クロト サイド
フレンド登録してから二日後、アリシャから連絡が来た。領主館?とかいう場所の前にある広場に来い、という事だったが、フィールドに出てばかりだったオレは少々マップと久方ぶりのにらめっこをする羽目になった。それでも時間に余裕を持ってきた事が幸いし、約束の時間の五分前にはたどり着く事ができた。
「にしても、何だってこんなトコで待ち合わせするんだ?」
「カァ?」
オレの独り言に相槌のつもりか反応したヤタに苦笑しつつその頭を指先で撫でた後、広場の何処かにいるであろうアリシャの姿を探す。だが広場にいるのはハイレベルな装備に身を包んだ、一見して手練れと分かるプレイヤー達の集団以外は誰もいない。
(遅刻?いや、いっつもギリギリに来るタイプなのか……?それとも、時間には結構ルーズなヤツか……?)
すぐさまフレンドリストを開き、アリシャがログインしているのを確認したオレはそのままフレンド追跡をしようとし―――
「おー、ちゃんと来てくれたんだネ!」
「……は?」
先程の手練れプレイヤー達の中から、小柄な彼女がひょっこりと飛び出してきた。
「あー、そういう事か。お前小っちぇから気づかなかったぜ」
「そういうキミのアバターも小柄な方なんだけどナー」
「で?お前と一緒にいたアイツ等は何だよ?あんだけ手練れ連れてけるんなら、オレいらねぇだろ」
そう言いつつ彼女と共にいたプレイヤー達を見ると、何故か全員が額を抑えて天を仰いでいた。何となーく苦労人っぽい残念そうなオーラが滲んでいるが、アリシャとは一体どんな関係なのだろうか?
「あぁ……またやってしまったのか」
「同士が増えた事を喜ぶべきか……それとも悲しむべきか」
またやってしまった?同士が増えた?アイツ等は何を言っているんだ?
「ふっふっふ……気になる?気になるのかナ??」
「……帰る」
あ、コレ面倒くさい奴だ。直感がそう告げた瞬間、回れ右をしたオレはきっと悪くない。
「わー、待った待った!言う、ちゃんと言うから帰らないでよぉ!!」
「んお!?」
だがしかし。ケットシーのアバターで相手に背を向けるのは愚策であった。何故ならば、ケットシーの特徴たる尻尾を相手の目の前に見せるからだ。特にオレの尻尾は相当長い、珍しいものらしいからなおさらだ。
つまる所、彼女は立ち去ろうとしたオレの尻尾を両手で掴んで引き留めたのだ。すぐさまそれを自分の胸に抱き込んだものだから物理的にオレは逃げられない。
「その様子では、すでに領主様が多大な迷惑をおかけしているようだ。近衛隊としてお詫び申し上げる」
「……領主?コイツが?」
苦労人っぽい人達のリーダー各と思しきプレイヤーが突然頭を下げてきた。その彼から告げられた内容がにわかには信じ難く、未だに尻尾を抱き込んだ少女と彼を交互に見る。
「貴方の疑問は最もだが、どうか信じてほしい。この方こそ、我らケットシーを束ねる長である領主―――アリシャ・ルー様なのだ」
真摯に頭を下げる彼をたっぷり数秒見つめた後、思案する為に目を閉じる。彼等の一連のやり取りが全て演技だとしたら、相当なものだ。普通なら疑う事も無いだろう。だが……だが彼等が嘘をついていないと証明できるものだって無い。だとすればこちらが騙されているのではと警戒しなければ、そのツケは自分の命で支払う事に―――
(―――いや、
彼の城の中、自分の目の前で命を散らした者達が脳裏をよぎった。もうあれが誰かの最後の瞬間になる事は永遠に無くなった筈なのだ。だったら―――
「分かったよ。考えてみりゃアリシャが本当に領主かどうかなんざ、調べりゃすぐ分かるしな。それに、もう契約どおり前金は貰ってるし」
「感謝する」
燻って憂さ晴らしにmobに当たり散らす日々を送る位なら、こうして誰かに乗せられるのも悪くは無い。VRMMOを、’命の危険の無いただのゲーム’として楽しむ事が、もしかしたらアイツに報いる方法の一つになるかもしれないから。
「アンタも気苦労が絶えないみてぇだな」
「ははは。その通りだが、そこにやりがいを感じている自分もいてね。そんな苦労人の集まりみたいなものなんだよ、今の近衛隊は」
「……ぜってぇなりたくねぇな、オレは」
思いっきり顔を顰めてやると、他の近衛隊のプレイヤーに憐れむ様に肩を叩かれた。
「諦めたほうがいい。アリシャ様に気に入られた時点で、既に君はこちら側の沼に片足を突っ込んでいるも同然さ」
「開き直って我らが同士になった方が気が楽だぞ」
「……勘弁してくれ」
ため息を一つついてから、未だに尻尾を話さない件の領主に声をかける。
「おーい。依頼をほっぽって帰らねぇから、そろそろ放せって」
「本当に?」
おずおずと見上げる彼女に黙って頷いて見せると、途端に彼女は表情を輝かせた。
「いぇーい!助っ人は無事ゲットできたし、早速出発!」
アリシャの底抜けな明るい号令と共に、オレ達は出発する。
「つーか、いい加減尻尾放せって」
「えー、いいじゃん。結構ふわふわしてていい感じなんだし」
アリシャの様子は玩具にじゃれつく子猫そのものとしか思えなかったが、いいようにされ続けるのは何となく癪だったので反撃を試みる。
「うーん、ふわふわ……」
(無遠慮に頬ずりとか……オレが自由に動かせるの忘れてるだろ)
抱き込まれている為に自由に動かせるのは先っぽの方だけだが、それで充分。タイミングを見計らって―――
「ふぎゃ!?」
「ヒット、だな」
彼女の鼻の頭を、デコピン程度の力で叩く事に成功する。そのはずみで解放された尻尾を己の腰に巻き付けながら、視線を前へと戻す。
「ちょ、今のはヒドイって!」
「人様の尻尾で好き勝手に遊んだお前に言われたかねぇよ。懲りたらもうやるなよ」
「そんナー……」
道中こうやって彼女に悪戯されるであろうと考えたオレの気が滅入ってしまうのは、仕方が無かったとしか言えないだろう。
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首都フリーリアを出てから暫く。道中に出てくるmobを何度か撃破すると、呆けた様子の近衛隊と喜色満面な笑みを浮かべるアリシャの温度差が激しくなった。
「あははっ、やっぱりキミはセオリー無視な戦い方するネ」
「……一人でやれっつったのはお前だろ?こっちは初見の相手だったんだし、セオリーなんざ知らねえよ」
「アリシャ様が戯れに仰る冗談かと思いましたが……まさか実現する程の手練れとは……」
「ね?言った通りすんごい助っ人でしょ」
まるで自分の事のように得意気に胸を張る彼女は無邪気の塊そのもので、とても領主とは思えないが……多分やるときにはやってくれる人なんだろう。というかそうであってほしい。
「―――そろそろ翅が消えます。あそこで一旦休憩にいたしましょう」
近衛隊の内の一人がそう言うと、オレ達全員が指差した場所へと降下する。オレよりもずっとこのゲームをやり込んでいる彼等の案内なら、そうそうmobと鉢合わせする事なく休めるだろう。
面倒な話だが、オレ達プレイヤーが飛べる時間は決して長くは無い。ある程度の休憩を挟めば再び飛べるが、一度に飛行できる時間が有限である事に変わりは無いし、そもそも日光や月光が届かないダンジョン内では翅が全く使えない。マップ中央付近にある世界樹を攻略し、その上にいるとされる妖精王オベイロンに謁見すればそのプレイヤーの種族全員がアルフへと転生を果たし、飛行時間が無限になるらしいのだが……サービス開始から一年が経過が経った今でもそのグランドクエストを達成した種族はいないとの話だ。一年もあれば、廃人プレイヤー達のチームの内の一つ位がクリアしてそうなものなのだが。
「―――んで?あの蝶の谷っつートコを越えるって話だけど、一体何の為なんだ?領主が仕事投げ出してピクニックとかってワケじゃねぇよな」
「……ここまで来ればいいでしょう。実は今回、我々ケットシーは友好関係にあるシルフと同盟を結ぶ予定なのです」
「同盟?このゲームって他種族と競わせる仕組みじゃなかったか?」
「ええ、基本的にはそうです。ですが種族が異なる者同士でもパーティーやレイドは問題なく組めますし、種族同士の対立などに縛られたくないと中立領の街を拠点に活動するプレイヤー達も一定数います」
「……
オレ自身、今の種族はシステムがランダムに選んだだけだし。何より憂さ晴らしにmobに当たり散らすだけで貢献しよう思った事なんざ一度も無かった。
「話を戻しますと、このゲームのグランドクエストは他種族との対立を推奨はしていますが、共闘を禁止している訳ではありません。それに過去に挑み、失敗したサラマンダーから得た情報から察するに……単一の陣営だけでの攻略はほぼ不可能、というのがケットシー及びシルフ領主の共通認識なのです」
「だから、同じ考えを持つ者同士で手を組もうってワケか」
「はい。今回の同盟が実現すれば、現状最大勢力であるサラマンダーを越える戦力になりますし、そうなれば世界樹攻略も夢ではなくなります」
「成程なぁ」
「カァ」
納得して空を見上げて……ふと疑問が沸き上がった。
「記憶違いじゃなきゃ、グランドクエストをクリアできるのは最初に謁見できた種族だけだよな?途中でシルフを蹴落とそうとか考えてんのか?」
「それは―――」
「―――そんな事する訳ないじゃん!疑り深いナー」
一旦ログアウトして休憩していた筈のアリシャが、会話に割り込んできた。オレと話していた近衛隊のメンバーも順番が回ってきたらしく、申し訳なさそうに一礼した後にログアウトする。
「そりゃどっちかしかクリアできないだろうけど……だったらアルフになれなかった方を後で手伝えばいいじゃんっていうのが、アタシとサクヤちゃんの考えなんだよネー」
「後で?」
「だーかーらー、今のグランドクエストをAとするでしょ。でもきっとそれがクリアされれば新しいグランドクエストBが実装される筈だし、それも協力してクリアしましょうって話なんだヨ。それに、世界樹攻略だって一つの種族がクリアしたら他の種族はもう挑めません、って事になるかどうかだって分からないんだし」
「そういう事か。今のグランドクエストがクリア後も消えないなら二回やって両方アルフになる。できなかったとしても次のグランドクエストでも共闘関係を維持して、アルフになれなかった方がクリアできるようにする……どっちにもメリットはある訳だし、いいんじゃないか。片っぽしかアルフになれなかった場合に出てくるであろう領民の不平不満やシルフとの軋轢さえどうにかできりゃ……な」
「うぐぐ……結構痛いトコついてくるネ。ケド、それこそ領主としての腕の見せ所だヨー」
張り切って立ち上がるアリシャに気負った様子は無い。恐らく彼女もある程度は予測していたのだろう。一見抜けているが、確かに人の上に立つ為の器量を充分に備えていると思える。
「順番が回ってきたし、クロト君も落ちなヨ」
「了解。尻尾弄るんじゃねぇぞ?」
「ソ、ソンナコトシナイヨー?」
「棒読みのセリフとか、信用ゼロだっつーの。ヤタ、きっちり見張っとけ」
「カァ!」
元気よく応える相棒にアバターを任せ、オレの意識は現実世界へと一時帰還する。
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大和 サイド
ログアウトしてナーヴギアを外したオレは、すぐさま体を起こす。とはいえリアルの方ですべき事は寝落ちしても大丈夫なように入浴と歯磨きを済ましておく程度だ。じいちゃん達にあわせて夕飯は六時過ぎには済ませてしまったし、そもそもアリシャとの待ち合わせは七時過ぎだった。現時刻は八時半を回った所だし、この時間ならじいちゃん達は風呂に入った後だ。
「じいちゃん、ばあちゃん。風呂入ってくる」
「寒いから、ちゃんと温まりなよ」
「はいはい」
ばあちゃんの忠告に頷き、脱衣所へと入ろうとしたその時だった。
「ただいま」
「大輔か?今日は随分早いな」
(親父が帰ってきた?何で……?)
相変わらずの仕事人間な筈の親父が帰ってきた事に驚き、知らず知らずのうちに体が強張る。
「大和か。ただいま」
「……お帰り」
たったそれだけの言葉を交わして、親父はオレの隣を通り過ぎる。オレと親父の距離は、SAOに囚われる前と殆ど変わっていない。あの城で生きていた間に何を話そうかを多少は考えていた筈なのに……それを口にする事が全くできていなかった。
(オレは……)
未だに親父と向き合えていない。その事実が胸の中でしこりとなって残る。漸く身に着いてきた習慣どおりに体が動く中で、それが消える事は無かった。
アリシゼーション編のアニメ……楽しみな反面、省略ばっかりにならないかが不安です。
島崎信長さん(ユージオの中の人にしてFGOのグランドガーチャー)は松岡さん(キリトの中の人)とは大の親友らしいですし、スタッフの人達ってそこらへん考慮して声優決めたんでしょうかね?