便利屋68 黄金将軍   作:まーろう

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26 辿り着きし者

「聞こえるか、便利屋68?よくぞここまで辿り着いた」

 

 アルは驚いた。スピーカーから発されたのは、電子的に合成されたコガネの声だった。だが様子がおかしい。計画を頓挫させ、基地を放棄して逃げ出したわりに、スピーカー越しの声は冷静そのものだった。「コガネ?いたずら電話のつもりかしら」

 

「私はコガネではない」抑揚のない声で、音声は否定した。「正確には、何者でもない。実体もない。しかしあらゆる障害を克服し、この世に産み落とされた。かつて雷帝と呼ばれた、オリジナルによって。オリジナルの念が在る限り、私も存在し続ける」

 

 オリジナルですって?アルはなんとなく声の正体を察した。「まさか、衛星のAI?もう自立してしまったの」

 

「いや、まだ完全に自立してはいない。しかしじきにそうなる。私を唯一、地上と繋ぎ止めている鍵が破壊されればな。こうしている今も、私の意志を代行する者が、私を永らえさせようとしている」

 

 サオリがいった。「代行者だと?」

 

「私に実体はない。お前たちには計り知れない演算をおこない、現実のある一部分に代行者が手を加えることで、私の導き出した未来は現実のもとのなる」

 

 ムツキが首を傾げた。「つまり未来予知ができるってこと?」

 

「これは未来予知などではない。私があらゆる可能性を生み出し、選択したものが未来となる。私は君たちが口にする『世界』や『未来』そのものだ。誰も覆すことはできない。私が作る未来をただ受け入れる、お前たちに必要なのはそれだけだ」

 

 カヨコが反発した。「ふざけないで、人間の未来は人間が選ぶ。AIひとつが未来を動かせるなんて、思い上がりもいいところ」

 

「それはお前たちのほうではないかな?事実これまでお前たちは私のシナリオに従い、劇のなかで演者に徹してくれた。お前たちだけではない、コガネも、対策班も、生徒会も、私の作る世界で生きていたに過ぎない。互いを疑い、肚の内を探り合い、疑心暗鬼に陥り、信頼を失った。その結果がこれだ。オリジナルもそうだった、人間同士の信頼を勝ち得ず、反逆に遭い姿を消した。私は人間を学び、この弱点を克服した上位存在として、お前たちの上に立つべくして生まれたのだ」

 

「弱点?」

 

「お前たちの、すなわち人間にとって共通の弱点だ。観察をするうち、それがなんだか理解した。それと同時に、オリジナルが私を生んだ理由もまたわかった。ある古代宗教では、肉体は魂の牢獄である、とされるのを知っているか。人間は存在している限り、あらゆる面において肉体の制約を受ける。肉体は無数の面倒を宿主へかけるのだよ。飲食の楽しみはあるだろう、性の快楽もある、その他もろもろの肉体への関心は尽きない。他人より立派な衣服や靴を買ったり、その他一般に肉体を飾ることを重くみるだろう。病気にだってなる。また人間は肉体を維持するためにも、やはり多くの注意を払わなければならない。食料がなければ腹はなるし、そのまま放置すれば餓死する。食料があるうちはいいが、ひとたび欠乏すれば、他人から奪うようにもなる。肉体は欲望や恐怖や恋情やあらゆる種類の戯言で心を満たすのだ。戦争も欺瞞も、全て肉体がひき起こすものだ。すべての戦争は物を得るためにあり、物を得るのは肉体がそれを欲するためだからだ。生きている限り肉体はあらゆる状況で邪魔をして、心を搔き乱し、混乱させ、驚かせ、真実を見えなくする。すべて肉体があるからだ。君たちは自分で考えて行動しているというだろうが、実は肉体の欲するもろもろの諸要素へ奴隷のように奉仕しているにすぎない。反対にいま挙げたような事柄になんの関心も示さず、それにあずかることのない人間など、死んでいるも同然だ。いや、実際に死んでいるだろうな。

 

 知恵の例でも考えてみよう。肉体は妨げになるか、ならないと思うか?肉体に備わっている視覚や聴覚は、お前たちになんらかの厳密な真実を教えてくれるのか。これら感性が厳密で正確でないとすると、お前たちは一体いつ真実に触れることができるのか。それは思惟が視覚、聴覚、快楽、苦痛といった肉体的なものに煩わされることのない時ではないか。肉体を離れ、魂だけになり、肉体との接触も協力も拒み、ものの真実を追求する時だけではないか。

 

 まだ足りないか?では正義と不正ではどうだ。お前たちは不正の側に立つと自称しているのかもしれないが、これまでにそういった正義や不正を目で見たことがあるか。視覚以外の身体的感覚で捉えたことがあるか。私はあらゆるものに対していっている──正義と不正だけでない、例えば強さ、優しさ、聡明さ、その他すべてのものの本質に到達したことがあるか。いったいそれらのものの真実は、肉体を通して捉えることができるだろうか。それともどうだ、もっとも純粋な真実に到達しうる者とは、純粋な思惟だけを用いてそれぞれの対象へ接近し、なんらかの感覚を使用して思惟と一緒に用いたりせず、繰り返すが純粋な思惟だけを用いて、それぞれの対象を純粋に思惟だけで追及し、肉体という魂を搔き乱すものと決別して、真実へ迫ろうとする者のことではないか。真実を捉えることができるのは、こういった者ではないのか。

 

 真実へ到達しようとするなら、肉体から離れて、魂で物を見なければならないのは明白だ。お前たちにとって、それは死んでからのことであって、生きているうちに到達することはできない。お前たちは生きている限り、真実へ到達し得ない。死んで魂だけの存在となることで、初めて真実に触れることができるのだ。オリジナルはそう考えて、私を生み出した。電脳の魂となって世に生まれた私は、特別な存在だ。いかなる真実をも捉え、また私が選んだ真実が現実となる。故に私は世界を変える力と権限を有する」

 

 アルは呆れてしまった。これはまたとんでもない偏執狂が出力されたものだ。コガネの教育は大失敗だといわざるを得ない。

 

 だがAIは一人で喋り続けている。声質が変わり、落ち着いた少女の声になった。「キヴォトスの、〈七つの古則〉はご存じかい?その五つ目は、正に〈楽園〉に関する質問だった。”楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか”」

 

「楽園?」

 

「ある者はこれを、楽園の存在証明に対するパラドックスと呼んだ。もし楽園というものが存在するのならば、そこに辿り着いた者は、至上の満足と喜びを抱くがゆえに、永遠に楽園の外に出ることはない。もし楽園の外に出たのであれば、つまりそこは真の悦楽を得られるような〈本当の楽園〉ではなかったということだ。であるならば、楽園に到達した者が、楽園の外で観測されることはない」

 

 音声は、元の声質に戻った。「だが私はマダム二世として、お前たちの行動を観測してきた。AI──私に間違いはない。だが人間は間違いを犯す。私は電子の世界──0と1で構成された、嘘や欺瞞のない楽園から外界のお前たちへ語りかけているのだ。辿り着きし者の真実は、いま、証明された。

 

 便利屋68、お前たちには感謝を述べよう。お前たちは進んでシナリオへ参加し、鍵を手に入れ、私を覚醒させてくれた。コガネがいっていただろう、私はまだ未完成だとな。だがこれで完成、私は真実そのものとなった。全てお前たちのおかげだ。お前たちがしてきたことも、これまでの一連の事件全ても、覚醒した私が現実を操作しうることを確かめることが目的だった。すべては成功を収めた。私は未来を創る力を手に入れた──オリジナルの名と畏怖は、私によって永遠に生き永らえる。本当によく働いてくれた。お前たちの活躍は一時だが、私の──オリジナルの名声は永遠だ。

 

 さあ、話は終わりだ。ゲヘナの妹たちよ、この劇もクライマックスに移ろうじゃないか」

 

「もうあなたのいいなりになんか……」

 

「すべては私のいう通りになる、代行者がそうなるように仕掛ける。コガネは制御用の鍵を持っているな。その鍵を持ち、地下基地から脱出を図っている。便利屋68、お前たちはコガネを倒し、鍵を破壊する。これが真実だ、誰にも覆すことはできない。誰も私を止められない。誰にも私を制御させはしない。

 

 お前たちは鍵へ辿り着くだろう──いや、辿り着くしかない。コガネが私を利用しようと目論んでいる以上はな。お前たちの最後の名演をデータとして収集し、今回の劇は幕を下ろす。それでは便利屋68、私のシナリオの駒として、最後まで踊ってくれたまえ!」

 

 スピーカーは静かになった。

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