今回はオリヒロの桜のお話です。
――2022年 10月某日――
「明日奈先輩、おはようございます!」
「おはよう、桜」
登校中に明日奈先輩に会ったので、わたしは挨拶をする。彼女はわたしが現在通っている女子校の一年先輩で、中学三年生になる。
明日奈先輩とはまだ一年ぐらいの付き合いしかないけれど、妹のように可愛がってくれる。わたしも、明日奈先輩のことを姉のように思い、よく一緒に過ごしている。
(明日奈先輩、今日もきれいだなぁ……)
「桜、どうかしたの?」
「い、いえ。何でもありません」
小首をかしげ、微笑みながら訊ねてくる明日奈先輩はとても可愛らしく、同性であってもドキッとする。…わたしも同じくらい魅力的になれるかなぁ……
明日奈先輩は姉のような人だけど、わたしは同時に”女性”としてライバル心を燃やしている(こっそりとだが)。一番の目標は”あの人”だけど……
「そういえば桜、この間男の子に告白されたって聞いたけど?」
「へ!?誰から聞いたんですか!?」
突然告白されたことを訊かれ、びっくりしつつも誰から聞いたのか質問する。明日奈先輩はこういった話には疎いはずなのに―――
「木谷さんよ」
「あぁ~、あの人ですか……」
明日奈先輩は少し不機嫌そうに教えてくれ、それを聞いたわたしも納得する。
木谷先輩は、明日奈先輩のクラスメイトにして三年生で第二位の学力を誇る(第一位はもちろん明日奈先輩)。裕福な家庭で育ったお嬢様で、いつも二人か三人くらいの取り巻きと共にいる。
明日奈先輩にあからさまに対抗心を燃やし、何かとつっかかって来るのだ(明日奈先輩はほとんど相手にしないので、独り相撲になることが多い)。
きっと明日奈先輩が動揺する顔が見たいのだろう。いつも一緒にいるわたしの事(主に恋愛関係)を明日奈先輩に報告するようなことも当たり前になってきた。
(明日奈先輩はそんな事で動揺する人じゃないんだけどなぁ……)
「それで、お返事はしたの?」
「いいえ、ふっちゃいまいした」
「そうなの?大分真面目な人だって聞いたけど?」
「確かに、今まで告白してきた中では一番まともな人でしたけど……」
「やっぱり、”彼”が忘れられないのね……」
明日奈先輩はわたしの額――正確には左の前髪についている黒いヘアピン――を見ながら納得したような表情をする。
わたしは彼――クロト――のことを、明日奈先輩にはかいつまんで話してある(渾名で呼んでいたことが恥ずかしいので、彼女の前では”彼”としか言っていない)。と―――
「昔引っ越した初恋の人を想い続けるって、すごくロマンチックね…」
明日奈先輩は、顔を少し赤らめながら、憧れる様に呟いた。それを見ると、やっぱり明日奈先輩も女の子なんだなぁって思う。だからつい―――
「明日奈先輩はどうなんですか?」
と、訊いてしまった。答えなんて分かりきっているのに………
「私には、そんな余裕はないわ。きっと、お父さん達が紹介する人と結婚するだろうし。だから今の私は、その時恥ずかしくない”キャリア”を積まなければならないから…」
少し表情を曇らせ、明日奈先輩は答える。
名家たる結城家に産まれた以上、その将来は決まっているのだと。そのためのレールは、もう敷かれているから。恋愛なんて必要ないのだと………
でも、それは本心からのものではないと、半年ほど前から少しずつ感じている。でなければ、曇った表情をするはずが無いから。明日奈先輩だって本当は”ただの女の子”だって、わたしは知っている。
学校でこそ、才色兼備でありながらどこか他人を寄せ付けない硬い空気をまとっているアスナ先輩。だけどプライベートの時間では、とても暖かく、包み込むようなやさしい空気をまとっている。わたしが今なお憧れている”あの人”のように。そしてそれこそ、明日奈先輩の本来の姿なのだ。
だからこそ、わたしは明日奈先輩には、家のしがらみに囚われず、”普通の幸せ”を得て欲しい。素敵な人と出会い、恋をして、結婚して、子供を産み、共に年を重ねていくという”普通の幸せ”を。だからわたしは言う。
「そんなことありません!!まだお相手は決まってないんですよね?だったら、その前に恋した者勝ちですって!!明日奈先輩なら、きっと素敵な人と出会えます!!」
言った後になって、すごく恥ずかしくなった。思わずうつむいてしまう。すると―――
「ありがとう、桜」
明日奈先輩は優しい声でそう言いながら、わたしの頭を撫でてくれた。そのおかげでなんとか顔をあげられた。そこまではよかったのだが、明日奈先輩は急に悪戯っぽい表情で―――
「でも、私にそういう前に、”彼”を見つけないとね~?」
と、言った。途端にわたしは真っ赤になったのを自覚する。効果音があればきっと”ボンッ!!”という感じだっただろう。さっきよりも恥ずかしくなり、
「い、いきなり何を言うんですかぁ!?!?今ので全部ぶち壊しですよっ!!」
「あはは、ごめんごめん。桜が可愛くてつい」
「もうっ!先に行きますから!!」
「うん、また後でね~」
そうだった………今日は気になっていた料理本を放課後に一緒に探そうって約束してたんだった………引きずらずにいられるかなぁ…
放課後、特に問題も無く目当ての本を購入した帰りのことだった。何気なしに広告用の大型ディスプレイを見ると、今話題のゲーム――ソードアート・オンライン――のプロモーション映像が流れていた。”彼”を思い出しながら眺めていると明日奈先輩が声をかけてくる。
「どうしたの、桜?」
「あれを見ていたんです」
「ソードアート・オンライン?興味があるの?」
「はい、少し。っていっても、”彼”もゲーム好きだったなぁって思い出してたんですけど」
「ふぅん。私も興味はあるけど、まずやることは無いと思うわ。すごくリアルだって聞いたことあるけど、所詮はゲーム。ただの」
「時間の浪費、って言うんですよね?」
「ええ」
結城家の人間としては、そう考えても仕方ないかも知れない。でも!
「明日奈先輩は根を詰めすぎです!少しくらい、息抜きで娯楽を楽しんでもバチは当たりませんって!」
そう言うと、明日奈先輩は少しポカーンとした表情だったが―――
「心配してくれてありがとう。でも、息抜きはもう足りてるから大丈夫よ」
そう言って微笑んだ。同性であっても、見とれてしまうくらい魅力的に。
(わたしも、クロトに会うまでにこのくらい魅力的になれるかな?)
少し不安がよぎった。しかし―――
「そんなに気が回るんだから、きっと”彼”にとって素敵なお嫁さんになれるんじゃない?」
「おっお嫁さん!?!?」
また雰囲気ぶち壊しな発言で、わたしはたまらず赤面する。お陰でさっきの不安はどこへやら、恥ずかしさでいっぱいになる。
「ふふふっ。桜って本当に可愛くって面白いわねぇ~」
「もうっ!ひどいですっ!!」
ひたすら抗議するわたしと、笑いながらそれを受け流す明日奈先輩。しばらくそれが続いたが、気がつけば明日奈先輩の門限が迫っていた。
「それじゃあ桜、また明日」
「はい!また明日!」
その夜、わたしはベッドの中で今日のことを振り返っていた。
(そういえば、抽選でSAOが当たったって言えなかったなぁ…)
VRでならもしかしたら会えるかも?という淡い期待を抱き、SAOのベータテストおよび初回ロットの抽選に応募したのだ。
結果として、ベータテストこそ外れたが、その後の初回ロットに当たった。それが非常に嬉しかったのはまだ記憶に新しい。
とはいえ、その後の情報でアバターは性別を含めて自由に設定できると聞き、クロトを探すのはほぼ不可能だと分かった時はショックだったが。
だが、恥ずかしくも嬉しい事だってあった。
(”お嫁さん”、かぁ………)
言われたことを思い出すだけでも顔が少し熱くなる。けど……
(いつになったら、クロトに会えるかな?)
今のわたしは、クロトがどこにいるのか分からない。それに、彼は別の女の子を好きになっているかもしれないのだ。
だから、もし仮に会えたとしても、彼の隣にはいられないかもしれない。極力それは考えないようにしているが、そうなったら多分わたしは立ち直れないと思う。
そう思うと胸が締め付けられ、涙を流さずにはいられなかった。
(おばさん……わたしはクロトにふさわしい女の子になれましたか?今のわたしは、彼をちゃんと包み込んであげられるほど優しくなれましたか?もしそうなったら、彼に会わせてくれますか?)
外してあるヘアピンを両手で包むようにして握り、クロトの母である、おばさん――鉄 和美さん――に心の中で訊ねずにはいられなかった。
ひとしきり泣いて、気持ちが落ち着いたので、彼がヘアピンをくれた日を思い出す。
(あの日クロトは、”きっとおばさんが会わせてくれる”って言ってた………だから、だから今は信じよう………クロトを…そしておばさんを…)
好きな人を想うと、それだけで心が温かくなる。どれだけ時間が経っても色あせることの無いこの想いが、いつかきっと叶うと信じ―――
「おやすみ、クロト」
ヘアピンに軽く口付け、彼のことを想いながら眠りに落ちた。
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