便利屋68 黄金将軍   作:まーろう

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 本作執筆中に完結した『便利屋68業務日誌』
 作者野際かえで氏へ、特別の感謝を込めて。
 あなたの作品がなければ……



 信じあえることの喜びと 悲しみを知った分優しくなれる
   『あなたへ―旅立ちに寄せるメッセージ』より



登場人物
陸八魔アル…………………便利屋68社長
浅黄ムツキ…………………便利屋68室長
鬼方カヨコ…………………便利屋68課長
伊草ハルカ…………………便利屋68平社員
マダム二世…………………NASSの最高司令
豹藤ギル……………………その部下
鷲羽シルバ…………………NASSの技術員
眼虎ラム……………………対策班の百鬼夜行代表
氷野イサミ…………………対策班のトリニティ代表
荒切バット…………………対策班のゲヘナ代表
龍ヶ崎シュウ………………対策班のアリウス代表
南波クラビス………………アリウス出身の傭兵
獅原コガネ…………………ゲヘナ生。消息不明になっている


1 新たな事件

「……つまるところ。エデン条約というのは、”憎み合うのはもうやめよう”という約束。トリニティとゲヘナの間で、長きにわたって存在してきた、確執にも近い敵対関係。そこに終止符を打たんとするもの。互いが互いを信じられないがゆえに、久遠に集積していくしかなかった憎悪を解消するため、それに代わって新たに信頼を気づき始めようとするプロセス。より簡単に言おうか、つまりはゲヘナとトリニティの平和条約だ。ただ、連邦生徒会長の失踪をきっかけに、この条約は何の意味も持たなくなってしまった。〈エデン〉……それは太古の経典に出てくる楽園の名。そこにどんな意味を込めていたのかは分からないが、まあ連邦生徒会長の嫌味、いやいつもの悪趣味だろうね。

 

 キヴォトスの、〈七つの古則〉はご存じかい?その五つ目は、正に〈楽園〉に関する質問だった。”楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか”他の古則もまたそうであるように、少々理解に困る言葉の羅列だ。ただ、一つの解釈としては、これを〈楽園の存在証明に対するパラドックス〉であると見ることができる。もし楽園というものが存在するのならば、そこに辿り着いた者は、至上の満足と喜びを抱くがゆえに、永遠に楽園の外に出ることはない。もし楽園の外に出たのであれば、つまりそこは真の悦楽を得られるような〈本当の楽園〉ではなかったということだ。であるならば、楽園に到達した者が、楽園の外で観測されることはない。存在を捕捉されうるはずがない。

 

 存在しない者の真実を証明することはできるのか?つまるところ……この五つ目の古則は、初めから証明することができないことに関する〈不可解な問い〉なのだよ。しかしここで同時に、思うことがある。証明できない真実は無意味だろうか?違う……無価値だろうか?この冷笑にも近い文章を通じて、何か真に問いたいことがあるのではないか?エデン……経典に出てくる楽園(パラダイス)。どこにも存在せず、探すことも能わぬ場所。夢想家たちが思い描く、甘い甘い虚像。どうだい?そう聞いてみると、この〈エデン条約〉そのものが、まさしくそんなもののように見えてこないかい?

 

 もしかしたらこれから始まる話は、君のような者には適さない、似つかわしくない話かもしれない。不快で、不愉快で、忌まわしく、眉を顰めるような……相手を疑い、前提を疑い、思い込みを疑い、真実を疑うような……悲しくて、苦しくて、憂鬱になるような……それでいて、ただただ後味だけが苦い……そんな話だ。しかし同時に、紛れもない真実の話でもある。どうか背を向けず、目を背けず……最後のその時まで、しっかり見ていてほしい。

 それが……〈この先〉を選んだ、君の義務だ」

 

 

 

 トリニティ総合学園は、キヴォトスの中心であるD.U.地区から西に十キロの地点にある。敷地は大小二つの島から成り、いずれも角の取れた均整な四角形になっている。島の周りは深さ十メートル、幅は半キロメートルにもなる深い堀に常時水を満たしており、そのため外界と行き来するための橋が東西に一本ずつ、島同士をつなぐ橋が北に一本伸びている。橋の入口には哨舎があり、島内沿岸をぐるりと囲む環状道路はクルセイダー巡航戦車に乗った係が定期的に巡回している。また構内では正義実現委員会や自警団が絶えず目を光らせており、警備に一切の抜かりがない。超銃器社会で長らく生き残ってきた建造物なだけに、遠目に偵察するだけでも、この学園が戦略的見地から築かれていることが分かるだろう。

 

 学園機能が集まる大島の敷地は整然としている。島の中心に広がるトリニティ・スクエア広場中央には円形の噴水、そこを中心に東西南北へと歩道が伸びている。さらに周りには三角型の池、人工芝やコニファーが規則的に並び、上空から偵察すればスコープを覗いたように見えるだろう。広場を囲う回廊、門、そして荘厳な建造物は、いずれも古代ギリシア建築様式の流れをくみ、白とブルーを基調とした色合いである。鋭い尖塔を天へ穿つように伸ばしているのは、学園内で一番巨大なトリニティ大聖堂と呼ばれる建造物。ステンドグラスや彫刻品などで飾られた大聖堂の向かいには、トリニティ・スクエアを挟むようにして、こちらも大小二棟の古代神殿じみた施設が鎮座している。これらはいずれも図書館の役割を果たしていた──そのうち一棟は広場西側の大部分を占める大きな中央図書館、もう一棟は南西にあるこじんまりとした古書館だ。

 

 在学生であれば誰でも利用できる中央図書館は、どっしりとしたアーチ形の門構えに敵うだけの広さと蔵書数を誇る一大施設だ。あまりにも広いうえ、バリケードのような高さの本棚が所狭しと敷き詰められた館内は迷路のようになっているため、館内で遭難してしまう生徒も稀にいるらしい。そのため本棚がひしめき合うような見通しの悪いところでは、事務室へと繋がる内線受話器が等間隔で配置されている。

 

 このような大図書館を見た後では、もう一方の古書館にこじんまりとした印象を持つのも仕方がないだろう。だが一軒家のような大きさに対し、所蔵されている書物たちの重要度は途方もないほど高い。その中にはトリニティの重鎮たちにとって都合の悪いような内容を含む禁書などもあるため、古書館に入れるのは最高度の機密接近資格を持つ者に限られている。使用されるのは、年に一、二回だろう。それでも施設内に秘められた情報の使用状況は逐一詳細に記録され、構内の警備係たちによって厳重に守られている。建物に窓は一切ない。ただ一つの正面入口が、全ての人と物の行き来を監視している。無用な疑いを避けたいその他大勢の生徒には用などなく、また委員長の古関ウイがかなりの難物であることから、この図書委員会の要塞は内部はおろか施設へ近づこうとする者さえいなかった。

 

 事件が起きた夜、構内の警備は優に百人を超えていただろう。

 

 長らく化石のように凝り固まっていた古書館の事情に変化の兆しが現れたのは、構内で新顔が少しずつ見られるようになったころだった。

 

 エデン条約事件以来、未開の地に取り残されていたアリウスという学校が、新しく発足した生徒会を中心に動き始めたのだ。主要なメンバーはアリウススクワッドと呼ばれる四人組で、彼女たちとアリウスに残留する生徒たちとは別に、新しい学校へ転学する選択をした生徒たちもいた。トリニティもそれまでの関係性を改め、互いに歩み寄る姿勢を取ったことで、構内でもアリウス出身の転校生がちらほらと現れ始めたのだ。この和解政策の一環として、トリニティとアリウス双方の歴史記録を照合し、誰でも閲覧できる形に整えるという事業も立ち上がった。それまでの偏見──テロリストを養成した学園というマイナスイメージが払拭されるのも、そう遠くないのは誰が見ても明白だった。

 

 いくらかの書籍名が書かれたメモを持った二人組は、午後十時過ぎに古書館を訪れていた。本来なら古書館の所蔵物は持ち出し厳禁だ。書物は一冊ごとにナンバーが割り振られ、施設の唯一の出入口にあるセンサーに触れれば、たちまち警報が鳴り響く。仮にこのようなセキュリティがなかったとしても、勝手に蔵書を持ちだそうとしたものなら、常駐警備員であるウイのがなり立てる声とともに雷が落ちるだろう。しかしこの二人組は、その限りではなかった。一人は夜中であるにも関わらず純白のセーラー服に身を包んでいる。もう一人は白いミリタリーパーカーに防弾ベスト。奇妙に不釣り合いな二人組は、それぞれトリニティとアリウスの歴史照合を担当していた。

 

 階段を上り、いつものように学生証でゲートをパスして、二人は古書館の中へ足を踏み入れた。年季の入った重厚な扉を開けば、蝶番が軋む音を立てて、トリニティが誇る古書館の魔術師と対面できるはずだった。

 

 予想だにしなかった光景に愕然とした二人が足を止めたのは、部屋に数歩踏み入ってからだった。

 

 さほど広くない部屋の突き当りに、普段なら見ない数の人影が佇んでいた。その数は十人。全員が同じガスマスクで素顔を隠し、お揃いの服を着ていた。いずれも戦闘服姿で、白いミリタリージャケットと紺のデニムのズボンを革のブーツにたくし込んでいた。しかし連中を一層不吉に見せるのは、左上腕につけた腕章に描かれたマークだった。髑髏と薔薇の上に稲妻が≪N≫の字めいた形で描かれたもので、その下にはNASSという文字が付されていた。

 

 にわかに信じられないことだが、なんと古書館内は十分前に正義実現委員会による点検がされた後だったのである。

 

 全身の血の気が引く数瞬のうち、二人はそれぞれ違うものにくぎ付けとなった。トリニティ生の目に入ったのは、彼女たちの足元に転がる古関ウイの姿だった。武器はどこかへ追いやられ、助けが呼べないよう口をテープで塞がれていた。アリウス生が捉えたのは、自分たちに向けられた十挺の銃の銃口だった。十人はそれぞれアサルトライフルやサブマシンガンで狙いすまし、指もトリガーへ添えられていた。誰もが凍りついたように静止した。次の瞬間、静寂は破られ、僅かばかりの悲鳴が混じるなか、銃撃が開始された。

 

 十名のテロリストたちは少しの迷いもなく、機械的に銃撃を浴びせ続けた。銃火が断続的に閃き、狭い空間のためくぐもった銃撃音を連れて入口から漏れ出る。弾丸の雨は、容赦なく二人を襲った。

 

 二、三十秒ほど一斉射撃は続き、開始と同じくらい突然に攻撃は止んだ。あらゆる角度から銃弾を受けた二人は床に突っ伏している。重傷であるのは疑いようがなかった。ここでようやく、異音を耳にした警備員たちが反撃に出始めた。

 

 襲撃部隊はよく訓練され、極めて緻密な計画に従っていたと評していいだろう。貴重な資料どもには目もくれず、足早に古書館から外へ出ると、すでにトリニティの警備部隊が集結しつつあった。十人のテロリストたちは煙幕を張ったものの、なぜか逃げ道のない堀の方へと逃げてゆく。

 

 このとき最前線にいた正義実現委員会の一人は、後になって、襲撃部隊が次々に水へ飛び込んだまま浮かんでこなかった、と証言したが、犯人たちの周到な侵入方法が発覚するまでは冗談のようにしか受け取られなかった。彼女自身も、運河のような水路へ向かうなど道理に反することだと分かっていたが、それでも犯人たちが草むらから何かを取り上げ、装着しきらないうちに水路へ飛び込んでいったのを見た以上、そう発言するしかなかった。最後の一人が黒い水面を揺らしながら姿を消し、彼女はただ茫然とするしかなかったのだろう。やがて日が昇り、正式な調査が始まってから間もなく、堀の水を循環させる排水溝のフェンスが切断されているのが見つかった。この先はキヴォトス各地に繋がる迷宮のような地下水路になっており、襲撃から時間が経ち過ぎたことなどから、正義実現委員会はそれ以上の調査を断念せざるを得なかった。犯人たちは地下水路への逃走に備えて、レギュレータや小型推進器のような装備を初めから隠していたのだ。

 

 翌朝、キヴォトス標準時の九時、クロノスジャーナリズムスクール当てに声明が文書で届き、数分後にはその内容がただちに世界へ向けて報道された。

 以下、その声明の内容である。

 

 

 

 キヴォトス各校、全ての娘達

 それぞれ所属する学校での活動に追われ、忙しいなかでの発表となるが、この際現実的に我が機関と向き合って頂きたい。

 昨晩、地下水道を潜行しつづけていた十人のチームⅠは、所定の手続きに則り警戒厳重なトリニティ総合学園へ進入した。

 チームⅠはいかなる敵にも察知されることなく、同構内の古書館へ踏み入った。

 その後同チームは、我が大義のため、邪悪なトリニティと堕落したアリウスの結託を画策していた人間を処刑した。生徒たちは互いを騙し合い、傷つけ合う地獄の中で、搾取される存在であるべきである。

 この高貴な任務のため、身体を危険に投じたチームⅠを我々は誇りに思う。同チームは、我々の精鋭第一師団である。

 アリウスとその他の学校、双方間での友好・融和を促進する動きに対しては、今後も敏捷な報復が加えられよう。我々はキヴォトス各校内の動向をつぶさに監視させて頂く。学園都市はあるべき姿へ回帰し、生徒たちが果てしない戦争を繰り返す世界となる。

 全ては虚しい。どこまで行こうとも全ては虚しいものだ。

 マダム二世──NASS(ネオアリウス親衛隊)最高司令

 

 

 

 この事件をきっかけに、NASSによる事件が急速に増加した。二ヶ月のうちに三十件を超え、トリニティやアリウスに留まらず、ゲヘナ学園の生徒に被害が及んだ例も五件にのぼる。重軽傷を含め、被害者は百人以上。全ての事件は人的加害のみを目的としたものであり、使用される武器の種類もばらばらだった。拳銃、アサルトライフル、サブマシンガン、機関銃、手榴弾と多岐に渡り、実行犯の人数も事件のたびに変動した。

 

 NASSによるどの犯行も、周到な計画が練られた上で、ある種のコンピュータ的正確さを持って実行された。襲撃後には決まってマダム二世なる人物からの声明文が届き、どの声明文でも、トリニティやアリウスを筆頭とした恨み節にも近い文言が連なる。”全ては虚しい。どこまで行こうとも全てはただ虚しいものだ(バニタスバニタータム・エトオムニアバニタス)”という締めくくりの言葉は、全ての声明文で例外なく用いられ、悪名高きエデン条約事件時の悪夢を甦らせたといってよかろう。キヴォトスの生徒たちのなかでも、多くのアリウス生は特に震えていた。彼女らは単なる過激派の小グループではない。これまで陰に潜んでいた存在がついに牙を剥き、我々が世界を動かす真の力である、そう世界に対して叫んでいると捉えた。

 

 各校は即座に警戒態勢をとったが、いずれの事件でただ一人の犯人も捕らえることはできなかった。被害の大小にかかわらず、NASSの犯行は細部に至るまで緻密に計画され、タイミングも全て正確なものだった。その上、このテログループは自分たちに繋がる痕跡を全く残さないことでもプロフェッショナルだったといって良いだろう。まるで狙った事件現場に突然大穴が開き、NASSはその穴を自在に出入りできる異界の軍隊のようだった。現場に残っているのは空の薬莢や足跡といった乏しいものばかりで、捜査も一向に進展しない。そして捜査が進展しないという事実が、各メディアの第一面を支配し続けた。

 

 だが状況が停滞する表の世界から離れた、あの人目に触れない裏の世界では、NASSに対する独自の動きがもぞもぞと起こり始めた。行動を観察し、犯行を研究し、意見交換から情報交換へと進む。慎重だった動きは、少しずつ活発になっていき、やがて各校は奇妙かつ大胆で、史上では二番目となるかもしれない一大同盟の樹立へ向けて動き出したのである。

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