SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 八割方、深夜テンションで書き上げてしまいました……一度勢いがつくと中々止まらない深夜テンション怖いわー。


六十九話 死闘の果てに

 キリト サイド

 

 茅場が提示した報酬に、即座に反応したのはアスナだった。

 

 「だめ……だめよキリト君……!彼はここで君を排除する気だわ。今は……今は引いて……!」

 

 満足に動かせない体を必死に動かし、懇願する姿に胸が痛む。同時に、俺を慮ってくれるその想いが何よりも嬉しい。ここは彼女の言う通り、一旦退く方が賢明だ。

 

 「……悪いが、MMOのラスボスにソロで挑むなんて―――」

 

 「―――無論、不死属性は解除するし、オーバーアシストも使わない。あくまでプレイヤー’ヒースクリフ’としての力だけで戦うつもりだ」

 

 「っ!?」

 

 茅場からの譲歩(ゆうわく)に、心が揺らぐ……揺らいでしまう。GM権限で己のステータスをラスボス仕様にする事だって、オーバーアシストを用いてなぶり殺しにする事だってできる筈なのに……茅場はあくまでフェアな条件で戦おうと言ったのだ。

 

 ―――それならば……届くかもしれない。

 

 そう思った途端、抑えきれない感情が沸き上がる。

 

 ―――血盟騎士団を育てた?人を集め、与えた方針に向かって成長していくのを見守っていただけだろ……!

 

 ―――辿り着けるだと?クロトを俺の付属品程度にしか見ず、その命が犠牲になろうが構わないと思っていたクセに……!

 

 蘇る言葉への苛立ちだけでは無い。歯を食いしばって俯けば、俺を止めようと首を振るアスナが映る。ずっと独りだと諦めて、心を閉ざした俺に手を差し伸べてくれた……癒えなかった傷を癒し、救ってくれた、誰よりも大切な女性(ひと)。茅場が自身の欲望を満たしていた中で、彼女は何度も傷つき苦しんでいた。彼女だけじゃない。クロトも、ハルも、サクラも、エギルやクラインだって傷つき苦しんできたんだ……!

 

 (ふざけるな……!)

 

 唇を噛み締め、激情に染まりそうな心を静める。既に退くという選択肢は消えていた。

 

 「……いいだろう、決着をつけよう」

 

 「キリト君……!」

 

 腕の中から上がる悲痛な叫びが、苦しくて仕方ない。もう一度視線を落としてアスナを見た瞬間、胸に鮮烈な痛みが走る。

 

 「ごめんな……でも、ここで逃げる訳には……いかないんだ」

 

 どうにか見せた笑顔は、ぎこちなかっただろうか?穏やかに努めた声は、震えていなかっただろうか?

 

 「死ぬつもりじゃ……ないんだよね……?」

 

 「ああ、必ず勝つ。勝ってこの世界を終わらせる」

 

 今にも泣き出しそうな顔のアスナから、目を逸らす事無く答える。少しの間見つめ合うと、彼女はそっと頷いてくれた。

 

 「わかった……信じてるよ、キリト君」

 

 腕の中の彼女を少しの間だけ強く抱きしめた後、その身を優しく床に横たえる。刻み付けた彼女の温もりと共に立ち上がると、見知った顔の者達が、俺の為に制止の声を上げてくれた。

 

 「キリト!やめろぉ!!」

 

 「キリトぉ!!」

 

 エギル、クライン。俺の数少ない友人。彼等と言葉を交わせるのは今が最後なのかもしれない。そう思えば、彼等へと向き直らずにはいられなかった。

 

 「エギル、今日まで剣士クラスのサポート……そしてハルの面倒見てくれて、ありがとな……知ってたぜ、お前が儲けのほとんど全部、中層プレイヤーの育成につぎ込んでた事」

 

 今日まで俺達を見守ってくれた彼に、深く頭を下げる。感謝したい事は沢山あるけれど、こんな時でさえ素直になりきれない俺は、ちょっとだけ悪戯を付け足してしまう。

 

 「現実世界(むこう)に帰ったら、奥さんと仲良くな。お前なら、きっといい親父になれるぜ?」

 

 「キリト……!」

 

 言葉を詰まらせたエギルは、それ以上何も言わなかった。俺もハルも、彼の落ち着いた雰囲気……父性溢れる振る舞いに惹かれていたのは事実だ。だからこそ、俺は彼が立派な父親になれると信じて疑わない。

 

 「……クライン」

 

 初日に彼を見捨てた事は、今でも俺を苛み続ける。気を抜けば逸らしてしまいそうな目を必死に抑えて彼を見据えるが、声が震えて詰まる事は抑えきれなかった。

 

 「あの時……お前を、お前だけを置いて行って……本当に、ごめん……ずっと、ずっと後悔してたんだ……」

 

 恨まれても、罵られてもおかしくない事をしたのに、彼はただの一度も俺を責めはしなかった。攻略組に名を連ねるまでに成長したクラインの実力と、仲間を思いやる人徳に俺は密かに憧れていた。少しだけ視線をずらせば、彼の傍には誰一人欠ける事なく風林火山のメンバーがいる。

 

 「今日まで仲間を守り切ったお前が、ずっと羨ましかった……!あの時俺にできなかった事をやり遂げたお前が……ずっと……!」

 

 サチ達と共にいたあの時の俺に、彼ほどの強さがあれば……何度、そんな思いに駆られただろう。いつでも変わらず気さくに接してくれる彼の想いを、俺は数えきれない程踏みにじってきた筈なのに……何事もなかったかのように笑って済ませてくれた彼に、ずっと助けられていた。

 

 「て……てめぇキリト!ンな事今言うなよ!今言ってんじゃねぇよ!あん時の事、おれは許さねぇぞ!向こうでおめぇら三人にメシの一つでも奢ってもらうまで……ぜってぇ許さねぇからな!!」

 

 みっともなくもがきながらも、彼はなおも泣き叫ぶ。

 

 「おれだってなぁ!おれだって……おめぇみたいにもっと、もっと強かったらよぉ!おめぇら子供がボロボロにならなくて済んだんだぞ!もっと恨めよ!情け無い大人だって、もっと責めろよ!!でねぇと……おれは……!」

 

 「いいんだ。剣をとり続けたのは、俺が……俺の意志で決めた道なんだ。クラインの所為なんかじゃない」

 

 こんなにも他人の為に泣いてくれる彼が、情けない大人である筈が無い。我欲にまみれた者ばかりなこの世界で彼に出会たのは、ほとんど奇跡なのだ。願わくば、彼の未来に素敵な出会いがある事を。

 

 「次は向こう側でな……その時には、恋人見つけて紹介してくれよ?俺達でも、二人分までなら奢れるからさ」

 

 「言ったなてめぇ!アスナさんなんか目じゃねぇくらいの美女連れてやっから覚悟しやがれ!!」

 

 「ああ、楽しみにしてる」

 

 彼に向かって右手を掲げ、親指を突き出す。それから茅場の許へと歩き出そうとして―――

 

 「待ち、やが……れ……!」

 

 「……」

 

 ―――この二年間で聞きなれた声を、無視する事ができなかった。今あいつと向き合えば、クライン達以上に苦しくなる、決意が鈍ってしまう。だけど……それでも、クロトから逃げる事は、したくなかった。

 

 「何……一人で、カッコつけてんだよ……!黙って……ねぇで……何か、言えよ……!」

 

 この場にいる誰よりも消耗していて、もう満足に動けないガタガタな体でも……クロトは立ち上がり、共に戦おうと足掻く。他ならない俺の為に。そんな彼に、俺は今までずっと寄りかかって……縛り続けていた。

 

 「クロト……」

 

 名を呟きながら、一度は茅場へと向けた足を止めて、彼の傍へと歩み寄る。

 クロトが俺の心に踏み込む事を躊躇い続けていたように、俺も彼に言う事を躊躇い続けていた言葉があった。それを送ってしまえば、彼は自由になれるから。俺の傍にいなくてよくなるのだから。互いに全幅の信頼で背中を預けられるのに、心は壁を作って踏み込まない。そんな奇妙な関係が俺には心地よくて、ずるずると続けてしまったけれど……今なら、言えそうだ。

 

 「もう、いいんだ」

 

 「は……?」

 

 跪いた俺を見上げる瞳に映ったのは、困惑。こいつもこんな顔するんだなぁ、なんて場違いな事を思いながら、彼の体を担ぎ上げる。

 

 「お前には、どれだけ感謝しても足りないくらい世話になったよな」

 

 「な、に……言って……?」

 

 こうして触れて、改めて彼が限界なのだと分かった。あぁ……前に肩を貸してもらった事もあったっけ。懐かしさに口角が上がるのを自覚しつつ歩き出す。

 

 「俺が独りになろうとしたら、一緒についてきてくれて……無茶やったり、バカやったり、どうでもいい事で競ったり……そうやってお前は俺の事、放そうとしなかった」

 

 「それは……お前が危なっかしくて―――」

 

 「―――ああ、そうだな。そう言ってくれたお前に、俺はずっと寄りかかってた……」

 

 顔を見ないで済むように担いだ俺は、やっぱり臆病なのかもしれない。でも、だからこそ……最後だけは逃げずに伝えようと思った。

 歩みを止めて膝を着き、クロトを床に横たえる。

 

 「クロトを、頼む」

 

 彼がこの世界で誰よりも大切に想う少女……サクラの傍へと。互いに深く想いあっているのだから、二人には最後まで寄り添っていてほしかった。

 

 「貴方も、生きて……!」

 

 「ああ。向こうで会ったら、俺の知らないアスナの事、色々教えてくれよ」

 

 ずっと彼女からクロトを遠ざけてしまった負い目が消える事は、多分無いだろう。それは俺が一生背負い続けるべき罪であり……二人を現実世界に帰す事が、今の俺にできる唯一の償いだ。

 向こうで会ったら、今までのようにクロトやアスナを介してではなく、一対一で話そう。俺の思いを察してくれたのか、彼女は黙って頷いてくれた。

 

 「ふざ、けんな……!お前だけで……行かせる、かよ……!」

 

 何処にそんな力が残っているのか、クロトは俺を引き止めようと右手を伸ばす。その手を両手で包み、傍らのサクラの左手へと導く。

 

 「何度も言わせるなよ。お前が掴むのはもう俺の手じゃないんだ」

 

 「っ!」

 

 二人の手を重ね、指が絡まるように握らせる。

 

 「お前はもう、俺の為に戦わなくていい。俺の為にこの手を伸ばさなくていいんだ。サクラの為に生きて……幸せになってくれ。今日まで……ありがとう、親友」

 

 「―――!」

 

 やっと伝えられた言葉に、クロトは声にならない叫びを上げる。だが、これでいい。もう振り返らない。茅場の方へ歩きつつ、ゆっくりと音高く二振りの愛剣を抜き放つ。

 

 「待たせたな」

 

 「そうでもないさ。これからラスボスに挑む君が仲間との別れを惜しむのは当然だし、そこに水を差すような無粋な真似はしないさ」

 

 「なら……最後に一つ、頼みがある」

 

 「何かな?」

 

 超然とした表情を崩さなかった茅場の目が、興味深そうに細められた。

 

 「この戦いが終わったら……少しだけでいい。アスナ達と話す時間をくれ」

 

 「……別に構わないが、理由を聞いてもいいかね?」

 

 理由?そんなもの決まっている。

 

 「まだお互いに現実世界(むこう)の何処に住んでたとか言ってなかったし、何よりこの世界の最後はアスナの傍で迎えたいからな」

 

 「成程。君らしいな」

 

 愉快そうに口許を歪めた茅場は左手で幾つかの操作を続け―――程なく決闘の準備が整った。茅場から不死属性が解除され、互いにHPはぎりぎりレッドゾーン手前……強攻撃一発で消し飛ぶ状態。滾る闘争本能のままに、余計な思考がそぎ落とされていく。

 

 ―――これはデュエルじゃない。単純な殺し合いだ。

 

 カウントダウンも、開始を告げる合図も無い。意識が切り変わり、俺の目に映るのは茅場晶彦ただ一人になる。

 

 ―――そうだ、俺はこの男を……

 

 「殺す―――!」

 

 裂帛の気合と共に、俺は仕掛けた。初撃が十字盾に阻まれるが、そんな事は想定済みだ。二撃、三撃と二刀を振るい、攻め立てる。不用意にソードスキルを使えば、技後硬直の隙を狙われて死ぬ。それだけは絶対に避けなければならない。

 前回のデュエルで剣を交えて分かったが、純粋な剣の技術だけならば、俺と茅場はほぼ同レベルであり、互いに勝機がある。だがそれも奴がオーバーアシストを使わなければの話だ。茅場はあくまで’ヒースクリフ’というプレイヤーの能力だけで戦うと言ったが、所詮は口約束に過ぎない。そう簡単に自分の言葉を覆す男ではない事は俺がよく分かっているが、窮地に追い込まれて尚自分のプライドを守ろうとするかは不明なのだ。故に俺が勝利するには、短期決戦しかない。それも茅場が敗北を悟っても、オーバーアシストを使う隙が無い程の。

 

 「くっ―――!」

 

 「……」

 

 既に一度手の内を見せている以上、様子見なんてしている暇は無い。全開で攻める俺の剣を、茅場は機械の如き正確さで防ぎ、カウンターとして鋭い一撃を繰り出してくる。俺の剣は茅場に届かず、ダメージが一切与えられない。反対に奴の剣は俺の髪やコートの端など、ダメージ判定の無い場所ではあるが確実に俺の体を掠める。HPゲージが減少しないのは同じだが……追い詰められているのは間違いなく俺の方だ。

 

 (もっとだ……!もっと速く……奴の反応速度を越えろ!!)

 

 剣に弾かれるなら……十字盾に阻まれるなら……対処できない位に俺が速くなればいい。その一心で剣を振る。システムのアシストがなくても残像が見えるほど速く。

 

 「うおぉぉっ!!」

 

 「……」

 

 だが届かない。奴の表情も変わらず、全て無駄だと宣告されたようで心が折れそうになる。募る恐怖や焦りを振り払うように際限なく連撃の嵐を叩き込むが、それすら茅場の身を掠める事は無い。

 

 (弄ばれているのか……!?)

 

 焦りから俺の攻めは精彩を欠き、所々に綻びが生まれる。

 

 「ふっ!」

 

 「ぐっ!?」

 

 狙い澄ました刺突を飛び退って回避する。だが完全には避けられず、掠めた剣によって頬に一筋の傷が刻まれた。HPゲージが数パーセント減る程度の、微々たる一撃。しかし、先にダメージを受けた事実が、俺に敗北の未来を幻視させる。

 

 「くっ……はぁ……はぁ……」

 

 間合いが開いた途端、息が上がる。全身が鉛のように重くなり、膝を着いてしまう。酸素を必要とせず、肉体的疲労を感じない筈のアバターが、何故……?

 

 「ふむ……無理もないか」

 

 「なに……?」

 

 構えを崩さない一方で、間合いを詰めないまま、茅場は淡々とした口調で呟いた。変わらず感情の読めない真鍮色の瞳は、ただただ俺を映すのみ。

 

 「アスナ君と共に、一時間以上もボスの攻撃をさばき続けたばかりでの戦い……君の意識が続かないのも当然だろう」

 

 じゃあお前は何者だ。知識があったとしても……同じ時間、同じ攻撃をさばき続けたお前は、何故平気なんだ。ついそう言い返したくなったが、呼吸が整わず言葉にできない。

 俺が戦える時間は残り少ない。より速く剣を振るうには……ソードスキルしかない。

 

 (いや……ダメだ!システムに設定された剣技は、全て読まれる……!)

 

 突破口が無い。それが重くのしかかり、俯いてしまう。

 

 (俺は……勝てないのか……?)

 

 固めた筈の心がひび割れていく。奥底から広がる絶望が、体中から熱を奪い去っていく。

 

 ―――行ってらっしゃい。待ってるね。

 

 「っ……ハル……?」

 

 ―――キリトがこの世界を終わらせて。

 

 「リズ……」

 

 両手の中にある、エリュシデータとダークリパルサーが一瞬、光った気がした。それぞれの剣を託してくれた二人の声が、二人との思い出が蘇り、両手が仄かに熱を取り戻す。

 

 (そうだ、俺は……約束したんだ……!)

 

 必ず帰るとハルに。俺の手でこのゲームをクリアするとリズに。二人の心の欠片を宿した剣と共に、それを果たすと己の魂に誓ったんだ。

 

 ―――信じてるよ、キリト君。

 

 重い体を起こしながら、刻み付けたアスナの温もりを思い出す。彼女の笑顔が、声が、想いが、何度でも俺を立ち上がらせてくれる。決して消えない灯を宿してくれる。

 

 「ほう……?」

 

 この殺し合いの中で、僅かな感情が初めて茅場の瞳に宿った。あと少しで折れそうだった所を持ち直したのが、意外そうだった。

 呼吸は整った。熱も戻った。後は自分が積み上げてきた剣技を、俺自身が信じぬくだけだ。

 

 「これは―――」

 

 全力で駆ける。二刀が、蒼炎が如き光を纏う。これは確かに茅場が生み出した、システムに設定された技だ。だが、それを信じ、命を預けて使い続けたのは俺だ。故に―――

 

 「―――俺の技だあああぁぁぁ!!」

 

 二刀流スキルは、俺の……俺だけのものだ―――!

 二刀流最上位剣技『ジ・イクリプス』……その連撃数はSAO最多の二十七。待ち望んだ瞬間を迎え、茅場が勝利を確信した笑みを浮かべるが、知った事か。例えお前に与えられた力であっても、それを使うのは俺達プレイヤーだ。お前が描いたシナリオ通りに動くNPCなんかじゃない。俺達を……舐めるな!!

 

 ―――初撃。茅場は事もなく防ぐ。

 

 十字盾と衝突した剣は、今までとは比べ物にならない程の火花を散らす。響き渡る音も、剣が盾を滑るようなものでは無く、正面からぶち当たるようなものになる。

 

 ―――十一撃目。表情が険しくなり、コンマ差で十字盾が遅れ始める。

 

 やはり茅場も、俺と同じ人間だ。決して全能な神なんかでは無い。より速く、より強く、剣撃を叩き込めば……抜ける!

 

 ―――十九、二十撃目。エリュシデータ、ダークリパルサー、十字盾に亀裂が走る。

 

 愛剣達が一撃毎に刃こぼれを重ねる様子は、まるで自分の命を燃やしているようで、今にも砕けてしまいそうに儚く、美しかった。

 

 (ハル……リズ……頼む、届けさせてくれ!)

 

 あと少し、あの盾を砕き、奴を討つまで……折れないでくれ―――!

 

 ―――二十六撃目。エリュシデータは折れず、十字盾も健在。

 

 「届けえええぇぇ!!」

 

 ―――二十七撃目。渾身の左突き。ダークリパルサーは遂に十字盾を砕き……茅場へと届く直前で、その切先を失った。

 

 折れた刀身は届かず、最大の障害であった盾を排除しながらも、終ぞ茅場を討つには至らなかった。

 

 「見事だったよ。だが―――さらばだ、キリト君」

 

 長い技後硬直を課せられた俺よりも先に態勢を整えた茅場が、剣を掲げる。極限まで引き伸ばされた時間間隔の中で、血色の輝きが刀身を包み込んでいく。

 

 (ここまで、なのか……?)

 

 恐らく硬直は、奴の剣が振り下ろされるまで続く。それでは回避も、防御も間に合わない。つまり俺の死は……確定されていて、覆る事は無い。

 

 ―――貴方も、生きて……!

 

 ごめん、サクラ。俺はもう、生きられない。でも……それでも―――!

 

 「まだだ……!」

 

 一秒後に斬り裂かれ、二秒後にHPを失い、三秒後にはこの体が四散するとしても……俺はまだ、生きている。まだ足掻ける!

 

 「おおおぉぉ!」

 

 見えない鎖に縛られた体を無理矢理動かしシステムの拘束を引き千切る。代償としてかつてない激痛が走るが、構わずに右腕を引き絞る。

 

 「なっ!?」

 

 振り下ろされた真紅の剣が、俺の体を斬り裂いた直後、茅場の表情が驚愕に染まる。痛覚は既に麻痺していて、体を何かが通り、衝撃を与えた事しか感じられない。茅場の渾身の一撃を、死力を尽くして踏ん張り耐える。HPバーが空になるまで、あとコンマ数秒。だが、その前に……この一撃だけは―――!

 

 ―――エリュシデータが、輝きを放つ。その色はどのソードスキルにも設定されていない筈の……黄金で、先ほどクロトが放ったものと同じだった。

 

 最後の力を振り絞り、右腕を突き出す。輝く剣が胸に突き立てられる瞬間、奴は満足そうに笑っていた……気がした。

 

 ―――茅場のHPバーが消滅する。

 

 やり……遂げた……!これで……これでみんなを、現実世界に帰す事ができる。得も言われぬ達成感に、意識がぼうっとする。

 

 「キリト君!!」

 

 急速に感覚が遠ざかる中で、名を呼ばれた。誰よりも大切な、俺の心を救い、包んでくれた人の声で。

 

 ―――アスナ。

 

 もう一度……もう一度だけ、その名を呼びたかった。感謝と、別れを告げたかった。もう二度と会えない彼女を、この目に焼き付けたかったのに……

 

 ―――最後に抱いたささやかな願いが叶う事は無く、俺と茅場の体は四散した。




 ゴールデンウイーク……あっという間の連休でした……(涙)
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