前回の投稿から少しして、評価が赤に変わっていた事に驚愕しています。
……これ夢じゃない、ですよね?
クロト サイド
やっと……やっと会えた。例え世界が、姿が違っていても、オレ達はこうして再会できた。だがここには他人の目もあったワケで……
「え……?えええぇぇ!?」
「し、知り合いだったの、キリト君!?」
キリトの連れである二人の少女が絶叫した。視線を横にずらせば、同じように驚いた様子のアリシャ達が視界に映る。
「あぁ、紹介するよリーファ。コイツはクロト。前にやってたVRゲームでずっとコンビ組んでた……相棒さ。事情があって俺の方から一方的に別れちゃう形になってたんだけど……まさかこうやって会えるとは思ってなかったんだ」
シルフの少女、リーファへと向き直ったキリトは、簡単にオレの事を紹介した。だがその一方でスプリガンの少女は未だに目を瞬かせ……ニヤリと口角を釣り上げた。
「ん、どうしたフィリア?」
「いやー、まさかクロトが
「あ?」
今コイツはオレをからかってんのか?いや、それ以前にキリトはコイツの事をフィリアって呼んだよな。ってことはまさか……?
「その顔みれば言いたい事は分かる。コイツは俺達が知ってる、あのフィリアだよ」
「マジかよ……」
思わず額を押さえてため息をつく。オレやキリト以外にも、SAO帰還者かつ現役VRゲーマーがいたとは……まともなヤツだったらまずフルダイブなんてしない筈だろ、普通。
「んで?さっきの趣味がどうとかってのはどういう意味だよ?」
「べっつにー?ただクロトでも猫みたいに可愛くなってみたいって思うんだなーってだけだよ」
「おいコラ、テメェ分かってて言ってんだろ」
いやらしくニヤニヤした表情を崩さないフィリアに、イライラせざるを得ない。
「えー、うっそだー。もしそうなら絶対キリト二号みたくスプリガンで黒づくめになってる筈でしょ?」
「キ、キリト君二号って……ププッ」
「な、笑われるとなんか俺の方が傷ついた感じするんだけど……」
からかっているのを隠そうとしない彼女が面倒くさくなり、さっさと白状する。
「種族なんざランダムで決めたんだよ。最初は何でもいいやって、特にこだわりは無かったからな」
「……え?」
途端に、フィリア達の表情が固まる。何か地雷でも踏んだか?と首を傾げると、キリトが肩を竦めて告げた。
「俺が言えた義理じゃないけどさ……種族毎に得手不得手が違うんだし、それぐらいは自分で考えて決めろよな」
「悪かったな……」
お前を失った事から目を背ける為の憂さ晴らしができれば何でも良かった……なんて、口が裂けても言えなかった。
「ふぅ……あの様子では彼の勧誘は無理そうかな、リーファ?」
「あ、ごめんサクヤ。でももしあのクロト君って人がいなくても、ダメだったと思うよ。元々あたしがアルンまで案内するって、約束しちゃってたし」
そんなシルフ側の会話が聞こえ、何の事だとキリトに視線を向ける。彼は言いたい事があるけれど言えない、そんな思い詰めた表情を浮かべる。
「勧誘云々はよく分からないけど……その」
「何か、あったんだな」
キリトの肩が僅かに跳ねる。それだけで、分かってしまった。彼がまた何か、重いものを背負い込んだままである事が。
「……すまない。ホントはお前にこんな事頼むのはダメだって分かってる……分かってるけど……!」
彼は自分を責める様に顔を歪ませると、その頭を真っすぐオレに向けて下げた。
「頼む……俺に、力を貸してくれ……!」
―――あぁ……そうか。オレはずっと、その言葉を待っていたんだ……
SAOの頃からずっと、一人で抱え込んで壊れそうになっていたキリト。そんな彼がほっとけないと言ってオレは肩を並べ続け、一人じゃないんだって黙って手を伸ばしていたけれど。本当はただ
ずっと気づいていなかった、根底にあった自分の想いに気付いた今、オレの答えはただ一つ。
「いくらでも貸すさ。お前の頼みなら、何度だって」
決して大きくないその肩に手を乗せて、オレは答える。恐る恐る顔を上げた彼に微笑んで見せると、安堵したのが分かった。
「もうっ……
「……うっせ」
「悪い悪い。勿論フィリアやリーファだって大事な仲間だってば」
呆れた様に肩を竦めるフィリアにキリトは苦笑し、オレはそっぽを向く。彼のように素直になれないこの性分は、どうにもなりそうになかった。
「キリト君、と言ったかな。君達のお陰で助かったよ。我々領主が討たれていたら、サラマンダーとの差は決定的なものになっていただろう。本当にありがとう」
「あ、いや……俺の方も行先の途中だったからといいますか……案内してくれるリーファへの恩返しになればといいますか……」
近づいてきたサクヤが頭を下げると、キリトは目に見えて戸惑った。そう言えば、こうして彼が誰かから真っ直ぐな感謝をされるのは非常に珍しい。あの城では悪名高きビーターであった事が原因だろうけど、それ以前にコイツは単純に―――
「お前もはっきり言えばいいだろ?’助けたいって思ったから助けただけで、感謝される事じゃない’ってさ」
「んな!?お、俺の心を読むなあああぁぁ!!」
―――打算無しで他人を助けようとする、優しいヤツなのだ。慌てた彼はオレの首根っこを引っ掴んでがっくんがっくんと揺さぶるが、バラした後でそんな行動するとオレの言葉を肯定してるようなモンだぞ?
「あの人、キリト君の事なら何でもお見通しなのかな……?」
「多分ね。前のゲームの時からそうだったけど、流石クロトって感じ」
「そっか……いいなぁ」
フィリア達が何か言ってるみたいだが、全く聞き取れない。というかそろそろヤバくなってきた。
「ちょ、ギブ―――」
「―――さっきの……お返しだあああぁぁ!!」
「グゴガッ!?」
首を締め上げる手が離れたと思ったのも束の間。後ろに回り込んだキリトが、先程のオレと寸分たがわぬ動作で拘束し……同じようにオレを頭から地面へと突き立てた。
「……実は根に持ってたな、お前……」
「さぁ、どうだろうな?」
嫌みったらしく肩を竦めるキリトを睨みながら、ふらつく頭を抑えて立ち上がる。こうして同じ事をやり返すって事は絶対根に持ってただろコイツ。まぁ……痛みの無い仮想世界でなら、偶にはこんなバカやってもいいか。
「彼とはとっても仲良しなんだネー。クロト君の顔、生き生きしてるヨ?」
「……かもな」
ニヤついたアリシャにからかわれそうだったのでさっさと話しを切り上げる。こういう手合いはあんまり喋らない方が身の為だ。彼女はそれでも興味津々といった様子で尻尾を揺らして質問してくるが、すぐにサクヤによって止められてしまった。
「詮索しすぎるのはマナー違反だろうルー。こちらは助けられた側なのだから尚更だ」
「えー……まぁ、サクヤちゃんの言う通りだネ。しょーがないか」
「全く……すまないな。本来なら、君達に何か礼をしたい所なのだが……」
彼女の提案に、キリトは困ったように視線を彷徨わせ、フィリアは目を輝かせる……てか今回頑張ったのはキリトであってお前じゃないだろ。
「ねえサクヤ、アリシャさん……今回の同盟ってもしかして、世界樹攻略の為のものなんですか?」
「ん?ああ、究極的にはそうなるな。二種族で協力してグランドクエストをクリアしよう、という意味の条文はちゃんと盛り込んでいる」
キリト達より一歩踏み出したリーファは決心したようにまっすぐ領主を見つめる。
「その世界樹攻略にあたし達……特にキリト君を、加えて欲しいの。それもできるだけ早く」
「それは構わない……むしろこちらからお願いしたいくらいだが……」
「でも皆の装備を整える為には、どーしても先立つ物が足りてないっていうのが現状でネ……」
所謂資金不足、といったところだろう。申し訳なさそうに目を伏せるサクヤと、しおらしく耳と尻尾を下げるアリシャは口を噤んでしまう。
「そう、だよな……俺もとりあえずは樹の根元まで行くのが目的だから、そこから先は自分で考えてみるよ」
「何かしら訳あり、という所か」
世界樹を目指すキリトの事情を察しても、サクヤはそれ以上追及しなかった。オレ自身もよく分かっていないが、キリトがまた一人で何かを抱えているのだろうという事は容易に悟った。
「ああ、そうだ。これ、資金の足しにしといてくれ」
そんな領主に小さな笑みを零したキリトは、次いでメニューを操作し……かなり大きな革袋をオブジェクト化させた。受け取って中身を覗き込んだ領主二人がそろって息を吞み、青白く輝く大きなコインを一つつまみ出した。
「サ、サクヤちゃん……これって」
「十万ユルドミスリル貨……この中身全てが……!?」
掠れた声で告げられた言葉に、側近や近衛隊のプレイヤー達がどよめく。あれだけの大金が突然手渡されたら、誰だって動揺するよな……って、まさかコイツ。
「おいキリト、お前まさか有り金全部を……!?」
「まあな。俺にはもう、必要ないから」
「そう言われてもな……これだけの金額を稼ぐには、ヨツンヘイムで邪神クラスをキャンプ狩りでもしなければ不可能だぞ……」
一等地にちょっとした城が建つぞ、等と言われても彼は惜しむ様子は無かった。だが、そうだとしても黙って見過ごす訳にはいかない。しっかり者のハルが何故ここにいないのかは不明だが、その場合は妙な所で財布の紐が緩いコイツの散財を防ぐのはオレの役目になるのだから。
「キリト、流石にそれはダメだ」
「ダメって……俺にはいらなくて、向こうには必要だから渡すだけなのに、何が悪いんだ?」
予想通りといえば予想通りな反応に思わずため息をつくが、天を仰ぎたくなるのは何とか抑える事ができた。
「あのなぁ……だったらお前、今日どうやって落ちるんだよ?一文無しになったら宿に入れないんだぞ?公共スペースに空っぽのアバター残したら身ぐるみ剥がされるだろ」
「あ……」
オレの指摘に、彼は頬を引きつらせる。しかしその一方で、手渡した資金を取り下げる素振りもない。
「けどさ……そうしたら準備が整うまでどれだけ時間がかかるか、分からないじゃないか……!」
表情を歪めたキリトは、ひどく痛々しく見えた。彼が抱えている何かはとても重たく、焦燥に苛まれているのは一目瞭然だった。
「バカ野郎。オレがいるだろうが」
「え?」
「半分……ケットシー側へはオレが出すさ」
その宣言と共に、キリトが出した物の半分程のサイズの革袋をオブジェクト化してみせる。これには誰も彼もが絶句したが、構うものか。
「そっか……そういうヤツだったよな、お前は」
「仲間を見捨てないのはお互い様だろうが」
目を細めるキリトに小さく笑うと、目を瞬いていたアリシャが上ずった声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってヨ!クロト君がお金持ちなのはビックリしたけど……っていうかキミだってアッサリお金出しちゃっていいの!?」
「キリトが世界樹攻略を急いでいるってのは分かったからな。頼られた以上、何であろうとその手助けをするだけさ、オレは」
「とてつもなくシンプルな理由だネ……」
尻尾を揺らす彼女は、とても迷っているようだった。多分今の理由だけじゃ、受け取る側としては心苦しいのかもしれない。
「んじゃ、建前も付け足しとくか」
「建前?」
「そ。まずオレが受けた依頼はアンタの護衛。本来ならアンタが街に戻るまで同行して守るのが役目だが……オレはキリトについていくから、依頼を放棄する違約金って事でいいだろ」
「うーん、一応筋は通ってるけど……それにしたってこの金額は……」
未だに良心の呵責を感じているのか、踏ん切りがつかないアリシャ。そんな彼女の背中を押すべく続ける。
「後は相棒と会う機会ができた事への感謝と、世界樹攻略の時のメンバーの席の予約費とかだな」
「わ、分かったヨ……それじゃ遠慮なく」
「おう」
アリシャが革袋をストレージ内に収めると、丁度その横でサクヤも同様にこちらと同サイズの革袋を収めていた。
「ふぅ……こんな大金を持ったまま、いつまでもフィールドにいるのはぞっとしないな。サラマンダー連中の気が変わらない内に、ケットシー領に引っ込むとするか」
「それじゃ、会談の続きは帰ってからだネ」
彼女達の後ろで近衛隊や側近のプレイヤー達が椅子とテーブルを手早く片付ける。あの武人が引き返してくるとは思えないが、それでも万が一という所だろう。
「さて、君達には何から何まで世話になったな。こちらも君達の希望に極力添えるよう、大至急装備を整える」
「準備できたら連絡するヨ!」
笑顔でそう告げた二人は、今までしまっていたいた翅を出現させるとふわりと浮き上がる。
「アリガト!また会おうネ!」
去り際にアリシャが大きく手を振りながらオレ達にウィンクしたが、次の瞬間にはくるりと蝶の谷へと飛んでいく。サクヤや他の者達も同様で、気づけば皆がオレ達の視界から消えていた。
「……行っちゃったね」
「ああ、そうだな」
リーファがポツリと声を零すと、キリトはそれに頷く。会談の護衛でついてきたらサラマンダーの大部隊に襲われかけ、寸での所で割り込んできたクソ度胸の持ち主が実は相棒で、相手の指揮官との一騎打ちを制し……かなり密度の高い数時間を過ごしたもんだと思う。とりあえず一旦情報を整理したいのだが、ここでは即落ちできない以上、手近な街までもうひと頑張りする必要がある。
「なぁ、今日はそろそろ休まねぇか?もう深夜……それも二時近いぞ?」
「お前……さっきまで忘れてたってのに、言われたら……眠気が……」
「リーファ、キリトが寝ないよう頬っぺたでも抓っといて」
「はいはい」
「いでで!?」
フィリアの指示どおり、リーファは躊躇い無くキリトの頬を抓る……いや、あれ鷲掴んでないか?しかも両側。
「なあフィリア、あのリーファってヤツ……」
「それ以上言ったらデリカシー無いよ?そりゃ女の子らしからぬ言動はたまーにあるみたいだけど」
「気づいてるならお前から言ってやれよ。あと尻尾掴もうとすんな」
「ケチー」
彼女は不満そうに頬を膨らませるが、絆されるオレではない。つーか惚れた女がいる以上、他のヤツにデレデレしたり色目使ったりしたらアウトだろ。
「ねぇ皆!アルンまでもうちょっとだから、そこまでは頑張ろ!」
リーファの意見に頷いたオレ達は、眠気を堪えながらも世界樹の根元へと飛翔していくのだった。