サクラ サイド
わたし達が件のダンジョンに足を踏み入れてから、早くも数十分が経過したんだけど……
「ぬおおぉぉぉ!」
一陣の黒い暴風が目の前のカエルやザリガニ型mobの群れへ突撃したかと思えば―――
「りゃああぁぁぁ!!」
―――次の瞬間にはmob達が、まるでゴミのように吹き飛ばされていく。さっきからずっとこの繰り返しが続いている。二刀流というバランスブレイカーなユニークスキルを存分に駆使し、敵群を蹂躙していく黒衣の少年……キリトが無双していく為、わたし達は一切戦う事なく進んでいる。
「あ、あの……本当に頼りっぱなしですみません……」
「いえ、アレはもう一種の病気ですから。やらせときゃいいんですよ」
「全くだ。しがらみ全部取っ払ったアイツは、ただの戦闘バカだし」
申し訳なさそうなユリエールさんと、サラリと笑顔で答えるアスナさん……って、え?クロトもフォロー無しなの!?
「いくら何でも……ひど過ぎない?」
「つってもなぁ……アレを擁護できっか?」
クロトが指差す先では、丁度キリトが広範囲型ソードスキルで十体近くの敵をポリゴン片に変え、その直後に別の群れへと突貫していく所だった。
「……な、何て言えばいいんだろ……?」
「正直に言えばいいんだよ。バトルジャンキーとか、バーサクソードマンとか、戦闘バカとかさ」
「あ、あはは……」
ごめんキリト。今の貴方の事、わたしも擁護できないみたい。気づけば乾いた笑いしか出てこなかった。唯一ユイちゃんが、アスナさんの腕の中から無邪気に声援を送っているから、いいのかな……?
「おいおい……ユイ以外敵しかいないのか?さっきからひどい言われようだし」
「だったらオレかアスナと代わるか?」
「いや、もうちょっと……」
ニヤリと交代を提案するクロトに対して、キリトはぐずるように口ごもる。だから擁護できないんだけどなぁ……
「安心しろ、お前の戦闘狂は嫁だって容認してっから。好きなだけ暴れてこい」
「ぐっ!?お前にドヤ顔で言われると腹立つぜ」
「もうっ、キリト君もカッカしない。ユイちゃんの前で恥ずかしくないの?」
「そ、それは嫌だな……」
アスナさんに全然頭が上がらない様子のキリト……もしかして、完全にアスナさんに敷かれちゃってるのかな。
「そう言えばキリト、ドロップはどんな感じ?」
「ちょっと待ってろ……コイツだ!」
―――べちゃ!
オブジェクト化を果たしたアイテムは、そんな湿った音と共にキリトの手に収まった。
「な……何ソレ?」
「お、お肉……だよね……?」
「ま……待て待て待て。それ絶対さっきのカエルの脚だろ!」
アスナさん、わたし、クロトの順に口を開き、ユリエールさんに至っては絶句している。ユイちゃんだけは興味津々な様子で歓声を上げてるけど……わたしにとっては気持ち悪いの!
「’スカベンジトードの肉’!こう見えてBランク食材だぜ?リアルのカエルの肉って鶏肉に似てる味だって聞いた事あるし……帰ったら早速料理してくれよアスナ。ゲテモノほど旨いってよくある話だしさ!!」
まるで子供の様に目をキラキラと輝かせる姿は、普段とのギャップがあって可愛いって思えるんだけど……手にしてるのが気持ち悪くて台無しだよ!
「絶対に嫌っ!!」
絶叫しながらストレージ内のカエル肉を全て処分したアスナさんは悪くないと思う。わたしだってきっと同じ事をする筈だし。クロトだったらあんなに無遠慮な事はしないもん。絶対キリトが悪い。
「あ……ああぁぁぁ!?」
一転してこの世の終わりに直面したかのような悲鳴を上げる彼に、わたしやクロトは顔を見合わせて噴き出して―――
「あー!お姉ちゃん、初めて笑った!」
―――ユイちゃんの歓喜の声につられて、ユリエールさんへと振り返った。出会ってからずっと張り詰めた表情をしていた彼女だったけど、今はとっても自然に、柔らかな笑みを浮かべていて……とても綺麗だった。
「さあ、先に進みましょう!」
微笑みながらユイちゃんを抱っこしたアスナさんの号令に従って、わたし達は再び歩みを進めた。
~~~~~~~~~~
下の階層へと降りていくにつれて、出てくる敵が水棲型から骸骨やアンデット型に変わっていったけど、キリトの無双が止まる事は無かった。彼が六十層レベルのmobに後れを取るなんてあり得ないし、クロトとヤタのお陰で薄暗いダンジョン内でも不意打ちを心配する必要もなかった。ただ、その……たまーに出てくるアストラル系のmobだけは、レベル的に大丈夫だと解っていても隣のクロトの手を握らずにはいられなかった。人前で強がっているのは知っているけど、それでも何が出ても落ち着いていられるクロトが、今はとても頼りになると同時に、ちょっと自分が情けなく思えてしまう。
しかも意外な事に、ユイちゃんはお化けが出ようが骸骨騎士が出ようが、変わらずキリトへと無邪気な声援を送り続けていた。怖いもの知らずだとしても、自分より小さな子が平気な以上、せめて取り乱す事はしないようにするのが精一杯だった。
「うぅ……やっぱりお化けはダメだよぉ……」
「すみません……シンカーの座標まであと一息ですから、もう少しだけお願いします」
「はい……」
キリトが何匹目か分からないアストラル系mobを斬り裂いた後に零れた呟きに、ユリエールさんは心底申し訳なさそうに謝ってくれる。本当は大切な人に一秒でも早く会いたい筈なのに、自分を律して冷静でいようとしているのが、大人だなぁ、すごいなぁって思ってしまう。
「―――あったぞ、安全地帯だ!」
先頭でmobを蹴散らし終えたキリトの言葉につられて前を見ると、長い通路の奥から暖かな光が漏れていた。
「カァ!」
「グリーンが一人。あれが―――」
「―――シンカー!」
ユリエールさんは、もう我慢できないとばかりに駆け出した。今までずっと張り詰めていたのだから、こうなってしまうのも仕方無いと思う。だけど彼女一人では仮にmobがポップしてしまった場合危険だ。その為わたし達も慌てて彼女の後を追いかける。長い通路を駆け抜けていくと、奥の部屋に映る人影が次第に鮮明になっていく。逆光のせいか顔はよく見えないけれど、向こうもわたし達を認識したのか両手を大きく振って叫んだ。
「ユリエール!」
「シンカー!!」
大切な人の無事を確認したユリエールさんは、涙まじりの声と共に一段と速度を上げる。
「……良かったな」
「うん、そうだね」
優しげな表情を浮かべるクロトの呟きに、わたしは頷く。大切な人が、いつ死んでしまうか分からないダンジョンにたった一人でいる……それは以前のわたしと同じなのだ。だからわたしには、ユリエールさんの喜びがよく解る。後は転移結晶で脱出するだけ―――
「来ちゃダメだ!その通路は……!」
(え……?)
―――シンカーさんの叫びを聞いた途端、感じたのは戸惑いと……悪寒だった。漸く助かる筈なのに、何故彼は来るなと言ったのかという疑問。同時に剣士としてのわたしが警鐘を鳴らす。
「チッ、キリト!」
「わかってる!」
さっきまでとは打って変わった切迫した声と共に、クロト達はダッシュでユリエールさんへと駆け出す。一拍遅れて、彼等の先にある十字路の右側に一つ、カーソルが浮かび上がる。わたし達よりも高い索敵スキルを持つ二人が駆け出したのは、もう少し前にカーソルが表示されたのだろう。そしてその名に定冠詞があるという事は、ボスモンスター以外にあり得ない―――!
「ユリエールさん!戻って!!」
彼女がボスの攻撃を受けたら、無事でいられる訳がない。わたし達では間に合わないと解っていても、ユリエールさんへと叫ぶ。
弾丸の如く駆けるキリトが右手で彼女を抱きかかえ、左手の剣を地面に突き立てブレーキをかける。そして彼等が十字路へと到達した瞬間に聞こえた轟音。思わず一瞬目を閉じてしまったけど、視界の端にあるキリト達のHPバーは一ドットも減っていなかった。その事に安堵しながらも目を開いて……肝が冷えた。なんせ、停止したキリトの数センチ手前の地面には、ボスの武器と思しき不気味な色の鎌が突き立てられていたのだから。次の瞬間にはクロトが十字路の右……ボスのいる空間へと牽制の矢を射かけ、それを嫌ったのかボスが後退すると同時に音もなく鎌が十字路の奥へと引き戻される。
その間にわたし達も合流し、呆然としていたユリエールさんを助け起こす。アスナさんが彼女にユイちゃんを預けて安全地帯まで走らせるのを確認してから、わたしはクロトの許へと駆け寄る。
「いったいどんな……!」
モンスターなのか、と言いかけて息を吞んだ。
ボロボロの黒ローブ、袖口とフードからのぞく骨の身体、右手に握られた黒い大鎌………死神が、そこにいた。不気味なその姿に足が竦みそうになるけど
(レベル的には、大したことない筈……!)
そう思って腰から剣を抜く。意識を戦闘モードに切り替えて、壁役として前に出ようとした瞬間にクロトに止められた。
「逃げるぞ……!」
「え?」
死神から目を逸らす事なくそう言った彼の声は、ひどく掠れていた。
「コイツ、やばい。俺の識別スキルでもデータが見えない。多分コイツの強さは……九十層クラスだ……!」
「っ!?」
わたしとアスナさんの体が、一瞬強張った。キリトの言葉が、信じられない。六十層クラスのmobが出てくるこのダンジョンに、九十層クラスのボスが出る?一体何故?
前例の無い事態に動揺しながらも、視線は死神から一瞬たりとも離さないでいられたのは、今までの経験のお陰だった。
「クロト、先にみんなを脱出させてくれ!
「それしかねぇか……!間違っても攻めようとするなよキリト!!」
九十層クラスのボス相手にたった一人で囮になる?壁役でもないキリトが?そんなの……そんなの自殺行為でしかない。
「そんな事、できる訳が―――」
「―――モタモタすんな!全員死ぬぞ!」
腕を掴んだクロトの表情は、苦渋の色で染まっていた。キリトの反応速度と速力があれば、あの死神相手でもきっと安全地帯まで逃げる事ができる。寧ろ後ろにいるわたし達が邪魔になってしまう。だからこそ、道を開ける為にもわたし達が先に脱出しなければならないのだと。
(でも……でも!)
もしそれでキリトだけが帰ってこなかったら。アスナさんは、ユイちゃんは、クロトは…………絶対に耐えられないし、わたしだって、どうなってしまうか分からない。それに何より、先に逃げた事を後悔し続けると思う。まだ、無理矢理にでも背中を押してくれた恩を、返せていないのだから。
「もう来るわよ!」
「あぁクソっ!全員防御―――!!」
左腕の小盾を構えると、わたしを支える為に、クロトが後ろから抱きしめる。直後に死神は、剣を重ね合わせたアスナさん達諸共、わたし達を鎌で薙ぎ払う。轟音と共に走る衝撃。気が付けばわたし達は全員が地に倒れ伏していて、HPバーはイエローゾーン。
「う……うそ………」
たった一撃。防御した筈なのに、命の半分以上を削られた。それはつまり、次にあの大鎌が振るわれればわたし達は死ぬという事。幸いクロトがわたしを放す事はなかったけど、彼の温もりで打ち消せない程の死の恐怖が少しずつ這い上がってくる。しかも壁や床にぶつかった衝撃がわたし以上に大きかった彼は、意識が朦朧としているのか小さなうめき声を上げるだけだった。そして―――
「う………ぐ……」
「キリト君っ……!」
―――死神が目を向けたのは、一番近くにいたキリト。わたし達を煽るように、ゆらゆらと彼に近づいていく。死神がキリトの命を刈り取る瞬間が、刻一刻と迫っていた。
昨日、SAOの映画観てきましたー!遊戯王もそうでしたけど、やっぱり劇場ってTVよりも迫力が凄まじいですよね!
個人的にはもう一回見てもいいかなぁって思います。公開初日だったせいかほぼ満席でしたよ……SAOの人気を改めて実感しました。