「ねえフレイ、これなんてどう!? 今年のトレンドのシアー素材のブラウス! フレイの髪色に絶対似合うと思う!」
「こっちのタイトスカートも大人っぽくて素敵よ! パパとのディナーとかに良くない?」
放課後。ヘリオポリスの洗練されたショッピングモールにあるセレクトショップで、フレイ(中身キラ)は友人たちに囲まれ、次々と服を身体に当てがわれていた。
「あ、あはは……。うん、可愛いね。みんなセンスいいなぁ……」
キラは引きつりそうな笑みを浮かべながら、内心で冷や汗をかいていた。
老兵としての精神力をもってしても、年頃の少女たちの凄まじい購買エネルギーと、「自分(の身体)を可愛く着飾る」という行為のハードルの高さには圧倒されるばかりだ。
鏡を見るたびに、そこに映るフレイの完璧な美少女ぶりにドギマギしてしまう。
「(ダメだ、僕は数々の修羅場をくぐり抜けてきたんだ……服を選ぶくらいで日和ってどうする……!)」
心の中で自分に謎の活を入れながら、勧められた淡いピンクのワンピースを手に取る。
「じゃあ、これ試着してみようかな……」
「キャー! 絶対可愛い! 早く着て見せて!」
友人たちが盛り上がる中、キラは試着室のカーテンの向こうへと逃げ込んだ。
狭い試着室の中で、一人深く息を吐く。
おそるおそるフレイの服を脱ぎ、新しいワンピースに袖を通していく。細い腕、柔らかな肌。かつて自分が戦場で傷つけ、守れなかった少女の身体を、今は自分が内側から守っている。その不思議な巡り合わせに、切なさと、奇妙な愛おしさが湧いてくるのを禁じ得なかった。
丁寧にファスナーを上げ、試着室の鏡の前に立つ。
驚くほどよく似合っていた。
「(……うん、フレイは本当に綺麗な子だ。この姿のまま、この平和な世界で、普通の女の子として生きていけるなら……それが一番いいのかもしれない)」
ワシントンで「ガンダム(G兵器)の開発永久凍結」が決まったことなど、まだ知る由もないキラだったが、ザフトも地球軍も戦争を避けているという事実は、彼の心を確実に安堵させていた。
「フレイ、まだー? 遅いよー!」
カーテンの向こうから、待ちきれない様子の友人たちの声が聞こえる。
「今開けるね!」
キラは小さく笑うと、フレイとしての新しい「日常」を受け入れるように、勢いよくカーテンを開けた。まばゆい光の中に、戦争のない、ただただ平和な放課後の時間が広がっていた。
「じゃあね、フレイ! また明日カレッジで!」
「うん、また明日。みんな、今日は付き合ってくれてありがとう!」
両手いっぱいに抱えたショッピングバッグを抱え、フレイ(中身キラ)は夕暮れ時のヘリオポリスの街を歩いていた。友人たちと過ごした賑やかな時間は、かつて戦場しか知らなかったキラの心を、思いのほか穏やかに満たしてくれていた。
戦争が起きない世界。
ガンダムも、ザフトのモビルスーツもない世界。
このまま、フレイ・アルスターという一人の少女として、ただ平和に寿命を迎えるのも悪くない――本気でそう思い始めていた、その時だった。
『――ここで、大西洋連邦およびプラント最高評議会より、共同声明をお伝えいたします』
街頭の巨大ホログラムモニターから、厳かなアナウンスが響き渡った。
家路を急いでいた市民たちが、次々と足を止めて画面を見上げる。キラもまた、おのずと足を止めていた。
画面に映し出されたのは、治安の悪化がいちじるしい、L4・L5周辺の宙域の映像だった。そこには、軍の正規艦ではない、不気味なパーソナルマークを施した旧式の宇宙戦闘艇がいくつも映し出されている。
『近年、地球・プラント間の正規軍縮、およびモビルスーツ開発凍結に伴う軍備の再編に乗じ、複数の宙域において**【宇宙海賊】**を名乗る武装集団の活動が活発化しております。これらは民間商船だけでなく、中立コロニーの交易ルートをも脅かす重大な脅威です』
キラの目が、驚きに丸くなる。
(宇宙海賊……!?)
かつての歴史では、地球軍とザフトという二大勢力の全面戦争があまりに巨大すぎたため、表舞台に現れることのなかった「闇の勢力」。しかしこの世界では、両大国が「コスパが悪い」と軍備を縮小し、戦争を避けた結果、そのエアポケットを突くようにして無法者たちが跋扈し始めていたのだ。
モニターのニュースは、さらに驚くべき決定を告げた。
『この事態を重く見た大西洋連邦とプラントは、航路の安全確保という共通の実利に基づき、**【地球連合軍・ザフト共同による、海賊掃討作戦】**の実施に合意いたしました』
「……共同作戦!?」
キラは思わず、フレイの可愛い声で素っ頓狂な声を上げてしまった。
周囲の市民たちからは、「へえ、あのプラントと手を組むのか」「まぁ、海賊に交易船を落とされるよりはマシだな」といった、冷めているが合理的な声が漏れ聞こえてくる。
かつての歴史では、互いを絶滅させようと泥沼の戦争を繰り広げた地球軍とザフトが、この世界では「海賊を放置するとお互い損をするから」という、極めて現実的な理由で手を取り合おうとしている。
(皮肉なものだね……)
キラはふっと苦笑した。
正義や理念ではなく、ただの「損得勘定」が、かつてあれほど望んでも手に入らなかった「共同戦線」をあっさりと実現させてしまったのだ。
しかし、戦いを知り尽くした老兵としてのキラの直感が、胸の奥で警鐘を鳴らす。
(でも……お互いにモビルスーツ開発を凍結したばかりの軍隊が、宇宙海賊を相手にどこまで戦えるんだ? 海賊の裏に、軍縮で食い詰めた技術者や、退役軍人が流れていたら……?)
かつてのように「ガンダム」という絶対的な力がないこの世界で、新たな紛争の火種がパチパチと音を立てて爆ぜようとしていた。
「ただいま、パパ」
少しの胸騒ぎを抱えながら、キラはアルスター邸のドアを開けた。家の中には、まだこの共同作戦の調整で慌ただしく電話をかける、父親ジョージの声が響いていた。