わって警戒を露にするハル君の声だった。

 

 「その様子を見る限り、大体の予想はつきますけど……」

 

 いつもの笑みを消し、真っ直ぐ射抜くように私を見るハル君の目は今まで見た事が無いほど真剣だった。私は彼の変化に驚き、言葉に詰まっていた。

 そんな私の事を気にすることも無く、彼は次の言葉を発した。

 

 「兄さんに惚れたんでしょう?」

 

 「っ!?!?」

 

 いきなり言われるとは思っていなかったので、普段の自分が保てなかった。瞬く間に顔が熱くなり、訳も無く両手がせわしなく動く。言葉も上手く出てこなくて、ただ口がパクパクと動くだけ。

 

 「その慌て方が図星だって言ってるようなものですよ」

 

 「……あぅ」

 

 ……うぅ、凄く恥ずかしい。私ってそんなに解り易いのかな……?とりあえずお茶を飲み、心を落ち着ける。私が一息つくのを確認してから、ハル君は目を細め、口を開いた。

 

 「先に言います―――その好意が、兄さんの上辺だけを気に入った軽い気持ちなら、もう兄さんに近づかないでください」

 

 (やっぱり……ハル君は何か知ってるのね)

 

 ようやく確信が持てた。ハル君はキリト君の影を知っている。

 

 「……私は、遊びで人を好きになったりはしないわ。この想いは、君が言う軽い気持ちじゃない!」

 

 知りたい。キリト君がどうしてああなってしまったのかを。私に光を見せてくれた彼がずっと闇に囚われている理由を。

 

 「なら、兄さんのどこを好きになったんです?」

 

 「彼の……全てよ」

 

 そのためなら、私は偽る事無くこの想いを晒そう。そう思った途端、羞恥心は微塵も感じなくなった。

 

 「ふざけてるんですか……!」

 

 怒気を孕んだ視線を向けてくるハル君をしっかりと見据えて、私は口を開いた。

 

 「本気よ。……この世界で真剣に生きてる姿や、よく無茶するけど結局は上手くいってケロッとしてる所とか……ハル君の事を大事にしている所やその時見せる優しい表情、それに―――」

 

 気づけば自分でも驚くくらい饒舌になっていた。でも口は休む事無く動き、しばらく言葉を発し続けた。

 キリト君の前ではつい怒ってしまったり、素直になれずに心にも無い事を言ってしまったりするけど…………今まで見てきた彼の全てが愛おしい。

 この世界で生きている事を教えてくれた。今この瞬間も私達はこの世界で生きていて、日々を積み重ねているんだって。時間が過ぎていくほど現実世界で積み上げてきた物が崩れ落ちていくという、終わりの見えない暗闇にいた私を助けてくれた。希望の光を見せてくれた。だから……

 

 「―――何より、彼の心からの笑顔を見たいの。遠くからじゃなく、すぐ傍で」

 

 今度は私が助ける番。彼の闇を振り払い、心に希望を与えて……彼を守りたい。

 

 「だから、教えてほしいの。キリト君がどうして恋愛に否定的なのか……諦観した目をするのかを」

 

 彼の強さに隠された’何か’を教えてほしい。

 

 「……そこまで兄さんにベタ惚れした人は初めてですよ……」

 

 と言うかお腹いっぱいです、と呆れた表情でハル君は言ったけど、私何か変な事言ったのかな?

 

 「アスナさんの想いがちゃんとしたものだっていうのは解りました。でも……僕が勝手に兄さんの過去を話すわけにはいきません」

 

 「そう……」

 

 普通に考えて、私が聞きたい事はマナー違反になる事だから仕方ないのかもしれない。それでも落胆する気持ちがあった。

 

 「兄さんの過去に何があったのか……それは本人から聞くべきです。僕にできるのは、アスナさんが兄さんに想いを伝える手助けぐらいですよ」

 

 「ありがとう……それで十分だわ」

 

 キリト君の事をよく知るハル君となら、きっと何か上手い方法が思いつくかもしれない。

 

 「ただ……鈍感な兄さんに好意を伝えるには回りくどい方法は無意味ですし……かと言ってストレートに行き過ぎると拒絶されますし……」

 

 「……そうなのよねぇ……」

 

 この前だって手を振り払われちゃったし……うぅ、難しいよぅ。

 

 「兄さんは恋愛以外は鋭いですから、近づくにはちゃんとした建前が必要です……さしあたっては、クロトさんとサクラさんをくっつける手伝いとかはどうです?サクラさんを連れて二人に近づいて、アスナさんは兄さんとパーティー組んでクロトさん達を二人きりにさせてしまうとか」

 

 「そうね……外堀からでも埋めていかないとあの二人、仲が進まない気がするわ」

 

 そこでハル君はにっこり笑い、私のまだ新しい傷を抉ってきた。

 

 「あと兄さんって色気より食い気の方が強いですから、お弁当とかで胃袋掴んじゃえばいいですよ」

 

 「……弁……当……?」

 

 きっとハル君はあの事を知らないと思う。だからハル君は悪くない……悪くないけど……!

 

 「あ、あの~ひょっとしてあげた事あるんですか?」

 

 「うん……ハル君の方が美味しいって……」

 

 あの時の事を思い出し、私はどんよりしてしまう。でもハル君は何かを閃いた様で、指を鳴らした。

 

 「料理好きの女の子としてのプライドを建前に渡せばいいんじゃないですか?’自分のより美味しい料理を作れる人はいないって言わせてみせる!’的な感じで」

 

 話は僕の方からしておきますから、とにこやかに言うけど、その笑顔に裏に潜む静かな怒りは正直怖い。エギルさんのお店で見せたような大噴火をするんじゃないかって思うと、自分の表情が引きつってきたのが分かった。

 

 「思い立ったが吉日って言いますし、今日から準備を始めて近いうちに実行しちゃいましょう!」

 

 「そ、そうね……」

 

 でも、彼に会う口実ができたわけだし、これで良かった……のかな?

 

 「と、とりあえずやる事は決まったから、今日はこれで失礼するわ。本当にありがとう」

 

 「いえ、こちらこそお話できてよかったですよ……あ、出るならそこの裏口使ってください」

 

 不本意とはいえ、自分が目立つ事はよく知っている。ここへ来る時だってKOBの制服は着てこなかったし、攻略初期の頃につけていたのと同じようなフーデットケープで顔も隠した。

 外へ出る前に降ろしていたフードを被りなおし、ハル君の厚意に甘えて裏口から出る事にした。

 

 「……アスナさんなら、もしかしたら……」

 

 ハル君が何かを呟いていたけれど、これからの事を考えていた私にはよく聞き取れなかった。




 SAOの映画化と新作ゲームの事を遅ればせに知りました……


 どっちも超楽しみだぜえええぇぇぇ!!!!
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