サイバーパンクな世界でスラムの少年が成り上がるやつ   作:ジョニー

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2話

銃撃戦が起こったあの日、第十三下層区の夜を統べていた『仲介役』の老人が暗殺されてから、ストリートの空気は完全に変わった。

頭を失った蜘蛛のように地区全体のパワーバランスが急速に崩壊していく。

ギャングどもは互いの縄張りを貪り食おうと抗争を激化させ、その隙を突いて企業の息がかかった私兵組織が下層区の利権を毟り取ろうと暗躍していた。

だがそんな硝煙と肉飛沫の飛び交う混沌の街において、一際異質な静寂を保つ一角があった。

 

第十三下層区、廃棄コンテナ集積場の奥地。

そこはかつて三人のゴロツキが一瞬にして肉塊へと変えられた現場のすぐ近くであり、今やスラムの住人たちが「狂犬の巣」と呼んで恐れる、誰も近づかない不可侵領域となっていた。

 

「チッ、また噛み合わなくなってやがる」

 

ジンは赤錆びたコンテナの影で、自分の左脚を見下ろして毒突いた。

太ももの裏、生身の肉を無理やり割いて突き刺した「外骨格脚部パーツ」の接続部。そこからはときおりパチパチと不快な電気火花が散り、青白い煙が立ち上っている。

あれから少しの時間が経ち、ジンはゴミ山から拾い集めた適当なコードやジャンクの制御基板を使って自己流でメンテしながら騙し騙し使い続けていた。

それは動かなくなった古いラジオを叩いて直すのと大差ない、あまりにも危うい代物だった。

 

だがその危うさを補って余りある成果をすでに手に入れていた。

ジンが立ち上がり鉄屑の地面を一歩踏み締めるだけで、周囲の影に潜んでいた浮浪者やギャングの端くれどもが怯えたように一斉に気配を消して逃げ出していく。

誰もジンの「持ち物」を奪おうとはしなくなった。あの夜、三人の大人を文字通り踏み潰して殺した少年の噂は瞬く間にストリートを駆け巡ったからだ。

 

(俺は強い……)

 

その事実にジンの胸の奥には確かな「慢心」が芽生えつつあった。

かつてはただのゴミ拾いの子供だった自分が、今やスラムの悪党どもを視線一つで退散させている。手に入れたこの「力」があれば、十三地区で恐れるものなど何もない。

そんな全能感がジンの判断力を少しずつ、だが確実に狂わせていた。

 

ジンは懐から数日前にゴミ山の中から掘り出した新しい獲物を取り出した。

九ミリ口径の実弾式オートマチック・ハンドガン。

レーザーサイトもなければ弾道をアシストするスマート機能もない、ただの鉄と火薬の塊だ。

表面はところどころ錆びており、スライドを引くたびに砂を噛んだような嫌な音がする。

だがジンは満足そうにその銃口を眺め、不敵に笑った。

 

「こいつとこの脚、これがあれば十分だ」

 

今の自分ならどんな相手だろうと仕留められる。

スラムでの急速な名声の高まりは少年にそう信じ込ませるに足る劇薬だった。

 

しかし現実はジンの慢心をあざ笑うかのように、冷酷な問題を突きつけてくる。

 

「っ……あ、が、あああッ!」

 

突如、左脚の接続部に焼けるような激痛が走った。

外骨格の駆動モーターが異常発熱を起こし、生身の太ももの肉をじくじくと焼き焦がしていく。

ジンはたまらずコンテナの壁に背中を預け、歯を食いしばって苦痛に耐えた。

自己流の無理なメンテのツケだ。外骨格の粗悪な電流がジンの生体神経を蝕んでいる。

このままでは遠からず生身の脚ごと壊死して機能停止するのは明白だった。

 

(クソ、動かなくなってたまるか……! これは俺の力だ、俺の物だ……ッ!)

 

パーツを維持するためには、まともな闇医者に診せ、高価な生体適合オイルや神経安定剤を手に入れる必要がある。そのためには今までのゴミ拾いで得られる端金などでは到底足りない。まとまった「大金」がどうしても今すぐ必要だった。

力が失われればまたあの「奪われる日々」に逆戻り、それだけは死んでも御免だった。

 

ジンの焦りとハングリー精神が限界に達しようとしていたその時、コンテナ街の入り口から不自然に規則正しい足音が近づいてきた。

 

ジンの感覚が鋭敏に跳ね上がる。ハンドガンのスライドを引き、暗闇の奥を睨みつけた。

 

「誰だ! 一歩でも近づいたら、その頭に風穴を開ける」

 

ネオンの逆光を浴びて現れたのは二人組の男たちだった。

衣服の上からでも分かる肥大化したサイバーウェア、そして胸元に刻まれた血のように赤い『鉄の牙』のエンブレム。この地区を支配する中堅ギャング、『アイアン・ファング』の構成員だった。

 

だが彼らはジンの言葉を聞くとそれ以上に近づくのをピタリと止めた。銃を抜く素振りすら見せず、むしろジンの左脚を警戒するように、明確な警戒を孕んだ目で一定の距離を保っている。

その態度がジンの慢心をさらに加速させた。ギャングの大人たちが自分を恐れているのだ、と。

 

「おいおい、落ち着けよ『狂犬』さん。俺たちは喧嘩をしに来たわけじゃない」

 

先頭の男が両手を上げて見せながら下品な笑みを浮かべた。だがその目は決してジンのハンドガン、そして爆発的な跳躍を生み出す左脚から離れていない。彼らはジンのナイフや体術が届かない、絶妙な射程外を維持している。

 

「用件を言え。俺のシマに入ってきたんだ、タダで帰れると思うなよ」

 

ジンは銃口を向けたまま、冷酷に言い放つ。

 

「商売の話さ。お前、今すぐデカい金が欲しいんだろ? そのイカれた脚を維持するためによ」

 

ギャングの言葉にジンの眉がピクリと動いた。見透かされている。だがジンは表情を変えずに「続けろ」と顎で促した。

 

「数日前、この地区のトップだった『仲介役のジジイ』が死んだのは知ってるな? 企業の連中にハメられて、死体ごとどっかの廃ビルに転がってる。ギャングも企業もこの地区に関わる全員が今その死体を躍起になって探してる」

 

「死体? 猟奇趣味の奴らにでも売るのかよ」

 

「バカ言え、死体そのものに価値はねえよ。価値があるのはジジイの脳内に埋め込まれてる『メモリチップ』だ。あの中にはこの十三地区の裏の資金ルート、ギャングどもの弱み、企業との不法取引の全データが入ってる。それさえ手に入れば、この地区の新しい支配者になれる代物だ」

 

ギャングは懐から小型のデータ端末を取り出し、ジンの方へと放り投げた。

地面を転がった端末をジンは銃口を向けたまま左脚のつま先で器用に拾い上げて画面を確認する。画面には激しいノイズに混ざって、赤く点滅するシグナルが表示されていた。

 

「ジジイの死体に仕込まれてた緊急発信機の信号だ。位置が特定できた。場所は、第四区との境界にある『旧ミツバ・サイバーニクス』の廃ビルだ。だがあそこは今、企業のドローンや私兵がうろついてる危険地帯でな。俺たち大人が集団で動けばすぐに企業に見つかってハチの巣にされる」

 

ギャングはニヤリと顔を歪め、ジンのプライドを擽るような言葉を重ねた。

 

「だがお前なら話は別だ。ビルのダクトや下水道の構造を知り尽くしたガキで、しかも弾丸を避ける『自慢の脚』を持ってる。お前が単身潜入してジジイの頭からチップを抜いてくりゃあ……前金と合わせて、お前の脚を最新の軍用品に換装できるほどの『大金』を支払ってやる。どうだ、悪くない話だろ?」

 

ジンの脳内で警戒アラートが小さく鳴り響いていた。

 

(話が上手すぎる。位置特定ができたのなら腕が確かな傭兵でも雇えば良い話だ。なんでわざわざ俺に金を払う?)

 

これは罠だ。直感がそう告げている。

アイアン・ファング側も、この信号が企業の誘い出しであるリスクを察知し、自分を「死んでも惜しくない鉄砲玉」として利用しようとしているのではないか、と。

 

(……だから何だ?)

 

しかし今のジンにはその警告を無視させるに足る二つの要因があった。

一つは壊れかけている左脚への「焦り」。そしてもう一つは、これまで数々の修羅場を生存本能だけで生き延びてきたという「慢心」だ。

 

(企業の罠? ギャングの裏切り? ハッ、上等だよ。どいつもこいつもまとめて返り討ちにしてやる。チップを奪って、金も力も全部俺のモノにしてやるだけだ)

 

「いいだろう、その依頼、受ける」

 

ジンは端末をポケットに叩き込み、ギャングたちを睨みつけた。

 

「ただし、報酬を値切ったり後ろから撃とうなんて考えるなよ。もしそんな真似をしてみろ、お前らのボスごとその喉笛を噛みちぎってやるからな」

 

「ククク、交渉成立だな。前金は既に振り込んである。期待してるぜ、狂犬さん」

 

ギャングたちは満足そうに笑うとジンの射程に入るのを避けるように、ゆっくりと後退しながら闇へと消えていった。

一人残されたジンは太ももの激痛を精神力で押さえつけながら、不敵な笑みを浮かべていた。

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