SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 今回、いつもよりは長めです。


五十話 傷だらけの黒

 クロト サイド

 

クラディールの言葉に動揺してしまったオレは、迷宮区に到着するまでの道中ずっと戦闘に参加できなかった。サクラが隣で手を繋いでいてくれたので普段よりも早く復帰できたのだが、アスナ達が頑として前に出させてくれなかったのだ。迷宮区に入っても

 

 「今日のクロト君、前衛禁止!」

 

 とアスナに釘を刺され、大人しく弓を持って後方の警戒をするに留まっている……まぁ、サクラが隣にずっと居てくれてるから嬉しいと言えば嬉しいんだけどさ。

 前衛はキリトとアスナが務め、やや後ろに控えたハルにLAを譲り経験値を稼がせていた。ごつい鎧と大きな盾は正直似合わないハルだが、冗談抜きで命がかかっているのだ。外見なんて気にしていられない。

 だが、装備的にはタンクを務めるべきハルはほとんど敵にタゲられていなかった。理由は至極単純で、キリトとアスナの二人が攻撃の隙を与えないくらいの連携でゴリ押ししているからだ。

 

 「せやあぁぁ!」

 

 小攻撃をメインに手数で責めるアスナが、敵のガードにわざと重攻撃を繰り出してブレイクポイントを作る。そこにすかさずキリトがスイッチして、重い連撃を叩き込む。これによって敵の体制は大きく崩れ、虫の息になるのだ。あとはハルがトドメを刺すだけ。なんとも良くできたコンビネーションだ。

 

 「それにしてもアスナ、よくピンポイントに突きを当てられるなぁ」

 

 「アスナさん、一層の時から『リニアー』をブーストできたから……」

 

 そうだった……あのキレと速度を見た時の衝撃は、二年経った今でも覚えている。確かにアレは、システムアシスト任せでは到底たどり着かないものだった。

 

 「……つか、いつものオレのポジが完全にアスナに食われてる……」

 

 「え、えっとね……アスナさん、立ち回りはクロトを参考にしてたから、ね」

 

 「いや、『ホリゾンタル・スクエア』全部ギリギリで回避とか無理だし……」

 

 パワータイプのmobであるデモニッシュ・サーバントが放ったソードスキルをステップのみで回避したアスナは、間髪入れずに『スター・スプラッシュ』を発動。細く隙間だらけな骸骨剣士の胸の辺りに突きを当てる姿にキリトやハルも目を奪われてしまう。

 オレの場合は、彼女よりも余裕をもって回避するか、できなければパリィで凌ぐ。そうしてできた隙をキリトが攻めて、その逆も同様だ。ただ、オレはキリトほどの火力が出せないのでタゲ取りしてる方が多い。

 キリトからは疑似的なタンクもディーラーもできて羨ましいと言われたが、オレは彼の方が羨ましい。はっきり言って中途半端なのだ、オレは。状況に応じて柔軟に立ち回りが変えらるので、今のビルドが間違っていたとは思わないが、階層を重ねる毎に敵のAIが強化され、七十層を超えた辺りから囮役が困難になってきている。

 

 「ハル、今だ!」

 

 仰け反った敵に『バーチカル・スクエア』を叩き込んだキリトの指示で、ハルが『パワー・ストライク』の一撃を放つ。それによって残り二割にも満たなかった骸骨剣士のHPバーが消し飛び、爆散した。ここまでで数回の戦闘をこなしているキリト達だが、どれも安定していて問題らしい問題は見られなかった。今日一日は本当にただいるだけになりそうで、彼の相棒としては少々複雑だった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「ハル、素材の集まり具合はどうだ?」

 

 「うん、必要な分は集まったよ」

 

 自身のストレージを確認しながら、ハルは満足そうに頷いた。いつもならここでキリトが頭を撫でる所だが、今のハルは兜によって頭全体をすっぽり覆われている為それができない。ほとんど癖でハルに伸ばしかけた手をひっこめたキリトは、バツが悪そうに頬を掻いていた。

 

 「お前等が順調だったからうっかりしてたけどよ……もう迷宮区の最上階だぜ?」

 

 「……あ」

 

 「も、もうボス部屋でマップ埋まっちゃうんじゃないかな……」

 

 気づけば道は目の前をまっすぐ伸びていくだけだし、周りの雰囲気も重苦しいものになっていた。ここまで順調すぎたので気づかなかったが、今までの経験からすれば、次の部屋がボス部屋である事はほぼ間違い無いだろう。

 

 「……カアァ……」

 

 「おいおい、本当にボス部屋じゃないか……」

 

 一本道を進み続けて幾何もしない内に、ヤタが唸るように鳴く。そしてそれと同時に、オレ達の視界に巨大な扉が映った。

 

 「こ、この奥に……フロアボスがいるんだよね……?」

 

 「ああ。ハルは初めてだし、扉の外で待ってろよ」

 

 不安そうなハルをなだめるように、穏やかな声を発したキリトは、アスナと共に転移結晶を片手に扉を開けた。

 一パーティーにも満たない人数で戦うつもりはないが、折角だしボスの姿を拝んで行こうという話になったのだ。元々フロアボスは部屋から出てこないし、転移結晶を使えばすぐに圏内へと脱出できる。しかもここには実際レイドの指揮を執る事が多いアスナとサクラがいるので、彼女達がボスの情報を持っていれば今後の偵察戦もスムーズに行える筈だ。

 

 「バトルジャンキー発揮して粘ろうとすんなよ」

 

 「んな事するかよ……お前こそ今日戦ってなくてウズウズしてるんじゃないか?」

 

 いつもの軽口を交わし、キリト達が部屋へと入った。オレも念の為、部屋の外で弓に矢を番える。サクラはオレの邪魔にならないようにか、少し離れた所で待機している。だがその表情は真剣そのものであり、剣こそ抜いていないが心構えはできているようだった。

 

 ―――まだか

 

 キリトとアスナが部屋に入った事で、ボス出現の演出が始まる筈だが、部屋の奥は漆黒の闇に包まれたままだ。

 

 「……」

 

 どんな些細な変化も見逃すまいと神経を尖らせたその時、部屋の中に青い炎が灯った。すると連鎖するように、手前から奥へ向かって次々と大きな燭台に炎が灯っていく。今まで見えなかったが、燭台は円形のボス部屋の壁伝いに設置されていたようだった。そして青い炎に照らし出された巨躯が、部屋の中央に鎮座している。

 全身縄の如く盛り上がった筋肉に、周囲の炎に負けぬ深い青い肌。両の側頭部から、立派にねじれた太い角が伸びた山羊の頭。視線を下げれば、人のものではないと解る下半身と、そこから尻尾として蛇が生えているのが見て取れた。

 ……ぶっちゃけRPGの鉄板だが、SAOではあまり見なかった悪魔型のモンスターが、この層のボスだったのだ。

 

 「グルルゥゥ……」

 

 ザ・グリームアイズ。それがボスの名だ。カーソルと共に名が表示されたのと同時にヤツの目が怪しく光り―――

 

 「ゴアアアァァァァ!!」

 

 ―――右手に持った両手用の大型剣を振り上げながら、オレ達めがけて走り出してきた。

 

 「て、撤退!てったあぁぁい!!」

 

 「うわあぁぁぁ!」

 

 「きゃああああ!」

 

 「いやあぁぁぁ!」

 

 「うぐぇ……!」

 

 ハルがいる手前、みっともなく叫ぶ事こそなかったが、それでも裏返った声で撤退宣言をしたキリト。そんな彼に抱えられながらも初めて見たフロアボスに悲鳴を上げたハル。アスナとサクラも悲鳴を上げるのは我慢できなかったようで、全速力でボスとは反対方向に駆け出した。

 オレも逃げようと思ったのだが……先に動き出したサクラがオレのマフラーを引っ掴んだようで、現在引きずられている。

 

 (……つーかコレ、引きずられている……のか?)

 

 さっきの悪魔を忘れようと現実逃避する頭で、ふと今の自分に疑問を抱いた。何故なら―――

 

 (……マンガやゲームじゃねぇんだし……いや、この中ってゲームだったか)

 

 ―――今のオレ、地面に足がついていないのだ。というかほぼ水平。首が締まって息苦しい。元々アバターは呼吸を必要としないので、窒息死する事はない。だがしかし、感覚の問題はどうしようもない。サクラ達が一体どこまで走るのかをぼんやりと考えながら、オレはされるがままだった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「げほっ…げほっ……」

 

 「ごご、ごめんねクロト」

 

 安全エリアにて、漸くサクラが止まってくれたのでオレは解放された。とはいえ怒るつもりはない。ボスが怖かったのはオレも同じだし、サクラが引っ張ってくれなかったら己の黒歴史になるくらいのみっともない叫びをあげていただろうからだ。ぶっちゃけ恥ずかしい所を見られなくてよかった、と思っている自分の方が大きい。

 

 「―――あれは苦労しそうだね……」

 

 一息ついたところで、アスナがそう切り出した。それを機に、オレ達の思考もボス攻略にシフトする。

 

 「パッと見、武装は大型剣一つだけど……特殊攻撃はあると踏んでいいだろうな」

 

 「つーか尻尾が蛇だったし、後ろにも攻撃が来るだろ絶対」

 

 「偵察戦では前衛に堅い人を集めて、地道にスイッチしてパターンの解析……でしょうか?」

 

 キリト、オレ、サクラの順に意見を述べ、アスナが吟味するように考え込む。ハルは力になれないと分かって何も言わずに兜と籠手を外し、携帯調理器具を取り出して昼食の準備を進めていた。……昼っつってももう二時過ぎだけどな。

 

 「盾装備の奴が十人以上……最低でも二パーティーくらいは必要だろうな……またDDAの連中がLAよこせってうるさいだろうなぁ……」

 

 キリトがうんざりしたように呟き、サクラが同意するように頷いた。

 KOBにもタンク隊はいるが、その全員がボス戦に参加できる程の練度という訳ではない。ギルドの規模もそこまで大きくない為、事前情報の無い偵察戦に出せるのは一パーティーがやっとだろう。そうなると必然的に大規模ギルドのDDAに頼まざるをえない。そしてDDAは「危険な偵察戦に最も多くの人材を派遣するのだから相応のリターンを」と突っかかってくる。これが中々に面倒臭い。これだからパワータイプのボス戦は嫌いだ。

 

 「盾装備、ねぇ……」

 

 アスナが意味ありげに、キリトを見る。彼はそれが気になったのか、少しぶっきらぼうに口を開いた。

 

 「一体何だよ?」

 

 「君達、何か隠してるでしょ」

 

 不意打ちに近い形で鋭い指摘を受けたオレ達は、せめて動揺を悟られないように平静を装うのが精一杯だった。

 

 「いきなりだなアスナ。何の根拠があって―――」

 

 「―――だっておかしいもん。片手剣の最大のメリットは盾を持てることでしょ。でもキリト君が盾を持ってるとこ見た事ないし……私はレイピアの速度が落ちるからだし、スタイル優先で盾を持たない人もいるけど、キリト君はどっちでもないでしょ」

 

 「いや、コイツは左手で体術スキル使う事もあって―――」

 

 「だったら籠手と一体型の盾を使えばいいじゃない。素手よりそっちの方がダメージが大きくなるんだし、小さいから動きの邪魔になる事も無いでしょ……怪しいなぁ」

 

 ……まずいまずいまずい。取り繕うつもりが墓穴を掘っちまった。アスナの指摘でサクラも疑いの目を向けてくるし、ハルはどうしたらいいのか分からなそうだ。そして肝心のキリトはアスナから目を逸らし、オレにアイコンタクトを送ってきた。

 

 ―――二人になら、話してもいいだろうか?

 

 例え打ち明けても、この二人ならば離れていく事は無い筈だ。それが分かっているからこそ、キリトは迷っているのだ。だが、オレはサクラ達に気づかれないよう、ほんの僅かに首を横に振った。

 おそらくキリトのみが持つエクストラスキル、二刀流。いざという時に万全の状態で使えるように、スキル自体はとっくにコンプリートしているし、ダークリパルサーを入手してからはヤタの索敵範囲内に人がいない状況では遠慮なく使って慣らしている。それ故オレは二刀流が生み出す火力がどれほどのものであるかは嫌というほど見ているし、使えばキリトはダメージディーラーとして今以上に攻略組に無くてはならない存在となる事は容易に予想できた。

 つまり二刀流を知られてしまえば、キリトは戦い続ける以外の道を選べなくなってしまうのだ。この二年間で、彼がどれだけ傷つき、その傷が癒される事無く戦いの日々に塗り重ねられてきたのかを知っているオレとしては、もうキリトを休ませてやりたかった。

 彼自身は隠しているつもりだろうが、もうとっくにガタが来ているのだ。今朝のクラディールとのデュエルだってそうだ。本来のキリトなら、武器を替えて襲い掛かってきたアイツにカウンターを叩き込むくらい造作も無かった筈だ。それなのにアスナに助けられてしまった。

 

 (もう限界なんだよ……相棒(キリト)は)

 

 だからこそ、二刀流をばらすつもりは無い。サクラ達の信頼を裏切る事は重々承知だ。だが、それでも……オレはこれ以上キリトに傷ついてほしくなかった。

 

 「ま、いいわ。スキル詮索はマナー違反だし」

 

 「……へ?」

 

 どう説得したものかと頭を悩ませていると、意外なほどあっさりとアスナは引いてくれた。それに思わずオレ達は間の抜けた声を上げてしまったのだ。

 

 「ちょ、丁度ご飯も用意できましたし、食べませんか?」

 

 すかさずハルが、よく分からない具材が入った青色のスープと、黄色いゴムボールのような何かを差し出してきた。食べ慣れているオレ達は何の躊躇いも無くそれらを受け取ったが、アスナとサクラは結構顔が引きつっていた。

 

 「それ……何?」

 

 「ん、食べれば分かるぜ」

 

 思わずといった様子で聞いてきたサクラに、オレはスープの入った器を差し出した。一方のアスナはキリトからゴムボールのような何かを受け取っていて、訝しげに見つめていた。僅かな逡巡の後、意を決した二人はそれぞれ手にした物を一口含んで……硬直した。

 

 「こ、これ……」

 

 「すっごく……懐かしい味……」

 

 「な?分かったろ」

 

 こくこくと頷く二人を見て、作り手であるハルも満足そうに笑みを浮かべた。黄色いゴムボールのような何かは現実世界のおにぎりを、青いスープは味噌汁の味を寸分違わずに再現しているのだ。初めの頃こそハルを含めたオレ達三人とも口にするのに抵抗があったが、それ以上に現実の懐かしい味が嬉しくていつしか気にならなくなったものだ。

 

 「お二人の口に合ったみたいで何よりです。見た目はちょっとアレですけど……」

 

 「それでも十分すごいよ。私お味噌なんて作れなかったもん……」

 

 「素材は普通に手に入りますから、今度レシピ教えますよ」

 

 ハル達のやり取りを眺めながら、オレもおにぎりモドキを齧った。口の中に広がる海苔の風味と、ご飯のほのかな甘み。そして中に詰め込まれた塩鮭が、とても堪らない。

 

 「それじゃあ今度はこっちの番ね」

 

 ハルの弁当を平らげると、アスナが勝気な笑みと共に紙の包みをバスケットから取り出していた。確かに普段以上の大人数で食べたので、腹の膨れ具合はまだ物足りなかった。もっとも、彼女も弁当を持ってくるのを見越したハルが、量を調整していた事も考えられなくもないが。

 渡された包みを開くと、美味しそうな見た目のサンドイッチが現れた。同時に胡椒に似た香ばしさが嗅覚を刺激し、食欲をそそる。オレとキリト、ハルは揃って大口を開け、サンドイッチに齧り付いた。

 

 「……旨い」

 

 「あぁ。それしか言えねぇよ」

 

 「これ……ハンバーガーじゃないですか」

 

 外見こそサンドイッチだが、ちょっと濃いめの甘辛い味付けは、日本ではお馴染みなファーストフード店のハンバーガーのそれと同じだった。オレ自身は現実世界でそこまで頻繁に食べる機会は無かったが、それでもこの味はよく覚えていた。

 

 「あの……この味、どうやって再現したんですか?」

 

 「ふふん、一年の修行と研鑽の成果よ」

 

 聞けば彼女は、攻略の傍らでアインクラッド内の調味料を集め、味覚再生エンジンに与えるパラメータを全て解析してマヨネーズと醤油を再現したらしい。サンドイッチのソースもそれらを使って作ったそうだ。まぁ、中には解毒ポーションの原料なども混じっていたが、聞かなかった事にしておこうと誓った。ちなみに材料の収集とパラメータの解析はサクラも手伝ったそうだが、それでも一年もの間頑張り続けてきたのは称賛に価するのではないだろうか。

 

 「でもハル君だって私と似たような事してお味噌作ったんでしょ?私だけがすごいって訳じゃ無いわ」

 

 「僕は偶々ですよ。そこまで細かく調べようとは思いませんでしたから……」

 

 「だったらアスナと一緒に組み合わせを考えてみたらどうだ?レパートリーが増えればキリトだって喜ぶだろ」

 

 お互いのレシピを公開しあえば、そこから何か生まれる可能性が大きい。正直な話、オレだって旨い物は食いたいし。

 

 「言い方は良くねぇけど、よく最前線で戦いながら非戦闘系スキル上げようって思ったよな……」

 

 「あ、あはは……この世界の食事をどうにかしたいって、アスナさんいつもぼやいてたから……」

 

 パンを幾らかちぎってヤタに与えながら零した言葉に、サクラが苦笑して答えた。そういえば第一層で初めてパーティーを組んだ日の晩、キリトが黒パンにクリームをつけさせた時の食い付きは結構なものだったっけ。

 

 「―――ね、ねぇキリト君。今度そっちの家にお邪魔しても……いいかな?」

 

 「……」

 

 ん?何かアスナが踏み込もうとしているみたいだが、肝心のキリトが無反応とはこれいかに。今更無視するなんて冷たい態度を取るとは思えないが……

 

 「キリト君?」

 

 片膝を抱えて俯いている彼に近づくアスナ。だがそれでも何のリアクションも示さないキリトに疑問を抱いた彼女は、優しく肩を揺すった。すると―――

 

 「……」

 

 「え、わわっ!?」

 

 ―――バランスを崩したのか、グラリとアスナの方へ体が傾き、彼女の肩に頭を乗せるようにもたれ掛かる。途端にアスナは驚き、ほとんど反射で少し身を引いてしまった。その結果キリトは完全に彼女の方へと倒れこむ。

 

 「ちょ、え!?」

 

 「……すぅ……」

 

 何とまぁ、アレだ。いつの間にか寝てたキリトの頭は、今現在アスナの大腿部の上にあった。世に言う膝枕である。突然の事にアスナは茹蛸みたいに真っ赤になり、軽くパニックを起こしている。それでも下半身を一切動かしていないのは流石だが。

 

 「に、兄さん……どうしたの……?」

 

 思わずキリトに呼びかけるハルだが、当然返事はない。サクラも黙ってこそいるが、ハルと同じ心境だろう。

 

 「あ~ワリィ、言い忘れてた」

 

 「クロトさんは何か知ってるんですか?」

 

 「まぁ、な。最近のコイツ、ダンジョンの安地とかで寝る事がよくあるんだよ。短い時は十分くらいで目が覚めるけど、長い時は一時間以上寝てる。それもえらく疲れ切った顔でさ……」

 

 ……もう、言ってしまおう。ここで教えなければ、誰も気づかないと思うから。

 

 「……もうキリトは、限界なんだよ。この二年間、戦って、戦って、戦い続けて……心はもうとっくにすり減ってボロボロなんだ……!そのくせ禄に休むどころか受けた傷を癒す事すらできてなくって……」

 

 打ち明けるのと同時に、オレの中に無力感が広がる。ハルですら知らなかった事を知っていたのに、オレ自身はほとんど何もできなかった。唯一できたと言えるのは、ただ彼の隣で戦い、死なないようにする事だけ。だがそれだってキリトに生き地獄を与えて苦しめ続けてきただけなんじゃないかと思わずにはいられなかった。

 

 「もう……もういいだろ……!キリトは充分戦ったんだ。いい加減休ませてやってくれよ……」

 

 「クロト……」

 

 攻略組だからとか、大切な人達の為だとか……そういった事を全て投げ出して戦いから身を引いてもいい筈だ。キリトはそれくらいものを背負って戦い続けてきたのだから。このまま戦い続けてしまえば、きっとまたキリトは深い傷を負って……心が壊れてしまう。

 だが以前キリト自身にそれとなく聞いても、彼は剣を置く気はないと断言した。もっと強く言えば違ったかもしれないが、そうしたら今の関係が崩れてしまいそうで、怖くて言えなかった。

 

 「オレじゃ、ダメなんだよ……止めるのも、心を癒すのも……ただ死なないようにする事以外、何もできないんだよ……!」

 

 悔しさと自己嫌悪が胸中を占め、歯を食いしばる。友人一人助けられない自分が嫌になる。

 

 「……本当に兄さんそっくりですね、クロトさんのそういう所」

 

 ハッとして俯いた顔を上げると、ハルが穏やかな表情を浮かべていた。その眼にオレを糾弾する意志は全く感じられず、オレはただただ困惑するだけだった。

 

 「何でだよ……オレは、お前の兄貴が傷だらけになってくのを黙って見てたん―――」

 

 「―――それを言ったら僕も同じ……いえ、それ以上に質が悪いです。本当は二人共無理してるって分かっていたのに、戦いに送り出していたんですから。クロトさんだって自分の悲鳴に気づかないくらいボロボロでしょう?」

 

 「んなワケあるかよ……!キリトに比べりゃオレなんか……オレ、なんか……!?」

 

 そこから先が、出てこなかった。気づけば視界がぼやけ、頬を熱い何かが伝っていた。

 

 「クロト……本当はまだ、自分が怖いんでしょ。それでも戦ってきたんだから、クロトも頑張ったんだよ」

 

 「オレ、は……」

 

 サクラに優しく抱きしめられたオレにできたのは、ただ彼女にしがみついてキリトの眠りを妨げぬように、声を押し殺して泣く事だけだった。




 あ、あれ~?何でこんなくどいシリアスになっちゃったんだろ……?

 次の話でグリームアイズ戦まで行けるかなぁ……?
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