午前から午後へと切り替わったばかりの市街地に、晴天の暖かな日が差し込む。往来には足音や話し声が判別できないほど入り混じり、通り過ぎる人々が河川のように流れを作る。
ビルの側面には広告板が並び、誇大な色づかいと言い回しで商品をアピールしている。だが行きかう顔ぶれは誰も広告に目をくれず、自分がこなすべき仕事しか頭にないかのように動き回っている。
銃器が大きく描かれた看板を掲げる店では、スーツ姿の大柄な機械人が、水平に置かれた日よけの下で絶えず往来に目を光らせている。屈強な体格はスーツ越しにも分かるが、丸みのついた頭と顔文字のような愛嬌のある液晶顔が、いくらか脅威を軽減している。銃器を扱う店では警備員を配置することが義務付けられているが、大っぴらに警備をしているのは犯罪に対する抑止力を期待してのことだろう。
ゲヘナ自治区は、純粋な治安の悪さではキヴォトスで一番だった。ほとんど全員が自衛のため銃器を携帯し、何人かは集団となって周りを威嚇している。
この大通りは車両の進入が年中禁じられており、代わりに群衆が道路を埋め尽くしている。土曜日では、この混雑も納得だった。機械人だけでなく、制服を着た生徒や獣人などが入り乱れて、奇妙なジグソーパズルの模様を作っている。
混雑のなかで一人、不審な動きをする人物がいた。ぞろぞろと動き回る集団の列に紛れて、一人の機械人が絶えず周りに視線を配っている。終始落ち着かない様子で、楕円型のつるつるした頭が動くたび、日光が反射してチカチカと信号を発するようだった。濃赤のシャツはチェック柄で、急な動きの邪魔にならないよう第一ボタンは外している。長身の体躯を隠すためなのか、やや上体を前傾させていた。
空き部屋となっている五階の窓から、雑踏を見下ろす少女は分厚い紅のコートを羽織っていた。窓枠に片肘を置き、油断なく目を走らせる様は、遠目に見ても浮いているだろう。もう一人の少女も同様だった。
コートを羽織っているのは、便利屋68社長の陸八魔アル。もう一人の白黒髪は、同社の課長である鬼方カヨコ。今は窓辺から一歩引いた立ち位置で、人混みに紛れる人物へ鋭い視線を向けている。
アルの傍らの壁には、愛用のスナイパーライフル”ワインレッド・アドマイアー”が立てかけてある。全長一・二メートル。七・六二ミリ弾を使用する、セミオート式狙撃銃だ。会社のロゴや薔薇の意匠をこらした豪奢な銃だが、敵に見つかってはいけない仕事ではかえって視認性を上げてしまうため、今はこうしておくより仕方がなかった。
カヨコの垂れ下がった右手には、一枚の依頼書が握られていた。アルは二つ折りの紙を受け取ると、念のためにもう一度中身に目を通す。
先ほど注目していた人物の顔がもう一度現れた。顔写真と氏名などが書かれた身分証のコピーが貼られている。その下に、短いが命令にも近い依頼内容が載せられていた。
便利屋68
当方が運営するカジノテーブルで借金を抱えたまま逃走中の当該人物、ゴンザレスを生きたまま捕縛してほしい。身柄は土曜日の午後九時、ローガン薬局裏手の職員口にて、直接引き渡す事。部下が受け入れと報酬金の手筈を整える。貴社は部下の指示に従い、契約満了後は速やかに退去すること。身柄を捕らえるまで、または期日まで達成に至らなかった場合、一切の接触を禁ずる。
詳細は不明だが、依頼者はこのゴンザレスなる名の人物に相当の貸しがあるらしい。しかし身柄を拘束される前に逃げ出されてしまったということだ。放っておけば、ゴンザレスはどこか遠方への逃走を図るだろう。その前にここで捕えなければならない。
身柄を引き渡す時を除いて、非接触を保とうとする理由にも察しがついた。彼が金を借りたのは、おそらくブラックマーケットの闇金業者だろう。そうでなくとも表で動きにくい組織となれば、恐ろしい取り立て屋たちを従えているヤクザのような連中には違いない。怯え切ったゴンザレスの様子も無理はないだろう。捕まれば、もはや闇の世界からは永久に出てこれまい。
アルたちは最初、この依頼を受けるかどうか迷っていた。差出人不明の依頼書。何かのいたずらではないかと勘繰ったが、最終的には依頼書を信じることにまとまった。正確な身分証明書や詳細な受け渡し方法の記載があったからというのもあるが、一番の理由は近日中に引き落とされる事務所の維持費をなんとしても確保するためだった。
再び外を見下ろす。ゴンザレスは最後に見た場所から、大して動けていなかった。目の前を歩く生徒たち──おそらくゲヘナ生だろう──の人垣を避けるのに苦労して、背後の警戒がおざなりになっている。その不意をつくようにして、二人の少女が獲物を狙いすます蛇みたいににじり寄っていくのをアルとカヨコは捉え続けていた。二人とも小柄だが、五階の高さから見下ろせば、難なく姿を視認できる。
先頭の白髪をサイドテールにしたほうは、室長の浅黄ムツキ。その背後に控えるのは、平社員の伊草ハルカ。目立たないようこちらも前傾姿勢となり、ムツキの背中を追うように人混みの間をすり抜けていく。愛銃のショットガンは人目に触れないよう、大切そうに両手で抱え込んでいた。
ここで銃を容赦なくぶっぱなせば、大混乱になるのは明らかだ。治安維持組織である風紀委員会を呼び寄せてしまうのは避けたい。何より標的が人波に紛れて、逃げられる可能性がある。常に数歩後ろに陣取り、人気の少ない路地裏などへ滑り込んだタイミングを狙うしかない。
懐に閉まっていたアルのスマートフォンが呼び出し音を発した。発信者はムツキだった。アルは窓の外へ視線をやりながら、応答の操作をする。たちまち周囲の話し声がばらばらに混じった音声が流れ始め、聞きなれたムツキの明瞭な声が呼びかけてきた。
「やっほう、ムツキちゃんだよ」いつものおどけた調子で「前に見せてもらった写真通りのおいしいケーキを見つけたから、これからお届けしようと思ってね」
「それは楽しみだわ」
「賞味期限が今晩だから、できるだけ早いうちに食べたいの」
「先に二人で食べてしまってもいいわよ」
「私は皆と一緒が良いなー。どこが近道かな?」
アルが目で問いかけると、カヨコは窓辺に近づいて三人の近辺を見回す。ややあってから、カヨコが電話を代わった。「まっすぐ進むとテラス付きのカフェがある。店の前で曲がれば、裏路地に入れる」
「オッケー、カヨコちゃんありがと!」
「私たちもすぐ合流するよ。複雑な道じゃないから、すぐに会えるはず……」
だしぬけに轟音が空き部屋を揺るがし、アルのスマートフォンからもほとんど同時に爆音が届いた。窓の外で群衆のどよめきが起こり、間髪入れず悲鳴が響く。まさか!二人はほとんど同時に窓枠へしがみつくと、頭を外へ突き出して轟音のした方向を見やった。
カフェがある一角の路地へ入る道から、炎と煙が立ち昇っている。テラスにあったテーブルや椅子は衝撃で遠くまで吹き飛ばされ、建物外側の壁面が大きく歪んでいた。硝煙の臭いがここまでも漂う。
隙間のなかった人だかりに、今は大きな穴がぽっかりと空いている。煙と火の手から逃げるように人垣が築かれると、無人となった道路に何人かが倒れ込んでいるのが視認できた。着ている制服からゲヘナ生だと分かる。爆発の威力が凄まじかったらしく、大の字になって伸びてしまっていた。
突然のことで群衆がパニックを起こす中、ハルカは当惑しながらも、爆発自体は予見していたかのように立っていた。ムツキですらスマートフォンを耳に当てたまま、茫然と立ちすくんでいる。何の言葉も聞こえてこなかった。その光景を見て、アルは全てを察した。その隣でカヨコが、頭痛がするみたいに目もとを押さえた。
事前の打ち合わせで、四人は標的をどの路地へと誘導するかまで決めていた。その路地にはムツキとハルカがトラップを仕掛ける手はずになっていた。大通りからは近いため、射出式ワイヤーネットで野生動物の如く捕獲する作戦だ。だがはっきりしないある理由から──二人の反応に答えが表れているだろうが──ワイヤーネットではなく高性能爆薬が仕掛けられていたのだ。しかも事前に設置したトラップに、誤って標的ではない一般の生徒が引っかかってしまった。
友人らしき生徒が慌てて駆け寄っていく。アルはその惨状を見て、心の中で謝罪をした。その気はなかったのに悪いことをしてしまうと、さすがのアウトローでも気が引けてしまった。
火の勢いはますます強まり、大勢の人々が四方八方へと逃げ惑う。そのせいで人混みが固まり、容易に身動きが取れなくなりつつある。はっとしたカヨコが、咄嗟にスマートフォンでムツキへ呼びかけた。声色からも、別の危険を知らせているのが明白に分かった。
「ムツキ、耳に手をかざすのをやめて」
だが周りの騒ぎもあり、ムツキは聞き返した。「なに?なんて言ったの?」
「今すぐ手を降ろして!」
はっとしたムツキが我に返ったのと、前に進めなくなったゴンザレスが引き返そうと後ろを振り向いたのは同時だった。
二、三秒の間、三人だけが時が止まったように静止していた。これだけの騒動で平然としているハルカ、誰かと連絡を取るムツキ。それを見て何かを悟ったのか、ゴンザレスは前の人垣を突き飛ばし、力づくで進路を切り拓くや、無理やり逃走を始めた。周囲一帯がどよめいたのが分かる。人混みの穴を形成していた人垣の一角が前のめりに崩れ、その上をゴンザレスが走り去っていく。予定していたトラップの路地を無視して、さらに大通りをまっすぐ進むのが見えた。
アルとカヨコはそれ以上見てはいなかった。通話はつないだまま、地上でゴンザレスを追跡するムツキやハルカと連携が取れるようにしておく。立てかけていたスナイパーライフルを取り上げると、二人は空き部屋の扉を勢いよく飛び出し、屋上への階段を駆け上がる。最上階に陣取ったのは正解だった。屋上へは十数段を登るだけで事足りた。幸い鍵はかかっておらず、扉は難なく開け放たれた。
遮るもののない屋上へ出ると、すかさず視界いっぱいに青空が広がる。雲は絵画みたいに静止し、白く細い環が重なるように浮かんで見えた。しかし今はあの雲のように止まってはいられない。
アルのスマホからは、走りながらムツキが位置を知らせてくる。無理にでも人混みに体をねじ込んでいるのだろう。ありとあらゆる声に、驚きや苦言が混じっている。「あいつ、大通りをまっすぐ突っ切ってくよ!」
カヨコが応じた。「こっちは屋上から追う。武器はぎりぎりまで使わないで、生きたまま捕まえなきゃいけない」
ムツキが知らせてきた方向へ、二人は屋上の間を飛ぶように追走を始めた。混雑した地上と違い、こちらは進行を阻むものがほとんどない。仮に地上の二人がゴンザレスを見失ったとしても、こちらが視界に捉えていれば問題ない。赤いチェックシャツの後ろ姿は、早くも密集地帯を抜け出そうとしていた。
アルは獲物を懸命に追いかけながら、焦燥感とは別に著しく気分が高揚するのを覚えた。ムツキとハルカを発見してからの標的の怯え具合を見て、間違いなく後ろ暗い所がある、そう確信できた。この上なく怪しかった依頼の信ぴょう性は、今揺るぎないものとなった。しかしここでやつを取り逃がせば、全て徒労に終わることとなる。
完全に群衆の波から抜け出したゴンザレスが、即座に路地へと逸れたのが見えた。広く見通しの良い大通りでは、遠方からの狙撃もあり得ると判断したのかもしれない。
ゴンザレスが駆け込んだ地点に到達すると、アルは屋上の縁ぎりぎりを駆ける。絶えず下に目を配り、影に入る路地で身を隠す人物がいないか探った。カヨコは数歩先を見ながら走り、標的が曲がると予想される地点を伝えてくれる。索敵に集中できるのが、アルにはありがたかった。
いくらか角を曲がると、路地はさらに細い小路になる。人気はまったくない。だが小路を駆ける僅かな足音が壁を反響しているのを、アルは聞き逃さなかった。カヨコもきっと気づいている。直線の小路に差し掛かった時、ついにゴンザレスの姿が視界に入った。アルはスナイパーライフルを俯角に構え、小路に向けて怒鳴った。「止まりなさい、止まらないと撃つわよ!」
十字路の角を曲がろうとしたゴンザレスは、こちらを一瞥するや立ち止まり、角ばった腕時計のような機械を起動した。アルは愕然とした。ゴンザレスの姿がたちまち透明になり、すっかり背景に溶けてなくなった。
ステルスだ。標的はカジノからの脱出時にも、全く同じ兵器を使用したに違いない。依頼者が何者であれ、逃亡を許したのは決して向こうの落ち度ではなかった。だが仕事を遂行する立場では、そんな言い訳は通用しない。
十字路で姿を消されては、どの方向へ逃げられるか見当もつかない。カヨコはゴンザレスを最後に見た地点まで近づいたが、難しい表情は固く変わらなかった。
ところが不意に小路の一角で、硝子が砕ける音がした。見ると小路の一つに火の手が上がり、灼熱の壁が道を塞いでいる。十字を挟んだ向こうから駆け込んできたムツキの手には、火炎瓶が握られている。四本の小路のうち二つが塞がれた。そしてアルが追走してきた後を追うようにハルカが追いついてきたことで、標的の逃げ道は自動的に奥へ絞り込まれる。
横に伸びる小路を飛び越える瞬間、こちらを見上げるムツキと目が合った。ムツキは小路を引き返していく。ハルカは地上から、アルとカヨコの後に続く。この先がどうなっているかは分かっていた。この小路を抜ければ、廃墟が軒を連ねるスラム街へ出る。そこでムツキと合流できるはずだ。
いつの間にかステルスは解除されており、逃走するゴンザレスの後ろ姿が再び露になった。どうやらステルス装置の機能維持には制限時間があるらしい。次にいつ起動されるか分からないが、その前にけりをつけなければならない。
だんだん建物の背が低くなっていき、広い通りにぶつかった。支柱などの太い枠組みや錆びた鉄骨だけが残り、瓦礫は風化しつつある。アルとカヨコが地上へ降り立ったのは、ゲヘナ自治区にあるスラム街の一つだった。ゴンザレスの姿は見えない。
辺りを見回しているうちに、ハルカが合流した。この場の誰よりも憔悴しきっている。「すみませんすみませんすみません!アル様や皆さんに迷惑をかけてしまうなんて、責任を取って自害……」
自分たち以外に走る物音がした。姿は透明なものの、地面に舞う砂埃は動く者の存在を知らせている。アルとカヨコは謝罪するハルカをなだめながら、スラム街で一番大きい倉庫へと走った。
スラム街の例に漏れず、倉庫内は無人だった。トタン屋根はほとんどはがれ落ちて、骨組みばかりで風通しの良い屋根から日光が広い室内を照らしている。三人は慎重に辺りを警戒しながら、内部へ歩を進めた。
崩れた屋根や建材の瓦礫が放置されていて、足元はひどく歩きづらい。ヒールを履いていたアルが難儀して足元へ顔を下げると、地面に人影が映し出されているのを見て取った。影が動いて降ってきた時、アルは横っ飛びに不意打ちから逃れた。
降ってきた機械人は作業着姿だった。ゴンザレスではないが、仲間には違いない。狙いが外れた鉄パイプが地面に強く打ち付けられる。鈍い音に反応して、すぐさまハルカがショットガンを野球バットの要領で振り抜いた。銃床が顔面に命中し、派手な音を立てる。奇襲犯はうつぶせに地面へ転がった。
それと同時に柱の陰から、もう二人の機械人が姿を現した。同じ作業着を着ているが、今度はアサルトライフルで武装している。アルとカヨコは、高く積まれた鉄骨資材の影に隠れた。掃射が二人の隠れた場所を狙い、けたたましく金属音を散らす。
カヨコが鉄骨から僅かに身を乗り出し、反撃に転じた。アルもスナイパーライフルを構え直す。もはや武器の使用はやむを得ない。それでも可能な限り、ゴンザレスを生きて確保する努力はするつもりだった。
柱から一人が身を乗り出した瞬間、二発の銃声が轟いた。カヨコの拳銃は一発目で敵の胸部、二発目で頭部に命中した。弾幕を削がれた敵の近くへ、ハルカが駆け出していく。同時に、二階の吹き抜け内壁を走る空中通路へ、新たに機械人たちが躍り出た。
ゴンザレスはさらに二人の仲間を引き連れ、斜め上方から俯角に狙いすましている。構えているのは、全て短機関銃だった。コッキングを済ませて、トリガーを引いた瞬間、ハルカは地上でアサルトライフルを装備していた敵へ飛び込むように組み付いた。掃射音が重なって響き、青白い閃光が立て続けに走る。アルとカヨコが隠れる鉄骨資材へ豪雨のような弾丸が降り注ぐが、二人の顔に焦りはなかった。複数人で射撃を行なう場合なら、一人が掃射を終えてからマガジンを取り換えて再び射撃可能になるまで、他の仲間が切れ目なく援護射撃を続けるのが常道だ。こんなペースで三人同時に撃ち続ければ、ほどなく弾は尽きる。
空虚な金属音を立てて、三挺の短機関銃が一斉に沈黙した。アルとカヨコは同時に身を乗り出した。三人ともマガジンの交換にかかっている。二人はすかさず、ゴンザレスの両脇にいる仲間めがけて銃撃した。スナイパーライフルの弾丸をもろに受けた機械人は、背後の壁を突き破って奥へと消えた。拳銃の弾丸を喰らったほうは、大きくのけぞると体勢を崩して地上へ転落した。ちょうど真下にはハルカに武器を奪われた機械人が立っており、攻めあぐねていたところへ仲間の体が直撃した。そのまま地面へ崩れるように倒れる。
ゴンザレスは驚くや、短機関銃を投げ捨てステルス装置へ取りかかった。ところが水風船が破裂したような音がしたかと思えば、いきなりゴンザレスの体や衣類にオレンジ色の塗料が撒き散らされた。空中通路には左手にカラーボールを握るムツキが立っていた。右手に握る機関銃は、ゴンザレスに向けられている。ゴンザレスは反撃を試みたが、頼みの短機関銃はステルス装置を動かすために、床へ投げ捨ててしまっていた。
一秒にも満たない銃撃が上階から響いた。胴体に弾丸が次々に命中したゴンザレスは、身を翻して手すりへ寄りかかる。ムツキはゴンザレスへ歩み寄り、強烈な蹴りをお見舞いした。体が完全に宙へ投げ出されると、情けない叫び声をあげて、最後に勢いよく地面に叩きつけられた。ゴンザレスは何か呻いたが、うつぶせで倒れたきり沈黙した。
静寂が戻った。ぱったりと止んだ銃撃音は、まだ耳の中で木霊して残るようだった。アルは立ちあがった。息遣いを整えて、ゴンザレスへ歩み寄る。
機械人は生き死にの判別がしづらいが、ひとまず生きていると仮定して行動したほうが良いだろう。機械の体はぴくりとも動いてない。短機関銃を蹴って遠くへどかし、ムツキにロープの準備を促す。あとは指定の時間にこいつの身柄を引き渡せば、依頼は達成だ。スナイパーライフルを降ろして、手足を念入りに縛り上げる作業に専念する。借金の踏み倒し犯を捕まえて、いくら貰えるだろう?十万か、それとも二十万かしら?
初めに奇襲を仕掛けた機械人の右手が、気づかないくらいじりじりと顔の横へ動いていく。一センチ、一センチずつ……指は頭の横で止まった。黒い液晶画面の奥に内蔵された小型カメラは、ようやく縛り終えて立ち上がったアルを狙うスコープのようだった。
右手がパッと俊敏に動き、握られた手の中で小型の仕込み銃が火を吹いた。だがアルはすかさず身をねじって、くるっと踊るように地面へ転がると、腰の後ろへ手を回す。片膝立ちになり、前へ突き出した手に握ったワルサーPPKが激しく火を吐く。仕込み銃を落とし、奇襲犯は大きく天をあおいでから、再び地面へ突っ伏した。今度こそ戦闘は終わった。
便利屋68の社内会議で、以前話題に上がったのがアルの近接戦闘時における対応だった。スナイパーライフルは遠距離を狙撃する武器のため、敵との不意の遭遇時や、狭い室内戦では取り回しに難儀する。こうした弱点をカバーするため、アルは少し前から片手で扱えるバックアップガンを一挺携帯するようにしていた。多数の拳銃からワルサーを選んだのは、引き金が軽く、また弾丸が世界中のどこでも手に入るからだった。一通り試し撃ちをしてから、ワルサーとM442センテニアル・エアウェイトで迷ったが、最終的にセミオートマティックのワルサーに軍配が挙がった。射撃練習の世話はカヨコがしてくれたおかげで、アルは一週間足らずで新しい隠し装備を自分のものとしていた。
面倒な仕事は済んだ。これからはご褒美の時間だ。午後九時に報酬金!戦闘の緊張が解け、また実戦で満足のいく腕前を確認できたこともあり、アルの顔はほころんだ。
この金を受け取るというごく単純な行為が、その後数週間の生活を一変させる事態に発展しようとは、この時の便利屋68には知る由もなかった。