SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 ようやく終盤までたどり着けたからか、以前より少し早くできた気がします……人間、ゴールが見えてきた方がやる気が出るのは、案外本当なのかもしれませんね。


八十六話 妖精王、現る

 クロト サイド

 

 ―――走る。走り続ける。もう少しで、ずっと恋い焦がれた少女に会えるのだ。一分一秒が惜しく、立ち止まってなどいられない。それは隣を駆ける相棒も同じで、本来の十歳児ほどの体に戻った愛娘の手を強く握りしめていた。だが逸る心に任せて走り続けながらも、何かがおかしい、と疑問が沸き上がるのを抑えられなかった。

 ドームの天井―――閉ざされた石扉から転送されたのは、本来ALOというゲーム内ではありえない程にファンタジー要素が抜け落ちた、白い無機質な通路の途中だったのだ。そしてユイが言うには、今までと違ってこの通路にはナビゲート用のマップが無いらしい。あの石扉が普通のプレイヤーでは開けられなかった事を踏まえると、ココは完全にユーザーに非公開なエリア……それもかなり怪しいヤツだ。

 

 「―――ママ……っ!」

 

 ユイが、より一層速度を上げる。その顔は誰が見ても解る程に(アスナ)との再会を渇望している事が読み取れ、子供が本来していい表情ではない。ただただアスナ達の反応がある方向へと突き進むユイと並ぶように。オレ達もまた速度を上げた。

 

 (もう少し……もう少しなんだ……!)

 

 抱いた疑問を胸の内に押し込んで。今はただ、サクラの許へと全力で走り続ける。幾つもの扉を押し開けたり、壁に隠された扉をユイが探り当てて開いたりして突き進み……やがて一気に視界が開けた。

 

 「ここは……」

 

 「世界樹の、上……」

 

 確認するように呟くキリトの声を聞きながら、首を巡らせる。薄く広がる雲海の上で、聳え立つ世界樹。たった今オレ達が飛び出してきた扉はその幹に埋め込まれ、伸びた巨大な枝が道となって続いている。当然幹からは他にも数多の枝葉が伸び広がり、全てが間もなく沈もうとしている夕日に照らされていた。

 

 「無いじゃないか、空中都市なんて……!」

 

 「詐欺じゃねぇか。こんなん許されねぇぞ……!」

 

 ALOというゲームの最大級の目玉であったグランドクエスト。上位種族アルフへの転生を夢見て仲間を束ね、資金を集め、装備を整え……多大な時間や熱意を注いでクリアを目指していたアリシャ達の姿が脳裏をよぎる。彼女達が目指していたものがただのハリボテだった事に、憤怒の感情を抱かずにはいられなった。

 

 「パパ、クロトさん」

 

 「ユイ……そうだな」

 

 「あぁ、急ごう」

 

 彼女に揃って手を引っ張られ、立ち止まっていた両足に再び力を籠める。焦がれるような想いは大きくなる一方で、より一層心を逸らせる。

 世界樹の枝の上を走り続けると、夕陽を反射してきらりと光るモノ―――巨大な鳥籠が、見えた。その鳥籠に奇妙な既視感を覚え……昼間キリトが見せてくれた画像にあったそれと同じものだと気づいた。

 あの中にサクラとアスナがいる。そう確信した瞬間、オレ達は飛ぶように残りの距離を駆け抜ける。みるみる大きくなる金色の鳥籠に、仮想の心臓が痛い程に早鐘を打ち、呼吸は激しくなる。だがそれでも、疾走し続けるこの両脚は止まらず……オレ達は揃って、残りの数メートルを一息に跳躍して―――

 

 「―――サクラ!」

 

 「―――アスナ!」 

 

 「―――ママ!」

 

 金色の格子に飛びつき、最も愛しい人の名を叫んだ。鳥籠の中、背を向けて俯いていた二人の肩がピクリと動く。祈る様にゆっくりと二人は振り返り、目を見開いた。

 

 「ママッ!ママぁ!!」

 

 ユイが右手を振るい、オレ達を隔てていた格子扉を消し去り、アスナの許へ駆けていき―――その胸へ飛び込んだ。

 

 「ユイちゃん!」

 

 殆ど衝突するような勢いで飛び込んできた小さな体を、アスナはしっかりと受け止めて抱きしめる。互いに涙を零しながらも再会を喜ぶ母子の姿に少しの間見入るが、意を決して正面へと向き直る。

 今のオレ達はSAOの時とは姿が大きく違うけれど。オレとキリトが言葉を交わさずに互いの正体に気付けたように、きっと彼女達も分かってくれる。そんな確信があった。だからこそ一歩、また一歩と歩み寄る。

 

 「クロト……」

 

 「キリト君……」

 

 二人の口から、オレ達の名が零れる。耳朶に焼き付き、もう一度聞きたいと切望していたその声で。先程まで激しくこの身の内を焦がしていた想いは変わらず、けれどこの体はゆっくりと距離を縮め……少女の華奢な体をふわりと抱きしめた。

 

 「やっと……やっと会えた。サクラ……!」

 

 「うん、信じてた。だから……頑張れたよ、クロト……!」

 

 愛しい人の温もりがじんわりと広がり、抱き合ったオレとサクラは互いに涙を流す。その横でキリトもまたアスナとユイを抱きしめ、静かに額を合わせていた。

 

 (これで、ようやく……)

 

 ようやく終わる。そう思った所で、最後の仕事が残っている事に気付く。サクラ達が現実世界に帰還するまでがオレ達の闘いなのだ。ここはまだ、通過点に過ぎない。

 

 「帰ろう、現実世界に……オレ達全員で」

 

 抱擁を解いてから言った言葉に、誰もが微笑みながら頷いてくれた。

 

 「ユイ、ここからアスナ達をログアウトさせられるか?」

 

 「いいえ。ママ達のステータスは複雑なコードによってロックされています。解除するにはシステムコンソールが必要になります」

 

 「コンソール……」

 

 「んなモン、一体ドコに―――」

 

 脳裏に浮かんだイメージは、かつてユイが記憶を取り戻すきっかけとなったあの黒くて四角いヤツだった。だが今の所その類いのオブジェクトは見ていない。

 

 「―――大丈夫。私達、ラボラトリーの最下層でそれらしい物を見たわ。ラボラトリーっていうのは……」

 

 「あの何もない白い通路の事か?」

 

 アスナの言葉に、そういえばカードキーを何処から調達してきたのかという疑問があった事を思い出す。先程まではオレもキリトも出所を気にしていなかったが、囚われの身である二人があんなものを用意できるのは普通おかしい。恐らく二人は一度脱出を試み……見つかってしまったもののこっそりとカードキーをくすねる事に成功したのだろう。二人の心の強靭さが、何とも頼もしい。

 

 「でもあそこ、巨大ナメクジ型のアバターがうろついてる筈。わたし達、そいつ等に捕まって連れ戻されたの」

 

 「なら、オレ達でブッ飛ばすだけさ。案内してくれりゃOKだ」

 

 「うん。触手がいっぱいあったけど、クロト達なら大丈夫だね。中の人達も須郷って人の部下で元々は研究者だし」

 

 「須郷……やっぱあのクソ野郎の仕業か……!」

 

 暫しの間忘れていた憎悪が、再び沸き上がる。オレはまだ会った事は無いが、そんなの関係無い。あのクソ野郎は絶対に許さない。

 

 「それだけじゃないわ。須郷はここで、もっと恐ろしい事を……」

 

 「アスナさん、まずはここから脱出しましょう。現実世界に帰れれば、後は―――」

 

 「―――カァ!!」

 

 今まで静かについてきていた小さな相棒―――ヤタが鋭く鳴いた。最上級の警告の意を誰もが感じ取り、急いで鳥籠の外へと駆け出そうとして……できなかった。

 

 (な、んだ……コレ!?体が……重てぇ……!)

 

 夕日に照らされた鳥籠が、瞬く間に暗闇に吞まれて消えていく。まるで世界が塗り替えられるように周囲の全てが漆黒に染まり、その中でオレ達は急激に重たくなった体の所為でまともに身動きが取れないでいた。

 視線を巡らせれば、同じようにもがくキリト達の姿が明瞭に映る。だがそれはこの空間に全員囚われてしまった事を示しており、とても安心できるような事では無かった。

 

 「きゃっ!?」

 

 「ユイ、どうした!?」

 

 「皆さん、気をつけてください……!よくない、モノが……!」

 

 「ユイちゃん!」

 

 突如苦しみだしたユイは、その身に紫電を走らせながらも懸命に言葉を紡ぐが……眩いフラッシュと共に、その姿が掻き消えた。一瞬で空になった腕の中を見つめるアスナだったが、すぐさま体に掛かる荷重が増え、悲しむ間もなく這うような姿勢にならざるを得なかった。それはオレ達も同様で、とてもじゃないがもう一度身を起こす事ができそうにない。

 

 (やべぇ……来る(・・)……!)

 

 そしてヤタの警告の直後から、うなじがチリチリするような嫌な感覚が続いていた。SAOにいた頃、オレンジやレッドプレイヤーから悪意を向けられた時に感じたソレが、示す答えは一つ。

 

 「アッハハハ!どうだい、来月のアップデートで導入予定の重力魔法は?ちょっとばかし強過ぎたかなぁ?」

 

 「貴様……須郷!」

 

 侮蔑や嘲笑がこれでもかと盛り込まれた、粘つくような声と共に、一人の男が姿を現した。

 

 「チッチッチ、興ざめだなぁ。それに呼び捨てってのも気に入らない。ここでは妖精王オベイロン陛下と……そう呼べ!!」

 

 「グッ!?」

 

 「キリト君!?」

 

 贅の限りを尽くしたとしか言いようのない、上等な靴や衣装。それらに身を包み豪奢な金髪を靡かせる青年は、その作り物めいた整った容姿を台無しにするような笑みと共にキリトを蹴倒した。さらにその足で相棒の頭を踏みつけ、グリグリと動かす。

 

 「テメェ……今すぐその汚い足を退けろ、クソ野郎が!」

 

 「あぁん!?汚らわしい野良猫風情が喚くんじゃないよ!」

 

 咄嗟に出てきた安い挑発に乗ったオベイロン……いや、須郷はコツコツと靴音を響かせると、キリト同様にオレの頭を踏みつける。

 

 「全く……小鳥ちゃん達が逃げ出したっていうんで、きっついお仕置きしようと急いで帰ってきてみれば……ゴキブリに野良猫が紛れ込んでいたとはねぇ……一体どうしてくれようかなぁ!」

 

 「やめなさい須郷!捕らえたSAOプレイヤー達にあんな事して……キリト君達にまで手を出したら、絶対に許さないわ!」

 

 気丈に声を張り上げるアスナに、須郷はぐるりと首を巡らせて目を向ける。コイツの一挙手一投足が、不快で仕方がない。

 

 「許さない、ねぇ……クック。一体誰が許さないっていうんだい?君達かい、それともコイツ等?いやいやまさか神様かい?クハハ、残念だけどこの世界に神はいないよ!そう、僕以外にはね!!」

 

 「ガッ!」

 

 自らを神と宣言すると同時に、須郷はオレをキリトの横へと蹴り転がす。

 

 「クロトっ!」

 

 「へい、きだ……すぐよろめくような、ド素人の蹴りなんざ……効かねぇ、っての」

 

 懸命にこちらへ手を伸ばすサクラに、何とか微笑む。キリトの時もそうだったが、蹴った反動でヤツはすぐによろめいていた。リアルがまともなキックすらできないようなモヤシ野郎である事は容易に察せられる。

 ヤツの言う重力魔法さえなければ、どうという事は無いのに。この魔法を解除する手段さえ解れば……!

 

 「やれやれ、まーだ態度を改めないとは……」

 

 肩を竦めながら歩み寄った須郷は、何かを思いついたようにキリトの背から剣を引き抜く。相当な重さを誇る筈の相棒の剣をヤツは右手の指一本で回して弄びながら、先程から常に複数展開していたウィンドウの一つを眺める。

 

 「システムコマンド!オブジェクトID、ブラックプレートをジェネレート!」

 

 「な、に……!?」

 

 不意に須郷が叫ぶと、なんとヤツの左手に、弄んでいたキリトの大剣と瓜二つのソレが現れた。

 

 「アッハハハ!そのマヌケ面は中々ウケるねぇ!言っただろう?僕は妖精王オベイロン、この世界の神だって!こんなチャチな剣……いや、どんな物だって僕の意のままに呼び出せるのさ!こんな風にねぇ!!」

 

 甲高い声で語りながら左の大剣を床に突き立て、ウィンドウを操作する須郷。

 

 「きゃあ!?」

 

 「ひゃ、な……!?」

 

 次の瞬間に悲鳴が上がり、そちらを見ると、何とサクラとアスナが鎖付きの腕輪によって両腕を持ち上げられ、床につま先がギリギリつかない所にまで釣り上げられていた。

 

 「小道具は色々用意してあるけど……まずはこの辺かな」

 

 「須郷……貴様!」

 

 激しい憤りと共にキリトが何とか片膝を立てる程に起き上がるが、それも完全ではない。

 

 「だからさぁ……お前等はそこで仲良く這いつくばっていろっ!!」

 

 すぐさま振り返った須郷によって、再び彼は地を這う事を強要される。醜悪なニタニタ笑いを崩さない須郷は、もったいぶるようにキリトの頭に片足を乗せ、真っ赤な舌で唇を一舐めする。

 

 「それにしてもキリト君……いや、桐ケ谷君、小鳥ちゃん達が絶対来るって言ってた時はどうかと思っていたけど……まさか本当に来るとはねぇ。野良猫のオマケ付きとはいえ、一体どうやって来たんだい?ま、その頭に直接聞けば済むんだけどね!」

 

 「何を、言って……?」

 

 キリト同様にヤツの言葉に疑問が沸き上がるが、今はそれどころではない。

 

 「クロト、ログアウトして!貴方のお父さんなら、須郷を―――」

 

 「―――ざぁーんねんだけどねぇ、この空間にいる君達のIDは既にロック済みだよ!」

 

 ログアウト不可。咄嗟に左手を振るってもウィンドウが現れない事が、その事実を如実に示していた。

 

 「さぁて、そろそろお楽しみの時間といこうか……さぁ、喜びたまえ諸君!ただ今からこの空間の全ログを記録中だよ!」

 

 謳うように両手を広げ、そう宣言する須郷に対して、オレは精一杯嘲笑う。

 

 「成程な……仕事サボって遊び惚けるテメェの、クソみてぇな笑顔もガッツリ残るってワケだよなぁ……」

 

 「何だと……!」

 

 「ほ~ら……んな安い挑発に乗っかったテメェのアホ面も今、録画されてんぜ?どこぞの三下悪役……いや、それ以下の雑魚キャラ確定だぞオイ」

 

 「黙れぇ!!」

 

 作り物の端正な顔を怒りに歪め、須郷は右手に握ったままの大剣をオレの背に突き立て、地面へと縫い留める。痛覚こそ無いけれど、ヒヤリとした異物が体を貫通する不快感がジワリと広がる。

 

 「須郷……よくも相棒を……!」

 

 「へぇ……?なら君も仲良く串刺しにしてやる、よっ!」

 

 ニヤリと醜悪な笑みを取り戻した須郷はオレと同じ様に、二振り目の大剣でキリトを床に縫い付ける。

 

 「いい加減ガキ共には痛い目に遭わせないとね……システムコマンド!ペイン・アブソーバー、レベル8に変更!」

 

 「ぐ、ぁ……!?」

 

 「ッ……!?」

 

 瞬間、鋭い痛みがオレ達を襲った。仮想世界では感じない筈の痛覚が機能しはじめた事に、驚愕を隠せない。

 

 「おいおい、まだツマミ二つ分だよ?クク、段階的に強くしてやったら、何処まで持つかな?レベル3以下だとログアウト後もショック症状が残るかもしれな―――つぁあああっ!?」

 

 急に甲高い悲鳴を上げた須郷。その足元を見ると、なんとキリトが右手に隠し持っていた投適用ピックをヤツの足に突き立てていた。

 

 「はっ、まだツマミ二つ分なんだろ?お前の方がよっぽど弱いじゃないか……」

 

 してやったり、とばかりに口角を釣り上げるキリトに対し、大慌てでピックを抜き取った須郷は金切り声を上げながら、片足を抱えてのたうち回る。ヤツが無様な姿を暫くさらし続ける間に立ち上がろうと試みるが、痛みの所為か先程よりも力が入らない。

 

 「この、クソガキがああぁぁ!」

 

 逆上した須郷は息を荒げながら、ひたすらにキリトの頭を踏みつける。

 

 「この、このっ!泣け!喚けよ!クソッ、クソクソクソォッ!!」

 

 それでも彼が悲鳴一つ上げない事に業を煮やしたのか、しゃがみ込んで頭を鷲掴みにする。反対の手には、先程引き抜いたピックが律儀に握られていた。

 

 「システムコマンド!ペイン・アブソーバー、レベル7!」

 

 「ダメ!それ以上はやめなさい須郷!」

 

 「さぁ、今度こそ泣いてみせろよクソガキィ!!」

 

 アスナの制止を振り切り、ヤツはキリトの額へとソレを突き立てた。リアルの和人の傷跡が存在する位置(・・・・・・・・・)に。

 

 

 

 

 

 

 

 「―――ぁ……」

 

 小さく呻いた相棒の体から力が抜け、音を立てて床に崩れる。まるで、糸の切れた人形の様に。

 

 「キリト君!!いやああぁぁぁ!?」

 

 アスナの悲鳴が響き渡る。相棒の体は……一切動かなかった。

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