「それはそうと……プラントの奴らは本当に信用ならん……!」
書斎から漏れ聞こえていたジョージの怒鳴り声のような電話がようやく切れ、バタンとドアが開く音がした。
リビングに入ってきたジョージは、ネクタイを乱暴に緩め、泥のようにソファへ倒れ込んだ。その顔には、かつてキラが見たことのないほどの深い疲労が刻まれている。
戦争がない世界とはいえ、互いに嫌い合う国家同士が共同戦線を張るための調整だ。その政治的ストレスは、想像を絶するものがあるのだろう。
キラはフレイの身体を滑らかに動かし、キッチンへと向かった。
フレイの記憶を頼りに、ジョージが好むアールグレイの茶葉を選び、丁寧に淹れる。かつて砂漠の戦艦の中や、激戦の合間に仲間たちのために淹れた、あの手慣れた所作が自然と混ざり合う。
トレイに上質な磁器のカップを載せ、ソファの傍らへと歩み寄った。
「パパ、お疲れ様。紅茶、淹れたよ」
フレイの甘く優しい声に、ジョージは力なく目を開けた。娘が自分のために温かい飲み物を用意してくれたことに、驚き、そしてすぐに目元を和らげる。
「ああ、フレイ……すまないね、ありがとう」
身体を起こしたジョージは、差し出されたカップを両手で受け取った。立ち上るベルガモットの華やかな香りを深く吸い込み、一口すする。
「……美味いな。なんだか、いつもよりずっと心が落ち着くよ」
「本当? 良かった。街頭モニターのニュース、見たよ。プラントと一緒に、宇宙海賊っていう人たちと戦うんでしょう? パパ、そのお仕事で大変だったのね」
キラはジョージの隣にそっと腰掛け、心配そうな娘の表情(ポーズ)を作った。
「ふぅ……。そうなんだよ、フレイ」
ジョージはカップを回しながら、吐き出すように言った。
「建前としては、お互いの貿易ルートを守るための共同作戦だ。だがね、あちらの代表も、我が国の上層部も、腹の底では何を考えているか分かったものじゃない。軍縮を決めた直後にこれだ。現場の兵士たちの士気も低いし、意思疎通のコード一つ統一するのにも一苦労さ」
「仲良くするのは、やっぱり難しいんだね……」
「難しいとも。だが、放置すれば我々ナチュラルの商船も、コーディネーターの資源船も、等しくあの餓狼どもの餌食になる。……それにね、フレイ。情報部からの不穏な報告もあるんだ」
ジョージは紅茶をもう一口含み、声を一段と潜めた。
「海賊の中に、軍縮で職を失ったプラントの元技術者が流れ込んでいるという噂がある。まさかとは思うが……彼らが、凍結されたはずの『人型兵器』の技術を私的に持ち出していたとしたら、ただの旧式戦闘艇の集まりだと高を括っている連合軍のMA(モビルアーマー)部隊は、手痛い洗礼を受けることになるかもしれない」
その言葉に、キラ(中身)の胸がドクンと跳ねた。
(やっぱり、技術の流出が始まっているんだ……!)
ザフトが製造を中止した『ジン』。もしその設計データや試作パーツが海賊の手に渡り、彼らがモビルスーツを組み上げていたとしたら。
この世界の地球軍が持つメビウスのようなMAでは、かつての歴史が証明している通り、一方的に蹂躙される未来が待っている。
「パパ……そんなの、危なすぎるよ。本当に大丈夫なの?」
フレイの瞳を不安に揺らし、キラはジョージの袖をぎゅっと握りしめた。これは演技ではない。大切な人の親が、再び戦火の渦に巻き込まれようとしていることへの、本物の危機感だった。
ジョージは娘の手の上に自分の手を重ね、優しく微笑んだ。
「大丈夫さ。パパはここにいる。前線に行くのは軍の仕事だからね。ヘリオポリスは安全だ。……ただ、この歪な平和が、いつまで保つか。それだけが心配なのだよ」
父親の温かい手のひらの下で、フレイ(中身キラ)は密かに唇を噛み締めていた。
(ヘリオポリスが安全だなんて、言いきれない。もし海賊たちが、ここで凍結された地球軍の『G兵器』の存在を嗅ぎつけたら……? 軍が解体・消去する前の機体を、強奪しにやってきたら……!)
少年キラのいないこの世界。
迫り来る見えない脅威を前に、老兵の魂は、フレイという少女の肉体の中で静かに牙を研ぎ始めていた。