便利屋68 黄金将軍   作:まーろう

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10 裏切者は誰だ

 こいつは今、何といったんだ?裏切者?確かに油断ならないメンバーであることは、対策班のファイルを見た時から薄々感じていた。日頃なら門を固く閉ざすはずのトリニティが、今回に限って急に助けを求めたというのも不可解だった。しかしこうして口に出されると──しかも対策班構成員の口からだ!アルは当惑しながら、ラムの顔をじっとのぞきこんだ。麻雀の時と同じく、何も読み取らせない仮面を被っていた。

 

 慎重に言葉を選び、大きく息を吸う。「私たちに対策班の密偵になれ、というの?」

 

「そうだ」ラムは言いきった。「つまり私の第三の目となってほしいんだ」

 

「学校の垣根を越えて協力し合うのが、この同盟の趣旨じゃなかったかしら?」

 

「逆だな。この連携では、誰も信用しないほうがいい。君もやつらを見れば、すぐに分かるだろう」

 

「もし対策班の誰かがNASSと共謀しているなら、その学校のトップに伝えて代わりを寄こしてもらうべきじゃ……」

 

 ラムは手で制した。「そのトップや連邦生徒会が選んだ人物だからこそ、第三者である君たちに頼みたいんだ。誰が──もしくは誰と誰がグルでNASSと共謀しているのか、何を企んでいるのか探ってほしい」急に芝居っ気が消え失せ、ラムの表情は難しい戦に悩む軍師さながらになった。

 

 しかし対策班内の個人的な反目に巻き込まれるとなると厄介だ。アルはいまいち承服しかねるといいたげに唸った。「問題の対策班メンバーについて、あなたはもう怪しい節があると思っているのね?」

 

 ラムは周りを警戒してから、顔を寄せて小声でいった。「この客船で第一回会議をおこなう前に、私は一度各メンバーを個人的に訪ねたんだ。初対面の挨拶と、人物像を把握するためにな。ところがトリニティ代表のイサミとアリウス代表のシュウは、どういうわけか初めから距離が近かったんだ。イサミはシュウをまるで部下みたいに付き従えている。アリウス代表は素性も分からない。もっと早く気づくべきだったが、アリウスも元はトリニティ自治区の一員だったんだから、この同盟は実質半数がトリニティ陣営といっても過言じゃないんだ」

 

「多数決でも有利に持ち込めるわね。でもあなたにはパートナーのゲヘナがいるじゃない」

 

「そうなんだ。ところがあのバットとかいう風紀委員は、とても性が悪いなんてもんじゃない。栄光の刑事か何かを気取って、陰に隠れるシュウをイサミもろとも糾弾してやろうと躍起になっている。陸八魔君、ゲヘナの辞書に”対話”という言葉は載っているんだろうな?」

 

「あなたもゲヘナがどういう気風かは分かってるでしょう?」

 

「自由と混沌とはよくいったものだ。猛犬を手綱も付けずに放し飼いとは」ラムは真顔だった。

 

 アルは控えめに頷くと、なんとか話を愚痴から戻そうとした。「それで……あなたの懸念というのは、トリニティとアリウスが手を組んで何か考えているかもしれない、その一点だけなの?」

 

「そうだ」ラムは真顔のままだった。「確固たる証拠は、これからの会議で見られるだろう。君が引き受けるなら、われわれ百鬼夜行が持っている情報をできるだけ共有せねばならない。やつらが情報を故意に隠そうとする可能性もあるからな」

 

 また沈黙したが、しかしアルが破った。ここでこいつに恩を作っておくのも悪くないかもしれない。「大体は呑み込めたわ。ええ、あなたの依頼は承りましょう」

 

「結構。話は決まった」

 

 それからの五分ほどで、ラムが事前に知らされていた、百鬼夜行が掴んでいる微々たる量の手がかりを説明されることになった。だが彼女の口から語られた事実は、アルの毛を逆立たせるには充分なものだった。

 

 一通り説明が終わると、アルは強張った顔のまま、手すりに寄りかかった。ため息が漏れる。状況は最初の想定より遥かに重く、安心材料など一つもなかった。ラムは通りがかったウェイターの盆から、グラスを二杯取ると片方を差し出した。

 

 アルは受け取ったグラスを一口で飲み干した。率直な感想が口を衝いて出る。「そこまで深刻だとは思ってもみなかったわ」

 

 ラムも頷いた。「分かってくれたか?私がこの同盟を警戒するわけが」

「代表人たちには注意したほうがいいわね」

 

「アリウス代表は特に注意しているが、トリニティとゲヘナも油断ならない。つくづく奇妙な連携だろう?まるでエデン条……」

 

 皮肉をいいかけて、ラムが口をつぐんだ。理由はすぐにわかった。

 

 一見してトリニティの生徒とわかる制服の集団が歩み寄って来た。基本的に清潔な白を基調とした制服だが、青みのかかった軍服のような風貌にマントを羽織る人物が先頭に立つ。後頭部で括った白髪、左へながした前髪に切り込みのような青色のメッシュが一筋入っている。きびきびとした動きは情報部員に特有のもので隙がなく、黒革のロングブーツや勲章付きの帽子が威圧感に拍車をかけていた。前髪の奥には、一層鋭い青銅色の眼光がのぞく。

 

 いざ面と向かうと、それだけで気圧されてしまいそうだった。トリニティ総合学園代表、氷野イサミが声をかけてきた。「ごきげんよう、まだご存命のようで何よりだ。危うくテロリストと入れ違いになったそうで」

 

「やあ、氷野──イサミ。お気遣いに感謝するよ」ラムは苗字と名前のあいだに一呼吸置いた。

 

「どこかの作戦部屋へ押し込まれるかと思いきや、本校にも劣らぬ絢爛さだ。踊って会議進まず、など揶揄されそうだが」

 

「心配いらないさ。われわれの仕事ぶりは、彼女たちが伝えてくれる」

 

 ラムがこちらを示した。射抜くような視線が一瞬ひらめいたが、それも一瞬だけで、イサミは儀礼的な挨拶を口にした。固く滑らかな手を握る。優雅な学校の暗部で長年生きてきた歴史を伝える彫像と握手したように感じられた。

 

「龍ヶ崎シュウをご存じかな」イサミは同行する生徒たち──おそらく彼女を慕う後輩だろう──へ合図をした。制服の人垣の隙間から、白いレインコートのようなミリタリーパーカーを纏う幽霊のような人物が前へ出る。フード付パーカーの袖についた校章に、アルはすぐ気づいた。髑髏と薔薇、アリウス分校だ。

 

 シュウは背は低いほうで、これといって特徴のない顔つきをしていた。少々やつれた表情は、不毛な土地で生まれ育った過去から、母校を貶めようとする連中と日夜戦う現在までの気苦労を語っている。くすんだ黒い目は物憂げだが、なんとか人懐こく取り繕おうと歪んだ笑みを浮かべた。

 

 アルも微笑み返しながら、この詳細不明の人物を大まかに値踏みした。紺色のショートヘアーを短く切り揃えて、機能的で清潔な印象を与える。パーカーの内側に着込んだ第一ボタンを留めないワイシャツや無地の黒いスラックスなども、アリウス生にありがちな戦闘機能性を重視した装いだ。やはり街中では見逃される没個性的な姿だった。やたらシャツに皺が目立つものの、ようやく見てくれを意識するようになった学生のようだ。角度や影の付きかた次第で、幼女にも大人びた女性にも見えるだろう。資料に目を通していなければ、彼女の年齢を推し量るのは難しいに違いない。

 

「あなた方が私たちを信用していないのは知ってます」シュウは首を横に振った。「でもトリニティの方々の働きかけで、とても心強い同盟へ招いてもらえました。私は母校のためなら、ここでいくらでも身を削るつもりです」

 

 悲痛な訴えだった。NASSが動き出してから、アリウスへの風当たりは日に日に増している。少しでも母校のイメージ回復を願っての出向だろう。自分がいつ狙われるのか、それも彼女の数多い心労の一つに違いない。

 

 制服姿の後輩の生徒が告げた。「イサミ様。そろそろ……」

 

「分かっている。威張り屋と会う時間だ」

 

 イサミが促すと、ラムは手すりから離れた。「私も行くか。まともな話し合いになればいいが」

 

「もともと貴様の役割は会議を円滑にすることだろう」

 

 ラムはイサミの一団に合流すると、横目でアルを一瞥した。秘密の仕事をアルへ託すと、それからはさっさと通路を歩いていってしまった。アルは悠然とした後ろ姿を見送りながら、任された仕事の重要性を反芻した。これからの行動は一層気をつけねばならない。正体を気取られれば仕事は失敗、おまけに船上では逃げ場もない。

 

「アル」

 

 思わずびくっとした。慌ててばっと振り返る。だが声の主を見るや、アルの緊張は大いに萎えた。

 

「……ファルアちゃん、何話してたの?」変装したムツキが小声で言い直した。

 

「ラムに頼み事をされてたのよ。ちょうどいいわ、ムツ……ベータも手伝って」

 

 ムツキがニヤニヤしながら言い返した。「お互いに気をつけなきゃね、ファルアちゃん?」

 

「まったくよ」アルはグラスを通りがかったウェイターに返すと、立ち位置を変えるために歩き出した。気を付けるべきは呼び名だけではない。これから始まる対策班会議のなかで、共有されるべき情報を隠そうとする動きがあるかもしれない。イサミなど顔色一つ変えず、平気で嘘を吐けるたちだろう。

 

 元々の巡回予定とずれるが、会議が始まればカヨコとハルカもラウンジのどこかに張り込むだろう。アルとムツキは通路の角を左に折れて、右舷二階の踊り場に陣取った。階下の円卓には、四つの席とファイルが並んでいる。俯瞰で見下ろすと、先日の麻雀卓をふと思い出した。アルは手帳とペンを取り出し、ムツキは首から下げた小型インスタントカメラを構えた。一見すると至って罪のないカメラだが、撮影するとフィルムに画像を現像できる赤い丸ボタンに加えて、強烈な閃光を発するフラッシュバルブにつながる青ボタンがついている。これはいたずら好きなムツキによる改造で、アルミニウムの代わりにマグネシウムを封じ込めて、指向性フラッシュガンの役割を付与している。武器を持ち込めないことを想定した抜け目のない改造だった。

 

「これはこれは、イサミじゃないか」

 

 階下から尊大な口調が聞こえてきた。アルは見下ろすや、目深に帽子を被り直した。ムツキもそれに倣う。イサミとシュウ、ラムが円卓を囲う手すりに入った直後、反対側からももう一人が入場してきた。

 

 確実に見覚えのある顔だ。荒切バットは花崗岩を粗削りしたような、いかつい顔の女だった。やけに小さい口の右端に、切創と擦過傷の痕があるのに気づいて、アルはにやりとした。黒髪を短く刈り込み、ぴったりしたサイズの黒いポロシャツを着ている。観光客然とした装いは、一大同盟会議への気負いなど微塵も感じさせない。

 

「久々の再開に感激してるのか、イサミ?」肩眉を吊り上げる。

 

 イサミの顔には、いかなる感情の動きもなかった。何も聞こえていないかのように、平然と自身の名札が置かれた席へ向かう。ラムも同様だが、シュウはむっとしていた。

 

 バットは自分の椅子に寄ると、わざとらしく大仰にいった。「ああ──これは失礼しました、氷野様」

 

 アルの耳には、歓迎の意も親愛の情も聞き取れなかった。

 

「それくらいにしておけ」ラムが制すると、バットは肩をすくめて椅子へ座った。

 

 全員が卓へ着くと、こちらへ背を向けたラムはイサミ、バットはシュウと対面になった。陣取った位置は正解だ。ここからなら中央円卓から、左舷の窓まで広く見渡せる。そう思った矢先、窓に分厚いカーテンがかけられて、にわかに暗くなった。それを合図にざわめきが止み、シャンデリアの明かりだけが室内を煌々と照らす。

 

 同盟ホストのイサミが口火を切った。「突飛な招集にも関わらず、よく集ってくれた。トリニティ総合学園を代表して、私が感謝の意を述べよう。われわれとそれぞれの学校が共に働くとは、奇妙なことだと訝しんだかもしれない」

 

 寛いだ様子でラムが頷いた。「実際そうだった。だが考えてみれば、この問題は速やかに解決すべきものであるし、われわれは究極的には学園都市に住まう生徒同士だ。世界観の相違はさておき、共通の利益のために力を合わせて悪いという法はない」

 

「その通り」イサミは平坦な調子だった。「しかし四校の合同作戦となれば、それぞれの情報網も異なる。まず概略を説明し、敵の共通理解から始めよう。もし私が話し忘れたことでもあれば、遠慮なく付け加えてくれ」

 

 シュウは頷き、バットはつれなく鼻を鳴らす。

 

 イサミは続けた。「まず同盟の目的について、承知の通り、我々の相手はネオアリウス親衛隊だ。わが校や貴校たちにとって無視できない脅威となりつつある。かつてのエデン条約事件から変わらないテロリストたちだ」

 

 バットがつまらなそうに笑った。「古き良きテロリスト、ってわけだ」

 

 イサミは取り合わなかった。バットが挟む茶々に対して、同じ土俵で対抗したくないのだろう。「私はエデン条約も今回の合同作戦も、特別反対ではない」イサミは続ける。「本会議に際し、私はティーパーティーより全権を委任されている。だがあくまで、私は代弁者として本校の決定に従う。ネオアリウス排除のため、トリニティは貴校らと協力するという意見で一致している」

 

「持って回ったいい回しをするやつだ」バットがまたもや口を挟んだ。「おたくのお偉い方々に信頼されてるのを自慢しにきたのか、イサミ」

 

 イサミは着席するメンバーを順に眺めた。「NASSはキヴォトス共通の脅威だ。トリニティやアリウスだけの問題ではない。なのでわが校からゲヘナや百鬼夜行にもアプローチをして、実力ある代表一名ずつを派遣する運びとなったのだ」

 

「だが第一の標的はあんたらだ」バットは右脚のくるぶしを掴むと、膝の上で組んだ。「ここ最近は万魔殿も風紀委員会も、あちこちに散らばる負の遺産の大掃除で忙しいんだ。大層なことをいってるが、身内の不始末も満足に片付けられないだけじゃないか」

 

 負の遺産──雷帝の遺産は、かつてゲヘナ学園を統治した雷帝の発明品である。

 

 むっとしたシュウがバットに反論した。「あんな暴挙に出る人物が、現アリウスにいるわけがありません。アリウス自治区は単一学校区ですし、在校生についての情報はマダムの時代から厳しく管理されていました。雪解け後も、新設された生徒会が自治区を行き来する学生たちに目を光らせてます。不審な集団が作られれば、ニコメディアトゥループがすぐに摘発に動くはずです」

 

「ならなんだ。顔もわからない愉快犯のいたずらのせいで、お前たちがテロリスト扱いをされてるっていいたいのか」

 

「いたずらとは限りません。アリウス分校を嵌めたい誰かの仕業かも」

 

 イサミが同調した。「NASSは巧みに素性を隠し通している。犯人を探し出すのが容易でないのは、バット、貴様も分かるはずだ」

 

 隣のラムへ顔を寄せると、バットはぼそりと呟いた。「少なくとも前回は自らテロに加担していた」

 

 シュウが非難の眼差しを向ける。「あれは間違っていたと今ならわかります。あの時はマダムの洗脳教育の支配下にあったんです」

 

「まだベアトリーチェの洗脳が抜けきってないはぐれ者がいるんじゃないのか。あいつの負の遺産に憑りつかれたやつが、泥臭いアリウスを作り直そうとしていたりな」

 

「……軽々しく、その名を口にしないでもらえませんか」

 

 形だけの議事録を取るペンが止まり、ラウンジは静まりかえった。険悪な空気が漂う。

 

 バットは失言を謝るどころか、逆に前傾して卓に腕を置く。相手を試すような動きだった。沈黙が長引くほど、シュウの表情が段々と複雑なものになっていく。バットの圧に押されても、母校の尊厳だけは守りたい。そんな葛藤が見て取れる。だが微動だにしないバットに対して、シュウの目線は時々泳いでしまっていた。

 

 ようやくラムが助け舟を出した。「犯人捜しは他所でやってくれ。私の専門は、情報部上がりの君たちと違う」誰も手をつけていない紙の束をばさりと取る。「一連の事件で収集した各校の情報を持ち寄り、今後の事前予防策を提案することが会議の目的じゃなかったかな」

 

 話が脇に逸れてから、辛抱強く待っていたイサミは、さらに一秒あいだを取ってから「本題に入ろう」といって資料を開いた。

 

 バットは今しがたの一幕などなんともないように飄々としていた。シュウもしぶしぶ資料に目を落とす。配布されている資料の束は、特定の話題が載った新聞記事を切り抜いたものである。各校の情報──特に内情に精通するイサミとバットの握っている情報には、機密レベルが極めて高いものもある。資料に印字するなど御法度だ。当然議事録や、円卓を囲う集団の記録にも残らない。アルたちも外部へ流出させないよう厳命されていた。だがそもそもNASSをおびき寄せるのが目的なのだから、会議内容の記録はそこまで重要ではない。

 

 厳かに進む会議を傍観しながら、アルはギスギスした空気を肌で感じ取っていた。イサミは積極的に発言はするものの、内容ではなかなか核心に触れようとしない。起爆ボタンの表面をずっと撫ぜているみたいだった。バットは他人の発言に──特にイサミとシュウに対して──いちいち茶々を入れてばかりで、協力する気など微塵も感じられない。シュウはどうだろう?しきりに無関係を訴えるものの、他校と比べて手札が少ないのは明白だった。バットに少し詰められるたび、口をつぐんで黙りこんでしまう。ラムは資料の事件に自分の見解を述べたり、他人に話を振ったりしている。ファシリテーターのような役回りに徹しているが、自分からは何一つ新情報を明かそうとはしない。NASSの事件を時系列で振り返りながら、愚にもつかない情報をちょろちょろとこぼす不毛な時間が流れる。アルはペンとメモ帳をしまった。時間の無駄だ。ムツキはとっくに飽きて、どこかへ行ってしまっていた。

 

「最後の襲撃に使われたのは攻撃ヘリとグレネードランチャーか」バットが不機嫌そうな声をあげ、隣のラムを見やった。「こんなのに襲われてよく生きてたな」

 

「直接見てはいない。私一人の身に余る歓待ぶりだが」

 

「NASSの兵器はますます大型になってる。連中は一体どこから調達しているんだ?」

 

「ああ、最初のほうは比較的入手しやすい武器弾薬を使っていた。だが攻撃ヘリはどこかから鹵獲してくるか、NASSを支援する誰かが横流ししなければ入手は難しい」

 

「ヘリが一機なくなれば誰でも気づくだろう」バットは正面に向き直った。「NASSに手を回してるやつがいるんだ。アリウスの内情に詳しい人物に聞こう。シュウ、何かいいたいことはあるか?」

 

 シュウは難しい顔で座っていた。「NASSが暴れて得をする人物がアリウスにいますか?どこかの企業という線もありえます」

 

 ラムが用心深く尋ねた。「龍ヶ崎君、NASSはこれ以上の大型兵器を保有していると思うか?」

 

「これ以上の?」シュウは戸惑うようにいった。「……いや、NASSの作戦は奇襲を前提にしています。これより大型となると隠すのも困難ですし、兵器の増強もここまででしょう」

 

 減点ね、とアルは肚の中でつぶやいた。誰かが故意に情報を隠そうとするかもしれない、会議前にラムが強調した疑念は的中した。独自の情報網を持つ百鬼夜行代表のラムの話と照らし合わせて、シュウが間違いをいっているのは確実だった。まだ会議内で誰も口にしていないが、NASSはもっとも重大な兵器をすでに保持していると考えられる。あらゆる情報に通じたトリニティと提携するアリウスの代表が知らされていないとは考えにくい。

 

「イサミ、こいつに教えてやれよ。NASSは巡航ミサイルを持っているってな」バットはにこりともせずにいった。

 

 イサミは冷めた目つきを少しも動かさなかった。

 

「巡航ミサイル?」シュウはショックを隠そうともせず、口をぽっかり開けていた。バットとイサミを交互に見る。「どういうことですか、そんな情報は聞いてません」

 

「まだ確定していない情報だ。早々に打ち明けて、不安を煽るのは愚策だと判断したまでだ」

 

 ラムは苦々しく笑った。「どうやら君たちは百鬼夜行と同程度の情報を握っているらしい」

 

 シュウは困惑しながらも、身を乗り出した。「あのミサイルは現代キヴォトスに存在しない技術で作られていました。エデン条約の時も、前マダムが手に入れたものを利用したに過ぎません。いくらNASSが肥大化の一途を辿っているといえ、そう簡単に運用なんて……」

 

「おい」バットが不愉快な面持ちになった。「あんたのつまらん願望でものを語らないでほしいな。ミレニアムはいち早く独自に運用を始めていた。あんたらアリウスが調印式で派手に暴れ回ったおかげで、ミサイルの戦略的優位性が注目されて、技術情報は市場に流れた。いまや巡航ミサイルは特別な兵器じゃないんだぞ」

 

 シュウは反論した。「しかし、ミサイルなんて簡単に入手できるものじゃ……」

 

「簡単なことだ。金さえ出せば、ブラックマーケットではなんでも手に入る。身元なんていちいち確認されない。隠密のうちに、技術者と資材、そのどちらも手に入る。巡航ミサイルどころか、最近じゃ大陸間弾道ミサイル(ICBM)も出回っているしな」

 

「ブラックマーケットは風紀委員会の管轄でしょう。NASSが紛れていてもわからないんですか」

 

「さっきもいったが、雷帝の遺産の破壊に多くの職員が出払ってる。少ない人員で連中を追うのは難しい。だが技術者なら追える」

 

 イサミが聞いた。「その技術者とは?」

 

 風紀委員会の一人が、ファイルから一枚の写真を抜き取り、バットに背後から手渡した。バットは写真を一瞥して、円卓の中央へ滑らせる。

 

「鷲羽シルバ、ゲヘナ生だ」バットが続けた。「A-H.A占領戦が終結した直後、カイザーに精度の高い巡航ミサイルの技術を高値で売りつけた。風紀委員会が指名手配しているが、ゲヘナ自治区を脱走してから行方がわかってない」

 

 シュウは静かにいった。「そんな話、私は何も聞いていません。事前に知らされていることしか……」

 

 バットは真顔になった。「仮にも学校の代表が、最高機密のアクセス権限を持ってないなんていうんじゃないだろうな」

 

「それは……」シュウの声が尻すぼみになる。「私は突然招集されて、ここに来たんです。あなたたちと違って、満足な予備説明も受けられなかった」

 

 この部分は正しいだろう。アリウスは敵に察知されないよう、内密にシュウだけを対策班へ送り込んだのだ。果たして龍ヶ崎シュウは本当に何も知らないのか、熟練の演技派なのか、今の段階ではどちらとも判断できなかった。ラムが危惧するのは後者のほうだったが。

 

 

 

 シーサイド・セレナーデ号の屋外デッキで、制服を着こんだヴァルキューレ職員の河野はなだらかな弧を描く水平線を眺めていた。

 

 船体はかすかに上下運動をするものの、穏やかな波の上では人工島のような安定感を誇る。陸はもう見えなくなった。かなり遠くまで出ている。

 

 警備局に配属されてから、もうすぐ一年になろうという節目で、船上での重大な任務を任される運びとなった。だが交代をして甲板に陣取ってから、周りは青い海一色で怪しい影など見当たらない。波と水しぶきが絶えず鳴り続けるばかりだ。環境音のもたらす作用で、気が緩みつつあった。たまにはこんなのんびりとした任務も良いかもしれない。

 

 木製の床を控えめに踏む靴音がした。「先輩、何か見つけましたか」

 

 河野は振り返った。あどけなさの抜けない顔立ちの後輩、風間は帽子を飛ばされないよう押さえている。一ヶ月ほど前に配属されてきて以来、河野は彼女の指導役となっていた。

 

 河野はにべもなくいった。「いや、異常はない。平和すぎるくらいだ」

 

 風間が一歩後ろで立ち止まる。無表情でこちらを見つめていた。「とはいえ緩みすぎじゃないですか。交代した子たちも、船内施設へまっすぐ向かっていきましたよ」

 

「滅多に乗れるものじゃないし、これも役得ってやつだな。シアターは見に行ったか?」

 

「いや……ラウンジの会議を聞いていました。なんだか高等政策みたいで難しかったです」

 

 普段から人一倍真面目な彼女だが、今日は声に抑揚がない。目の焦点も合ってるように見えなかった。船酔いでもしたのだろうか。

 

 河野は気遣うようにささやいた。「大丈夫か?体調がすぐれないなら救護室に……」

 

 手を差し伸べようとすると、突然エンジン音が耳に飛び込んできた。右舷斜め後方の死角から二隻の不審船が猛然と近づいてくる。甲板に連なる人影は、どれもガスマスクを被り、黒い無骨なアサルトライフルで武装している。

 

 河野ははっとすると、腰に吊った無線機へ手を伸ばそうとした。屋外を監視する警備網だけでなく、船内部隊へもただちに通報しなければならない。

 

 右手の脇を銃弾がかすめ飛んだ。無線機が砕け、部品が足元の床へ散乱する。不意の攻撃にひるんでしまった。何者かの手にホルスターを乱暴に掴まれ、一瞬の後には河野は仰向けに倒された。風間の制式拳銃の銃口が眉間へ突き付けられる。サイレンサーを装着した銃口は、そのせいで余計に巨大に見えた。

 

「風間」わけがわからず混乱する河野は、すぐに自分の武器が奪われたのに気づいた。

 

 異変はそれだけではなかった。風間の背後で何かが動く。同僚の歩哨が背後から組み付かれ、アサルトライフルで喉元を締め上げられる。拘束状態を脱しようともがいていたが、すぐにぐったりと脱力し、甲板に倒れた。同じ動きが左手上方でも見られた。やはり別の同僚が背後から襲われ、サイレンサーを装着した拳銃を首筋にぴったりと押し付けられる。トリガーが引き絞られると、同僚はがくんと痙攣してから床へ投げ出された。

 

 河野は愕然とした。風間が上腕のワッペン──ヴァルキューレの校章がプリントされたものだった──を強引に破り捨てると、その下からNASSを象徴するマークが浮かび上がる。

 

 エンジン音が近くで到達すると、甲板にいた他のメンバーが手すりから梯子を垂らした。やがて潜入工作員と違い、白い野戦服に防弾ベストを着込んだ本格的なコマンド部隊がぞくぞくと甲板へ降り立つ。彼女たちは一言も交わさぬまま、客船の上部構造全体へ広がっていった。昇降口につながるハッチを次々に押さえていく。屋外がNASSに占拠されたことを、船内の乗員たちは察知できない。内部への突入も時間の問題だ。

 

 風間は三歩下がった位置から、油断なく銃口を向けたままだった。一か八かの反撃に出るか、大人しく従って機会を待つか……。

 

 そう思ったとき、鋭いぷしゅっというくぐもった発射音が耳に入った。風間がトリガーを引いた。両目のあいだの脳天に直撃を受け、呻きとともに後頭部が甲板へ叩きつけられる。首を持ち上げようとすると、二撃目が正確に同じ部位へ命中した。フルに装填された銃弾が尽きるまで、繰り返し激痛が襲った。全身の力が抜ける。意識が喪失していく。すぐに視界が暗転した。

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