便利屋68 黄金将軍   作:まーろう

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21 「信用できない」

 キヴォトス地下に張り巡らされた地下道、晴天が届かぬその一角に龍ヶ崎シュウはいた。

 

 洗練された近未来の文明を持つキヴォトスであっても、前時代的な遺構は今なお多く残っている。地下道はそのうちの一つだ。ゲヘナとトリニティの東西争乱時代に退避用として開通したのが始まりで、あとになって物資輸送や排水路としての機能を担うため改修が施された。コンクリート造りで迷宮のような地下道は、用心しないと地図があっても方向感覚を失いかねない。

 

 アリウス自治区と外界を繋ぐカタコンベを彷彿とさせる、シュウはそう思っているだろう。腕には包帯が巻かれている。グッドイヤー分署で襲撃されたとき、ギルに切りつけられた傷は骨を断つ寸前まで届いていたそうだ。今も絶えず脈打つような痛みに耐えながら、頭を苛む記憶の断片に思いを馳せているだろう。自治区から密かに脱走を企て、息の詰まるような迷宮から何日もかけて命からがら逃げ延びた。精魂尽き果てた彼女が流れ着いたのは、華々しい百鬼夜行の世界だった。あのアリウスからの逃避行は、今でも彼女の脳裏に強くこびりついているに違いない。

 

 背後から足音が近づく。シュウはゆっくりと振り向いた。手入れも碌にされてない地下道に作られた不自然な空間に──おそらくゲリラ部隊が潜伏と作戦立案に使っていたのだろう──本来ならいるはずのない人物が凛と立っている。恵まれた長身、神から賜ったような頭脳と決断力を兼ね備えた端麗な顔立ちの女性。シュウにとって頭の上がらない人物だった。氷野イサミの青銅色の目が見つめた。「シュウ、こんなところへ呼び出して、一体何の用だ」

 

 イサミから数歩遅れて、もう一つの人影も合流した。黒髪で険しい顔の風紀委員会、荒切バットはポケットに手を突っ込んで悠然と歩いてくる。空間全体へ顔を向けた。「カタコンベにそっくりだ。我々が身を隠すにはうってつけだな。シュウ、思いやりがあるじゃないか」

 

 シュウは長い逃亡生活で疲れ切った眼をしっかり開いて、目の前の二人をじっと見ていた。「客船に分署、二度襲われた以上は我々も姿を隠すしかないでしょう。ヴァルキューレのカンナさんも後ほど合流するとおっしゃってました。ラムさんはまだ来ないんですか?」

 

 バットが平然と応じた。「あいつなら帰った」

 

 シュウは驚きのいろを浮かべた。「また単独行動ですか。どうして」

 

「資料を取りに城へ戻るといってた」

 

「それなら郵送すれば済むはずです」

 

「城の様子も確認したいとか。部下が手入れをさぼって、庭園が雑草まみれになってないか心配なんだろうよ」

 

 シュウは開いた口が塞がらないようだった。対策班でありながら、それぞれが勝手な振る舞いをしてばかりいる。やはり学園同士の正式な協力など、夢物語なのだろうか。

 

 イサミが再度尋ねた。「それで何の用だ。何かわかったことでもあるのか」

 

「それについては私たちから話しましょう」

 

 三人の視線がこちらへ集まった。アルは柱の陰から出ると、仁王立ちで三人を眺めた。

 

 トリニティの制服をきれいに脱ぎ去り、アルは分厚いコートを肩で羽織る正装へ戻っていた。やはりこの格好がしっくりくる。自分を長く偽るのは、もうたくさんだった。鳴海ファルアだとか、氷王アルだとか、偽名で呼ばれるのはぞっとするほど不快な気持ちにさせられる。自分が存在しなくなったような感覚にとらわれてしまうからだ。

 

 バットはこちらを見止めると、あの不敵な笑みを浮かべたが、目元は無表情のままだった。イサミは露骨に不快そうな顔になった。そのはずだろう。アルの隣に立つカヨコが、手錠をはめたスペルを引き連れていたからだ。イサミの姿が視界に入るや、スペルは浮かない顔で項垂れた。

 

「あなたの後輩はろくでもない人物だったわ」アルは訝し気にイサミを睨んだ。「NASSの大本となる組織を作ったのは彼女よ。ティーパーティーを転覆させ、トロントが唯一学内で覇権を握るために、足のつかないゲヘナの有象無象を雇って組織した」

 

 シュウは信じられないといった様子だった。喉に絡む声で聞いた。「確かなんですか」

 

「本人が白状したわ。雇ったゲヘナ生の一人に裏切られ、組織は制御不能の暴走状態に陥った。スペルは全ての事実を隠蔽しようとしていた」

 

 バットは石柱にもたれ、両手で音を立てず拍手する仕草をした。カヨコは顔をしかめたが、小さくため息をついた。

 

 イサミは何も言葉を発さず、険しい表情のまま腕を組み立っている。シュウはイサミへ目を向けた。「どういうことですか、イサミさん」

 

 目を合わせずイサミは応えた。「私は何も聞いてない。スペルの独断だろう。私には関係ない」

 

 空間の反対側からムツキの声が飛んだ。「そう思う?戒厳令はあなたの指示だったみたいだけど」

 

 対策班の三人が後ろへ向いた。ムツキとハルカが、奥から挟むように陣取っている。

 

 カヨコが後を続けた。「正義実現委員会を本校舎から遠ざけて、戒厳令を敷いたのも、トロントが軍事行動を起こしやすくするため。私たちを構内で始末して、NASSのスパイだったと吹聴すれば何とでも誤魔化せる」

 

 アルは短く、しかし確かな事実を突きつけた。「対策班の裏切者はあなたよ、氷野イサミ」

 

 イサミは押し黙った。その様子を見るにつれ、シュウとバットの疑念も確信に変わりつつあるようだった。狙い通りだ。

 

 アルはヘリの機内で、サオリからシュウへ伝言を頼んでいた。対策班とヴァルキューレを地下道の指定する一か所へ集めてほしい。そこで全てを暴いてやる公算だった。ラムがいないのは痛手だった。逃げられたも同然だ。カンナは少々到着が遅れているようだが、バットとシュウ──ゲヘナとアリウスの代表が知っていれば充分だ。あとはそれぞれの学校に通報でもすれば良い。

 

「ゲヘナの見立ては間違ってなかったな」バットは愉快そうに笑った。「さすがだ便利屋68。見事にイサミの本性を暴いたな。シュウのほうはどうだ?」

 

 カヨコがいった。「まあ、この子は信頼しても大丈夫だよ。秘密は持っていたけど、裏表はまるでないからね」

 

「そうかい。それなら勝手にそう思ってりゃいいさ」バットはなぜか吐き捨てるようにいった。「だがカヨコ。あの女についちゃどう思う?」

 

「あの女?」

 

「マダム二世と自称している人物さ──いや、訂正しよう、獅原コガネという女だ。やつはこの件の黒幕だが、NASSの全指揮権を握っている。哀れなママの七宮スペルを裏切ってな」

 

「ああ、その子ね」

 

「そいつは何か喋らなかったのか?」

 

 アルはその時まだ、眼虎ラムが獅原コガネであることをゲヘナは掴んでないと察知した。今が良い機会だと踏んで、アルは真実を明かしながら、バットやシュウの表情が次々に変化するのを見守った。シュウはあんぐりと口を開けたまま茫然と聞いていたが、バットの表情は天候に応じて変わる海のようだった。敵の策略、正体、狙いをアルが話すにつれ、バットの顔は楽観から沈着、次いで懸念の色へと移っていく。そして雷帝の遺産の名を口にした途端、バットの顔からそれまでの不思議な余裕が一度に消え失せた。

 

「スペルは遺産の利用を試みていたのよ」アルははっきりと突き付けた。「イサミも間違いなく共犯だわ。機密に触れた私たちを始末する手助けをした」

 

 バットは眉をひそめた。「それじゃ遺産は、コガネの城にあるのか」

 

「ええ、ほとんど確実によ」

 

 バットはカヨコと神妙な顔を突き合わせた。カヨコが険しい顔で頷く。遺産と聞いて、イサミがわずかに反応した。バットが固い顔で告げた。「城もろとも破壊するべきじゃないか」

 

 カヨコが頷いた。「コガネは城に帰ってる。所在が判明している今が、攻撃には絶好のチャンスだよ。跡形も残らないよう、すぐに風紀委員会の大隊を城へ向かわせるよう進言したほうがいい」

 

「すぐに連絡しよう」バットは低い声で応じた。「攻撃には空爆を仕掛けるべきだろうな。上空から状況を確認できるし、広範囲を速攻で焼き尽くせる」

 

「そうだね、逃げられないことを念頭に置いた方が良い。探知されずに接近する必要もある」

 

 それまで静かだったイサミが口を開いた。「待て、話が性急すぎる。第一本当にあるとも限らないだろう、もっと情報を集めてからでも」

 

 バットが不快そうに遮った。「裏切者は黙ってるんだな。今さら話を聞きいれる気にもならん」

 

「お前たちと友好を結んでいる学園だろう。何の説明もなしに自治区を爆撃されれば、外交関係が一気に破綻するぞ」

 

「悠長なことはいってられん。事情は後から説明して、納得してもらうしかないな」

 

「一方的過ぎる。ゲヘナは大した調査もせず、まず攻撃してから探りを入れるのか」

 

「批判するのも当然だ。お前らトリニティには、遺産を奪取するという当初よりの魂胆があるからな」

 

 石柱にもたれたままのバット。空間の中央で立つイサミ。距離はあるものの、互いの批判が銃撃戦さながらに飛び交う。協力体制など瓦解したも同然だ。周りに誰がいようと、お構いなしだった。

 

 シュウはなんの手出しもできずにいた。因縁深い二校の凄まじい対決を目にし、ひどく戸惑いを示している。

 

「あ」シュウがうろたえながら「あのう。お二人とも……」

 

 イサミが振り向きもせず命じた。「黙っていろ」

 

 険悪な空気が漂う。シュウは身を固くしたまま、言葉に詰まってしまった。アルを一瞥し、目で助けを求めてくる。アルは無言のまま肩をすくめた。

 

 バットは鼻で笑い飛ばし、悠然と距離を詰めていく。「イサミ、俺はお前がずっと気に入らなかったんだ。裏切者とわかって、返って安心した。これで心置きなく、キヴォトスに仇為す犯罪者としてぶちのめせるぜ」

 

「それならなんだ?私に勝つつもりでいるのか?やれるものならやってみろ。結果がどうなろうと文句はないな?」イサミも詰め寄った。二人ともホルスターに手がかかっている。まさに一触即発の状態だった。

 

 ところが不意に照明が落ちた。唐突に電池が切れたように辺りが闇に覆われ、一瞬だがアルは自分の位置を見失いかけた。暗順応が追いつかず、手元すら碌に確認できなかった。次の瞬間、赤色の非常灯へ切り替わり、血の池みたいな光が頭上から注がれた。誰も消灯前の立ち位置から動いておらず、状況が飲み込めていなかった。

 

 イサミとバット、二人はびくつきもしなかった。視力を急に奪われ、赤い光が降り注ごうとも、相手から注意を逸らさない。動揺をしめせば先制攻撃を浴びる。歴戦の二人には常識だった。

 

「全員動くな!」柱や構造物の陰から、人影がわらわらと飛び出した。前、後ろ、両側。半袖の白シャツにミニスカートの制服、その上に防弾ベストを纏い、ヴァルキューレ警察学校のエンブレムが入った制帽を被った女たち。円形のシールドで防御を固め、ライフルやマシンピストルを赤色灯の光にきらめかせながら、全ての銃口がアルたちを押し囲んでいる。絶望的な状況だった。

 

「銃を捨てろ!」よく通る声が命じた。「早く捨てろ!両手を高く上げて、手のひらはこちらへ向けるんだ」

 

 アルはとっさに狙撃銃を握っていたが、それが限界だった。相手方を刺激するのは避けたい。しぶしぶと銃を地面へ投げ捨てた。それを見たカヨコらも、浮かない顔で銃を放棄する。イサミやバットも、睨み合いを一旦中断すると、ホルスターを身から放した。

 

 まだ腰にワルサーを隠している。いつ使うかが肝心だった。ヴァルキューレを敵に回すのは問題外だが、このまま身体検査をされれば、唯一の攻撃手段を失うことになる。

 

 赤と黒に照らされたシュウの顔が、アルをじっと見つめてきた。両手を挙げたままつぶやいた。「どうすれば……」

 

「大丈夫よ」アルは呼びかけた。「いう通りにしましょう。こいつらはNASSじゃないわ」

 

 人垣の後ろから、集団を二分する者の頭部が近づくのが見える。金髪に獣耳。最前列で盾を持つ二人の職員のあいだからゆっくりと割り出たのは、尾刃カンナだった。

 

 カヨコが険しい面持ちでいった。「どういうこと。話が違うけど」

 

 カンナは拳銃を水平に向けていた。左手でポケットから四つ折りの紙を取り出すと、文面をこちらへしめした。「連邦生徒会発行の令状だ、この場の全員分が用意されている」

 

 アルは声を張ってみせた。「マダム二世と裏切者の正体は看破したわ。ちゃんと連邦生徒会へ伝えなさい!」

 

「対策班の全員が隠し事をしていた事実を知り、連邦生徒会は誰にも信頼を置けなくなった。この場の誰一人信用できないと判断された」

 

「まだコガネが野放しのままよ。NASSはどうするの」

 

「コガネの城への空爆は連邦生徒会の主導でおこなう」カンナはいった。「百鬼夜行の自治区だ。ゲヘナが攻撃をおこなったのでは、色々と不都合があるだろう。ましてや雷帝の遺産が絡むとなればなおさら」

 

 バットが指摘した。「連邦生徒会が遺産を利用しないという保証はどこにある?」

 

 カンナは返答を避けた。「ヴァルキューレは連邦生徒会防衛室の傘下組織だ。上の意向に従う、それが役割だ」

 

 赤い光を浴びたハルカが、動揺の眼差しをアルへ向けてくる。アルは冷静になだめた。「落ち着いて、今は従いましょう。少なくとも裏切者は、ここへ封じ込めたわ」

 

 じれったさが募る。ここで彼女たちに捕まっても、時間があれば便利屋に罪はないとわかってくれるかもしれない。現にカンナは淡々と事実を述べながらも、強制的な指令にうんざりした様子だ。だが釈放されたときには、連邦生徒会によるコガネへの攻撃はとっくに済んでいる。遺産の正体もわからず、全てが闇に葬られては、ここまでの努力も水の泡だ。

 

 イサミは顔を落としたままだった。沈黙が場に流れるなか、ヴァルキューレの職員たちがじりじりと距離をつめてくる。頭を上げると、先ほどまでの険しさはなりを潜め、不気味なほど沈着な表情を浮かべていた。

 

「一つ誤解をしているようだな」イサミはカンナではなく、アルを冷ややかな目つきで見た。「我々の仲間はどこでも、すぐ近くにいる」

 

 包囲網の先頭にいた職員らが動いた。シールドを地面へ放り捨て、ライフルやピストルに持ち変える。振り返りざま、銃口を後続する仲間たちに向けた。

 

 一斉射撃が開始された。凄まじい射撃音とともに職員たちがなぎ倒されていく。地下空間は突如として、地獄のような騒ぎとなった。

 

 動揺した職員たちが銃を向ける。反逆者たちは仲間への攻撃を躊躇ったりなどしなかった。撃ち合う音ばかりが支配するなか、アルは身を低くして狙撃銃を拾うと、すぐそばの石柱へ退避した。背を張り付けて、弾幕の切れ目を狙い、すかさず反撃を試みる。ただでさえ視界が悪いというのに、敵が職員と同じ姿のため判別がつかない。やむを得ず身を隠した。

 

 雨あられの弾幕でイサミが、薄ら笑いを浮かべながら、地下道の陰へと姿を消した。弾など当たらない、そういいたげな悠然とした歩調だった。アルは歯ぎしりした。追おうと姿を現せば、必ずどこかから狙われる。

 

 バットが怒鳴った。「イサミ、逃げる気か!」

 

 目の前を弾丸が飛び交うのも気にせず、バットは石壁の陰の闇へ飛び込んだ。その時だった。いきなり巨大な真紅の炎が噴き出し、次いで耳を聾するような重々しい爆発音が響いた。地下道を怪物のような唸りが過ぎる。空間全体が揺れ、赤色灯が何度か点滅した。バットが飛び込んだ石壁の辺りを、爆発の粉塵と黒煙が幕のように覆い尽くす。地雷が仕掛けられていたのか。

 

 衝撃を受けていると、今度は別の場所からスペルの叫び声がした。「うわっ!?」

 

 アルは反応して振り返った。逃げ遅れて床へうずくまっていたスペルが、職員姿の敵に襟を掴まれている。手錠をはめられた腕を揺らして抵抗したが、至近距離で側頭部を銃撃され、全身が脱力しきった。身じろぎしなくなると、そのまま物陰へ引き込まれ、敵ごと姿が見えなくなる。

 

 狙撃銃を持ち直して、アルはそちらへ駆けだそうとした。ところが石柱の死角から伸びた腕が銃身を掴み、手からひったくろうと乱暴に引っ張る。肉薄してきたのは、やはりヴァルキューレの制服だった。アルは無理に抵抗せず、手からスナイパーライフルを逃がした。制服は勝ち誇ったような顔になったが、アルはすかさず腰からワルサーを抜いた。ぎょっとする敵の顔面に弾丸を喰らわす。狙撃銃を手放した敵は仰向けに転がった。

 

 同じ空間で銃撃戦を展開するのが誰にせよ、便利屋の社員以外でアルの味方などいない。ここから抜け出すべきだ。荒れ狂う弾丸の嵐へ身を置いているより、混乱のどさくさ紛れで逃走したほうがいい。アルは柱の陰で、ムツキたちへハンドサインを送った。戦線離脱を無言で呼びかけると、三人ともうなずいた。

 

 アルは仲間にばかり注視してはいなかった。血だまりのような照明の下、二人の人影がアサルトライフルを挟んで激しく揉み合っている。影のうち一人はシュウだと認識できた。手負いのシュウを相手に、必死の形相の制服が銃口を向けようとするが、片腕で狙いを逸らすと投げ技を放った。制服は大きく回転して、身体を地面へ叩きつけられる。ライフルが遠くへ飛んだ。

 

 床に転がった制服が向きになって立ち上がろうとしたが、シュウは許さなかった。ほぼ垂直の角度をつけたこぶしが、唸りをあげて制服の顔面を強打した。後頭部を打つ鈍い音がして、制服は口から泡を吹いて動かなくなった。

 

 シュウの一連の動きは、腰抜けた兵士のそれじゃない。CQB(アリウス式近接戦闘射撃術)の実戦的な訓練を積んでいる。脱走兵とはいえ、さすがに前マダム時代のアリウス生ではある。スペルへの接触前、アカネの構内観光で、アルたちもCQB部の訓練風景を見学していた。違うのは競技用の技ではないことだ。標的と近接戦闘になったさい、銃がなくても相手を致命傷へ至らしめるための露骨な殺人技だった。

 

 シュウは制服を引き起こした。敵は全身を投げ出し、物言わぬ状態で横たわっている。息を確かめようとする顔に、赤い影が落ちるのを見て、アルはこの人物に形容しがたい恐怖を一瞬抱いた。

 

 シュウが荒い息とともに立ち上がった。暗がりのなかでうごめく影がうっすら見える。別の制服だった。拳銃がシュウの背中を狙っている。

 

 とっさにアルは怒鳴った。「シュウ、避けて!」

 

 彼女は恐ろしい瞬発力で横へ飛び退いた。影の手元で銃火がひらめく。数発放たれた弾丸は、シュウが立っていた場所を通り過ぎて石壁へ着弾した。

 

 追撃の隙を与えてはいけない。シュウは何とか銃撃を免れたが、床へ倒れた衝撃が負傷した右腕へ伝わり、苦悶の呻きを漏らした。アルはすかさずワルサーで影を狙い撃った。命中したのが感覚でわかる。影がくずおれた。

 

 アルはシュウへ駆け寄った。「大丈夫?」

 

 シュウは首を大げさに縦に振った。「でも皆さんが」

 

「脱出するわよ。ついてきて」

 

 カヨコがムツキとハルカに促した。アルもシュウを引き立たせると、背後へ威嚇射撃しつつ、石柱の影を次々に移る。便利屋は一斉に地下空間の修羅場から離れて、まっすぐ脱出路へ向かう。

 

 ハルカが息を弾ませながら疑問を呈する。「どうして連邦生徒会が攻撃してきたんですか。私たちまで捕まえる意味なんてないはずですよね」

 

 ムツキは走りやすくバッグを持ち直した。「たぶんトリニティへの潜入が伝わったのかもね。連邦生徒会は私たちの潜入を知らない、あくまで風紀委員会の独断だったから」

 

「勝手なことをしたから、捕まえようってことでしょうか」

 

「NASS司令官の正体もわかって、あとは攻撃するだけなら、誰にでもできるからね。手柄を横取りされたも同然だよ」

 

 地下道を右へ左へ降り曲がる。十以上も曲がると、銃撃戦の喧騒も小さくなり聞こえなくなった。明かりも正常な白色へと戻る。そのまま半キロほど走り、登り階段へたどり着くと、重くなった足を無理やり上げてよじ登っていく。学生でも疲れるものは疲れる。アルもぜいぜいと息をきらしながら、徐々に地表へと近づいていく。

 

 階段を登りきると、壁に打ち込まれた梯子の上にマンホールがはまっていた。先を走っていたカヨコが梯子へと足をかけ、一段ずつよじ登っていく。次にムツキとハルカが登り出した。アル、シュウが後に続く。頭上から陽の光が差し込んでくる。カヨコがマンホールを押しのけたようだ。開口部分は狭いが、身をよせれば通り抜けられる。地上の新鮮な空気が流入してきた。無我夢中で登り続け、とうとう地表へと辿り着いた。

 

 ゲヘナ自治区のなかでも、無人となった地区の一角に当たる、スラム街の廃墟のそばだった。まだ人の営みがあった当時のまま、建造物は色あせて風化の一途を辿っている。タンクローリーが横づけで二台は駐車できる広さの道路、ど真ん中に設けられた穴からアルは這い出た。

 

 太陽はすでに西へ沈みつつあった。後方にはぽつぽつと明かりの灯る、キヴォトス中心街の高層ビルが見える。それ以外は静かな、寂れた廃墟群だ。西日を受けて、塗装のはげた外壁がオレンジ色に染め上げられている。最後尾のシュウが出てくると、マンホールを閉めた。カヨコが東の道へ顎をしゃくった。「中心街から離れたほうが良さそう。拘束に失敗した連邦生徒会が厳戒態勢を敷くのは間違いない」

 

 五人は路上を駆けだした。シュウが複雑な表情を作った。「イサミさんが対策班を裏切ってたなんて信じられません」

 

 カヨコが並走しながらいった。「まず自分の心配をしたほうがいいよ。裏切り者が一人とは限らないからね」

 

「どういうことですか」

 

「もれなく私たちも裏切りの容疑者だってこと」

 

 シュウは納得したが、受け入れられないといいたげだった。当然の運びだろう。裏切り者だと決めつけたほうが、大手を振ってキヴォトスを探し回れる。

 

 シュウが提案した。「アリウス自治区へ逃げましょう」

 

「無理」カヨコは却下した。「せっかく潔白を証明できそうだったのに、私たちを受け入れれば、NASSとの繋がりを認めるようなものだよ。アリウスの立場が悪くなるし、私たちもかえって追い詰められる」

 

「アツコ様なら何か打開策を……」

 

「変に弁護すれば、その子も必ず巻き込まれるよ」

 

「そんな」シュウは嘆いた。「いったいどうすればいいんですか。バットさんがやられて、スペルさんも攫われて、もう八方塞がりです」

 

 アルは振り返らずにいった。「いや、まだ道はあるわ。イサミの行方はいざ知らず、コガネの居場所ならわかる」

 

「……アルさん、まさか」

 

「そのまさかよ。百鬼夜行へいくわ」

 

 カヨコはやれやれといいたげに首を振った。ムツキも納得したようだった。「まあ、他に真実を突き止める方法もないか」

 

 シュウが尋ねた。「ラム、いやコガネさんへ会いに行くんですか」

 

「そうよ。連邦生徒会の空爆で、全てが吹き飛ばされてしまう前にね」アルはただ前を見据えて、心に決めたようにいった。「私はもう、自分で確かめたものしか信じられないのよ」

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