Pの悪夢、大物新人アイドルプロデュース(アイマス(初代)+ボンボン坂高校演劇部) 作:立花つかさ
「失礼します」
小さい事務所とはいえ、社長室に入る際はキチンとノックと挨拶を忘れない。
普段から心がけていないと、とっさの時にボロが出てしまうからだ。
765プロは、小さな事務所だし、僕の立ち振る舞いにケチをつけられ、所属するアイドルたちに不利益が発生しては、今までの努力が元の木阿弥になる。
「……高木社長、今日はどんな用件でしょうか?」
僕を出迎えた高木社長は、某生体兵器ロボが出てくるアニメの指令のようなポーズ――組んだ手で口許を隠す――をしていた。
その姿を見て、僕は猛烈に嫌な気がしてきた。
高木社長がシリアスを決めるときは、たいてい良くない事が起こる前触れだからだ。
僕が社長室から逃げ出す方法を考えていると、高木社長は椅子をくるりと回して僕に背を向ける。
「765プロは、敏腕なキミのお陰でこの業界でも名が知れるようになった。実に喜ばしい話だ。キミが我がプロダクションに所属していることを誇りに思うよ」
「もったいない言葉です」
「いやいや、これでも足りないくらいだよ」
高木社長の言葉には飾り気はなく、純粋に僕を褒めてくれていることが伝わってくる。
弱小プロダクションから、短期間で複数の人気アイドルを僕がプロデュースした。
僕の実力だけでなく、運や他のみんなの努力があったからこその結果だと思っている。
だからこそ、他のプロダクションから引き抜きの山のように舞い込んできているけど、全てを断っている。
それに、僕を拾ってくれた高木社長に恩を返しきれていない。
僕が高木社長の褒め言葉にむず痒さを感じていると、高木社長が重々しく口を開く。
「そんなキミにプロデュースを任せたいアイドル候補生がいるのだよ」
少し躊躇いのある高木社長の言葉。
面倒を見るアイドルが増えて、僕の負担が増えることを心配してくれているのだろうか。
多少、負担が増えても他の子たちがフォローしてくれるから、ひとりふたり増えても十分マネージメントは出来る自信はある。
「構いませんよ。というかそれが僕の仕事ですから。でも、誰ですか? 新人でも入ってきたんですか?」
「ああ、本日付けで765プロ所属となった。小鳥くん、つれてきてくれたまえ」
「はぁ……わかりました」
「っ! こ、小鳥さん居たんですか」
いつもエネルギッシュな小鳥さんが、あまりにも大人しいので存在を見落としていた。
僕が深呼吸して気を静めていると、小鳥さんがふらりと社長室を出て行く。
しばらく無言で待っていると、出ていったとき以上に疲れた顔で小鳥さんが戻ってきた。
「連れてきました」
「うむ、ご苦労」
そして、小鳥に続いて入ってくる小柄すぎる人影。
「お~ほっほっほ、貴方が噂のPね。あたしは大女優、徳大寺ヒロミよ~」
高笑いを響かせ、新人とは思えない態度で入ってきたのは二等身の不思議生物。
僕は思わず、まじまじとその姿を観察してしまう。
「いやぁね、あたしがあまりにも美しいからって初対面で熱視線を向けるなんて」
頬を赤くしながらくねくねと身をくねらせる二等身生物。
それを見た瞬間、僕の全身に鳥肌が立つ。
本能が目の前の存在を拒絶している。
「た、高木社長! な、なんですか! やよくりシリーズかなにかですか!」
「失礼な。彼――げふんげふん、彼女は
「人間っ! それより〝彼って言いましたよね! わざわざ言い直しましたよね!」
「な、なんのことだね」
「高木社長、僕の目を見て言ってください。容姿とか色々な部分でアウトでしょ。芸人ならまだしも、アイドルなんて到底無理です」
高木社長は目をそらしたまま、決して僕の方を見ようとしない。
「キミならやれる!」
「なら僕を見て言ってください! あんな怪生物いったいどこから見つけてきたんですか!」
高木社長はくるりと椅子を回して僕に背を向ける。
「ティンと来たんだ! ティンと来たんだよ!」
「誤魔化さないでくださいよ!」
僕が高木社長の正面に回ると、再びくるりと椅子を回して僕に背を向ける。
「高木社長!」
「ティンと来たんだ! ティンと来たんだよ!」
僕は意地になって高木社長の顔を見ようと正面に回り込むが、高木社長が素早く椅子を回して背を向ける。
しばらく僕は高木社長の周囲をぐるぐる回り続ける。
が、高木社長が観念するより先に僕の体力が尽きた。
僕が膝に手をつき、肩で息をしている間も、高木社長は独楽のようにグルグル回り続けている。
「ティンと来たんだ! ティンと来たんだよ! ティンと脳天に!」
壊れた録音機器のように「ティン!」を繰り返す高木社長。
若干狂気を感じつつ、衝撃を与えれば止まるかも知れないと思い、僕は得物を探して社長室をキョロキョロ物色する。
ツンツン、と背中を突っつかれる感覚に振り返ると、疲れ切った顔をした小鳥さんがいた。
「……Pさん、鳳理津ってご存じですよね」
「鳳理津? それはもちろん。オスカーを三回も受賞した世界的大女優じゃないですか」
「さっきの人は、鳳理津の息子さんなんですよ」
「はぁぁぁあぁ?!」
反射的に口から奇声が飛び出してしまう。
僕の反応を見て、小鳥さんが乾いた笑い声をこぼす。
「まずは知名度を上げるために、息子さんをアイドルデビューさせるそうです」
「あ、アイドルって……男だろ、彼は」
「カラダは男、心は純情多感な乙女って言ってましたよ。まあ、昨今は色々とその辺は難しい話題ですね」
「高木社長は断らなかったんですか?」
「恩義があるとかで断れないって言われていましたよ」
僕が高木社長に視線を戻すと、高木社長はまだ椅子で回りながら「ティンと来たんだよ!」と呟いている。
「だ、だからと言って、台頭し始めたウチじゃなくて、961プロとか有名プロダクションを頼ればいいでしょう。鳳理津の一声なら断れるプロダクションなんてないですよ」
いくら名前が知れ出したとはいえ、
鳳理津の息子とはいえ、あんな
僕は小鳥さんが同意してくれるのを待つ。
しかし、小鳥は重苦しいため息を一つ。
「彼がうちに来た一番の原因はPさんですよ。短期間で一流アイドルをたくさんプロデュースしたから目をつけられたんですよ」
「……マジ?」
「本気と書いてマジです。噂によるとPさんを引き抜いて専属にする計画もあったそうですよ。心当たりはありますか?」
小鳥さんの言葉に僕はここ最近の出来事を思い出す。
みんながアイドルとして人気を博してから、他のプロダクションから引き抜きを持ちかけられることが多くなった。
基本的に詳細を聞く前に「高木社長の下でなければプロデュースしない。自分は高木社長に恩を返しきれていない」とすべて断っている。
たぶん、誰かが鳳理津の使いだったのだろう。
僕の全身からダラダラと嫌な脂汗が流れ続ける。
「あるんですね?」
こくん、と僕は素直に頷く。
「無下に断ったりしませんでした? 高木社長が『ギリギリ首の皮一枚で繋がった』と青ざめていましたよ」
「いや、その、話を聞かずに断りました……」
「せめて、相手の情報は仕入れてから角の立たないようにしてください」
「はい……」
僕は小鳥さんと同時に重いため息をつく。
ずっしりとした疲労感が全身を包む。
「原因を作ったのはPさんですから諦めて彼をプロデュースしてください」
「……はい。ところで徳大寺君は?」
「Pさんが高木社長とバカやっている間に出ていかれましたよ。所属している他のアイドルに挨拶に行くって」
「なんの前知識も無しに接触すればマズいことになりそうだな……。機嫌を損ねて鳳理津の怒りを買うようなことは避けたい。僕は徳大寺君を追いかけてみるよ」
僕は小鳥さんに一言告げて社長室を後にした。
肩越しに高木社長を確認すると、何故か泣きながら「ティン!」を繰り返していた。
アイマス(初代)メンバーと顔合わせして、最後はボンボン坂高校演劇部メンバーに引きずられて去っていく、みたいな話を妄想していた気がします、当時。