夜が明けはじめた。ヴァルキューレ警察学校の校内にある一室は、いわゆる取調室として使われる。長机に椅子が二脚、デスクライトだけの簡素な部屋だが、今は五脚の椅子に五人の少女たちが座っている。
「その連中は確かにプロだったんだな?」
ヴァルキューレ公安局長の尾刃カンナが同じ質問をするのは、これで四度目だった。
「ええ、間違いないわ」アルが同じ返事をするのも四度目だった。「何度でもいうけど、標的は眼虎ラムだったかもしれないのよ」
カンナは低く唸った。
ホテルノルマンディからヴァルキューレへ向かう途中、アルは緊急通報で連絡を入れていた。夜中だったので夜勤の生徒が出たが、アルが早口で一部始終と警告を伝えると慌てて電話を切った。校舎へ到着した時には、ほとんどの窓から明かりが漏れ、職員たちがあわただしく行き来していた。
顔が怖いと評されることを気にする尾刃カンナも、夜中の二時に叩き起こされたのでは、さすがに不機嫌そうな表情を隠さなかった。そのせいで廊下を歩くあいだ、すれ違う生徒たちにこくごとく避けられていた。寝静まった時間帯を狙ったテロに憤慨していたが、警告のことを耳にして、通報者のアルたちを取調室へ招いた。誰にも聞き耳を立てられないよう、部屋の外で職員に監視させる徹底ぶりだった。緊急の警告は功を奏し、ラムは宿泊する部屋で無事に保護されたらしい。
カンナは書類綴りを一冊手に取った。「事件のあった時間帯の前後で、ヘリコプターの機影を見たという証言が既に何件か入ってきている。ホテル最上階の近くを飛行していた、ともな。機体は所属不明、ホテルから飛び去ったのを最後に行方は分かっていない。レーダーからも何の報告もない」ばさりという音を立てて、書類を机に置く。「お前たちが会った人物について、知っていることをもう一度話して欲しい。その眼虎ラムという人物について。供述に齟齬がないか確認する」
アルたちは彼女自身が話したこと、外見などで知っていることを全て話した。ただしカジノでのイカサマの件だけは伏せておくことにした。未成年の賭博で追及されては、通報の本筋から逸れてしまう。四人はカジノの警備依頼を受け、仕事に来ていたということで口裏を合わせた。
カンナは追及を緩めなかった。「で、そのカジノを襲撃したのはNASSだと?」
カヨコがいった。「そう見えたけど、正体は分からない。ガスマスクとお揃いの装備、腕章をしているって特徴は、確かに報道とも一致していた。だけど今回の襲撃はNASSの行動スタイルに合わない。あいつらが狙うのは毎回アリウスの関係者だけだし、人的被害を重軽症に留めて、犯行声明まで抜かりなくばらまくのが流儀でしょ」
眼虎ラムは百鬼夜行出身だと自分で語った。カジノでの被害者たちも、おそらくほとんどはアリウスと関連はないだろう。攻撃の量も明らかに殺意が込められたものだったし、犯行声明もまだ出ていない。
カンナが眉間にしわを寄せる。「声明文が出ているかは、朝になってクロノススクールの報道があるまで分からない」
アルは頷いた。「そうね……ラムは見たところ裕福そうだったし、身代金が目的だった可能性はないかしら?」
「それなら殺そうとした行動と矛盾するだろう」
ムツキが口を挟んだ。「理由がなんにせよ、ラムちゃんが標的だった可能性は高いよ」
「ああ」カンナは同意した。「先ほどNASSはアリウスの関係者しか狙わないといったな。その条件だけでいえば、今回の件も例外じゃない。責任の一端はこちらにもある。もっと厳しく警備をつけるべきだったんだ」
「どういうこと?」
カンナは難しい顔のまま押し黙った。アルは超能力者ではないが、カンナが今抱えている秘密が極めて大きいものだということは表情で察した。この件を部外者へ話して良いものか、公安局長が守秘義務に抵触するようなことをしていいものかどうか迷っている。便利屋68は賞金首や凶悪犯罪者をしょっちゅうヴァルキューレへしょっぴいているが、それと同じくらい勾留されることも多い。たびたび顔を出すので、カンナもアルたちの仕事について把握していた。
アルは三人と目を合わせた。三人とも好奇心が優先していたし、話の先を聞きたいのはアルも同じだった。だが同時に、秘密を聞いたら最後、とてつもなく厄介な事態に巻き込まれそうだとも感じていた。
一分ほど過ぎ、カンナはとうとう口を開いた。「実は……目下マンモス校たちのあいだで、ある重要な作戦が進行しているんだ。それは百鬼夜行連合学園も例外じゃなくてな、眼虎ラムはある密命を帯びて来たんだ。我々ヴァルキューレは彼女の他、作戦に着くメンバーたちの警護を任されていた」
アルは察しがついたが、あえて尋ねた。「誰を標的とした作戦なの?」
「
やはりそうなのね。アルは納得した。カジノでの襲撃は、やはり眼虎ラムを標的としたものだったのだ。
カヨコが聞いた。「ラム以外の作戦関係者も標的になるかも。他のメンバーは誰なの?」
「それが異色の顔ぶれなんだ。あまりにも珍しい顔ぶれでな。私も最初は冗談かと思ったが、しかしラムが狙われたので戦略的意外性は若干薄れたかもしれない。これは極秘作戦なんだ。ネオアリウスを相手どるためのな」
「で、どんなチームなの」
カンナは一呼吸置き、特大級の秘密を口にした。「これは合同作戦なんだ。それもトリニティ総合学園の働きかけに、ゲヘナ学園が応じた異例の作戦なんだ」
アルは息を呑んだ。「ゲヘナとトリニティが手を結ぶというの?」
「そうだ」カンナは真剣な顔で頷く。「ゲヘナだけじゃない。アリウスや百鬼夜行連合学院とも協力するんだ」
ムツキがひゅうと口を鳴らすと、カンナは眉をつり上げた。「異色の顔ぶれだといったはずだぞ」
カヨコは信じられないようだった。「ゲヘナ、トリニティ、アリウス、そして百鬼夜行まで……まるでエデン条約だね」エデン条約は、歴史的に根深い対立関係にあったゲヘナ学園とトリニティ総合学園の不可侵条約である。
「それどころか」カンナは大きな秘密を共有したことで安心したのか、いくらか態度が軟化した。「トリニティは連邦生徒会にも具申して、連邦生徒会の権限で臨時の対策班を設立した。NASS対策を目的に、各校の代表を一名ずつ集めた組織だ。眼虎ラムは出向とはぐらかしたのだろうが、百鬼夜行代表として対策班に招集されたんだ」
「トリニティがゲヘナに協力を求めたの?」カヨコは半信半疑に聞いた。「これまでの経緯からは考えにくいのだけど」
「言いたいことは分かる。ゲヘナとトリニティがここまで接近したのは、エデン条約事件以来のことだろう。そのエデン条約自体も、どちらかが言い出したわけじゃなく、前連邦生徒会長の提案だったそうだしな。だが今回の呼びかけは紛れもなくトリニティ首脳部であるティーパーティーからの発案だ。同じく各校の最高機関に当たる万魔殿、アリウススクワッド、百花繚乱紛争調停委員会へ働きかけがあって、四校の代表が極秘会談をおこなった」
ムツキは皮肉交じりにいった。「学校同士が仲良くできるのは良いことだね」
アルはカンナへ尋ねた。「それで会談ではなんて?」
「そこまでは私も知らない」カンナは目線を下げた。「だがトリニティがこうして主体的に動く理由は見当がつくはずだ。トリニティとアリウスの沿革を考えればな」
トリニティ総合学園の歴史は古い。過去のトリニティ自治区は、いくつもの学園、いくつもの分派がひしめき、紛争が絶えなかったという。それが第一回公会議での合意を持って、トリニティ総合学園という一つの学校へ統合されていった。その際、統合に反対の立場を取り続けたアリウス分派は迫害され、歴史の表舞台から長らく姿を消していた。彼女たちが日の下を歩けるようになったのも、ようやく最近になってのことだった。
「トリニティがアリウスに働きかける理由は明白だな。NASSによる被害が一番深刻なのは罪のないアリウス生だ。それに先祖が迫害していたことの罪滅ぼしもあるだろう。アリウスは一日でも早くネオアリウスを食い止め、再び蔓延しつつあるテロリストの汚名を払拭したいに違いない」
アルも同意した。「そうね、アリウスは分かるわ。でもゲヘナ……というより万魔殿がよく提案に乗っかったわね」
「実際に最初の頃、ゲヘナはこの同盟戦線に反対だったらしい。万魔殿はエデン条約事件でアリウスと結託していた過去があるから、今度はトリニティがアリウスと手を組んで嵌めようとしていると思ったんだろう。議長は、ネオアリウスは自作自演だ、とまでいってのけた」
「そこまで言われたら、アリウスも良い気持ちはしないわね」
「だがトリニティとしては、今こそエデン条約事件で成しえなかったゲヘナとの外交正常化を達成する絶好の機会だと思ったんだろう。共通の敵が現れると、それまでの垣根を超えた協力が生まれることがある」カンナは語りながら表情を和ませた。「そこで抜け目ないティーパーティーは、ある奇策を思いついたんだ。もう一校に調停役として対策班に参加してもらうことにした。白羽の矢が立ったのが百鬼夜行連合学院だ」
カヨコはようやく腑に落ちたようだった。「ああ、なるほど……ゲヘナと百鬼夜行は比較的良好な関係だから」
ゲヘナ学園の行政機関である万魔殿は、以前に外交使節として百鬼夜行連合学院へ赴いていた。それから両校は友好的な関係を築いており、ゲヘナの修学旅行先として百鬼夜行が選ばれるほど関係は密接になっている。
「そうだ。これで同盟はトリニティとアリウス、ゲヘナと百鬼夜行という二対二の構図になる。万魔殿の心配の種もなくなるし、百鬼夜行は中立だからいざという時に同盟のまとめ役となってくれることを期待したんだろう。百鬼夜行からしても、二大マンモス校や新進気鋭のアリウスと距離を縮める良い機会だ」
「でも」カヨコはカンナを見つめた。「それなら百花繚乱が直接来ればいいはず。紛争調停にはうってつけの委員会だと思うけど」
カンナは自分でも不可解だと言いたげに肩をすくめた。「それがな……百鬼夜行の代表に眼虎ラムを指名したのは、ほかならぬトリニティなんだ」
アルは顔をしかめた。「なんですって?」
「トリニティの言い分では、キヴォトスでも珍しい戦争術研究家の知恵を借りたいとのことだった。彼女ならNASSの行動に、なにか有効な手立てを見つけてくれるかもしれない。一応筋の通った主張だな」
ムツキがにべもなくいった。「本当は不安定な百花繚乱に任せたくないだけかもね。NASSより先に解散でもされたら、同盟のホストとして情けない気持ちになるよ。何のために同盟へ引き入れたんだってね」
縁起でもないが、百花繚乱紛争調停委員会が不安定なのは事実だった。一時は解散まで噂され、なんとか存続するも組織の弱体化は免れなかった。エデン条約の失敗がある以上、次なる同盟──さしずめ”エデン同盟”のホストとして、わずかでも不安材料の残る委員会には任せられないと判断したのかもしれない。
アルはつぶやいた。「だからあいつが……ラムがここまで一人で来たってわけね」
カンナは再び書類綴りを掴む。「ああ、だが本人は頭を使うのが仕事で、荒事は得意じゃないらしい。だから我々ヴァルキューレの警備局が百花繚乱に代わり、彼女の身元警護をしていた」
「カジノには一人で来ていたけど?」
「極秘作戦だから表立って警護するわけにはいかない。NASSに察知される可能性があったからな。街中に職員を散開させて、絶えず目を光らせていた。彼女は別の施設に泊まる予定で、部屋へ入ったところまでは職員が確認していた。彼女はベッドに人間みたいな格好の替え玉をいれていたんだ──枕とタオルと毛布で人間みたいな形を作り、シーツを頭までかけて、ブロンドの髪の切れ端だけ枕の上に出るようにしていたんだ。しかも脇の椅子の背に服を一枚かけて、月明かりが少しだけ入るようにカーテンも開けていた。とても凝った出来だったよ」
だからラムは流浪人のような恰好をしていたのだ。あれはあれで目立つが、彼女なりの変装だったのかもしれない。
カンナがため息をついた。「監視が行き届いてなかったのは認めるが、これでNASSは何らかの動きを察知したかもしれない。もしくはすでに同盟の話をどこかで嗅ぎつけたかだな」
「もうどこかで情報が漏れてるってことね」
「ああ、眼虎ラムの招集を知ったNASSが、脅威と見なす人物の手っ取り早い抹殺を図った可能性もある」
「でも彼女はただ麻雀をやりに……」
「連中もそこまでは分からなかったかもしれないだろう。ラムが上流階級の集まるカジノへ向かったのが、ただ麻雀で遊ぶためだったとはな。例えばNASSに対抗するための武器について、商談をしに向かったと考えた。みだりに推測をしてはいけないが、連中からは何とでもこじつけられるからな」
アルはそら恐ろしくなった。カジノの凄惨な光景が頭によぎる。危険分子かもしれない、ただそれだけの憶測で、NASSはあんな大胆かつ破壊的な行動へ踏み切った。情報が極力隠された上でこれなら、すでに他の対策班メンバーの情報も割れている可能性が極めて高い。次に狙われるのも対策班の誰かかもしれない。
カンナも同じ考えのようだった。「対策班へ出向するメンバーはすでに揃っている。本来なら今日から本格的な協議が始まるはずだったが、こうあっては予定を変更せざるを得ない。連中に先手を取られたようなものだ」額に手を置いて嘆いている。
深刻な様子のカンナを見ているうちに、アルは何とかしてネオアリウスどもに一泡吹かせてやりたいという思いが強くなっていた。嘆きたいのはこちらも同じだし、お祝い気分を台無しにされたうえ、危うく殺されかけるところだったのだ。それから醜悪な犯罪者であることや、まるで勝ち逃げするかのようにヘリで逃げ去っていったのが気に入らない。キヴォトス一番のアウトローとして、やられっぱなしのまま終われるはずがなかった。一度でいいから連中を叩きのめしたい。そのためには連中をおびき寄せないといけない。
アルは立ちあがった。「尾刃カンナ、私たちに協力してくれないかしら」
カンナが驚きとともに腰を浮かせた。「なんだって?いきなり、しかもどうするつもりだ」
「知れたことよ。NASSが何を考えているか知らないけど、喧嘩を売られたからには、アウトローとして買わない手はないわ。私たち便利屋68にまるっと任せなさい!」
カヨコがふっと笑った。「またそんな大口を……」
「クフフ」ムツキは不敵な微笑を浮かべた。「さっすがアルちゃん、こわーいアウトローしてるね!」
ハルカの返事も初めから決まっていた。「アル様がそうおっしゃるなら、私も全員殺します!」
すっかり躍起になった四人を前に、カンナは困惑気味にいった。「しかし、一体どうするんだ。NASSはどこからともなく突然現れる。ずっと一か所で待ち伏せするわけにもいかないだろう」
アルはいった。「だからこちらのテリトリーへ誘い込むのよ。逃げ出すのが困難な場所──例えば海上とかにNASSが喜ぶような餌を置いて、釣り針にかかった敵を一網打尽にする!私たちだけじゃなく、ヴァルキューレの戦力も忍ばせておいて、完全に逃げ道を塞いでやるのよ!」
「やつらの身柄を確保できるなら、こちらとしてもありがたい。だが依頼料は……」
「その点は問題ないわ。これはアウトローとして負けられない戦いなの。あなたたちにも協力して貰う代わりに、無料サービスでとことんやってやるわ。最近は懐も温かいから心配しないでちょうだい!」
「……なにか違法なことに手を染めたわけじゃないだろうな」
「ないない!至って健全な方法よ、ねえムツキ!」
ムツキはにやにやとしていた。「まあね。強いていうなら、悪銭身に付かず、ってやつだよ」
カンナは首を傾げたが、やがてつぶやいた。「釣り針にかける餌はどうするんだ……?」
アルは凄みのある笑みを浮かべた。「対策班の面々がいるじゃない。どうせ連中にもバレているなら、それを逆手に取るまでよ」