サイバーパンクな世界でスラムの少年が成り上がるやつ 作:ジョニー
ネオンの光はこの街において神の恵みではなく、ただの暴力だった。
分厚い雲に覆われた空からは重金属をたっぷりと含んだ酸性雨が降り注んでいる。
高層ビルの隙間から漏れ出す極彩色の光線が、スラム街の汚泥をギラギラと光らせていた。
年齢は十五か、あるいは十六。この少年の戸籍などというデータはこの第十三下層区のどこを探しても存在しない。
何者でもないスラム街のドブネズミは静かに、崩壊したサイバーウェア工場のゴミ山に深く身を潜めていた。
「クソッ、まだ終わんねえのか。どっちでもいいからさっさと死ねよ」
ジンは防毒マスクのひび割れたフィルター越しに、浅い呼吸を繰り返す。
すぐ近くの路地裏で激しい金属音と肉が弾ける音が響いていた。
この地区を支配する中堅ギャング『アイアン・ファング』の武装構成員と、企業の息がかかった私兵組織の小競り合いだ。
銃撃戦。この街の住人にとってそれは目覚まし時計のベルや、夕飯の支度を知らせる匂いと同じくらい日常的な環境音だった。
誰もが銃声を聞けば慣れた手つきで窓の防弾シャッターを閉め、弾丸が通り過ぎるのをただじっと待つ。
だがジンにとって銃撃戦は別の意味を持っている、仕事の時間だ。
マズルフラッシュが闇を切り裂く。
ジンはその光の軌跡、銃口の向き、そしてストリートの風の吹き抜け方から、弾丸がどこへ飛んでいくかを本能的に見切っていた。
生まれつきの異常なまでの反射神経。それが彼をこの年齢まで生き延びさせた唯一の武器だった。
やがて、悲鳴と共に重い鉄の塊が倒れるような音がする。
しばらくの静寂が訪れる。勝者が死体を放置したまま、獲物を持って立ち去った証拠だ。
「やっとかよ」
ジンは素早くゴミ山から這い出た。
目指すは、先ほどまで戦場だった路地。一際目立つのは、水たまりに浮かぶ不自然なほど肥大化した死体。
それは『アイアン・ファング』の強化兵だった。すでに頭部の大半は吹き飛んでおり、武器も破壊されていたが、ジンの目はその男の「脚」に釘付けになった。
「マジか!?型落ちだけど本物の軍用じゃねえか!」
衣服が破れ剥き出しになった大腿部から足首にかけて鈍い銀色の金属フレームが埋め込まれていた。
軍用の、それもたった一世代前の「外骨格脚部パーツ」だ。
企業の正規兵ならゴミ箱に捨てるようなシロモノだが、スラムの住人にとっては一生物の財産だ。
ジンは懐から使い古した振動ナイフを取り出す。
死体がまだ温かいうちに生体組織と機械の接合部を切り離さなければならない。
他人の血を浴びることに、もう何の躊躇もなかった。奪わなければ、奪われる。それがこの街のルールだ。
「これさえあれば抜け出せる、こんなゴミ溜めから!」
必死でナイフを動かし、ボルトを緩め、神経コネクタを強引に引きちぎる。
だが幸運は長く続かなかった。ジンの並外れた危機察知能力が背後の空気が震えるのを捉えた。
「――おい、そこのガキ。いいモン拾ってんじゃねえか」
ジンの全身の毛が逆立つ。
振り返ると三人組のゴロツキが銃を構えて立っていた。ニヤニヤと下品な笑みを浮かべ、ジンの手にある外骨格パーツを凝視している。
「……ハッ、大層な武器持ってやることがガキからのカツアゲかよ。どいつもこいつも、ハイエナ野郎ばっかりだな」
ジンは鋭い視線で応じ、内心の焦りを押し殺す。
「おいおい、小生意気なガキがなんか吠えてるぞ」
「いいからそのパーツ、こっちによこせ。お前みたいなもんが持っていい代物じゃねえんだよ」
敵はプロではないが、ジンの振動ナイフが届く位置には決して近寄ってこない。
一定の距離を保ち、いつでも引き金を引ける構えだ。完全な詰みの状況。
「クソッ!タダでくれてやるわけねえだろ。これは俺が、見つけたんだ!!」
脳裏を過るのは、過去の記憶。せっかく拾った腐っていないパン、奇跡的に動いたデータ端末、それらすべてを「強い大人」に奪われてきた日々の記憶だ。
激しい拒絶と怒りが、ジンの幼い胸の内で爆発した。
(ふざけるな! これは俺のもんだ。俺が最初に見つけた、俺の力だッ!!)
まともな外科手術の知識などない。だがジンは衝動のままに、引きちぎった外骨格の生体コネクタを自分の太ももの裏にある旧式の拡張スロットに無理やり突き刺した。
「あ、ああああああああっ!!」
脳が焼けるような激痛。安全装置などとっくに壊れているジャンクパーツだ。
過電流と神経の拒絶反応がジンの視界を瞬間的に真っ白に染める。
「何やってんだあのガキ、自殺か?」
「構うか、撃て! 蜂の巣にしちまえ!」
ゴロツキたちが一斉に引き金を引く。
その瞬間、ジンの脳内で弾道の予測線が火花散るように交差した。
死ぬ――そう思った瞬間、無理やり接続された「外骨格」が爆発的に駆動した。
――ズドンッ!!
地面のコンクリートが爆発したかのような衝撃。
ジンの身体は人間には不可能な速度と角度で真横の壁へと跳ね飛んでいた。安全装置が破壊されているがゆえのリミッターを無視した超高出力。
「なっ、消え――」
壁を蹴り、さらにその反動で空中へ。
ジンは獣のような咆哮を上げながら先頭のゴロツキの顔面に上空から飛び降り、その頭部を容赦なく踏みつぶした。
グチャリ、と嫌な音が雨音に混ざって路地に響き渡る。
外骨格の金属の塊が人間の頭蓋骨を容易く粉砕した。
「……ハ、ハハハッ! 動く、動くぞこれ! おいてめぇら、次はどっちだ!?」
強引な接続による高熱と外骨格の無茶な反動で脚の骨が軋み、全身に激痛が走る。
だが脳内に駆け巡るアドレナリンと、初めて手にした圧倒的な「力」への全能感がジンを狂気混じりに笑わせた。
「ひぃっ!? 化け物が!」
「撃て! 撃ち殺せぇ!」
残りの二人が恐怖に顔を歪め狂ったように銃を連射する。だがジンの荒れ狂う「脚」の前には遅すぎた。
「遅えんだよッ!!」
ジンの身体が再びトップスピードへ爆ぜる。
外骨格が駆動するたび、太ももの接続部から火花とジンの生身の血が飛び散った。
だがその痛みがジンの生存本能をさらに鋭く研ぎ澄ます。
シュン、と空気を切り裂く音がした。
ジンは上半身を異様な角度で捻り、胸元を掠める弾丸を紙一重で回避。
そのまま、弾道の予測線を逆流するように、左側にいた二人目のゴロツキとの距離を一瞬でゼロにする。
「が、あ――」
ゴロツキが悲鳴を上げる暇さえ与えない。
ジンは外骨格の出力を乗せた凄まじいローキックを男の脇腹へと叩き込む。
バキバキバキッ! と、人間の骨とは思えないラウドな破壊音が路地に響き渡る。
男の身体は「く」の字に折れ曲がり、鉄屑の山へと派手に吹き飛んで動かなくなった。内臓ごと叩き潰されたのは明白だった。
「来るな、来るなァ!」
最後に残った一人が完全に戦意を喪失して尻餅をつく。
狂ったように銃を乱射するが、狙いなどとうに定まっていない。弾丸は虚しく夜の闇へと吸い込まれていく。
一歩、また一歩と、血に濡れた外骨格の足音を響かせながら近づいていく。
駆動モーターが耳障りな高音を上げ、接続部からは白煙が立ち上っている。限界はとうに超えていた。
肉体を引き裂くような激痛のせいで、ジンの視界は血の赤色に染まりかけていた。
「おい、こいつが欲しかったんだろ? たっぷり味わえッ!!」
ジンは低く身をかがめると獲物を狙う肉食獣のように地を蹴った。
最後のゴロツキの視界にはネオンの光を浴びてギラギラと輝く、血塗られた泥鼠の影が飛び込んできた。
それが彼の人生で最後に見た光景だった。
――ドスンッ。
短い破壊音が、激しくなる酸性雨の音にかき消される。
路地裏には、三つの物言わぬ肉塊と、荒い息を吐きながら立ち尽くす一人の少年だけが残された。
「ハハ……アハハハッ! 俺の……俺のもんだ……!」
ジンは自分の太ももに強引に突き刺さった銀色のフレームを愛おしそうに撫で、痛みに耐えながら狂気混じりの声を漏らす。
スラムの夜の支配者たちが死に絶え、混沌の幕が上がった第十三下層区。
そのドブ底で、誰にも脅かされない存在へと駆け上がる猟犬が産声を上げた瞬間だった。