SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 今回は仕上がりにかなり苦戦しました……前回が早く更新できた分、待たせてしまってすみません。


八十八話 旅路の果て

 クロト サイド

 

 開いた口が塞がらない、というのはまさにこの状況の事だろう。なんせ死んだ筈だと思っていた人間が、目の前に現れたのだから。それがあの茅場晶彦ならば尚更だ。

 一方で須郷はこれ以上ない程に取り乱しており、耳障りな金切り声を上げる。

 

 「死んだんだろ!アンタは!?なのに何で生きてんだよ!」

 

 「確かに茅場晶彦という男は死んだ。この私は茅場晶彦の意識のエコー……残像に過ぎない」

 

 意識のエコー?残像……?茅場の言葉の意味がよく分からないオレは目を瞬かせるだけだが、須郷は何か合点がいったように口許を戦慄かせる。

 

 「まさか……まさか……大脳への高出力スキャニングが成功したっていうのか!?あ、あり得ない……あり得るもんか!成功率0.1%未満なんだぞ!!」

 

 「確かに君の言う通り、千分の一にも満たない確率だが……(ゼロ)ではない。そして、こうして私がここにいる事。それが何よりの証拠だと思うのだが」

 

 茅場が淡々と告げると、須郷は頭を掻きむしって喚き散らす。

 

 「うるさいうるさい!アンタはいつもそうだった!!そうやって済ました顔して!僕の欲しいもの全部、横から掻っ攫って!邪魔ばっかりしやがってぇ!!」

 

 「茅場晶彦は自らの空想……アインクラッドを生み出す事を目指していただけで、君の障害になる気は無かったのだが……ふむ、意図せず他人を蔑ろにしてしまう、か……先生の教えを実践できていなかったのは、こちらも同じか」

 

 半狂乱に奇声を上げる須郷と、あくまで冷静なままの茅場。そこで漸く衝撃から立ち直ったオレは、二人へある程度意識を割きながらもサクラ達の傍へと駆け寄る。

 

 「皆……!」

 

 「クロトォ……!」

 

 「クロト君……キリト君が……!」

 

 限界まで心を苦しめられた二人は、くしゃりと表情を歪める。須郷に甚振られ、辱められた姿とあわさって、胸の内が焼け付くように痛んだ。

 

 「分かってる!二人共もうちょい待ってくれ」

 

 右腕を斬り飛ばされ、全身に血のように紅いダメージエフェクトを刻まれた親友を抱き起こし、額に突き立てられたピックを慎重に引き抜く。

 

 「ぁ……す……」

 

 「もういい……!もういいんだよ、キリトッ……!!」

 

 お前は充分、頑張ってくれた。抗ってくれたんだ。だから……!

 

 「今度はオレが、終わらせる。アスナと一緒に休んでてくれよ」

 

 「……」

 

 闇色の瞳は虚ろなままで、こちらの声が届いているか怪しいけれど。アスナが傍にいればきっと正気を取り戻してくれる。コイツは、そういうヤツだから。

 相棒を一旦優しく横たえ、今度はアスナとサクラへと向き直る。二人を戒める鎖を破壊するべく、腰の短剣を引き抜いた。

 

 (オレの得物じゃ軽いか……?)

 

 キリトのあの大剣ほどの重量があれば、一閃するだけで鎖を断ち切るには充分な破壊力があるだろう。だがこちらの短剣は軽さを活かした手数の多さがウリの武器だ。これは二人の腕輪と鎖の接合部を壊すしかないか……?

 逡巡した次の瞬間、二人を吊し上げていた鎖が腕輪ごと消滅した。

 

 「なっ!?」

 

 「きゃ!?」

 

 「ひゃ!?」

 

 驚愕しながらも目の前で揃って尻餅をついた二人に手を貸し、もしやと茅場の方へと目を向ける。

 

 「流石にアスナ君達をそのままにしておくのは、見るに堪えないのでね。これも使いたまえ」

 

 「……感謝しとく、一応な」

 

 「その方が君らしいよ、クロト君」

 

 茅場がウィンドウを操作すると、大きな外套が二つ、手元に現れた。それをサクラ達に羽織らせながらも、茅場への決して好意的ではない感情が噴出するのを堪える。今はそんな場合じゃないと、己にそう言い聞かせて。

 

 「僕を……僕を無視するなあああぁぁ!!」

 

 金切り声が、辺りに響く。肩を怒らせ、荒い呼吸を繰り返す須郷が、手にした黄金の剣を掲げる。

 

 「もう我慢の限界だ……!蘇ったっていうなら、この僕が!この手で!アンタを殺してやるっ!!」

 

 須郷から剥き出しの敵意……いや、殺意を向けられてなお泰然とした表情を崩さない茅場。

 

 「死ねやああぁぁっ!!」

 

 愚直なまでに茅場めがけて須郷は走り、右腕を振り下ろす。その手に握られた黄金の剣が茅場を斬り裂く―――寸前で、オレが阻んだ。

 

 「どういう事かね?これは茅場晶彦と須郷伸之の問題で―――」

 

 「―――んなモン……クソくらえ、だっ!」

 

 「がふっ!?」

 

 斬撃を止められ、目を見開いた須郷のがら空きの胴体に体術スキル『閃打』を模倣した左パンチをねじ込んで吹き飛ばすと、振り返る事無くオレは言ってやる。

 

 「須郷(コイツ)はサクラを、アスナを閉じ込めて苦しめた。キリトを痛めつけた……オレの手でブッ飛ばさねぇと気が済まねぇんだよ!他の事なんざ知ったこっちゃねぇ!」

 

 オレの大切な人達に手を出した落とし前をつける。オレがこのゲス野郎をブチのめす理由はそれだけだ。

 

 「……君は、そういう人間だったな。では、私から一つお節介といこうか」

 

 「あぁ?」

 

 「システムコマンド、IDオベイロン及びIDクロトのペイン・アブソーバーをレベル(ゼロ)へ……これでお互いが受ける痛みは現実世界と遜色ないものとなる」

 

 「……礼は言わねぇぞ」

 

 お互いが受ける痛みについては対等な状態……自分だけ痛みゼロとか、ダメージ無しみたいな一方的な優位を得た状態でボコるのが嫌いなオレにとっては思いっきりやれる条件ではあるのだが、言っても無いのにそれを茅場に用意されたのが妙に気にくわない。

 

 「君は自分の手で須郷君を倒したい。私は他にやる事があるので君に須郷君の相手を頼みたい……利害が一致しているのだから、君が全力を出せるステージを用意するのは当然さ」

 

 「ハッ、そうかい」

 

 互いに無償の善意が通じる訳がない。オレは変わらず茅場への敵意や憎悪を捨てられないし、ヤツはそんなオレの感情について歯牙にもかけないだろう。

 不意に自分の中で何かが切り替わった、気がした。それでも構わないと、冷たい思考が走った。

 

 「しょ、正気かお前!?現実世界でショック症状が残るかもしれないんだぞ!?」

 

 「殴られたら痛いし、殴ったら手が痛む……分かり切った事ぬかすな」

 

 確かにオレ達が過ごしたSAOには神経に直接作用する’普通の痛み’は無かったし、その’普通の痛み’をしょっちゅう味わっていた喧嘩だらけの中学時代だって大分遠い記憶だ。

 

 「それにな、あの世界の刃はもっと重かった……もっともっと痛かった」

 

 プログラムに従い、一切の容赦なく振るわれたボスやmobの刃。肥大化したエゴに吞まれ、欲望のままに振るわれた犯罪者プレイヤー達の刃。それらは等しくオレ達から命や仲間を奪い去らんと迫り、そして―――心や魂を直接斬り裂いてきたのだ。その痛みに比べれば、今更現実の痛みに怯む訳にはいかないと、思い出したのだ。

 

 「な、何言ってやがる……?気が狂ってるのか!?」

 

 震える切先を向けながらも、須郷は一歩後ずさる。それを気にせずオレは短剣を収めて素手を構えると、ヤツはさらに後ずさった。

 

 「ボコられる覚悟もねぇのに、ノコノコ出てきたテメェにだけは言われたくねぇよ」

 

 全身から急速に熱を感じなくなり、冷えていく思考は鋭敏に一つの目的に集約されていく。

 すなわち―――須郷を殺す。

 

 「クロトッ!」

 

 冷たい意識の中であって尚、その声は明瞭に耳朶を打った。そちらへ少し目を向けると、ビクリと体を震わせるサクラとアスナの姿があった。

 

 (あぁ、そっか……今のオレ、化物になった時と同じなのか……)

 

 必要とあらば誰であっても平気で切り捨てられる、殺人鬼と恐れられたあの時のような、酷い目をしているのだろう。キリトを抱きかかえるアスナの腕が、自らを掻き抱くサクラの手が、目に見えて強張っているのがその証拠だ。

 自己嫌悪がノイズとなって思考を乱そうとする。けれどそこで、先程からサクラが目を逸らしていない事に気づいた。

 

 「待ってるから」

 

 「……ッ!」

 

 たった一言。今のオレが怖い筈なのに、それでも逃げずに告げられたその言葉が、胸の内に小さく強い(ともしび)を宿してくれた。この身がどれ程冷たい意識に吞まれても……この熱がある限り、オレは化物ならない。そう信じさせてくれる。

 

 「くたばれクソガキィィ!!」

 

 甲高い声を上げながら、須郷が剣を突き込んでくる。普通なら回避しづらい点の攻撃だが、遅い上に狙いが雑だ。タイミングを合わせて左脚を引いて半身になるだけで、充分躱せる。

 

 「オラァッ!」

 

 「グベッ!?」

 

 躱した剣がわきの下を通り抜ける様にラリアットをかますと、面白い程綺麗にヤツの首へと吸い込まれた。

 

 「ゲホッゲホッ……ゲェエ……」

 

 倒れ込んだ須郷は喉を抑えてのたうちまわるが、一方でオレも腕に痛みを感じていた。

 

 (顎に当たったか……?こりゃ感覚鈍ってるな)

 

 今のは体術スキルには無いモーションだったし、その手の喧嘩用の動きに関してはブランクが大きいかもしれない。

 

 (けど……コイツを()るには充分だ)

 

 そう、別に問題無い。ケリをつけるだけだ。

 

 「立てよ。まだ始まったばっかりだろ」

 

 伏したままの須郷を蹴りつけて仰向けにすると、その胸倉を右手で掴み上げる。反対の手で握った拳のヤツの腹へ一発、二発と叩き込む。それで膝から力が抜けたヤツから手を離すと、腹を抑えて蹲りかけた顔面へと膝蹴りをめり込ませる。

 

 「グゲェ……ゲェ……」

 

 潰れた蛙みたいな呻きを上げる須郷。こんな弱いヤツに、今までサクラ達は苦しめられていたのかと思うと、抱いた殺意がより一層増していく。

 

 「痛ぇか?痛ぇよなあ?けどなぁ……」

 

 地に伏した須郷の横顔を踏みつけ、グリグリと動かす。苦痛に悶えているのか意味を為さないうめき声を零すヤツの両目から、どろりと涙が流れているのが見えた。

 

 「サクラが!アスナが!キリトが受けた痛みは、こんなもんじゃねぇ!!」

 

 踏みつけていた脚を振り上げ、思い切り振り下ろす。俗に言う(かかと)落としがヤツの頭蓋へと吸い込まれ、作り物めいたその身体が硬直した。

 

 「まだだ……まだ足りねぇ。テメェに落とし前つけさせるにはなぁ……!」

 

 およそ自分の物とは思えない程底冷えした声と共に、再びオレは須郷を右手で掴み上げた。もはや奇怪なうめき声を上げるだけの肉塊に等しいソレを無言で睨み、左手で短剣を引き抜く。

 

 「今度は頭ブッ刺される感覚を味わってもらうか」

 

 「ぃ……!ひ、ぁ……!」

 

 須郷の恐怖に染まり切った瞳と、目が合った。そこに映る自分の顔は能面の様に感情が抜け落ちた酷い有様だ。何となくこれ以上見たくなかった為に、短剣で無造作に右目を突き刺して潰す。

 

 「ァァアアァァァッ!?」

 

 耳障りな絶叫が響くが、ちっとも気が晴れない。やはり相手を嬲って快楽を得ようとしていたPoH(プー)達の気が知れない。尤も、今オレがしている事もあのクソ野郎共と大して変わらないのかもしれないが。

 それでもオレが、須郷を攻める手を休める事は無かった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 殴り、蹴り……延々と打撃を繰り返すうちに、須郷はやがてうめき声すら上げなくなった。虚ろな左目に再び自分が映り、虚しさだけが胸の内に広がっていく。

 

 (もう、終わらせよう……)

 

 切り替わっていた意識が戻り始め、冷たく集約されていた思考が解けていく。完全に戻る前にトドメを刺すべく、オレはヤツを上へと力任せに蹴り上げる。重力に従って落ちていく須郷を無心で見つめてタイミングを計り―――

 

 「ッラァ!」

 

 ―――短剣用二連撃ソードスキル『クロス・エッジ』を模倣した斬撃が、逆様に落ちてきたヤツを十文字に斬り裂いた。

 全身から白い炎を上げた妖精王の身体が地に伏す事は無く、瞬く間に虚空へと消え失せた。

 

 「……」

 

 振るった得物を静かに鞘へと納めるのと同時に、切り替わっていたものが完全に元へと戻ったのが感覚で分かった。

 

 (終わりだ……これで、終わったんだ……)

 

 途端に四肢から力が抜けそうになる。懸命に踏ん張らなければ、今にも崩れ落ちそうだ。

 

 「カァ!」

 

 「うぉっと、ヤタ……?」

 

 ひらりと左肩に舞い降りた小さな相棒が、急かすように羽根を震わせた。それに促されて振り返ると、自分の大切な人達の姿が映る。そう知覚した時には、既に歩き出していた。一歩、また一歩と、導かれるように。

 

 「サクラ、アスナ、キリト……終わったよ……やっと」

 

 それだけ言うのが限界だった。三人の前までたどり着くと、崩れるように膝を着く。アスナの腕の中で目を閉じるキリトは未だに意識が戻っていないようだが、浮かべる表情は幾分穏やかなものであり、暫くすれば大丈夫そうだ。

 

 「クロト……」

 

 白く柔らかな両手が、頬へと触れた。両手でオレの顔を挟んだサクラへと向き直る中で、先程までの自分が’化物’と恐れられた時と同じだった事を思い出す。怖がっている筈の彼女と正面から向き合う事を咄嗟に避けようと目を閉じてしまう。

 

 「……おかえり」

 

 「っ……さく、ら……?」

 

 労わるように、ふわりと抱きしめられる。優しく包んでくれる彼女の身体は、もう震えていなかった。

 

 「ぅ、オレ……オレ、は……!」

 

 「うん……うん……!」

 

 愛する人の温もりに溶かされるように、オレの双眸から熱い雫が零れていく。あふれ出した感情の奔流が言葉を奪い去っていき、気づけばサクラに縋りつくように抱き着いて嗚咽を漏らしていた。

 

 「わたしは、信じてるから……またあの時みたいに、怖くなっても……クロトはクロトのままなんだ、って。信じ続けるよ」

 

 優しく、それでいて確固たる意志を宿したサクラの声。彼女だって突然こんな世界に幽閉され、須郷に苦しめ続けられた筈なのに……こんなにも人に優しくなれる。その優しさに見合うだけのものを、果たして自分は返せているのか。もしできていないのなら、彼女の想いに相応しい相手であれるようにならなければ―――

 

 「―――コホン。雰囲気を壊すようで悪いが、そろそろいいかね?」

 

 突然聞こえてきた声に、全員揃って硬直してしまった。あろう事か、オレ達全員の頭の中から、一時的に茅場の事がすっぽ抜けていたのだ。改めて気配を感じた方へ向き直ると、先程まで姿を消していたのか、再び足からポリゴンデータがアバターを作り上げる最中だった。

 現れたのはやはり先程同様に草臥れた白衣を纏った男性としての姿。というかコイツ、姿を消して何やってたんだ?

 

 「だ、団長……?」

 

 「そう警戒しないでくれアスナ君。私の世界(SAO)を生き延びた君達を害するのは、私の矜持に反する」

 

 「でしたら、一体何を……?」

 

 サクラが用件を尋ねようとした丁度その時、僅かなうめき声が聴覚を刺激した。反射的にそちらを見ると、虚ろな瞳を瞬かせながらも意識を取り戻したキリトの姿があった。

 

 「キリト君……!よかった……よかったよぉ……!」

 

 「あす、な……?アスナ……!」

 

 最愛の人の声をきっかけに焦点の合った瞳がオレ達を順繰りに捉え、茅場を映した瞬間、その眼が見開かれた。

 

 「ヒースクリフ、いや茅場……!?死んだ筈じゃ……あ、いや、それより須郷は……?」

 

 「あの野郎なら、オレがブッ飛ばしたよ。そん時に、茅場(アイツ)の手ェ借りる事になっちまったけどな。んで茅場の野郎は……なんつーか、死ぬ間際にやったスキャニング?とか言うヤツが成功したらしい。データ化した意識だけの状態なんだとさ」

 

 「そうか……またお前に助けられたんだな、俺……ありがとな、相棒」

 

 「いいさ別に。それよりもまず……アンタの要件を教えてくれよ、茅場」

 

 アスナの腕の中から起き上がったキリトは、オレにつられて再度茅場を見る。オレ達の視線を受けとめてなお微動だにしない表情にヒースクリフの時と同様の苦手意識を抱くが、今はそれどころではない。

 

 「簡単な話さ。先程手を貸した見返りに……これを君達に託したい。ただそれだけさ」

 

 彼の言葉と共に、オレ達の目の前に銀色に輝く小さな卵型の結晶が現れた。少しの間それを眺めた後、視線で茅場に続きを促す。

 

 「世界の種子―――ザ・シードと名付けたプログラムだ。芽吹けば、どういうものか分かる」

 

 「ロクでもねぇモンじゃないって保証が、何処にあるんだよ?アンタお手製のウィルスの塊とかだったら―――」

 

 「―――そう思うのなら、消去してくれて構わない。私はあくまでその種を託すだけであり、蒔けとは一言も言っていない。だが、もし……君達があの世界に憎しみ以外の感情を抱いているのなら……」

 

 僅かに期待が籠った声は、そこで一旦途切れた。僅かな沈黙の後に響いた彼の声は、普段通り感情の読めない静かなものへと戻っていた。

 

 「あぁそうだ。須郷君によって幽閉されていた三百人のアカウントにかけられていたロックの解除が、いくらか前に完了してね。今現在、順次ログアウトされている最中さ……アスナ君とサクラ君もじきにログアウトされる。だが、キリト君達が会いに行くのは明日にすべきだろう」

 

 「な、どうして……アスナを待たせる訳には―――」

 

 「―――既に関係する医療機関は目覚めていく三百人への対応で面会の希望を通す余裕は無いし、仮に通ったとしても親族に限られるのが関の山だ。尤も、一般的な面会時間も終了している頃合いだがね」

 

 指摘されて初めて視界の端にあるデジタル時計に視線を向けると、夜九時を少し回ったくらいの時刻を指していた。こんな遅い時間じゃあ、確かに今日中の面会は突っぱねられるのがオチだと理屈では理解せざるを得ない。

 

 「ぐ、だが……」

 

 「ついでに言えば、病院には既に報道陣が詰めかけているようだ。現実では一般人に過ぎないキリト君達を通す余裕はますます無くなっている」

 

 心では納得できずに食い下がるキリトに、茅場はネットニュース記事を映したスクリーンを見せた。そこにはデカデカと速報の文字が表示されており、病院の玄関前で立ち入りを止められた報道スタッフ達がひしめく姿があった。

 

 「加えて、須郷君は中々に粘着質な面もあるのでね。キリト君達の安全も考えるのならば、今夜は下手に外出しない方がいい」

 

 「……」

 

 どれだけ正論で諭されても、キリトもオレも感情では納得できない。加えてどれ程考えても現実世界のサクラ達の許へ向かう手立てが浮かんでこない。それ故に押し黙る事しかできなかった。

 

 (現実のサクラに、早く会いたい……けど、今日中に会える見込みは殆ど無し……だけど……!)

 

 会いたい、だが会えない。その二つが頭の中で延々と回り続ける。一体どうすれば……!

 

 「大丈夫だよ。わたしなら、大丈夫だから……」

 

 「サクラ……?」

 

 「ええ、二カ月も待てたんだもの。あと一晩くらいなら、頑張れるわ」

 

 「アスナ……」

 

 優しく手を握ってくれるサクラと、微笑みながら頷くアスナ。オレとキリトは揃って困惑するが、二人共オレ達を想って強がっているのだとすぐに悟った。

 

 「……なら、明日の朝一番に飛んでいくよ」

 

 「キリトお前……こっちは片道一時間以上かかるんだぞ。お前みたいに朝一とか言えねえよコンチクショウ」

 

 「だったら早起きして飛んで来いよ。そのくらいできるだろ?」

 

 揶揄う気満々のニヤリとした笑みを浮かべるキリト。それが無性にイラッとくる。

 

 「テメ、他人事みたく言うんじゃねぇ!」

 

 「他人事だからな」

 

 「ぬぐぐぐ……!っく、はは……ははは!」

 

 サラリと返されて歯ぎしりしたくなったが、やがて苛立っていた自分がバカらしくなり、笑い出す。似たやり取りで、最後にはお互いにバカ笑いしてた事なんて何度もあったと思い出したのだ。だったら今回だって笑い飛ばしちまえばいい。いつも通りに。こんなしょうもない事ですら、この二カ月間はできなかったのだから。

 

 「もう、急に喧嘩し始めたと思ったら……」

 

 「仲良く笑ってるわね……」

 

 悪いなサクラ、アスナ。これは男同士だから通じるバカなノリなんだ。大目に見てくれ。

 

 「互いに認め合い、信頼し合える友、か……私には終ぞ縁のなかったものだったが、君達を見ていると、それも悪くないと思えるよ」

 

 「ああ。俺が強くあろうと頑張れた、掛け替えの無い親友だって、胸を張って言えるよ。アンタにもな」

 

 「そうか……さて、アスナ君とサクラ君もそろそろログアウトするだろう。私は先に行かせてもらうよ。いつかまた、何処かの世界で会おう」

 

 淡泊な声色で告げられた別れと共に、茅場の姿は音もなく消えていった。それからさほど間を置かず、サクラとアスナの身体が淡く光り出した。きっとこれが、ログアウトする兆候だろう。そう知覚した時にはもう、オレ達はそれぞれの最愛の人を強く抱きしめていた。その温もりを自らに刻み込むように強く、静かに。

 

 「絶対、会いに行く」

 

 「うん、待ってる……大好き」

 

 その囁きを最後に、腕の中にいた彼女は光へとその身を変えた。隣のキリトもそれは同じで、オレ達はしばらく同じ格好のまま固まっていた。だが、いつまでも立ち止まっている訳にもいかない。その思いで立ち上がると、相棒へと手を差し伸べる。

 

 「帰ろうぜ、オレ達も」

 

 「そうだな……いや、先に帰っててくれ。最後にユイと話していきたいから」

 

 「親子水入らずで、か。こりゃ邪魔しちゃバチ当たるな。そんじゃまぁ、また明日、病院でな。相棒」

 

 「ああ、また明日、だな。相棒」

 

 気づけば周囲はあの鳥籠へと戻っていた。鮮やかな夕陽に照らされながら、オレと親友(キリト)は互いの拳を軽くぶつける。

 ログアウトすべくメニューを操作し……ふと手が止まった。全てが終わり、始まった運命のあの日から今日までの二年と二カ月の間、クロト(オレ)は長い旅を続けてきたのだと思うと感慨深い気持ちになる。だが長かったその旅も、今日で終わったのだ。明日からは、ようやく現実世界の大和(オレ)の時間が動き始める。

 

 (ありがとな、クロト(オレ)

 

 役目を果たしたもう一人の自分へ感謝を告げ、オレの意識は妖精の世界から飛び立っていった。




 インド異聞帯、ぐだぐだファイナル、サバフェス……図ったかのように忙しくなった仕事の合間にこれらを進めていたら、二カ月近く経ってました……
 インドの超火力オカシイ……

 あと、サバフェス内であった、アマチュアなら情熱だけは負けないように持つべき、という話が、二次創作を書いている自分達にも結構刺さるなぁ、と感じました。
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