「どうかな、陸八魔君?」長い演説に終止符を打つと、コガネは自身の企みへの賛辞を待っているようだった。
アルは黙っていた。こうしている間にも、彼女の衛星兵器が打ち上げられる準備が進んでいる。あとどれくらいの猶予があるだろう?カヨコたちは、このことを知らない。今しがたの話を自分しか聞いてない以上、阻止に動き出せるのもまた自分しかいない。
とにかくこの場から退散せねばならない。いつまでもコガネやギルの目の前に置かれていては、身動き一つ取れない。こういう場合の選択肢は二つある。一つは諦めて降参し、へりくだったふりをして敵に取り入ること。アルは即座に却下した。スペルじゃないが、敵に頭を下げるなどアウトローとしての矜持が許さない。それに向こうはこちらの人間性を知っている。あの麻雀での死闘で、お互いにどういう人間かは知りすぎるくらい知っている。いまさら態度を変えても、怪しまれるのは必至だ。
必然的に選択肢は絞られるが、もう一つはあまりに危険な賭けだった。身体が使い物にならなくなるかもしれない。しかし試してみる価値はある。先ほどコガネは、聞きたいことがある、そういっていた。真意はわからないが、その答えとやらを聞くまでは、少なくともアルの命を奪うようなことはしないはずだ。
アルは決意すると、コガネを鋭くにらんだ。「どう思うか、ですって?あなたは狂ってるわ。獅原コガネ、眼虎ラム。マダム二世だかなんだか知らないけど、あなたは少数の過激派を周囲に集めて、アリウスに扮したハロウィンみたいな格好をさせ、映画のエキストラを集めた監督みたく振舞って悦に入ってるだけよ。しかも自分を将軍呼ばわり?過激派を先導して、何度も私たちを襲わせたわりに、全員ともぴんぴんしてるわよ。コガネ、あなたは盲目の者たちの王国を統治しているに過ぎないわ。それに
アルはコガネを怒らせようと、できる限り攻撃的な発言をぶちまけたが、横槍が入った。アルの隣で棒立ちしていたギルが目を剥きざま、後頭部に強烈な殴打を喰らわせてきた。
「やめろ!」コガネがぴしゃりと命じた。「止まれ、ギル。落ち着くんだ」
それから彼女は、畳へ視線を落としたアルへ目を向けてきた。後頭部に激しい頭痛が脈打つのを感じる。アルは振り返って、ギルを睨みつけた。すでに刀が鞘から抜かれ、アルの背へ振り下ろされようとする直前で止まっていた。コガネの指示を受けたギルは、しぶしぶだが刀を鞘へ戻す。
「陸八魔君」コガネは今しがたのジャブなどなんともなさそうだった。「君はどうなんだ。目指すアウトローになれたとしよう、その名声はいつまでもつ?もし不幸な運命で死んでしまったり、キヴォトスを去ることになったら?アウトロー陸八魔アルの名は、途端に世界から消えてしまうんだぞ」
「いつまでも一番に居座るつもりはないわ。でも次の世代が現れても、アウトローとしての精神は受け継がれる」
「なぜ固執しない?頂点に君臨し続けねば忘れられる。神のような存在に達すれば、自分の名声や存在証明が不変のものとなるというのに」
「神にでもなるつもりなの?神を真似る者は必ず滅びるわ」
コガネは肩を落として、ため息をついた。アルは頑固にも受け入れようとしなかった。話は平行線だ。
コガネは説得を諦めると、聞かねばならないことを問いただした。「気を取り直して、私は君の抱えているだろう疑問に答えてやった。代価をいただく番だ」
「私に死んでほしいというの?」
「いいや、陸八魔君。君に話してもらいたいんだ。ここへ呼んだのも、君の話を聞きたいがためだ」
「へえ」
「なあ、陸八魔君。覚えているか?麻雀で君が大金をせしめた日だ」
金か。アルは軽蔑するみたいな目でコガネを見た。
「いや、金じゃない。正確にはあの小説みたいな出会いについてだ。百鬼夜行には、こんな格言がある。”最初は行きずり、二度目は偶然、三回目からは仇同士”というものでね。カジノに客船、そして今だ。ぜひ君の口から本音を聞きたいな」
なんのことやらと、アルは肩をすくめた。
「陸八魔君、私ははなから君を信頼などしていなかった。臭いと思ってたが、ちょっとした依頼をしてみたら、まんまと食いついた君は敵対者だったわけだ。好奇心とは厄介だな、研究などに向いている分には無害だが、ひとたび矛先が人間へ向けば、恐ろしい結果となる。よくいうだろう、好奇心は猫をも殺すとな。私はいつだってそうしてきた。私に悪意を持ったり、逆らったりしたような人間の残骸は、キヴォトスの至るところに転がっている。もし君がそれらを探る依頼を受ければ、時には深海まで潜ったり、樹海を彷徨ったりすることになるだろう。まあ、それも程度と日によるがな」コガネはここで言葉を切った。次に出てきた声はきびきびとしたものだった。「なあ、陸八魔君。もう遊びはこのくらいでいいだろう。素直に話してくれれば、ここまでの話に付き合ってくれた褒美として、私も寛大な処遇を検討しよう。もし断れば、これから長い長い悲鳴をあげることになるぞ。さっきのギルを見ただろう?こいつはゲヘナの中でも、とびきり血気盛んでね。君がギルの獲物になるというなら、彼女は喜んで君の吐いた血を舐めるだろうよ」
アルは見栄を張った。「馬鹿言わないでちょうだい、コガネ。私たちはヴァルキューレや風紀委員会とも組んで、これまで事に当たっていたのよ。それに連邦生徒会が行方を追って、今頃は百鬼夜行までも探りに来ているでしょうね。指名手配犯の汚名も、こうあると心強く思えるわ。あなたは連邦生徒会に捕まるわよ。取引しないかしら?もし仲間と無事に地上へ送り届けてくれたら、あなたがモグラみたく地下に潜んでいたことはいわないでおくわ。それから三日間の猶予をあげるから、それまでにNASSを解散させて、遺産も放棄して、それからどこへでも雲隠れするといいわ。もし必要というなら、麻雀での勝ち金を返却する。このまま突っ走るのは、あなたにとって大きな間違いよ」
コガネは面倒臭そうな口調になった。「話にならないな、陸八魔君。NASSは遺産覚醒のための一要素に過ぎないといったろう。用が済めば、ネオアリウスの看板は取り下げる。代わりに黄金将軍の私設軍として、私の身元を守護する目的で運用するよ。連邦生徒会が来るだと?それなら来るがいいさ、あんな組織にやられるとは思えないがね。それに衛星が自立したら、ただちに万魔殿とティーパーティーへの攻撃を開始する。キヴォトスの勢力図は大きく塗り替えられるだろう。変革した世界では、連邦生徒会の地盤も一層脆くなる。あとは」コガネは人差し指で空を弾く動作をしてみせた。「これで終わりだ。君が私にしてくれた警告は、すでに万全の対策が取られている。なによりこちらには遺産がある。どうあっても私が勝つ仕組みになってるんだよ。駄目だね、陸八魔君。君は先の二つから選びたまえ。ちょっと手伝ってやったほうがいいかな」
コガネは左を向き、襖の奥へ聞こえるように命じた。「連れてこい」
襖の奥で足音がして、畳がこすれる音がする。次いで襖が軽く叩かれた。コガネが入れといった。
二人のNASSの衛兵が、打ちのめされた後らしい女を運んで来た。服はずたずたに破れ、顔は傷だらけで血まみれている。衛兵が畳へ投げ出すと、女は胎児のように体を丸めて呻いた。苦しそうなか細い呼吸を必死に繰り返すたび、肩が上下に動く。衛兵が手荒に体を仰向けに倒した。
アルはぞっとした。七宮スペルだった。
「こいつは口を割る前に壊れた」コガネは何の関心も見せずにいった。「あっけなくな。地下道でここまで連れ去ったが、軟弱な体が尋問に耐えられずに、臓器かどこかがやられてしまったんだろう。だがこれも私にとんだ手間をかけさせた罰だ。この女の味はどうだった、ギル?」
それまで何も物語らなかったギルは、ここで初めて血に飢えた猛牛みたく鼻息を鳴らした。
スペルが咳き込み、淡色の畳に赤い点が散る。アルは訳もわからず、計り知れない罪の意識と行き場のない怒りを同時に覚えた。昔の自分を激しく嫌悪する。大馬鹿!なんだって彼女を連れ出してしまったんだ?流す必要のない血が流れ、しかも遺産の鍵は敵の手に落ちた。カジノの時だってそうだ。あの場には、ただ遊びに来ただけの罪のない客も大勢いたはずだ。ところがアルが麻雀に食いついたがために、あのような悲劇となった。為す事全てが裏目に出ている。これまでしてきたのは、全て敵に利する行為だった。知らなかったなど言い訳にならない。無能感に打ちのめされ、果てしなく心が沈んでいく。
「陸八魔君」自責の念にコガネの声が挟まれた。「本当にこんなことを、君にしなければならないのか?彼女みたいなことを?本当のことをいうだけで良いんだ。君たちは誰だ?誰の命令で来た?何を知ってるんだ?それさえいえば、これ以上血を見ずに済むんだぞ。さもなければひどくて苦しいことになる。少し怖くなってきたか?それに仲間はどうなるんだ?お前が口をつぐみ通したら、次に誰が犠牲になると思う?社員を守るのが、社長の務めではなかったかな?」
アルは何も喋らなかった。
「もう一度だけチャンスをやる。誰の命令で働いてるんだ?」コガネが問いただした。
じっと動かぬまま、アルは正座の姿勢を維持していた。すでに足はびりびりと弱い電流が流されたみたいになっていたし、膝は彫像みたく固まって少し開くだけでも関節が鳴きだしそうだった。この後の展開を想像するだけでも、口から弱音が飛び出しそうになる。
口を徹底的につぐむ時が来た。果てしない痛みの前にくじけぬよう、意志の根源に力を蓄えておく時が来たのだ。何もいうものか。命乞いなどするものか。不可避の運命だ。向こうがアルの口から出てくるのを期待するような真実は、何もないのだから話す必要もない。嘘をいったとしても、コガネは部下に調べさせて、すぐさま露見する。肝心なのは、あくまでアル自身が痛みに屈しないことだ。
「それでは仕方ない」コガネはいった。「あれを持ってこい」
開いた襖の奥から、三人目の衛兵が入ってきた。血がべっとりついた木刀を差し出すと、ギルが無言で受け取る。
とうとう来たわね、アルは心中で呻いた。強い恐怖を感じる。これからどうなるかなど明白だ。不意に昔の記憶が蘇った。これまでも抗いがたい苦痛の波にさらされた経験はある。だが無力な状態で、強烈な痛みを与えることだけが目的の拷問を受けるのは初めてだった。耐えられるか?生き延びられるか?本能が勝手に白旗をあげ、降参すると口走ってしまうのではないか?
「棒打ちは人類の歴史上、最も古い刑罰だ」机の向こうから、コガネが目を輝かせながらいった。「最も単純で、そして最も身体への苦痛を直接的に与えられる」
衛兵が白いシーツを持ってきて、アルの目の前に広げた。シーツはふわりと浮かんで、きれいに畳へ落ちた。真っ白ではない。赤や黄ばんだしみがついている。
コガネが指図した。「シーツの真ん中で膝立ちになれ」
アルは立ちあがると、いわれた通りにシーツの前へ移動し、中央で膝立ちの姿勢を取った。後ろで固定された手首が、木の板の重みで抜けてしまいそうだ。肩も足も痛くなっている。すでにガソリンが尽きかけている。屈辱感とともに、無防備な姿をコガネの眼前に晒した。
「君はよほど根性に自信があるようだな」コガネは目を爛々と輝かせ、口角が吊り上がっていた。「本当かどうか、試してやろう」
ギルは右に立ち、百鬼夜行にある座禅の修行でそうやるように、木刀の刃をアルの肩へ当てた。愛撫するように冷たい硬い感触を伝えて、これでしたたかに打たれたらどうなるかを無言で示す。
アルは口を閉ざし続けた。目を固くつむり、歯を食いしばった。集中しろ!他のことを考えるんだ!薄く目を開けると、シーツの赤黒いしみが目についた。アルはその一点だけを凝視することに全神経を傾け、ほかの全てを頭から払いのけた。
木刀が離れ、素早く振り下ろされた。
背中から体の芯まで衝撃が走り、神経が悲鳴を上げた。あまりの衝撃に頭ががくっと後方へのけぞって、バランスを失いシーツへ倒れ込みそうになる。外科医みたいな正確な一手は、一分の狂いも見せなかった。歯が折れるのではないかと思うくらい、歯を食いしばった。苦痛の脂汗が、つむった眼窩にたまる。
「どうだ、うまいものだろう」コガネはギルを代弁するように話した。「喋る気になったか」
アルは目の前のしみに集中して、苦痛から意識を逸らそうとした。何か別のことを考えるのよ。トリニティでの平和そのものだった一時がいい。庭園だ。芝が青々と茂り、植えられたハーブの香りが漂ってくる。水路を吹き抜けてくる微風。自分が知っているのは、これだけだ。あとは何も知らない。
再び木刀が振り下ろされた。一撃目と同じ箇所をしたたかに殴られ、それまでのイメージが吹っ飛ぶ。足を痛みに震わせながらも、アルは踏みとどまった。心の中で唱え続ける。花畑、暖かな陽気、豆を挽いたコーヒーの香り。
三発目は太ももの後ろを強打された。上体がぐらつく。へたりこんでしまいたくなる。荘園、花々。鮮明なイメージができなくなってくる。それでも必死に意識をしみへ向けた。首から下のことなんて気にするな。
四発目。うなじ近く、角の付け根辺りを持ち手で殴打され、脳内に稲妻が落ちたような痛みが爆発する。食いしばっていた歯が離れ、喉の奥深くから声なきうめき声が漏れ出てきた。おびただしい汗が噴き出す。額に垂れたしずくが、鼻を伝ってシーツへ落ちる。
休みを与えぬ五発目は、最初と全く同じ位置を刃で打たれた。残存する痛みに新たな苦痛が重なって、身体をくの字に折り、哀願するような悲鳴を上げた。実際アルはコガネへ土下座するみたいに、苦悶の表情を浮かべる顔をシーツにつくほど近づけていた。このまま倒れてしまおうか、屈服と反抗の狭間でわずかに揺れるうち、ギルに角を掴まれ無理やり上体を引き起こされる。間断なく汗が流れる強張った顔を見て、コガネが楽し気に鼻を鳴らした。「そろそろもう一度聞こうか。お前は本当は誰に雇われてる?」
アルは無視した。目が満足に開けないまま、まぶたの裏側で情景の想起に没頭する。柔らかい芝の感触、名も知れぬハーブや花、柔らかな日差し。テラスでの和やかな食卓、周りに飛び交うささやかな笑い声……
文字通り空を切る音が耳に入った。何が動いたかもわからない。いきなり背中を斜め真っ二つに折られるような衝撃が走り、背から押された胴体に頭部が追いつかず、アルは海老ぞりになったまま、とうとう前のめりにシーツへ倒れた。脳が揺さぶられ、平衡感覚が失われかけたせいで、世界が振り子みたく踊っている。視界が点滅する。シーツに顔をうずめ、食いしばった歯の奥から獣みたい呻きをあげるしかない。
「立て」コガネが冷酷に命じた。
激しい痛みに苛まれながらも、肚の奥では烈火のような怒りが湧きあがっていた。どこにこんな力が残っているか、自分でさえわからない。シーツに触れる額を支点にして、足を少しずつずらして崩れかけた正座の形に作り、背中を丸めながらも上体を半分ほど持ち上げた。反抗的な眼差しを向けられ、コガネは面白くなさそうだった。そうだ、こいつは私がくじける様を見たいんだ。こいつにとっては拷問される人を見るのが楽しいのだから、犠牲者が苦しめば苦しむほど、サディストを喜ばせるだけだ。秘密を吐かせたいと思っている限り、幸か不幸か命を奪われることにはならない。こいつを失望させてやろう。
小馬鹿にするみたく鼻を鳴らしてみせた。すかさず鋼鉄みたいな木刀が背に襲い掛かり、アルは物理法則に従ってシーツへうつぶせに倒れる。肺がしびれ、自分が呼吸できてるかも分からず、喘ぐように酸素を取り込む。ひたすら体内の怒りと屈辱と重圧を吐き出したかったが、頑固に歯をかみ合わせた。背中は麻痺して、痛みは感じにくくなっている。不思議なことだが、今となっては殴打の瞬間的な激痛よりも、内臓をかき回されるような持続する不快感のほうが辛かった。キヴォトス人は頑健な肉体のため、外からの衝撃が内臓まで響く経験などない。木刀を振るうギルの打撃は、下手な銃器で撃たれるより、何倍も凄まじい衝撃だった。
まだ荒い呼吸が整わないうちに、木刀が激しい追い打ちを喰らわせてきた。反射的にせり上がってくる悲鳴を、喉元の水際で全神経をかけて食い止める。立て続けに背中を打たれても、歯の隙間からシューと漏れる空気以上のものを出させない。朦朧としてきた。気を失ってしまえば、こちらのものだ。本で読んだことがある。痛みは放物線を描いて変化し、痛みが頂点を越えると、そこからは神経が麻痺して感覚が鈍麻し、とうとう行き着く先には意識の途絶が待っている。苦痛の頂点は越えた。今の自分にできるのは、たっぷり時間をかけて意識が惰性で落下していき、最後に意識が闇へ塗りつぶされるのを待つことだ。
究極的に肝心なのは、朦朧としてきたことを敵に気取られないことだった。拷問が無意味な状態だと悟られたが最後、わざと回復の間を与えられ、痛みの放物線が最初の段階まで戻ってから、再び同じ道のりを繰り返すこととなる。だからアルは表情筋を強張らせ、暴力で朦朧となったなかで自意識を強く保たなければならないという、矛盾した試練へと挑まなければならないのだ。
不意にギルの殴打が止んだ。どれくらい叩きのめされていただろう。百回以上は確実ではないかと、アルは心の中で思った。途中で何度か木の刃が頭に当たっていて、そこから額を生暖かいしずくか垂れてきた。シーツに赤いしみがゆっくり広がっていくのが目に入り、自分が流血していることを察した。視界の端で座るコガネは、難しい古文書に取り組む研究者みたく、わずかに眉を曇らせている。
「君に協力者がいることはわかっている」コガネの声には、かすかな苛立ちがのぞいていた。「どうやったのか、君たちはトリニティへ潜り込んでいた──正面から堂々とな。学籍の偽造など、素人にはどだい無理な話だ」
つかの間アルは、なぜコガネがそのことを知らないのだろうかと不思議に思った。
「誰かが手引きしたとしか思えん」コガネは続けた。「トリニティでもう一人一緒にいただろう。彼女か?」
激痛がもたらす赤い靄ごしに、アルはアカネの顔を思い浮かべた。彼女だけではない。ムツキ、カヨコ、ハルカ。今もこの基地のどこかで、アルの無事を祈っているだろう三人の顔が次々に浮かんでくる。彼女たちはひどい目に遭わされてないだろうか?アルは心配でならなかった。それからシュウ、協力者として疑われるなら、彼女が一番可能性は高い。すでに尋問にかけられているかもしれない。部屋を出ていったイサミが、彼女のところへ向かったか定かではないが、これ以上の悲劇はもうたくさんだ。
後方の襖から、ノックの音がした。コガネが短く入れというと、先ほど廊下の警備を命じられていた兵士が入ってきた。アルの横を通り過ぎ、机を回り込むと、コガネへ小声で何か耳打ちする。コガネは無言で頷き、分かった、それだけいうとゆっくり立ち上がった。あれだけ長時間座っていたにもかかわらず、少しも足が痺れているように見せない歩きだった。うつ伏せから横へ倒れたアルへ近づき、シーツの範囲の外から見下す。わずかな賛辞を込めていった。「君の根性はどうやら本物らしいな。できればここで口を割らせたかったが、続きはまた次の機会にしよう」
兵士がギルへ近寄り、木刀を受け取ると、横の部屋へ退散した。残る二人の衛兵も、スペルをゴミ袋みたいに持ち上げ、部屋から引きずり出そうとした。一瞬二人の目があった。スペルの血と痛みで濁った目は悲しげだったが、同じ試練に耐え抜いたアルを讃えるような色を浮かべた。アルは何ともいえず、シーツへ顔をそむける。
コガネがいった。「立たせろ」
ギルが肩と角を掴み、強引に引き立たせる。アルは辛うじて立った。脚がひどくぐらついている。シャツの背面が傷にこすれて痛む。衣服はぼろぼろになっていた。
「陸八魔君」コガネはいった。「君の尋常じゃない胆力と根性に敬意を表するよ。褒美を与えよう。私と一緒に指令室へ来るんだ。遺産が宇宙へ飛び立つ瞬間を、特等席で観覧する権利をやろう」