サイバーパンクな世界でスラムの少年が成り上がるやつ   作:ジョニー

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7話

駆動鉄骨が軋む不快な金属音と粗悪なオイルの焦げる臭い。それが十三地区を包むデフォルトの空気だった。しかし、ここ数週間のその場所には今までになかった奇妙な活気が混じり始めていた。

 

「よう、ジン! 今日もアマンダさんのところかい?」

 

「ああ。そっちの調子はどうだ?」

 

「最高さ。野良犬共がゴミ漁りをする回数が減っただけでもこの通りにはマシな風が吹いてるよ」

 

錆びついたジャンク屋の店主が片腕のサイバネティクスを鳴らしながら陽気に手を振る。

ジンは軽く手を挙げて応え灰色の空を見上げた。

 

大型重機『アイアン・タイタン』の違法改造機を単身で撃破したあの夜から、ジンの日常は一変していた。

十三地区において、圧倒的な質量と暴力を誇っていたアイアンファングの象徴をスクラップに変えた少年の名は、驚くべき速度で境界線の外側へと伝播していった。

 

結果としてジンの元には奇妙な変化が訪れる。

「外部」からの依頼だ。

 

これまでは十三地区内部の小競り合いや、ジャンクの回収といったその日暮らしの仕事がメインだった。しかし今や隣接する第十二地区の商業ギルドや、素性の知れないフリーのブローカーから高額な報酬を提示した用心棒の打診、あるいは「特定の拠点を更地にしてほしい」といった物騒な文字がゲイリーの用意した格安の端末にひっきりなしに届くようになっていた。

 

「…他の奴はどうやってこんなの捌いてんだ?」

 

ジンは鬱陶しそうに頭を掻きながら呟き、十三地区の中心部に位置するかつての劇場跡地——今はアマンダ率いる勢力の暫定本部に足を踏み入れた。

 

劇場のロビーは以前の退廃的な雰囲気とは打って変わり、機能的なオフィスのような喧騒に包まれていた。

デスク代わりに並べられたコンテナの上には無数の書類と端末が広がり、武装した若者たちが慌ただしく行き交っている。

 

そのロビーの特等席でアマンダはかつてアイアンファングの傘下だった小規模なギャングの頭目らしき男と対峙していた。男はアマンダの放つ容赦のない威圧感に完全に気圧され、額に嫌な汗を大量に浮かべながら縮こまっている。

 

「――それで?」

 

アマンダが肘を突き、冷淡に先を促す。

 

「だ、だから俺たちにも稼ぎは必要なんだよ。第八ブロックの水路まで追い出されたら行くところがなくなっちまう」

 

「そんなこと言われてもねぇ…。こっちからそっちのシマに仕事をくれって頼んでるわけじゃないもの、そんなの私に言われたってどうしようもないわ」

 

「クソッ、分かってる、分かってるよ!…報酬は五割、いや、三割でいい。アンタの下に付くからこっちにも仕事を回してくれ」

 

「ふぅん、まあ考えといてあげる。それで?話が以上だったら帰ってくださる?」

 

アマンダはアイアンファングの勢力が後退した空白地帯を電光石火の勢いで掌握していった。配給ルートの確保、治安維持のための自警団の組織、そして近隣地区との外交交渉。今や彼女は名実ともに「十三地区の代表」としての地位を確立しつつある。

 

「…ああ、忘れてた。最後に一つだけ忠告。『アイアンファング』に泣きつくのはおすすめしないわよ?」

 

アマンダが冷酷に言い放つと、男は引きつった笑みを浮かべて退散していった。

彼らが去るのを見届けてからジンは歩み寄る。

 

「ずいぶんと大繁盛だな、アマンダ」

 

「ええ、座る暇もないくらいにね。アイアンファングが今までどれだけズブズブの怠慢経営をしてたか、書類をひっくり返すたびに頭が痛くなるわ」

 

アマンダはふう、と深くため息をつく。しかし、その瞳には確かな自信と野心が宿っていた。

 

「でもそのおかげで地区の八割はこっちの統制下。住人たちもアイアンファングの理不尽な上納金に怯えるより、私たちのルールに従う方がマシだって理解し始めてる」

 

「いい傾向だな」

 

「もちろんあなたが看板になってくれてるおかげでもあるわ。はい、これ。今日の分のお仕事」

 

アマンダが端末からジンのデータパッドへ、いくつかのファイルを転送した。

 

「第十ブロックの境界線近くで他地区の密輸業者が小競り合いを起こしてる。それの調停、っていう名のお片付け。それから北側コンテナ街の巡回ね。あなたの顔を見せるだけで大抵の小悪党は逃げ出すから」

 

「了解した。適当に散らしてくる」

 

「お願いね。…あ、それと、ジン」

 

背中を向けようとしたジンを、アマンダの声が引き止める。

 

「ゲイリーから聞いたわよ。あなたまだ戦闘シミュレーションで敵の懐に最短距離で突っ込む動きばかりしてるんですって?」

 

「うん?ああ、それが一番確実に仕留められる」

 

「結果としては満点だけど戦術としては落第よ。あなたの空間認識能力は異常だけど、身体は生身の人間なんだから。間合いに入る前や逆に距離を取る時のカバーが雑すぎるわ。少しは銃の扱いを真面目に練習しなさい」

 

「…リリィとゲイリーにも同じことを言われた」

 

「当然よ。天才のワンマンプレイで勝てるほどこの世界は甘くないんだから」

 

アマンダはそう言って、再び書類の山へと視線を落とした。

ジンは支給されたばかりの安物のハンドガンをホルスターの中で確かめ劇場を後にした。

 

 

--------------------

 

 

十三地区の最外縁、かつて自動工場の排気塔だった巨大な中空の建造物。そこがジンとゲイリーの現在の拠点だった。

 

「遅かったな、ジン。アマンダにまた絞られてたか?」

 

薄暗い部屋の奥で、複数のモニターの光に照らされたゲイリーが、振り返りもせずにキーボードを叩きながら言った。彼の周囲には、分解された無数の機械パーツや、配線コードが文字通り山をなしている。

 

「いや、仕事の受注と、お前と同じ説教を喰らっただけだ」

「ハッ!そりゃそうだ。お前が超能力者か全身フルサイボーグならそれでもいいが、弾が当たれば死ぬガキなんだからな」

 

ゲイリーはホログラムディスプレイを操作し、ジンがアイアン・タイタンを破壊した時のモーションデータを再生した。

 

「お前の高い空間把握能力は、戦場全体の弾道や敵の位置をミリ単位で脳内にマッピングできる。それを近接突撃のためだけに使うのは宝の持ち腐れだ。銃を撃て、ジン。弾道予測と空間認識を組み合わせれば、お前は必中の狙撃手にもなれるんだからな」

 

「…わかってるよ、うるせえなあ」

 

ジンは壁際に設置された簡易的な射撃的に向き直った。

手にしたのは、口径9ミリのオーソドックスな実弾ピストル。

 

銃を構え、目を閉じる。

周囲の空気の流れ、排気塔の壁の傾き、ターゲットまでの正確な距離——32.4メートル。

脳内に、歪みのない三次元のグリッド線が静かに展開していく。

 

目を開くと同時に、引き金を引いた。

 

銃声。

 

乾いた音が狭い室内を反響し、ターゲットの中心、わずか数ミリのズレもなく弾丸が貫通した。

 

「おせえ、戦闘中にそんなことやってる暇はねえぞ」

 

背後からのゲイリーの容赦ないツッコミに、ジンはハンドガンを構えたまま不満げに眉を寄せた。

 

「…一発で芯を捉えたんだから文句ないだろ。これ以上どうしろってんだ」

 

「調子に乗るなよ。大型機を一つ壊したくらいで無敵になったつもりか?この世界の外にはお前より速くて、お前の空間認識すら上回る化け物がいくらでも存在する。その生身の身体で突っ込む悪癖を直さねぇと、次はスクラップになるのはお前の方だ」

 

ジンはそれ以上言い返せずふいっぽく視線を逸らした。

ゲイリーはその様子に呆れたように一つため息を吐くと、不意にモニターの画面を一枚ジンの前にスライドさせてきた。その画面に映し出されていたのは複雑な暗号コードと見慣れない洗練されたロゴマークだった。

 

絡み合う二重らせんの遺伝子と、冷徹な青い光を放つ星を組み合わせたエンブレム。

 

「…なんだこれ?」

 

「アイアンファングの通信サーバーから引っこ抜いた残骸データだ。深い階層に厳重にプロテクトされて隠されてた。ようやくいくつかの暗号を剥がせたが…」

 

ゲイリーの指先がキーを叩くと、データの奥から一つの企業名が浮かび上がった。

 

「メガコーポの一角——『エーテル・ライフ・サイエンス』の極秘プロジェクトのIDだ」

 

「エーテルライフ…?」

 

「表向きは薬品バイオの最大手だな。だが、このデータの中に『被検体管理』とか『環境適応度テスト』なんて不穏なワードが並んでる。アイアンファングのボスは単に金を稼ぐために動いてたんじゃない。このコーポと繋がって十三地区を舞台に何かをしようとしていた可能性が高い」

 

ジンは静かに銃をホルスターに収めた。

 

「アイアンファングのバックに、メガコーポ。…それが、この数週間で『アイアンファング』が動かない理由か?」

 

「おそらくな」

 

ゲイリーは腕を組み、深刻な表情でモニターを見つめた。

 

「あの夜以降、アイアンファングの残党は完全に沈黙してる。アマンダがどれだけ縄張りを奪っても報復の手すら打ってこない。普通なら組織のプライドにかけてお前を暗殺しにくるはずだ。それがないってことは…」

 

「もっと大きな何かが、裏で進行してる」

 

「ああ。嵐の前の静けさってやつさ。僕たちの知らないところで、カウントダウンはもう始まってるかもしれねえ」

 

ジンは自分の手のひらを見つめた。

名声が上がり技術も身につきつつある。しかし、目の前に現れようとしている敵の影は十三地区という狭い箱庭を遥かに超越した、世界の支配者そのものだった。

 

 

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十三地区の地下深く。かつて旧時代の地下鉄網だった場所は、現在アイアンファングの最後にして最大の秘匿拠点となっていた。

地上での華やかなアマンダたちの躍進とは対照的に、ここには淀んだ空気と死臭に近い絶望が満ちている。

 

「クソ!クソ!クソがッ!!! 何がアマンダだ、何が『大型機破りのジン』だ!」

 

薄暗い司令室の中、アイアンファングのボスは血走った眼で何枚ものモニターを凝視していた。

画面に映っているのはかつて自分たちのシマだった場所を平然と歩くジンの姿や、住民たちに指示を出すアマンダの姿だ。

 

ボスは完全に精神的に追い詰められていた。

誇りだった改造重機はスクラップにされ配下の半数は逃亡するかアマンダの陣営に寝返った。かつて十三地区の絶対強者として君臨していた男のプライドは跡形もなく粉砕され、今やただの「追い詰められたネズミ」と化していた。

 

「ボス、もう限界です…。東側の物資集積所も、アマンダの自警団に押さえられました。これ以上は組織を維持できません…」

 

「黙れ! まだだ、まだ俺は負けていない! あのガキ共を跡形もなく消し去ってやる…!」

 

ボスの叫びは虚しく室内に響くだけだった。

 

その時、司令室の中央に設置された旧式のホログラムプロジェクターが突如として起動した。

ノイズ混じりの赤い光が収束しそこに一体の立体映像が浮かび上がる。

 

映し出されたのは仕立ての良い高級なスーツを纏った男の姿だった。

髪は一筋の乱れもなく後ろに流され、眼鏡の奥にある瞳はまるで実験室のモルモットを見るかのように冷酷で、一切の人間らしい感情が排除されている。

 

その胸元には二重らせんと青い星のエンブレム——『エーテル・ライフ・サイエンス』のロゴが輝いていた。

 

「エーテルライフ…! 連絡を待っていたぞ!」

 

ボスは掴みかかるような勢いでホログラムに詰め寄った。

 

「約束の新型兵器はどうした! あの『アイアン・タイタン』が破壊されたんだぞ! このままではお前たちの実験の場である十三地区は、あのアマンダとかいう小娘に完全に奪われる!」

 

必死に喚き散らすボスに対し、スーツの男——エーテル・ライフ・サイエンスの担当者は表情一つ変えずに冷淡な声を返した。

 

「そんな喚き立てなくても聞こえています」

 

「なんだと……!」

 

「我々があなた方に資金と技術を提供していたのは十三地区という『閉ざされた環境』において、野生のサンプルがどのように適合し変異するかを観察するためです。アイアンファングという組織の存続など、我が社の利益には一ミリも関係がありません」

 

冷徹極まる言葉にボスは息を呑んだ。

最初から自分たちはただの使い捨ての管理人であり、実験用のモルモットに過ぎなかったのだと、その態度が証明していた。

 

「ふ、ふざけるな! 俺を切り捨てる気か!? これまでのデータを世間に公表されたくなければ——」

 

「公表…?一体誰に?メガコーポが支配するこの世界で、下層区のギャングの戯言を誰が信じるというのです?そして仮に信じられたとして、それが何か問題でも?」

 

担当者の男は冷たい無表情を崩さない。その眼差しの前ではボスの脅しなど羽虫の羽音にも満たない。

 

「ですが、ご安心してください。我々はまだあなた方の価値を完全には否定していません。最後のチャンスを差し上げましょう」

 

「チャンス…?」

 

男が手元で端末を操作すると司令室の床から一本の金属製のシリンダーがせり上がってきた。

プシューという風圧音とともにシリンダーのロックが解除され、中から一本の不気味な液体で満たされたカプセルが現れる。

 

その液体は暗闇の中でドクドクと脈打つように、禍々しい紫色の光を放っていた。

 

「我が社のバイオ・テクノロジー部門が開発した最新の遺伝子変異プロトタイプ、コードネーム『レヴィアタン』の試供品です」

 

「『レヴィアタン』……」

 

ボスは吸い寄せられるように、そのカプセルを見つめた。

 

「それを十三地区の人口が密集しているエリアで解放してください。それがあなた方の最後の任務です。それによって得られる『データ』の質によっては、あなた方の安全な上層区への移住と新しい身分を保証しましょう」

 

担当者の男の言葉は悪魔の囁きそのものだった。

それが何を意味するかボスにも理解できた。このカプセルを開けば十三地区の住人はアマンダも、あのジンというガキも、全員が「実験体」として地獄を見る。

 

しかし今のボスにはそれを拒むだけの理性もプライドも残っていなかった。

世界への憎悪と自分を貶めた者たちへの復讐心。それが彼の脳を完全に支配していた。

 

「…いいだろう。これを、あのガキ共の頭上にぶちまけてやる」

 

「賢明な判断です。成果を期待していますよ」

 

ホログラムの男は完璧な、そして血の通わないビジネススマイルを浮かべ静かに消えた。

 

静まり返った地下室でボスは紫色の光を放つカプセルを愛おしそうに掲げた。その瞳にはすでに人間としての光はなく、狂気だけがギラギラと渦巻いている。

 

「ハハ……ハハハハ! 見せてやる…。十三地区丸ごと全部ぶっ壊してる…!」

 

暗黒の地下深くで世界を破滅させる歯車がついに音を立てて回り始めた。

その最悪のカウントダウンが始まっていることを、地上のジンたちはまだ知る由もなかった。




第一章、完。
次回更新一週間後くらいを予定
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