便利屋68 黄金将軍   作:まーろう

28 / 29
28 今夜、一巻の終わり

 誰もが身じろぎできず、体を凍りつかせていた。複数の視線がこちらへ釘づけにされている。カヨコは歯噛みした。不意をつかれた。

 

 自分たちは脱出に成功したものの、基地でギルの相手を引き受けてくれたイサミとバットが気がかりだった。単独追跡してきたギルを見て、もしかしたらやられてしまったのか、そんな想像が頭をよぎっていた。夜風が思考をリセットし、改めて行方を探そうとした直後、銃を突きつけられ拘束されてしまった。イサミは一人抜け出し、鍵が手に入る瞬間を虎視眈々と狙っていたのか。

 

 いまカヨコは膝をつかされ、後頭部へ俯角に拳銃を向けられていた。下手な真似をすれば撃つ、無言で命令するように、固い銃口が髪へ押し付けられる。申し訳なさがつのる。これではよくある小説のヒロインそのものじゃないか。ああ、そうだ、決まってる。どういう取引になるか、容易に想像がつく。

 

 アルが険しい面持ちでいった。「カヨコを放しなさい」

 

 イサミは拒否した。「そうはいかない。鍵を手に入れるまでの人質だ」

 

「卑怯よ!人質なんて……」わざとらしく声を荒げる。わずかに姿勢を傾け、腰に差した拳銃を引き抜こうとした。

 

 その奥でムツキとハルカが静かに移動しようとしたが、イサミは即座に見抜いてトリガーを引き絞らんとする。アルは動きを止めざるをえなかった。奥のムツキとハルカも同様だった。イサミが目で指示すると、アルは苦い顔で狙撃銃を置いた。他の三人もそうするほかなかった。

 

 イサミは軽くうなずいた。「それでいい。鍵を見えるように持って、地面に置け」

 

 アルは尋ねた。「最初からこうして遺産を奪うつもりだったの?」

 

「奪う?」イサミは侮蔑するように笑った。「返してもらうんだ。あの遺産を最初に発見したのは私だよ。スペルへ遺産の存在を教えたのもな」

 

「それはトロント派のためかしら」

 

「あんな下賤な連中になど興味はない。トリニティがゲヘナの遺産を掌握しておくことで、今後の外交を有利に進めることができる」

 

 カヨコは唇を噛んだ。バットのいった通りだ。トリニティは最初から、遺産を手に入れることしか考えてなかった。

 

 アルは問いかけた。「あなたは何を得るというの、イサミ?」

 

「私か?」イサミはいった。「私自身はどうでもいい。常に組織全体の利益が優先だ」

 

 ムツキが肩をすくめた。「公務員は大変だね。首輪を繋がれて、手綱を握られてるなんて」

 

「それが任務だ。コガネと手を組んだのも、私が一番適任だったからに過ぎない」

 

「ティーパーティーの暗殺を持ち掛けたでしょ」

 

「トリニティの首脳陣を消して、空中分解させて何になる?ゲヘナを唯一の大学校とするのが願いだとでも?最初からそんなつもりは毛頭ない」

 

 地面に倒れたまま、コガネは顔を横へ向けて唸った。

 

 イサミは何の感情ものぞかせない声でいった。「話は終わりだ、アル。全員手を挙げておけ。鍵を地面に置いて、そのまま後ろへ下がれ」

 

「これがどういうものかわかってるのかしら」アルは問い詰めた。「この鍵が遺産のAIを破壊する唯一の手段なのよ。あいつをこの世界へ繋ぎ止めて、完全に自立するのを妨げるための鍵でもあるの。このままだとやつは代行者を動かして、いずれ世界があいつの意のままになってしまうわ。鍵がなくなれば、もうあいつを倒す方法がなくなってしまうのよ!」

 

「そんなやつを野放しにしておくわけにはいかない。なおさらトリニティが制御し、管理せねばならないな」

 

「あいつは誰の手に渡っても良いものではないわ」

 

「ならカヨコは諦めるか」

 

 沈黙がおとずれた。カヨコは首を横に振った。「だめ、渡さないで社長。私はどうなってもいい。遺産はどうあっても破壊しなきゃいけない」

 

 アルは負けじとイサミを見つめていた。その目がカヨコへ移る。アルの瞳は不安と悩みが渦巻いていた。そのはずだ。アルは人質を見捨てることなどできない──ましてや仲間となれば。イサミはそこまで計算に入れて、自分を人質に取ったんだ。

 

 地面へ落ちていた視線が再びイサミへ向くと、アルは決意したような眼差しをしていた。「わかったわ。望み通りにしましょう」

 

 カヨコは耳を塞ぎたかった。絶望が心の底に巣食う。私のせいで、社長は鍵を手放すしかない。

 

 イサミはいった。「それでいい、下手な抵抗などするな。黙って置いたら、そのまま下がれ」

 

 アルはつぶやいた。「そうびくつかなくてもいいわよ。銃はもう持ってないのだから」

 

 反撃手段がないことを示すため、アルは両手を挙げた。右手に銀の十字を見えるように持ち、ゆっくりとこちらへ歩み寄る。カヨコへ向けられた眼には、穏やかな優しい色が浮かんでいた。安心してくれと目で伝えている。

 

 カヨコはつぶやきを漏らした。「社長……」

 

 五歩ほどアルが歩み寄ると、イサミが止まれと指示した。「そこに置け」

 

 いわれるままに姿勢を下げ、鍵を持った右手を地面へ近づける。後ろでサオリが複雑な表情を浮かべていた。彼女もこんなことのために動いていたわけじゃない。ムツキとハルカも納得などできるはずがない。ここまでの努力が、トリニティのための人身御供で終わるなど許せない。目の前の光景を見ているしかできない自分も、また許せなかった。カヨコは深くうなだれた。

 

 ところが鍵を地面へ這わせようとした瞬間、アルの近くの土がぱっと巻き上げられた。突然のことに、アルが短い悲鳴を発した。鍵を持ち直した手が地面から離れる。狙撃だ。銃弾が近くの地面を、着弾の衝撃でえぐったのだ。カヨコも驚くしかない。今のは誰が、どこから撃ったのか。

 

 イサミは着弾の角度から射線を予測し、狙撃手の位置を特定しようと遠くを仰ぎ見た。だがカヨコはイサミと真反対へ目をやった。なぜそちらを確認したのか、カヨコは自分でもよく分からなかった。狙撃の着弾とともにイサミへ急接近したバットが、前腕に青筋が浮かぶほど力を込めた右こぶしを振りかぶっていた。

 

 向けられた敵意を察知したイサミが振り向いた瞬間、バットのこぶしが顔面を直撃した。腕で空を切る音がはっきり聞き取れるほど速度がのった一撃だった。

 

 イサミは横方向へ飛ばされた。拘束が解けると、すかさずカヨコは拳銃を拾い、アルの近くへ転がり込んだ。先ほどまで自分がいた場所を振り返る。鮮血が飛び散り、バットの手は赤い液体に濡れていた。イサミはふらついたが、数歩後退して踏みとどまった。想定外の一撃だったらしく、眼にわずかだが動揺の色があった。切れた額や鼻からとめどなく流血し、青いマントや服に赤黒い染みをつくっている。

 

 つかの間言葉を失っていたものの、イサミは袖で顔を拭うと、吐き捨てるようにいった。「……人の手で流血したのは久しぶりだ」

 

 手についた血をズボンで拭くと、バットはにやりとした。「俺も誰かを流血させたのは久しぶりだ。たしか前もお前だったか?」

 

 イサミが何かいい返そうとしたとき、増幅器の反響を込めて、平原の上をがんがんと声が鳴りわたった。「動くな、ゲヘナ風紀委員会だ。動くなよ──特に便利屋68。鍵をしっかり持っておけ」

 

 イサミには何の音だといぶかるような、余計な暇はなかった。身を翻すや、足元にピンをぬいた閃光手榴弾を三つ落として、森林のほうへ駆け出した。カヨコは銃口を向けようとしたが、それより早く手榴弾が炸裂し、閃光と大音響が撒き散らされた。視野が真っ白に染め上がる。ひどい耳鳴りのなか、鍵を死守しなければならないことを思い出した。横から誰かの体がぶつかり、覆いかぶさるように地面へ倒れ込む。闇雲に手を伸ばすと、上からはたき落とされた。

 

「イサミ!」カヨコは無我夢中で叫んだと思ったが、自分が本当にそういったのかわからなかった。声が耳に入らず、視力が少しばかり戻って来たころには、イサミは影も形もなくなっていた。

 

 カヨコはアルにのしかかられるみたく、地面へ転がっていた。アルの名を呼ぶ自分の声が、くぐもって聞こえる。目をつむって呻くアルを見て、ひとまず無事だとわかった。だが握られていたはずの十字型の鍵は、手から姿を消していた。慌てて地面を探ったが、どこにも見当たらない。

 

 まさか奪われてしまったのか。カヨコはぞっとして、何秒か腰を落としたまま茫然としてしまった。直立したままのバットが、頭を大きく横へ振る。頬が赤く腫れあがり、顔から出血していた。殴り返された頬を手で押さえ、こちらへと振り向いた。

 

「イサミの野郎」バットは血混じりの唾を地面へ吐いた。「これでとんとんか。おい、鍵は無事か」

 

 バットに尋ねられて、ようやく聴力が半分ほど戻ったのに気づいた。カヨコはへたりこんだまま、力なく首を横へ振った。バットは失望やそういった表情は出さず、励ますような声でいった。「心配するな、カヨコ。とにかく当初の目的は達成したんだからな。もうNASSは再建不能だ。首謀者はゲヘナ生だともわかったから、そいつの身柄は俺たちが引き受ける。でもこんな騒ぎになったんじゃ、そろそろ百花繚乱も飛んでくるな。幸運にも向こうとは仲良くやってるが、遺産のことは教えられないから、議長が向こうの生徒会──陰陽部と話をつけるのに、ひと悶着だろう」

 

 話しているうち、アルがゆっくりと起き上がった。頭痛が残っているみたく顔を押さえ、その拍子に鍵がなくなっていることに気づいたようだった。ムツキとハルカが駆け寄ってくる。鍵がなくなっていると気づくと、苦い顔になりながらも、ハルカはしきりに慰めの言葉をかけた。

 

 ムツキの手を借りて、アルは立ち上がった。カヨコもハルカに優しく引きおこされる。

 

 アルの近くに立ったサオリが口を開いた。「これからどうするんだ」

 

 カヨコもアルを見つめた。目の前の人物は辺りを見回した。平原の向こうから、風紀委員会の制服を着た生徒が何人もやってくる。それを確認すると、腰の後ろへ手を回し、懐を探る。バットが目の色を変えた。カヨコもはっとした。

 

 取り出した右手には、十字型のペンダントが握られていた。アルが静かにいった。「私が大人しく本物を渡すと思うかしら」

 

 バットはNASSを巡る陰謀の嵐のなかで、自分の意思で渦中へと飛び込んだ、大胆不敵なアウトローの顔を、感心したように見つめた。不敵な笑みのなかに友へ向ける情に似たものが垣間見えた気がしたが、カヨコは黙っておくことにした。どうせ夜が明ければ再び敵同士の身だ。今だけは止そう、今だけは。

 

 ハルカが驚き混じりに尋ねた。「さすがアル様です!でも、一体どうやったんですか」

 

「簡単よ」アルはムツキを見た。「コガネから奪い取るときに、針金で型を取ったのよ。今頃イサミは大慌てでしょうね」

 

 ムツキもいたずらっぽい笑みをこぼした。「皆がこれを狙ってくると思ったからね。すぐに作っといて良かったよ」

 

 カヨコは思わずため息をついた。心からの安堵のため息だった。ごくゆっくりと、カヨコの体と張り詰めた神経がくつろいでくる。「ありがとう、社長」これも心から出た言葉だった。「ありがとう」

 

 バットは鍵を捜索することを、あれこれ考えていたのだろう。考えねばならない面倒事が消え去り、今日の仕事はこれで終わりだといいたげに、右手をアルへ差し出した。「一時はどうなるかと思ったが、これで万事解決だな。あのイサミを出し抜くとは、誰にも予想できなかったに違いない!AIも今頃はびびって、バーチャルパンツにおもらししてるだろうよ。それじゃ鍵を預かろうか。ゲヘナ風紀委員会が責任をもって、雷帝の遺産の後始末を請け負うことにしよう」

 

「いや」アルはやんわりと断った。「どうせこれがある限り、あなたたちはついて回るでしょう。私から直接、信頼できる人に手渡すわ。それが一番安全でしょうから」

 

 バットは面食らったが、いつものように口元を怪しく歪め、アルの肩をポンと叩くと、委員会の仲間のもとへ歩いていった。

 

 アルはゆっくりと振り返り、バットの後に続いて歩き始めた。ムツキとハルカが続く。サオリとカヨコは顔を見合わせた。目でうながされると、カヨコはそれにあやかって背をサオリに任せた。これ以上背後を取られるのは御免だ。

 

 目は火口から噴き上がる炎に向けたまま、すっかりボロボロになってしまったパーカーのポケットへ手を入れる。お気に入りのパーカーだ。保存用はあるが、帰ったら修理して、また着直すことにしよう。

 

 では、ネオアリウスをめぐる一件は、これで全て片づいたのだ。これが日誌の最後のページとなるのだ。平原に吹く夜風を深々と吸って、小さく開いた口から、ゆっくりとため息のように吐き出す。NASS、マダム二世、そして雷帝の遺産。これで一巻の終わりだ。

 

 火山の頂上から新たな爆発が轟き、めらめらと火柱がいっそう高く上がり、月も星も影が薄くなるくらい天に昇る。カヨコは額に浮かぶ玉のような汗をぬぐった。ここまで熱が届いているのだろうか。赤い炎が平原全土を照らし、疲れた目をちらちらさせる。

 

 この巨大な赤い停止信号は、コガネに始まるNASSの終末と、遺産のAIによる劇の終末を同時に告げているのだ。終末は等しく訪れる。知恵も、名声も、AIによる支配も、それだけで永遠などない。ないからこそ、伝えていかねばならないのだ。コガネやAIは間違えている。永遠がないから、人々は次世代へ語り伝え、後世へと受け継がれていくのだ。

 

 カヨコはアルの背中を見た。行く手に立つ風紀委員会たちのなかにいる、ひときわ威厳を放つ人物のところへ、まるで受賞でもするみたいに歩いていく。ひとり笑いをこぼした。この多くの学園を巻きこんだ一騒動は、結果的には各校の信頼関係を強めることも弱めることもしなかっただろう。それで良いのかもしれない。信頼は最初からあるものでも、ある事件をきっかけに突然生まれるものでもない。しかしNASSと戦い抜いたサオリの行動は、信頼関係を築き直すきっかけとなるだろう。彼女と共闘した便利屋の誰もが、それを認めるに違いない。

 

 アルが自信たっぷりにいうのが目に浮かぶようだった。「信頼を寄せられれば、それに報いるのがアウトローってものでしょう?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。