魔法少女×勇者!!!~愛の魔法と勇気のメカ、掛け算すれば無敵です!!~ 作:タナト
『ノクストス、撤退だ。マーシーを連れて逃げろ!』
ノクストスは、陣屋の焦りからくる叫ぶような指示を通信機に受信する。
「了解!」
“ズゥーン……”
ノクストスは、すぐにマーシーの元へ行こうとしたが、急激に身体が重くなっていくように感じた。
(デマンド・サーキットの出力が急減してる……マーシー……)
魔法少女と勇者の魔力は繋がっている。プラスの感情から魔力を生み出す秘石が力の源である彼らは、お互いのメンタルがペア全体の戦闘力に影響する。多少の動揺なら相補的にメンタルケアを行うことができるが、あまりに大きすぎるメンタルの不調は、パートナーに伝播してしまう場合がある。
それに、ノクストスは単にマーシーの感情に引っ張られているわけではなかった。多くの命が失われている光景は、彼にとってもショッキングなもので、行動に影響を与えてしまうレベルに動揺してしまう。
それが敵に付け入る隙を与えてしまう結果になった。
“ガザガザガザガザッ!”
「くっ……」
イナゴの群れが巣にいた分裂体と合流してノクストスを阻むに壁を作ってくる。
「数が増えたところで……!」
ノクストスは両手で刀を前方に構えて突撃する。今の彼の目的は、マーシーの元にたどり着くこと。彼の分析したところでは、出力が下がっている今の状態でもそれならば可能と結論付けた。
しかし、その予想は甘かったと言える。
“バキッ!……ブシューッ!”
「なっ!?」
そのタイミングで、ノクストスの内蔵レーダーが新たなエネルギー反応を捉えた。地下駐車場の床が砕けて、新たな鋼魔が顔を出した。その鋼魔は、ノクストスに向けて網目状の何かをかけられてしまう。
野獣を捉えるネットのようなそれは、ノクストスの身体についた瞬間固まってしまう。
「これは、液体金属?まずい!マーシー、逃げろ!逃げるんだ!」
ノクストスの呼びかけは、イナゴどもの羽音にかき消され、彼は自分のパートナーの姿を見ることすらできなかった。
※
「う、ううぅ……!」
一方、マーシーは目の前の光景に圧倒され、その場から動けずにいた。
鼻腔を突き抜ける生臭い匂い。暗闇の中でもはっきり見えてしまう無数の亡骸。うずくまった手に触れた、固まりかけの血液。そのどれもが、十四歳の少女が受け止めるにはあまりにも重すぎた。
「はっ……はぁっ……!」
息がうまく吸えない。頭の芯が痺れ、全身が自分のものではないように遠くなる。
ただ恐ろしいだけではなかった。
マーシーには、倒れている人々が味わったものを想像できてしまう。逃げたかっただろう。助けを求めただろう。痛かっただろう。怖かっただろう。家に帰りたかっただろう。
目の前に残された表情や姿から、そんな感情が次々と胸の内へ流れ込んでくるようだった。
(いや……やめて……考えたくない……)
思考を止めたい。何も見なかったことにしたい。今すぐこの場から逃げ出して、全部を投げ出してしまいたい。
なのに身体は動かず、意識だけが妙に冴えていく。
“ガザガザ……ガザガザッ!”
周囲を這い回る鋼魔の羽音が聞こえる。敵はまだいる。自分も殺されるかもしれない。
(怖い……死にたくない……!)
極限まで張り詰めた精神が、マーシーの主観時間を引き延ばしていく。
羽音も、瞬く照明も、頬を伝う汗さえも、ひどくゆっくりに感じられた。
その止まりかけた世界の中で、パニックになり切れなかった彼女の一部だけが、冷たく問いかけてくる。
(動いて。敵がいる。するべきことをして)
「う、うぅ……」
(無理……もう無理だよ……何も考えたくない……全部、投げ出したい……)
それでも、内側の声は消えてくれなかった。
どうしてなのか?これほど怖くて、苦しくて、逃げてしまいたいのに、何をしようとしているのか、彼女は分からなかった。
(……私は、何がしたいの?)
答えを探すように、マーシーはゆっくりと顔を上げた。
そして、血に濡れた床の向こうに、小さな身体が横たわっているのを見つける。幼い男の子だった。もう2度と動かないその顔を見た瞬間、まるで別の光景が重なるように記憶が浮かんできた。
『あのね、これ、お礼のプレゼント!』
マーシーとノクストスのために絵を描いてくれた、あの男の子の笑顔。
少し照れながら、それでも誇らしそうに笑っていた顔。それを見た彼女が、プレゼントそのものよりも心を暖めさせた顔。
「……っ」
目の前の子にも、そんな笑顔があったはずだった。
好きなものがあって、会いたい人がいて、明日になればやりたいことがあったはずだ。もっと大きくなって、誰かを好きになったり、夢中になれるものを見つけたり、何でもないことで笑ったりする未来があったはずだった。それはとても素敵なものだとマーシーは信じている。
それは、この子だけではない。ここで倒れている一人ひとりに、今日まで続いていた人生があった。誰かに愛され、誰かを愛し、これから生まれるはずだった幸せがあった。人生は苦悩に満ちているかもしれない。それでも幸せをつかむために、それぞれが進んでいくこと。それがどんな結果を生んだとしても、その道筋そのものがきっと尊いモノだと信じている。彼女のその思いは、ノクストスやシンセリーという彼女自身の光に触れて強くなっている。
それが全部、奪われた。
(こんなに……こんなに、たくさん……)
胸を押し潰していた悲しみや恐怖の中から、だからこそ生まれる別の感情に転化しはじめる。
ここに積み重なった悲しみを、無念を、罪をそのままにしてはいけない。踏みにじられた人生を、無かったことにしてはいけない。
(こんなの……そのままにしておけない)
そこにあったはずの人生の輝きも、これから生まれるはずだった幸福も、一方的に踏み潰したものがいる。
ならば、誰かが止めなければならない。誰かが、その行いを裁かなければならない。
そう思った瞬間、悲しみの底から熱が噴き上がった。それは怒りだった。
最初は小さな火だったそれが、押し寄せるあらゆる負の感情を燃料にするように膨れ上がっていく。
(これだけ奪って……壊して……それで、何も報いを受けないなんて……)
そんなものでは、釣り合わない。そんな強い感情が彼女の中で沸き立った。
(……許さない)
彼女の震えていた指に、少しずつ力が戻る。消えていたステッキが再出現する。逃げ出したがっていた足が、ゆっくりと床を踏みしめた。
恐怖が消えたわけではない。悲しみも、吐き気も、胸を裂くような痛みも、何ひとつ消えてはいない。
それでも、それらを押し返すほどの怒りがマーシーの中で膨れ上がっていた。
この痛みを、そのままにはしない。あの人たちの幸福と尊厳を、踏みにじらせたままにはしない。奪われたものが取り戻せなくても……その無念を少しでも晴らすために。
(私が……裁く)
愛審聖裁マーシー・リブラは、怒りを支えにして立ち上がった。
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