待たせてしまった割に、短めですがご容赦を……
クロト サイド
ワイルドオーガを狩り終え、詰めていた息をゆっくりと吐き出す。SAOではフィールドボスに相当していただろう相手をソロで撃破したワケだが、憂さ晴らし程度にしかならなかった。むしろ誰にも背中を預けずに戦った事に孤独である事を突き付けられただけだった。
「こんなの……どうしろってんだよ……」
零れた声は震えを隠せておらず、周りに誰もいなかったのが幸いだった。やはりこの世界では、自分を繕うのも一苦労だ。
「カ!」
「……!」
ヤタが何者かの接近を告げたためその視線を辿ると……こちらへと飛翔してくるプレイヤーが一人視認できた。
(……誰だ?)
相手が持つ翅の形からしてオレと同じケットシーである事は分かるのだが、生憎ALO内で誰かと友好関係を築いた記憶は無い。というか基本ログインしたらフィールドに出歩いて戦っていただけだから、NPC以外と碌に会話していない。そのため話しかけてくる者に心当たりなどある訳がない。
(気ぃ付けとくか)
ただの物好きなら別にいいが、何らかの目的があって接触してくるのなら面倒な事になりそうだ。少し警戒しながら目を凝らすと、相手がフード付きのマントですっぽり全身を隠しているのが分かった。が、此方の視線に気づいたのか、すぐさまそれを解除した為に容姿がはっきりした。
三角の耳が突き出た金色のウェーブヘアと小麦色の肌を大胆に晒したワンピースのような戦闘スーツが特徴的な、小柄な少女だ。このゲームは他のMMOに比べて女性プレイヤーは多く見かけてきたが、それでも少数派には変わりない。キリトじゃあるまいし、向こうは何らかの下心がありそうだ。だがそれにしては単独でいる事が腑に落ちない。念の為周囲を索敵しても彼女以外にプレイヤーはおらず、ますます真意が分からなかった。
あれこれ考えている間にケットシーの少女はオレの前に降り立ち、人懐っこい笑みを浮かべる。
「キミすっごく強いんだネ。思わず見とれちゃったヨー」
「あ?」
納刀していた双剣へ咄嗟に手を伸ばし、身構える。見惚れたなどと言っているが、要はオレがオーガを狩る様子をガッツリ観察していたのだろう。そもそもこんなただっぴろい平原で偶然遭遇しただなんて都合のいい話はそうそう無いだろうし、そう考えるなら街からずっとオレの事をストーキングしていたというのが自然だろう。目的は不明だが、狙われたこっちはた堪ったもんじゃない。
「わわっ!?べ、別にキミを害するつもりは一切無いんだヨ!ちょっと話がしたかっただけでサ」
「生憎ストーキングしてたヤツの言葉を素直に聞く程、おめでたい頭でも無いんでね。つーか、こっちの索敵範囲外ギリギリで付いてきたんだろ?随分前から熱心なこった」
「ギクッ!」
少女の尻尾が、分かりやすくピンと立った……っておい。ちょっとカマかけただけだぞ?いくら感情を隠しにくい仮想世界だからって反応が分かりやすすぎないか?
「はぁ……んで?何か用があったんだろ、建前とかメンドくせぇからとっとと本題を言えよ」
「あれ、聞いてくれるんだ。……じゃ、遠慮なく言わせてもらうヨ」
彼女は笑みを引っ込め、真剣な表情で口を開いた。
「近々中立地帯に知り合い達と向かう予定なんだケド、あと一人足りなくて困っているんだヨ。道中の敵は中々手強いから、生半可な腕のプレイヤーに頼むワケにもいかないし……お願い!一緒に中立地帯に行ってくれないかナ?」
報酬は弾むヨ?と付け加え、頭を下げる少女。初対面かつ、こちらをストーキングしてきた相手の依頼など、罠である確率が高いに決まっている。ここは断るのが賢い選択だろう。けれども―――
(……嘘をついては、いねぇな。こっちを嵌めようって下心も見えねぇし……)
SAOで培った観察眼が、彼女は信用に足る人物であると告げていた。言動は軽いところがあるものの、こちらに躊躇いなく頭を下げるその動作には誠実さが滲み出ている。
(もうSAOみたく命懸けじゃない……ならこのまま惰性で狩りを続けているよりはずっとマシ。それに……アイツなら受けるよな、きっと)
目を閉じれば、黒衣を靡かせる少年の姿を鮮明に思い出せる。もう二度と会えない相棒に胸が痛むが、今の燻っている姿は見られたくなかった。
「……分かった」
「ホントに!?ありが―――」
「―――ただし前金を貰ってからだ」
オレは相棒ほどお人好しじゃない。彼女は信用できるが、彼女の知り合い達は信用できるか不明なのだ。最悪依頼を達成しても報酬を踏み倒される事もあり得る。その為先にある程度は貰っておきたい。
「うぐぐ……意外とがめついんだネ……」
「タダ働きするつもりは無いんでな。仮にオレが嵌められてPKされたとしても手元に残るモンが理想的だな」
まぁぶっちゃけオレの手持ちのアイテムはショップで買った武具一式にポーション等の回復アイテム、後はバカげた額の金だけだ。失ったら二度と手に入らないようなレアアイテム等は一切無いからここまで条件を出す必要は無いんだが……だからと言って無条件に手を貸して舐められるのは癪だった。
「うーん……となるとアイテムやお金はNGかぁ……かと言ってキミに有益な情報なんて……あ!」
バネ仕掛けのように彼女の尻尾と耳がピンと立ち、如何にも閃いたような表情を浮かべる。途端にニヤニヤしだすケットシーの少女にアルゴと同質の気配を感じたオレは思わず一歩後ずさった。
「そーいえばキミ、地上戦はすごかったケド……空中戦は苦手でしょ?」
「……否定はしねぇよ」
こちらの返答に満足したのか、彼女は一段と笑みを深めた。
「とゆー事は、飛ぶ度に片手が補助コントローラーで塞がっちゃってるんでしょ?勿体ないなぁ」
「だから何だよ?アンタが裏技か何か教えてくれるってのか?」
「ビンゴ!’随意飛行’っていうプレイヤースキル……それのコーチをするっていうのがキミのいう前金って事でどう?」
自信たっぷりなケットシーの少女が提示した内容は、確かにオレが出した条件に合致する。確かにプレイヤースキルならば奪われる事は無いし、オレを嵌めるつもりならわざわざこちらを強化するような事を教えはしない筈だ。
「OKだ。口頭だが契約成立でいいぜ」
「ホント!?じゃあ早速やろっか」
喜々とした様子で彼女はオレの背後にまわると、軽く背中に触れてきた。
「今触ってるトコ……ここから翅が出てるのは解る?」
「あぁ、何となくな」
先程までとは打って変わった真面目な声色で、彼女は続ける。
「なら、ここから仮想の骨と筋肉が伸びて、翅ができているってイメージして」
「仮想の骨と筋肉か……」
今まで淡い燐光を放つだけの付属物のような認識が強かったが、そこもまた血の通った体の一部であると考え―――すでに一度、似た経験をしていた事を思い出した。
「……なぁ、それって尻尾を動かすのと同じイメージでいいのか?」
「うにゃ?まぁキミにとってやりやすい方法でいいとは思うケド……」
ケットシーの少女の声が途切れたのを気にせず、オレは尻尾で彼女が触れていた場所をなぞる。
「ここから……こう、翅がのびて……」
何度もそれを繰り返し、現実に無いものがそこに在ると
「く……っ……はぁ」
だが、そこまでだった。尻尾の時もそうだったが、無いものを在るものと想定して動かすのは慣れるまでは相当集中力を使う。しかも今回は尻尾と違って自分ではほとんど見えない為に動きが変かどうかの判断をつけられなかった。
「……キミ、尻尾をそんなに使えるのに翅はできなかったって……落差あり過ぎだヨ」
「尻尾は散々コイツに玩具にされたからできただけだよ」
「カァ!?」
心外だとばかりに抗議の鳴き声を上げるヤタを尻尾で小突くと、彼女は納得したようにふーん、と声を上げた。
「大体の感覚は掴めたみたいだネ。でもちょっと力み過ぎかナ?」
「んな事いってもなぁ……尻尾と違って見えねぇんだよ」
「あっはは、それもそうだネ!じゃあアタシが言う通りに修正していこっか」
僅かな休憩を挟んでから、オレは再び翅を震わせる。その背に触れた彼女がオレの動きをチェックし、指示通りに肩や背中の筋肉を動かしていく。すると先程よりも早い段階で体が浮き上がり、地から足が離れた。
「お!さっきより浮いたぞ」
「うーん、いい感じ!次はその高さで背筋と肩甲骨の動きを小さくしてみて!」
「う……やってみる」
翅の動きはそのままに、連動していた他の動きだけを抑える。こればっかりは反復練習を繰り返さないと身に着きそうにない。とはいえ大体のコツは掴めたし、慣れるまでそう時間はかからないだろう。
「結構飲み込みが早くて助かるヨー。一休みしたら、本格的に飛行してみよっか」
「まだ浮いただけだしな……尻尾と違って実態が無いってのがデカいなぁ」
直接触れるのであれば、接触された時の感覚でそこに意識を集中できたのだが……この半透明の翅そのものには実態が無い為それができない。
「尻尾をそんな器用に動かせるのはキミくらいだヨ。飛ぶのだけはホントに初心者なんだネー。ついでに空中戦闘での間合いとかもレクチャーしよっか?」
「……頼む」
空中戦もどう戦えばいいか分からず今まで避けていた事を思い出し、オレは彼女の申し出をありがたく受け入れた。
~~~~~~~~~~
「―――うーん、キミってば結構飲み込み早いネー。これなら大抵のmobは問題なく倒せるんじゃない?」
「……そりゃどうも」
随意飛行ができるようになってから一時間ほど、オレはケットシーの少女から空中戦闘について教わっていた。内容は飛べる限り平原上空にいるmobと戦闘し、翅の回復を待つ間に戦闘中の反省点を指摘してもらい修正する、の繰り返しだ。最初は地上と同様に足で踏み込もうとしてそれができず短剣を何度も空振ってしまったり、攻撃を受けても踏ん張れず錐揉み回転してしまったりと思い出したくない程に悲惨だった。何より位置関係に上下が加わった事が大きく、敵が上下に回避するなど地上戦ではほとんど経験しなかった場面では自分の脆さを痛感させられた。
「短剣ってリーチが凄く短いから敬遠されがちなんだけど……よく選んだネ?」
「……別のVRMMOで使ってたから、慣れてんだよ」
オレ達がSAOに囚われていた間に、このALOの他にも幾つかのVRゲームが製造、販売されていた。詳しく調べた訳では無いが、それらの中には刀剣類を手にして戦うゲームだって存在しており、オレの言葉は別段不自然なものでは無い筈だ。現に彼女は納得したように何度か頷いている。
「成程ネー。それなら地上戦が強いのも空中戦がからっきしだったのも納得だヨ」
「フライトエンジンだったか?それがあるのはALOだけだからな」
このゲームが他と一線を画す理由がこれだ。飛行機などの乗り物では無く、自分の身一つで空を飛べる―――現実世界では絶対にできない体験を可能とするというVRならではの利点を最大限に生かしているからこそ、完全スキル制かつPK推奨というコアな仕様に反して爆発的な人気を誇っているのだ。
「さて、と……もう一丁―――」
「―――あちゃー、これ以上はダメかナー」
翅が燐光を取り戻した丁度その時、ケットシーの少女はバツが悪そうに乾いた笑みを浮かべた。
「ちょっと用事入っちゃったから、ここまでだネ」
「あぁ、そういう事か。依頼の詳細は後で教えてくれ」
「そうだね。という訳でフレンド登録しよっか」
セリフとほぼ同時に彼女からフレンド登録を申請するウィンドウが目の前に現れる。SAOとほとんど変わらない仕様らしく、迷う事無く承諾する。
「ふむふむ……それじゃあクロト君、まったネー!」
朗らかな笑みと共に、彼女は街の方角へと一直線に飛んで行った。言動に少々愛嬌があり過ぎな気がしなくもなかったが、きっとそういうキャラでロールプレイしているんだろう。
「カァ」
「ま、悪い奴じゃ無かったな」
空欄だったフレンドリストに追加された名前を眺め、呟いてみる。
「アリシャ・ルー……か」
―――彼女との出会いが転機になる事を、この時のオレはまだ、知らなかった……。
十月からずっと忙しくって……休みをくれとか色々愚痴が零れそうです。