SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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九十三話 エントリー

 クロト サイド

 

 キリトの性別を知った衝撃からシノンが立ち直って少しした頃。オレ達は漸くショップを後にした。

 

 「………」

 

 突き刺さる彼女の非難の視線をつとめて無視し、一つ伸びをする。確かにキリトを男だと明確に紹介した訳では無いが、逆に女だと嘘をついてもいないのだ。向こうが勝手に突っかかり、相棒にあれこれと世話を焼いたのだから、オレが攻められる謂れは無い………筈。

 

 「ま、まぁまぁ!買い物は済んだんだし、早く総督府って所に行こうぜ!締め切り時間もあるんだろ?」

 

 「ああ、そーいやそうだった………な……!」

 

 キリトに言われて確認した時刻は、十四時五十一分。BoBエントリーの締め切りは十五時だから―――

 

 「やべぇ、あと十分もねぇぞ!」

 

 「へ?」

 

 「なんですって!?」

 

 目を瞬かせるキリトと、表情を青ざめさせるシノン。が、どちらも次の瞬間には立ち直り、オレ達は揃って駆け出した。

 

 (クソッ!闇風ぐらいのAGI特化型でもなきゃ、どんだけ走っても間に合わねぇ……!何か―――)

 

 冷静に現状を分析する思考と、それでも手段を探しながら走り続ける体。その後ろで聞こえるのは、GGO内における瞬間移動についてキリトに説明するシノンの声。ALOでは高価とはいえ手軽にテレポートできる転移結晶や、高速で飛翔できる翅がある故に時間ギリギリでも結構何とかなっていた。

 しかし死に戻り以外では自らの脚で移動せねばならないGGOでは、常に現在地と目的地までの距離及び道中の地形、それらから導き出される移動時間を把握しておかなければ、遅刻してイベント等に乗り遅れたりそもそも参加できなかったりするのだ………今オレ達が直面しているように。

 

 「―――エントリー手続きに五分はかかるから……あと三分で着かなきゃ……!」

 

 ショップ内でのつっけんどんな態度を取る暇もないのか、だんだんと後ろのシノンの声が悲痛な色を帯びる。

 

 ―――もう間に合わない。今回は諦めよう。

 

 その言葉を吐き出し、この足を止めて楽になるのは簡単だ。

 あくまでオレとキリトの目的は死銃(デス・ガン)の調査であり、BoB参加は手っ取り早く名を上げて向こうから標的として接触してくるのを待つ為だ。別にBoBに出場できなくても、他の手段を取ればそれでいい。一応オレが標的となりうるレベルのトップ層にいる訳だし、最悪オレをダシにした囮作戦とかやりゃ済む。

 シノンだって、今回のBoBが最後な訳ではないのだから、今回がダメでも次の機会を狙えばそれで済む筈だ。単にVRゲーム内で開催される、対人戦型イベントの内の一つ。そう割り切って。

 だが……

 

 (―――たかがゲーム(・・・・・・)……そうやって立ち止まる訳には、いかねぇよな!!)

 

 もう一つの現実(リアル)として足掻き、生き抜いたSAO。その記憶が、ゲームだから諦めてもいいなどという考えを真っ向から打ち砕く。

 

 「乗り物だ!何でもいいから乗り物を探せ!」

 

 ファンタジー系のタイトルと違い、このGGOには普通の自動車等の乗り物が存在する。それがあれば、まだ間に合う……!

 

 「あれだ!左の看板!」

 

 通行人を避けながら走る最中、キリトが叫ぶ。瞬時に左側に並ぶの看板たちに視線を走らせると、その中から「Rent-A-Buggy」なる表示を見つけた。レンタカーのバギー版、という解釈で多分あっているだろう。看板の下の駐車スペースには、三台の三輪バギーが並んでおり、ただの飾りという訳では無さそうだ。

 

 「でかした相棒!」

 

 希望が見えたオレ達は、すぐさま進路を左へ変更してレンタバギーの駐車場へ飛び込んだ。二人乗りらしい三輪バギーの前側はバイクと同型で……

 

 「うげ……コイツまさか!?」

 

 勢いよくシートにまたがるまでは良かったのだが、操作方法が現実世界(リアル)では衰退しつつあるガソリン車両、それもオートマチックでは無くマニュアル車だった。大半のプレイヤーが乗りこなせない仕様だからこそ、今こうして残っているのだろうが……表情が引きつるのは止められなかった。

 隣の車両にシノンと共に乗り込んだキリトが、迷わず掌紋パネルに手を叩き付けて叫ぶ。

 

 「前にマニュアル車限定のレースゲームやっただろ!それと同じだ!!」

 

 「二カ月も前だぞソレ!」

 

 「お前ならできる!行くぞ!!」

 

 「え、きゃぁ!?」

 

 無責任な信頼の言葉を残し、相棒は前輪が浮く程の急発進で道路へと飛び出す。一人残されたオレだったが、運転しないという選択肢は無い。どうしたって相棒の信頼を裏切れない己の性分を恨めしく思いながらも頭をかく。

 

 「ああもう……クソッたれ!」

 

 殆どやけっぱちで掌紋パネルに右手を置く。すると場違いなほどに軽快なサウンドと共に精算が行われ、三輪バギーのエンジンが唸りだした。記憶の片隅から何とか引っ張り出した手順で操作すると、相棒に倣うようにオレが乗る三輪バギーも急発進した。

 道路上を走る様々な車両から時々クラクションを鳴らされながらも、それらの間を縫うように右へ左へ躱して走り続ける。既にスロットルは全開で、速度も可能な限り最高レベルを維持する。やがて車両二台分の先に相棒達が乗るバギーが視界に映る。目的地は同じだが、姿が見えるに越した事は無いとオレは無我夢中で彼等を追いかけ続けた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 オレ達は三輪バギーをドリフトさせて総督府前に停車させると、半ば乗り捨てるようにして建物内に飛び込んだ。

 

 「良かった……ギリギリ間に合いそう」

 

 安堵したのか表情から幾分硬さが無くなったシノンがそう呟き、端末まで一目散に駆けていく。追随するようにオレとキリトも走り、彼女の横の空いている端末の前に滑り込む。

 

 「BoBエントリーボタンがそこだ。わかんねぇ事があったらすぐ言えよ、余裕ねぇんだからな」

 

 「お、おう」

 

 残り時間はあと三分程。自分のエントリーボタンを押すと、画面が切り替わる。前回と同じようにリアル側の入力欄をスルーし、決定ボタンをタッチ。すると無事に参加を受け付けた旨と予選トーナメントの日時、そして割り当てられた番号が表示された。

 

 「な、なぁ、この賞品って……」

 

 「止せ、お前も実家暮らしだったろ。家族にバレたら気まずくなるぞ?」

 

 「……そう、だな」

 

 重度のネットゲーマーであるキリトは、恐らく賞品の誘惑に揺れているのだろう。だが悲しいかな、BoBの賞品においてゲーム内で実用性のある物はほぼ存在せず、現実世界(リアル)で受け取れるのもライフルやハンドガンの違いこそあれどモデルガンくらいだ。通常プレイでは入手不可な特典を受け取れるプロダクトコードや、SAO・ALOのボス戦で手に入ったLAB(ラストアタックボーナス)のような高性能アイテムは一切無い。

 

 「いいから参加しろ。一分切ったぞ?」

 

 「へーい……」

 

 賞品について説明する暇が無い為一蹴したが、その分彼は未練がましい声を上げてエントリーを済ませる。

 

 「お前は……Fブロックか。オレはGブロックだから、当たるのは明日の本戦だな」

 

 「無事に勝ち上がれれば、だけど」

 

 「できるさ。お前なら」

 

 二人揃って軽く笑い、互いの拳をぶつけ合う。

 

 「あら、二人とも私なんて眼中に無いって事かしら?」

 

 キリトの隣の端末を使っていたシノンが、闘志を宿した不敵な笑みを浮かべる。彼女につられたのか、キリトもまた同様に片頬を釣り上げた。

 

 「そんな事は無いさ、シノン。君には色々世話になったし、当たった時は全力で相手するさ」

 

 「へぇ……なら今日、後でもう一つ教えてあげるわ―――敗北を告げる弾丸の味を、ね」

 

 シノンの強気な発言からもしやと思い彼女の端末を覗くと、そこにはキリトと同じFブロックの表示があった。

 

 「お前がFの十二番、キリトが三十七番……当たるのは決勝戦か」

 

 「そういう事。そして明日こそは、アンタに風穴開けてあげるわ」

 

 勝気な笑みと共に拳銃を真似た右手を彼女から向けられ、オレ達もまた闘志を奮い立たせられる。

 

 「真剣勝負のお招きとあらば、参上しない訳にはいかないな」

 

 「おう。そう簡単に負けるつもりは無ぇよ……さぁ、会場へ行こうぜ。後は互いの得物で語ろうか」

 

 ニヤリと笑みを返し、地下へと向かう為のエレベーターに足を向ける。広いホールを横切ってエレベーターの前まで歩くと、迷わず下降ボタンの押す。すぐさま開いたドアの中へ三人共乗り込むと、地下二十階のボタンを押した。

 

 「こっから先は対人戦特化のゲーム廃人どもの巣窟だ。気を引き締めろよキリト」

 

 「あ、ああ。分かっているさ」

 

 相棒に一応は注意しておくが、果たしてどれ程効果がある事やら。記憶の限り、今年の春にALOが新体制に移行して以来、キリトが対人戦をこなしてきた事は殆ど無い。そのブランクがどれ程プレイヤー相手の戦闘に対する勘を錆びつかせているのか……一抹の不安が残る。そりゃ大抵の連中相手なら、アバタースペックでゴリ押しでも遅れは取らないと思うけどな。今の相棒のアバター、『Kirito』はSAOからスペックを引き継いで使い続けてきたデータだし。

 ALOリニューアルの頃に、「SAO(あのせかい)キリトとクロト(おれたち)の役目は終わったんだし、アカウントだけ残してキャラデータをリセットしないか」と相談された時……折角のデータを消すのが勿体ない、という気持ちも幾らかあったが、それ以上に「あの時登れなかった七十六層から百層までクリアするまで、役目は終わってないだろ」という気持ちが強かった。

 例えもう命懸けではない、普通のゲームの舞台になったとしても……あの鋼鉄の浮遊城で、オレ達は本当に’生きていた’のだから。今度こそ百層まで上り詰めるまで、SAO(あのせかい)キリトとクロト(おれたち)の役目は……冒険の旅は終わらないと、そう説得した事は今でもよく覚えている。

 SAOでのオレ達の最終レベルは百近く……今のGGOのレベルキャップよりも遥かに上だった。相対的な数値にパラメーターが調整されているとはいえ、STRとAGIしかステ振りできなかった以上、キリトのそれはこのゲーム内のカンストしたSTR・AGI型として完成されている筈だ。あとはそのスペックを十全に発揮できれば……向かう所敵なし、にはなれるだろう。心配はしているが、信頼もしている。きっと相棒なら、大丈夫だ。

 

 「―――行くぞ」

 

 エレベーターが目的の階に到着し、ドアが開いた。一階とは打って変わって最低限度の照明しかないこの待機ホールには案の定、BoB予選参加者達がひしめいていた。彼等から醸し出されるベテランPvPプレイヤーの威圧感と、こちらを探ろうと貪欲にギラついた視線が一斉に浴びせられる。

 だがこちらとて、前回同じ目に遭っているのだ。事前に覚悟していたオレは、逆に連中を観察しながら歩き出す。その後ろでキリト達の足音がするのを確認しながら、奥の更衣室へ向けて歩みを進める。

 

 (軽装、サブマシンガン……軽装、アサルトライフル……重装、マシンガン……アーマー無し、ショットガン……ブラフか……?)

 

 AGI型万能説のミスリードの影響で速度特化のプレイヤーが多いのは予想通りだが、もちろん中にはそこから外れた連中だっている。彼等が今身に着けている装備がブラフの可能性も十分にあり得るが……所持重量に余裕がないAGI型は偽装用の武器を持ち歩く分の空きがあるとは思えない。銃本体だって決して軽くはないのだし、その分メインアームの弾丸に割いた方がいい筈だ。前回大会で見かけた顔ぶれもある訳だし、そういった連中は流石に戦闘スタイルの変更ができているとは考えにくい。

 歩き続ける途中で、威嚇のつもりか手持ちの銃を甲高く排莢してみせる輩もいたが、努めて無視する。いちいち相手につけ入る隙を見せるつもりは無いからな。

 

 「ここが更衣室。丁度三つ空いているから、この中で防具だけ装備して来い」

 

 「防具だけ?」

 

 「大会開始三十分前からメインアームを晒すつもりか?対策してくださいって言っているモンだぞ」

 

 オレの言葉に頷いた相棒が更衣室の一室に入るのを確認してから、自分もまた隣のドアを開ける。

 

 「じゃあな、シノン」

 

 「ええ、次は本戦で」

 

 互いに相手を打ち負かす意志を宿した視線を交わし、それぞれの更衣室へと入る。

 

 「……さて、オレも予選落ちしねぇように頑張るか」

 

 さんざん先輩ヅラしておいて、アッサリ負けましたー、などという事態になったら目も当てられない。それに前回とは違って、先程から僅かながらイヤな予感がするのだ。その原因は全くもって分からないが、いつも以上に気を引き締めなければ……何か取返しのつかない事になるかもしれない。

 

 「キナ臭くなってきたな……」

 

 そう一人ごちると、気を取り直して自らの着替えを済ませる。とりあえずキリトから離れないようにしようと決めて、部屋から出るのだった。




 ファントム・バレット編、今年中に完結させたい……できるか分からないですけど(苦笑)

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