サイバーパンクな世界でスラムの少年が成り上がるやつ   作:ジョニー

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6話

「――違います。そこはマイナスではなくプラスです。もう一度やり直しなさい、ジン」

 

「ああもうクソが!こんなんやって何になるんだよ!」

 

「これができないと銃弾の残数計算も、市場でのジャンクパーツの等価交換もできませんよ。ほら、ペンを握り直しなさい」

 

第十三下層区のネオンが薄暗く差し込むキャバクラのバックヤード。

普段は客の笑い声と低音が響くその部屋でジンは小さな折りたたみ机に向かい、猛烈な形相で電子ペンをノートに叩きつけていた。

 

あれから数日。ドクが「ジン専用の極上品」を闇ルートから仕入れるまでの間、ジンの身柄はアマンダの店に預けられボーイとしての雑用をこなす傍ら、リリィによる「文字と基礎算術の猛特訓」が強制的に組み込まれていた。

 

リリィは背筋をピンと伸ばしてジンの後ろに立ち、少し顎を引いてその切れ上がった双眸でジンを見下ろしている。彼女からの冷徹な視線はジンにとって企業の重装兵に狙われるよりも精神的なプレッシャーだった。

 

「ねえリリィ、このガキまたサボろうとしてるよー?」

 

「あ、本当だ。がんばれー、ジン君。これができたら、特製の合成パフェ奢っちゃうからね」

 

ドレスを纏った店のキャストたちがバックヤードを通りすがりに出番前の化粧を直しながらクスクスと笑う。スラムの狂犬、企業のビルを爆破した男、などと噂されていたジンだったが今やこの店では「リリィに小言を言われながら必死にノートに向かうマスコット」として、完全に微笑ましい扱いを受けていた。

 

「うるせえ!だいたい俺は文字なんて読めなくたって――」

 

「指示書も読めない傭兵に価値などありません」

 

リリィが冷たくジンの頭をペンで小突いた、その時だった。

カチリ、と部屋の壁面に設置されたインターホンが鳴りゲイリーの冷徹な声が響いた。

 

『――そこまでだ、お遊びの時間は終わりだ。二人とも、VIPルームへ来い。仕事だ』

 

その声を聴いた瞬間、ジンの瞳にスラムの狂犬としての鋭いギラつきが戻った。ジンはペンを放り出し、ドクに付けられた無骨な鉄フレームの左脚を「ガシャン」と響かせて立ち上がる。

 

「やっと仕事か……!」

 

ジンは勉強から逃げるように慌てて部屋を飛び出し、リリィと共にVIPルームへと向かう。

ジンにとって初めての依頼。

下層区の冷たいネオンの下で回り始めていた。

 

 

--------------------

 

 

ゲイリーから提示された任務は、最近下層区で急速に勢力を拡大している新興ギャング『アイアンファング』の隠し武器庫の制圧だった。

現場は、放棄された旧世代の地下排水処理場。ジンが実戦担当、リリィは後方からのハッキングとナビゲート。

 

『右に三人。……GO』

 

リリィの冷徹な声がジンの脳内インカムに響く。

ジンは言われるがままに身体を沈め、安物の鉄フレーム義肢を爆発的に駆動させて地面を蹴った。弾丸のように飛び出した肉体がギャングの懐へと滑り込む。

 

「ガハッ!?」

 

生身の顔面にジンの硬い拳が突き刺さる。ジンはそのまま流れるような動作で敵のハンドガンを奪い取り、残る二人の眉間に正確に鉛弾を叩き込んだ。ドクの付けた安物の鉄フレームと野生じみた身体能力で一般のギャングたちを軽く無力化していく。

 

「なんだ拍子抜けだな」

 

『ジン』

 

「分かってる、『慎重に』、だろ」

 

『分かってるなら…… ――遮蔽に隠れなさい!』

 

直後、通路の奥から凄まじい掃射音が響き、ジンの目の前のコンクリート壁が粉砕された。

現れたのは両腕を重機関銃に換装したギャングのサイボーグだ。制圧射撃の風圧だけでジンの身体が削られそうになる。

 

「うわ、すっげぇ火力…」

 

『あれだけの弾幕だと弾道をハッキングで逸らす余裕はありませんね。仕方ありません、別ルートを――』

 

「――お、いいもん発見」

 

ジンは遮蔽物の影で先ほど自分が床に転がしたサイボーグの死体へと目を向けた。その死体の右腕には、まだエネルギーの残光が明滅している『高周波バイブレーション・ソードの一体型腕部パーツ』が繋がったままだった。

 

「よし、やってみるか」

 

ジンは猛然と手を伸ばし、規格も電圧も全く違うそのパーツを強引に引きちぎる。

配置を合わせる時間などない。剥き出しになった太い配線を自身の脳内ポートへ――直接、ぶち込んだ。

 

『なっ……!?』

 

インカム越しにリリィが息を呑む。通常ならただの自殺行為。

だがジンの脳神経組織は驚異的な速度で「新しいバイパス」を自律形成し、まるで最初から自分の肉体だったかのようにそのパーツのシステムを完全に書き換えてしまった。ジンの脳にかかる負荷を示すアラートは一瞬だけ赤く点滅したものの、即座に正常値へと収束していく。

 

「ハハハッ! すげえ馴染む、馴染むぞこれ!」

 

ジンの右手の中で奪い取った高周波の刃がキィィンという澄んだ駆動音を立てて完全に覚醒する。ジンは遮蔽物から飛び出すと重機関銃の弾幕を紙一重で掻い潜り、中型サイボーグの懐へと跳躍した。

 

高周波の刃が一閃し敵の巨体が斜めに両断される。鉄と肉が焼ける激しい異臭の中、ジンは息一つ乱さず不敵に笑って刃を構え直した。その異常な適合ぶりにモニター越しに見守るリリィは戦慄を禁じ得なかった。

 

『――そこまでだ、ジン。リリィ、拠点のメインフレームへの逆探知は完了したか?』

 

通信の向こうから、ゲイリーの冷静な声が割り込んできた。

 

『…データの抽出を完了しました。ジンの依頼主、偽名のクライアントでしたがこのアイアンファングの拠点データと完全に一致しました」

 

『やはりな。アイアンファングがジンの雇い主だったわけだ。だが、なぜ一介の地方ギャングに過ぎないこいつらがあの老人の死体の場所を正確に把握できていた?』

 

ゲイリーの思考が盤面の裏の「黒幕」へと向く。

リリィがその流通経路を特定しようとさらに深くデータセンターへのハッキングを試みた、その瞬間だった。

 

排水処理場の強固な天井が凄まじい質量によって内側から叩き割られる。

瓦礫の雨が降り注ぐ中、もうもうと立ち込める煙の向こうから軍用の大型重装機体がその姿を現した。

 

全身を重装甲板で覆い右腕には巨大なガトリング砲、左腕には対物パイルバンカー。ギャングごときが手に入れられるはずのない、上層区のメガコーポ製の最新鋭戦闘兵器。

 

『なんでこんなところに企業の軍用機が!?』

 

リリィの悲鳴にゲイリーの声がかつてない緊迫感を帯びる。

 

『チッ……。リリィ、そいつは無人機だ!エイム補助でもなんでもいいから手当たり次第にクラックしろ!データ抽出の手は絶対止めるんじゃねえぞ!』

 

『相変わらず無茶苦茶を…!』

 

『ジン、お前はデータ抽出が終わるまで時間を稼げ!』

 

 

――ガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!!

 

 

大型重装機体が放つガトリング砲の嵐が排水処理場のコンクリート柱を瞬く間に消し炭に変えていく。

まともに喰らえば一瞬で消し炭だ。目の前を阻む鉄の怪物の圧倒的な破壊力の前にジンの全身の毛穴から汗が吹き出る。

 

「時間稼げっつったってこんなのどうしろってんだよ!」

 

ジンは地面を転がり、ガトリングの射線を紙一重で回避する。

身を隠した瓦礫の陰で先ほど破壊した中型サイボーグの死体から『高出力バッテリー内蔵の胸部装甲』を引きちぎると、そのまま左脚の空きポートへ直結した。

カチチッ、と一瞬でポートが緑色に明灯する。ジンの神経がその膨大なエネルギーを瞬時に最適化して分配する。先ほどの高周波ブレードの使用で減少していたエネルギーがあっという間に回復していく。

 

『データ抽出、あと二分!』

 

じっと隠れている間にもコンクリートの遮蔽物はガトリングの掃射で限界を迎えていた。このままここで肉片にされるのを待つなどジンの性に合わない。

 

「クソ、しょうがねえ!いくぞ鉄屑野郎!!」

 

強引にパワーを底上げした左脚が爆発的な推進力を生み、ジンは真横の壁へと跳躍した。

大型機はすぐさま左腕の対物パイルバンカーを壁に向けて撃ち出すが、それと同時にそのまま後ろへ吹っ飛んで壁に打ち付けられる。

 

『――反動抑制システム、オフ』

 

「ナイス、リリィ!」

 

バイルバンカーによってすぐ傍の壁が粉砕されたが、ジンはすでに空中で『大型の電磁シールド発生器』を拾い上げていた。

 

「これも乗っ取る!!」

 

右手のポートへ直結した瞬間、シールド発生器の制御OSがジンの脳内で一瞬にして再構築される。過負荷を起こすことなくジンの意思通りに完全な出力を維持した青白い光の盾が展開された。

大型機が放ったガトリングの弾幕が盾に激突し、激しい火花を散らす。

 

「リリィ、残り時間は!?」

 

『一分です』

 

「チッ、このまま耐えるにはエネルギー残量が足りねえか…」

 

『それともう1つ残念なお知らせです。反動抑制システム取り返されたのでまたアレが来ますよ』

 

「冗談だろ!?」

 

大型機の左腕が駆動音を上げ、超高圧のエネルギーが杭に充填されていく。その質量と速度はジンの手にあるジャンクの電磁シールドごと肉体を消し飛ばすに十分な破壊力を秘めていた。

 

「クソ、このまま待ってても仕方ねえ… リリィ、合わせろ!」

 

ジンはシールド発生器を投げ捨て、大型機へと走り出す。

 

『死ぬ気ですかジン!? ああもう、ジャミング一秒だけですからね!』

 

彼の目が見据えていたのは、先ほどの対物パイルバンカーの衝撃で剥き出しになった、大型機の『主電源直結の超高圧コアケーブル』だった。

 

「ハハッ!捕まえたぜ!」

 

ジンは大型機の懐へ飛び上がると先ほどから右腕に繋ぎっぱなしにしていた『高周波バイブレーション・ソード』の配線を強引に引き抜き、大型機の剥き出しの超高圧コアケーブルへと直接突き刺した。

核心部を掴んだ瞬間、自分自身の脳内ポートを最大解放し、大型機の莫大なエネルギーの制御権を一瞬にして自分の神経網へと引きずり込んだ。

 

「まだだ!まだ足りねえ!全部つぎ込め!!!」

 

大型機のエネルギーがジンの右腕を経由して高周波の刃へと逆流する。本来なら肉体ごと爆散するはずのエネルギー量。だが、ジンの異常な適合力はその奔流をすべて「刃の出力」へと変換し尽くした。

 

鼓膜を破壊せんばかりの高周波の咆哮。真っ白に発光した刃が大型機の強固な胸部装甲を、まるで熱したナイフでバターを斬るかのように滑らかに切り裂いていく。

 

「――ぶっ壊れろッ!!」

 

ジンが刃を振り下ろすと同時、大型機の内部コアが真っ二つに両断された。

一瞬の静寂の後、大型機の巨体が内側から眩い光を放ち凄まじい大爆発を起こす。

 

ドゴォォォォォォンッッッ!!!

 

爆風に吹き飛ばされながらも、ジンは瓦礫のなかに辛うじて着地した。

背後では鉄の怪物が完全にスクラップと化して炎を上げ崩れ落ちていく。完全なる破壊、完全なる勝利だった。

 

『――よし、ハッチへ急げ。上層区の警備隊が来る前に消えるぞ』

 

ゲイリーの通信が響くと同時にメンテナンス用のハッチが開放される。

ジンは過酷な機動でボロボロになった右腕を引きずりながら、不敵に笑ってハッチへと歩き出した。

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