フレイ(キラ)の第二の人生   作:名無し名人

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躓き

「よし、まずはカレッジに行って、当時の僕を探して――」

 

意気揚々と玄関を飛び出し、ヘリオポリスのどこまでも続く人工の青空を見上げた瞬間。

 

フレイ(中身キラ)の足が、ピタリと止まった。

 

心地よい風が、フレイの燃えるような赤髪を揺らす。あまりにも平和で、のどかな朝の風景。

その光景を見つめているうちに、キラの脳裏に、冷や水を浴びせられたかのような衝撃が走った。

 

「……あ」

 

重大な、あまりにも根本的な矛盾に、今さら気づいてしまったのだ。

 

「そもそも……僕(キラ・ヤマト)は、どうしてヘリオポリスに住んでいたんだっけ……?」

 

記憶の糸を急速に手繰り寄せる。

かつての歴史で、コーディネーターであるキラとその家族が、地球からわざわざオーブの中立コロニーであるヘリオポリスに移住してきた理由。それは、**「地球軍とプラントの間で、今にも戦争が始まりそうだったから」**だ。コーディネーター狩りや迫害、そして迫り来る戦火から逃れ、安全な中立地帯で静かに暮らすために、ヤマト家はここへやってきた。

 

しかし、この世界はどうだ。

パソコンで調べ、父親のジョージからも裏付けを取った。

ナチュラルとコーディネーターの仲は最悪だが、双方の世論は**「戦争なんてコスパが悪くて馬鹿馬鹿しい」**という冷徹な現実主義で一致している。必要最低限の窓口を通じて、冷え切った対話を続けている世界なのだ。

 

全面戦争の気配がない。

コーディネーターへの過激な迫害も、国家規模の軍事衝突に発展するほどのものではない。

 

「戦争が……起きないなら……」

 

フレイ(キラ)は、呆然とその場にへたり込みそうになった。

 

「僕の家族が、わざわざ地球からヘリオポリスに移住してくる必要なんて……ないじゃないか……っ!」

 

そう、自明の理だった。

 

戦争の危機がないこの世界において、キラ・ヤマトとその両親が住み慣れた場所を離れる理由が存在しない。つまり、このヘリオポリスのカレッジを探したところで、**「若き日のキラ・ヤマト」は、最初からこのコロニーに存在しない可能性が極めて高い**のだ。

 

「じゃあ、僕は今、どこにいるの……? 地球? それともプラント……?」

 

かつての親友、アスラン・ザラだってそうだ。ザフトが全面戦争の準備をしていないなら、彼は軍に入っておらず、ただの民間人としてプラントで工学を学んでいるかもしれない。

 

かつての仲間たちが、誰もこのヘリオポリスにいない。

守るべき「若き日の自分」も、歴史の濁流に巻き込まれるはずだったトールやミリィたちも、ここにはいないのだ。

 

「ハハ……、何やってるんだろ、僕……」

 

フレイの綺麗な顔が、情けない苦笑いで歪む。

すべてを知っている「老兵」として完璧な先手を打とうとした途端に、前提条件が根底から崩れ去ってしまった。

 

しかし、落胆するキラの胸の中で、もう一つの冷徹な事実が首をもたげる。

 

(……でも、地球連合軍の新型モビルスーツ(G兵器)は、間違いなくこのヘリオポリスで開発されている。パパの口振りからしてそれは確実だ。そして、戦争はしなくても『抑止力』としての技術略奪を狙う勢力は必ずいる)

 

ここに「少年キラ」はいない。ストライクガンダムが起動したとしても、それに乗って戦う「彼」は現れないのだ。

 

では、ザフトの特殊部隊がヘリオポリスを襲撃した時、誰がその未完成の兵器を動かし、このコロニーの破滅を止めるのか?

フレイ(キラ)は、自分の細い両手を見つめた。

 

コーディネーターとしての最高の身体能力は、今のこの「ナチュラルの少女の身体」にはない。あるのは、数々の戦場を生き抜いた操縦技術と戦術眼の「記憶」だけ。

 

「僕が……乗るしかないのか? フレイの身体で、ストライクに……?」

 

誰もいないヘリオポリスの路上で、フレイ(中身キラ)は、かつてない未知の運命に目眩を覚えながらも、新たな覚悟を迫られていた。

 

「いや、落ち着こう、僕……」

 

ヘリオポリスの路上で一人、頭を抱えていたフレイ(中身キラ)は、大きく深呼吸をして思考をクールダウンさせた。

 

いくら焦ったところで、自分がナチュラルの少女になっている現実も、この世界の情勢も変わらない。今はとにかく、フレイ・アルスターとしての日常を完璧にこなしつつ、周囲から少しでも多くの情報を集めるのが最優先だ。

 

キラは気持ちを切り替え、本来のフレイなら向かうはずのカレッジへと足を向けた。

 

「あー! フレイ、おはよー!」

 

カレッジの敷地に入ると、見覚えのない(しかしフレイの記憶にはある)華やかな女子生徒たちが手を振って駆け寄ってきた。フレイの友人たちだ。

 

「みんな、おはよう」

 

キラは精一杯の「フレイ・アルスター」を演じ、彼女たちの輪に加わる。

 

「ねえねえ聞いた? こないだ言ってたブランドの新作ワンピース、もう予約始まってるんだって!」

 

「嘘、本当に!? あそこの口紅の新色もすっごく可愛いから、一緒に買いに行こうよ!」

 

次々と飛び交う、口紅やファッションの話題。

 

かつて戦場を駆け抜け、老境に達したキラの魂にとって、十代の少女たちのガールズトークは未知の領域であり、正直に言えば宇宙の謎を解き明かすより難解だった。だが、そこは百戦錬磨の精神力。「そうだね」「可愛いよね」と笑顔で相槌を打ちながら、完璧に話を合わせていく。

 

そんな中、一人の友人が思い出したように、少し声を潜めて言った。

 

「そういえばさ、うちのお兄ちゃんから昨日連絡あったんだけどね。ほら、お兄ちゃん、大西洋連邦の軍人で、ザフトとの交渉窓口の外交部隊にいるじゃない?」

 

「軍人」という単語に、キラ(中身)の意識が全神経を集中させる。しかし、顔は「友達の家族の話を聞くフレイ」のままだ。

 

「それがさー、向こうの窓口の人と雑談したんだって。ザフトって少し前に、なんか**『人型の巨大ロボット』の量産計画**を進めてたらしいんだけど、結局それ、全面的に中止になったんだってさ」

 

「えー、ロボット? 何それ、作業用?」別の友人が退屈そうに尋ねる。

 

「ううん、軍用。でも、『戦争もしないのに、あんなコスパの悪いものを大量生産して維持するなんて予算の無駄だ』って、プラントの最高評議会で猛反対されて潰れたらしいよ。やっぱり、あっちの人たちも現実的よね」

 

(人型のロボット……ジンのことか……!?)

 

キラの脳裏に、あの無骨なモノアイのモビルスーツの姿が浮かぶ。

かつての歴史では、ザフトの軍事力の象徴であり、地球軍を圧倒したあの「ジン」の量産計画が、この世界では**「コストが見合わない」という理由で仕分けされ、中止になっていた**のだ。

 

ということは、ザフトには組織的なモビルスーツ部隊が存在しない可能性がある。

 

「へぇ……そうなんだ。ザフトも、色々大変なんだね」

 

キラはストローでジュースを飲みながら、自然な調子で言葉を返した。

 

(ザフトがモビルスーツを作っていない……。だとしたら、クルーゼ隊がこのヘリオポリスに『G兵器』を奪いに来るという前提そのものが、大きく崩れるかもしれない)

 

全面戦争を望まない世界。モビルスーツ開発を諦めたプラント。

しかし一方で、地球連合軍(大西洋連邦)は、抑止力の名目で「G兵器(ストライクガンダムなど)」をここで極秘裏に開発している。

 

(もし、大西洋連邦だけが強力なモビルスーツという『切り札』を手に入れたら……? この世界の歪なバランスは、どうなってしまうんだろう)

 

「あ、予鈴鳴っちゃう! 行こ、フレイ!」

 

「うん、今行くね!」

 

友人たちに手を引かれ、教室へと歩き出しながら、フレイ(中身キラ)の思考は加速していく。

 

かつての世界では、プラントのモビルスーツに対抗するために地球軍がガンダムを作った。だがこの世界では、地球軍の独走状態が生まれようとしている。

 

少年キラのいないこのコロニーで、歴史の歯車は、誰も見たことのない方向へと回り始めていた。

 

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