クロト サイド
オレ達四人がアルンに着いたのは、早朝四時になった頃だった。アリシャ達と別れてアルンへと向かったはいいが、睡魔に襲われたまま飛び続けるのも限界に近く、ログアウトするべく偶々視界に映った村に降りたのが原因である。その村が実はmobの擬態で、ばっくり開いた穴に飲み込まれて……高難易度地下ダンジョン’ヨツンヘイム’に落とされたのが二時半頃。そこから脱出しようと足掻いて色々あった結果、こんな時間になってしまったのだ。まぁ全員無事に辿り着く事ができたので、結果オーライと言えるだろう。
「ここが、アルン……」
「やっと着いたねぇ……」
煌びやかな街の様子に、キリトとリーファがしみじみと呟く。
「ほらほら、サーバーがメンテナンスで閉じちゃう前に宿に入りましょ?」
「同感。今夜はもう休もうぜ」
再び襲ってきた睡魔に何とか抗い、ユイのナビゲートに従って歩く。程なく宿屋にチェックインし、何とか男女別に二部屋確保したオレ達は、それぞれの部屋に入った所で漸くログアウトしたのだった。
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大和 サイド
キリトとの再会を経た最初の朝……と言っていいのかは分からないが、オレの目が覚めたのは午前十時を回った所だった。寝坊を訝しんでじいちゃん達が部屋に入ってくるかもしれない事を危惧して、眠る前に最後の力を振り絞ってナーヴギアをしまい込んでおいたので、今でもオレがVRゲームを続けている事はバレていない……と思う。まぁ、そんな懸念は携帯端末に届いていたキリトからのメールが眠気と共に吹き飛ばしていったのだが。
「―――何かいい事でもあったのかい、大和」
「へ?いきなり何だよ、ばあちゃん?」
少ししたら昼になるからと、トースト一枚とコップ一杯の牛乳で朝食を済ませた所で、オレは優しく微笑んでくるばあちゃんに目を瞬かせる。
「だってねぇ……帰って来てから、一番いい顔してるんだよ。もう、嬉しくって……」
「ちょ、泣かねぇでくれよ!ばあちゃんとじいちゃんにはもっと笑っててほしいんだからさ」
「ごめんね。お前がいなくなってから、私達もすっかり涙もろくなっちゃってねぇ……」
オレがいなくなってから。それを言われると、オレは弱い。お袋が亡くなっても親父の仕事人間っぷりは変わらず、引っ越してきた為に友達一人すらいなかったオレが少しでも寂しくないようにと、ばあちゃん達は優しく寄り添ってくれていたし、オレがやろうとした事は何であれ、極力止めようとはしなかった。やっぱり二人はオレがSAOをプレイするのを止めていれば、と何度も後悔し、日々報道されるSAOプレイヤー死亡の報せに不安だったのだろう。
家の中に置いてあるティッシュ箱が増えたのはオレの所為か、なんて思いながらも、とりあえず手近にあったヤツをばあちゃんに差し出す。ばあちゃんが涙をふき取り、鼻をかむのを終えた所で、迷いながらもオレは告げた。
「連絡が……来たんだ。
「まあ……!それで、何て言ってたの?」
SAOの事をよく思っていないだろうに、ばあちゃんは嫌な顔なんて全くしなかった。むしろより一層嬉しそうに顔を綻ばせる。
「会いたいって。会って、話したい事がいっぱいあるから、ってさ。だから―――」
「―――ええ、行っておいで。おじいさんには私から言っておくから、気にしないで」
「ばあちゃん……いいの?」
二年前から変わらずにオレを信じ、意志を尊重してくれるばあちゃんの想いに思わず涙が溢れそうになる。
「ほら。男なんだから、ちょっとやそっとで泣いてちゃダメでしょ?友達に会いに行く顔じゃないよ」
堪えていた為に目尻に溜まっていた涙を優しくふき取ると、あやす様に頭を撫でながらばあちゃんはそう言った。その優しさにごめんと言いかけ……それは間違いだと気づく。
「ありがとう、ばあちゃん。行ってくる!」
「行ってらっしゃい」
出かける間際、ばあちゃんには帰って来てから一番の笑顔を見せる事ができた。
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「ここ、か……?」
東京御徒町よりおよそ一時間半、電車とバスを乗り継いでやってきたのは、埼玉県所沢市にあるとある病院だった。念の為メールに指定された場所と現在地を携帯で確認しなおしたが、間違いはないので安堵のため息をつく。とはいえオレが入院していたものよりもずっと大きな病院の為、先程から続く緊張がゼロになる事は無いのだが。
「本当に……来て、くれたんだな」
現実世界で初めて聞く、それでいて仮想世界では耳に馴染んだ声。振り返れば案の定、約二カ月ぶりとなる
「まあな……何でこんなドでかい病院に来いって言ったのかは、全然分かんねぇけど」
「それは……入れば分かる。ついてきてくれ」
何か言いたくて、でも言えない。そんな葛藤がありありと見て取れる深い表情を浮かべる彼に導かれるまま、オレは病院へと歩き出す。
「―――一応、
「そうだな。なら改めて……初めましてだな、
「こっちこそ、
顔馴染みらしく、ロビーの受付やら何やらをスイスイ進んでいくキリト……いや、和人の後を追い、エレベーターへ。他に乗員のいない二人だけの空間になると、沈黙に耐えられずオレは口を開いた。特にSAOで告げた筈の言葉を違えた事を自嘲するように肩を竦めると、和人は思わずといった様子で頭を振る。
「そんな訳ない……!俺の方こそ……お前にあわせる顔が無いって、自分に言い訳して……ずっとお前から逃げてた」
「……お互い様ってヤツだな、こりゃ。オレもお前も、どっちも悪かったって事で手打ちにしないと終わらねぇぞ」
「そうだな……ちょっとだけ、楽になったよ」
二人揃っていつの間にか強張っていた表情を、どちらからともなく緩める。胸の中にあったつかえが消え、心が幾分軽くなった。
「そういえばキリ……和人、ハルはどうしてる?」
「アイツはまだ、入院してる。俺より幼かったせいか、衰弱が進んでて……リハビリに時間がかかってる」
「ALOでお前と一緒じゃ無かったのはそういう事か」
確かハルはSAOログイン当時は小学生だった。オレ達以上に体が弱っていてもおかしくない。
「リハビリは順調だよ。無理しないように妹が見張ってるし……今月中には退院できる見通しだ」
「けど暫くは経過観察で通院が続くんだろ……って妹?お前に妹っていたのか?」
「そういえば……言ってなかったな。俺の一つ下に妹がいて、さらにもう一つ下にハルがいるんだよ」
「お前ん家って三兄妹だったのか……」
和人の意外な事実を知った所で、丁度エレベーターが停止する。
「なあ、和人―――」
「―――ここだ」
心なしか硬い声色でそう言った彼は、とある病室の前で立ち止まった。扉のすぐ側にあるネームプレートを見て……息を吞んだ。
『
(サクラが……何で病院に?まさかハルみたく衰弱が酷かったのか……?)
彼女が、この部屋にいる。その衝撃から未だ立ち直れていないオレの中で疑問が渦巻く。
「クロト……どうか、気を確かにしていてほしいんだ」
「い、いきなり何を言って……?」
そこまで言いかけて、気づいた。腕から離れていく和人の手が強張り、震えている事に。そしてカーテンの向こう側が、あまりにも静かである事に。
途端に、嫌な予感がした。それを振り払うように頭を振って一歩踏み出す。気まずそうに和人が見つめる中、一呼吸おいてから、そっとカーテンを開いた。
オレが入院していた時に使用していた物と同型の、ジェル素材を用いたフル介護型ベッド。白い上掛けは差し込む日光に淡く輝く。頻繁に訪れている人がいるのだろう、手入れの行き届いた生花に彩られたベッドの中央で、彼女は静かに眠っていた。
「サクラ……?」
呼びかける為に口を開いても、掠れた声しか出ない。傍にそっと歩み寄っても、彼女は目覚めない。何故なら……頭に被ったままのナーヴギアが、まだ稼働し続けているからだ。
「なぁ……何の冗談だよ……サクラ……!」
燻っていた間に聞き流したニュースで、およそ三百人のSAOプレイヤーが現実世界へと帰還を果たせていない事が報道されていたのを、今更ながらに思い出す。覚悟のできていなかったオレは、目の前の現実に容赦無く打ちのめされた。
「クロトッ!」
へたり込みそうな所を和人に支えられるが、足元はおぼつかないままだった。彼が用意した椅子に腰かけるも、言葉が出てこない。
「クロト……!」
和人は呆然としたままのオレの手を引くと、サクラの手と重ね合わせる。
「ぁ……」
「サクラは、ここにいる。ここに、いるんだ……!」
彼が押し殺した声で言い聞かせながら、オレとサクラの手を握り合わせる。彼にされるがまま、両手で彼女の手を包むと……微かな温もりが感じられた。
「サクラ……さく、らぁ……!」
俯き、食いしばった歯の隙間から嗚咽が漏れる。堪えきれない涙が一粒、また一粒と零れ落ちていく。微かなものであっても、両手から伝わるこの温もりは記憶に……心に焼き付いた、紛れもなく本物のサクラのものだ。
「クロト……ごめん」
オレの肩に触れて、そう呟く和人。何とか顔を上げると、彼は懺悔するかのように表情を歪ませていた。
「怖かったんだ……死んだ筈の俺がこうしてのうのうと現実に戻ったのに、サクラが……お前の一番大事な人が、帰ってきていないっていうのが。まるで……まるで俺が、サクラ達を犠牲にして生き残ったんじゃないかって……」
「キリト……」
「でも昨日、お前に会えて……逃げちゃダメだって気づいたんだ。相棒のお前と向き合えなきゃ、俺の中で続くSAOを終わらせる事は、できないんだって。だから、伝えておきたいんだ。どうして俺がALOにいたのかを」
端末を操作しだしたかと思うと、すぐさま彼はそれを突き出す。未だサクラから手を離したくないオレは、少々不格好ながらも二の腕辺りで雑に目元を擦ってから、画面をのぞき込んだ。
「サクラ……それに、アスナ……!?」
「この画像が、その理由なんだ」
何処かの巨大な樹の枝に吊るされた、同じく巨大な鳥籠。その中で無表情に遠くを見つめる少女と、そんな彼女に付き添うもう一人の少女が映っていた。どちらも見慣れぬ衣装を纏ってこそいるが、間違いなくサクラとアスナの二人だ。
「コレは一昨日、エギルから送られてきたんだ」
「エギルが……?」
「アイツ曰く、グランドクエストを避ける為に外側から世界樹を登ろうとした連中がいてな。結局枝まで届かなかったけど、登った記念に撮りまくったスクリーンショットの一つに、この鳥籠が映っていたんだ」
画像が荒いのは、既に解像度の限界まで引き伸ばしたからだという彼の説明を聞きながら、オレはおおよその事情を察した。
「アスナやサクラが、そこにいるかもしれない……だからお前はもう一度、仮想世界に行く覚悟をしたんだな」
「あぁ。確証も何も無いし、でも何とかしたくて……もう、藁にも縋るような思いだけどな」
自嘲するような笑みと共に肩を竦めた和人だが、今の彼にはそれだけでは無い何かがある、そんな直感があった。名残惜しくもサクラから手を離すと、オレは立ち上がって正面から和人を見つめる。
「キリト……確証が有るかどうかなんざどうだっていい。お前の考え、知ってる事……全部、隠さずに教えてくれ、相棒」
「サクラの事で恨まれる覚悟、してきたんだけどな……ホントにズルいよ、お前のそういう所」
泣きだしそうにしながらも、嬉しそうに微笑む親友。照れ隠しのつもりか少し乱暴に鼻をすすった後、彼は表情を改めた。
「改めて頼む。こんなどうしようもない俺にもう一度、力を貸してくれ……!」
「当たり前だろ?オレがお前に手ぇ貸さない理由が何処にあるってんだ」
ニヤリと片頬を釣り上げてみせると、和人の漆黒の瞳に迷いの無い光が宿るのが見えた。
「なら……落ち着いて聞いてくれ。アスナ達の命は今、ある男の手の中にあると言っていい状況にある」
「何だと……!」
「それにこのままだとアスナは……来月その男と、事実上の結婚をさせられるんだ」
己が身を引き裂かれる……いや、それすら生温い。そう思える程の苦痛に、今の彼は苛まれている。その事にオレは目を見開いた。
「ドコのどいつだ、ンなクソッたれな野郎は」
「
本当ならば、口に出す事すら自傷行為に等しいのだろう。だが和人はそれを堪えて、アスナを奪い去ろうとする
アリシゼーションはもう兄弟そろって大歓喜です。
一話はアニオリシーンも多くて満腹でしたww