SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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五十一話 和やかな一時と軍との接触

 クロト サイド

 

 「……わりぃ、情けないとこ見せて」

 

 「ううん、辛い時はいつでも頼ってくれていいんだよ」

 

 男として、泣き顔を他人に晒すのは気恥ずかしい。だがそれ以上に、サクラの抱擁は心地よいものだった。涙が止まり、名残惜しくも彼女から離れると、オレは改めて相棒の様子を確認する。

 

 「……すぅ……」

 

 いつもなら疲れ切った顔で、泥のように眠っているのだが、今は幾分かマシな表情だった。アスナが恐る恐る頭を撫でると、少しくすぐったそうに身じろぎをして、穏やかな寝息を立てる。

 

 「安心、してんのかな……」

 

 「きっとそうですよ。僕も兄さんのこんな表情見た事ありませんから」

 

 アスナが頭を撫でている間、キリトは嫌がる様子も無く……というより、甘えるように彼女の大腿に頭を摺り寄せていた。最初は手つきがぎこちないアスナだったが、すぐにコツをつかんだようで、妙に様になっていた。赤面していた顔も今では慈愛に満ちた微笑みを浮かべており、優しげにキリトを見つめていた。

 

 「そういえばキリトの髪って結構綺麗だよね」

 

 「……言われてみれば、確かにそうだよな……」

 

 「母譲りなんですよ、僕達の髪」

 

 「そっかぁ……でも、男の子なのにこうサラサラしてるって……ちょっと羨ましいかな」

 

 サクラの何気ない疑問。それに答えたハルと、納得しつつも複雑そうな表情を浮かべるアスナ。そんなやり取りが心地よくて、微笑ましかった。

 

 ―――ここが迷宮区の安全地帯だという事を忘れてしまう程に。

 

 「カ!」

 

 「んぁ?誰か来たのか」

 

 プレイヤーの接近を知らせるヤタによってオレの意識は現実へと戻され、ここへ向かっているだろう人物が誰なのかを見極めようと視線をそちらへ向けた。

 赤銅色の和風の防具に身を包んだ、見慣れた一団。その先頭を歩いているのは、額に巻いた悪趣味なバンダナがトレードマークともいえる刀使いだった。

 

 「そっちも大分キツそうだなクライン」

 

 「おお、クロトか。おめぇさんがいるっつー事は、キリの字は寝てんだろ?」

 

 オレが近づき声をかけただけで、クラインはおおよそを察して声を潜めてくれた。クラインといいエギルといい、本当にこういう所は敵わない。こんな大人になりたいと、素直に思えてしまう程に。

 

 「ちょっと前にボス部屋みつけてな……ほれ、マップ」

 

 「マジかよ……いっつもワリィな」

 

 「相棒を起こさねぇように気を使ってもらってんだ。このくらいの礼はさせてくれ」

 

 半ば押し付けるように、クラインにマップデータを送る。その後オレの後ろに視線を送った彼は、物珍しそうな顔をした。

 

 「お、今日は珍しく誰かとつるん……で…………」

 

 「あ……やべ」

 

 硬直したクライン達風林火山。何故そうなったのかを察したオレは、どうしたものかと頭を掻いた。だって風林火山、悪く行ってしまうと男しかいないむさ苦しい集団なのだ。そうでなくともSAOの男女比は傾きが大きいので、この世界の男は慢性的に異性との出会い……友好関係を求めている。特にクラインはNPCにまでがっつくほど飢えている訳で、そんな彼らががっくりと項垂れるのはある意味当然のリアクションだった。

 

 「ア、アスナさんの膝枕……」

 

 「羨ましすぎるぞ……!」

 

 いい年した大人達が声を殺してさめざめと泣いているのは結構シュールな光景だが、嫉妬はしても恨んではいない辺り、気のいい人達である。

 

 「そりゃキリの字だってちったぁいい事があったっていいだろって、思ってたけどよぉ……こりゃねぇだろ……」

 

 「だ、だからって泣くなよ……」

 

 現実だったら血涙で池でも作ってしまうんじゃないかと思えるほどの表情だったクラインを、幾らかの時間をかけて漸く立ち直らせる。

 やっと表情を改めた彼はアスナの前まで歩くと、彼女と挨拶を交わす。

 

 「こんにちは、アスナさん。風林火山のクラインです」

 

 「こんにちは、クラインさん。いつもお世話になっています」

 

 さっきとは打って変わって紳士的な表情をしていた彼の、切り替えの速さには何とも言えない大人らしさを感じずにはいられなかった。

 

 「そういやハル、オメェもここまで来て大丈夫なのかよ?」

 

 「怖くないと言えば嘘になりますけど……兄さん達が守ってくれましたから、大丈夫です」

 

 「それもそうだな」

 

 クラインがわしゃわしゃと頭を撫でると、ハルは嫌がってはいないものの少々困った表情を浮かべる。多分無意識にキリトと比べているのだろう。彼に比べればクラインの手つきは幾分雑だと言わざるを得ないし、以前オレが頭を撫でた時も同じような表情をされたし……つかキリトのヤツが上手すぎるんだよ、きっと。

 

 「にしても……随分マシみてぇだな」

 

 「クラインさんも知ってたんですか?」

 

 「ええ。何とかしてやりたかったんすけど、どうしたらいいか分かんなくって。しかもコイツ自身が何でも無いの一点張りで……」

 

 バツが悪そうに頭を掻くクラインだったが、やがて居住まいを正すと、アスナに深々と頭を下げた。

 

 「アスナさん。口下手で無愛想で……ブラコンで寂しがりやなクセに意地っ張りで、何でも背負い込もうとしちまうバカタレな面倒くさい奴ですが……キリトの事、どうかよろしく頼みます」

 

 「クライン……まるでキリトの兄貴みたいだな……」

 

 「しかもアレ、本当なら僕のセリフですよね……」

 

 ハルと揃って呆れた表情を浮かべるが、同時にクラインが羨ましかった。あんな風に面と向かって誰かを頼るのは、多分今のオレにはできないだろう。

 一方でアスナは、最初こそキョトンとした顔だったが、やがてしっかりとした笑みを浮かべた。

 

 「はい、任されました」

 

 ―――なぁ、キリト。お前の事を気にかけてくれる人は、すぐ傍にちゃんといるんだぜ?オレだってお前の事言えたもんじゃないけど、それでも……もっと頼ってくれ。オレじゃない誰かでもいい。この場にいる人以外にも、お前の事を心配してくれる人はいるんだから。だから……だからもう、自分を蔑ろにするのはやめてくれ。

 

 「キリトは、いろんな人に愛されてるんだね……」

 

 「……あぁ。アイツに会って、同じ時間を過ごした人達はみんなそうさ」

 

 サクラに微笑むと、彼女も笑顔を見せてくれた。キリトがいたから、オレは今こうしてサクラの隣にいられる。だから今度は、オレの番だ。そう決意し、再びキリトを見る。

 こういう所を見ると本当に子供っぽいとか、いっその事この寝顔を撮影してアルゴにでも売りつけてやろうかとか、とりとめのない事を十数分ほど考えていると―――

 

 「……ん……ぁ……?」

 

 ―――小一時間ほど眠っていたキリトが、漸く目を覚ました。しかも寝ぼけ眼という、今まで見た事が無いくらいに無防備な顔を晒している。

 

 「おはよう、よく眠れた?」

 

 「あ……すな……?」

 

 覚醒しきらない目で、ぼんやりとアスナを見ていたキリトだったが……十数秒後、漸く状況が理解できたようで、瞬く間に顔が真っ赤になった。

 

 「うわあぁぁぁ!?」

 

 叫びと共に電光石火の速さで身を起こした彼は、そのままアスナから距離をとって土下座した。

 

 「ごごご、ごめん!いや、本当にすみませんでしたぁ!!」

 

 「お、落ち着いてキリト君!全然気にしてないから!」

 

 土下座したまま謝罪の言葉を重ねるキリトと、なだめようとワタワタと慌てるアスナ。それが何ともおかしくて、失礼だと分かっていても笑いを堪える事ができなかった。

 

 「くっははは!はははは!!」

 

 オレだけじゃない。ハルもサクラも、クライン達でさえ一様に腹を抱えて笑ってしまっていた。

 

 「な、く……クライン!?いつからいたんだよ!」

 

 「おめぇがぐーすか寝てる時だよ。全く羨ましいよなぁ、なんたってアスナさんの―――」

 

 「黙れええぇぇぇ!」

 

 羞恥で再び顔を真っ赤にしたキリトがクラインに殴りかかるが、冷静さを欠いた彼の拳は空を切るだけだった。そのままカウンターでクラインにヘッドロックをかまされ、ジタバタともがくキリトは物凄く子供じみていて……見ていて微笑ましかった。

 

 「カァ!」

 

 ―――けれども、そんな和やかな時間は長くは続かない。新たなプレイヤー達の接近を知らせる、ヤタの警告に意識を引き戻された。

 

 「あ、あれって……」

 

 「軍……ですよね?」

 

 統一された黒鉄色の鎧に濃緑色の戦闘服。十二人いる内の六人が大型の盾を装備しており、その表面には特徴的な城の印章が施されていた。第二十五層のボス戦で多大な被害を被って以来、最前線攻略には全くと言っていいほど参加しなかった筈の軍のメンバーが、現れたのだ。彼らの存在に気づいたクラインはヘッドロックをやめ、解放されたキリトはハルを隠すように自分の後ろへと下がらせる。

 

 (つか、バイザーのせいで顔が見えねぇから誰が誰だかよく分かんねぇよ……)

 

 先頭にを歩く一人だけ装飾が異なるが、後はほとんど見分けがつかなかった。だが、彼らの足取りが重いものである事と、隊列が辛うじて維持されている様子から、相当疲労しているだろうとは分かった。

 

 「休め!」

 

 安全地帯の端で先頭の男がそう言った途端、残りの十一人は崩れるように座り込んだ。だがリーダーらしき人物はそんな様子に目もくれず、こちらへと歩いてきた。

 

 「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ」

 

 「クロト、無所属だ」

 

 ギルドに所属しているサクラ達の場合だと、他ギルドのメンバーと衝突した場合に組織同士で面倒な話し合いになる事が多い。だが、オレやキリトの場合ならそういった事は無いので、今回はオレが前に出た。

 

 「諸君らはこの先も攻略しているのか?」

 

 「まぁな、ボス部屋まではマッピングしてるぜ」

 

 「では、そのデータを提供してもらいたい」

 

 「あぁ?」

 

 横柄な口調に辟易していると、サラッととんでもない事をぶちかましてきやがった。初対面の相手に当然のようにタダでマップデータを要求するとかバカじゃねぇか?

 

 「て、提供しろだとぉ!テメェマッピングの苦労が分かってて言ってんのか!?」

 

 未知の場所を危険を顧みずに探索して手に入れたマップデータは、非常に貴重な情報だ。特にトレジャーハンターの間では高額で取引されることも少なくないし、攻略組同士でも、ダンジョン内では相応の対価を払って取引するのが普通だ。だからこそ、タダでデータをよこせと言ったコーバッツにクラインがキレるのは当たり前だった。

 

 「我々アインクラッド解放軍は、君ら一般プレイヤーが一日でも早くこのゲームから解放される為に戦っている!故に諸君が協力するのは当然の義務である!!」

 

 傲岸不遜としか思えない態度にイラつくが、データを渡さなかったら休んでいる十一人を使い潰しそうなので嫌々ながらもデータを渡す。咎めるようなアスナ達の声を今回は無視して、味方の方へと歩いていくコーバッツに声をかけた。

 

 「アンタ、ボスとやろうってのか?」

 

 「答える必要は無い」

 

 「だろうな……けど一つ言っとくぜ。戦果を上げんのと味方の命、どっちが大事かよく考えるんだな」

 

 「私の’部下’は、こんな所で倒れるような軟弱物ではない!貴様らさっさと立て!」

 

 部下、か。DDAやKOBみたいなギルドであっても、味方をそんな風に言うヤツなんてまずいないってのに……指揮系統をしっかりさせるためなのかどうかは分からないが、軍では縦社会が進んでいるようだった。

 

 「……大丈夫なのかよあいつら……」

 

 コーバッツ達の足音が聞こえなくなってから少したって、そわそわしていたクラインが口を開いた。

 

 「ぶっつけ本番でボスに挑むなんて、しないと思うけど……」

 

 「一応、様子だけでも見に行こう。今ならまだ追いつけるかもしれない」

 

 続けてサクラ、キリトがそう言うと、アスナや風林火山のメンバー、それにハルまでもが追いかけようと首肯した。本当にお人好しばかりである。

 

 「データ渡したオレが言えた事じゃねぇけど、間に合わなかったらどうすんだよ?」

 

 「あんなんでも指揮官なんだ。引き際ぐらいわきまえてるだろ。ほら、行こうぜ」

 

 楽観的といえなくもないキリトに促されたオレもまた、軍を追いかけるべく歩き出す。正直コーバッツ達がどうなろうと向こうの責任なのでどうでもいいと思ってしまうが、知り合った人間が死ぬというのも寝覚めが悪い。矛盾している気がするが、どちらも本心である事に変わりは無い。

 

 (やれやれ……どうすっかな……)

 

 間に合った場合と、間に合わなかった場合。それぞれでの対応を考えながら、オレはキリト達と共にボス部屋へ向かって進みだした。




 次回、グリームアイズ戦になる……筈。
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