魔法少女×勇者!!!~愛の魔法と勇気のメカ、掛け算すれば無敵です!!~ 作:タナト
マーシーはハンマーを振り下ろすことができなかった。背後に立ったノクストスが、彼女の手をつかんだからだ。
「なんで、止めるの?」
思いがけないノクストスの行動に、マーシーはきょとんとした様子で理由を尋ねる。つかまれた腕を振りほどこうとするが、機械の力を上回ることは難しく、かなわなかった。
「分からない。分からないんだけど、僕は君にそうして欲しくないって思っちゃったんだ」
ノクストス自身、自分の行動に驚いていた。マーシーが殺そうとしているものは、人間の敵以外の何物でもない。いつもと違って、取り込まれた人間を気にする必要もない。それなのになぜ、自分はこんなことをしているのか。
「こいつはここにいる人たちを殺したんだよ!こんなにたくさんの人たちを!だから今すぐ報いを受けさせないと!」
マーシーは倒すべき敵への攻撃を邪魔され、パートナーに苛立ちを覚え始める。
「その通りだ。でも、なんていうか……そういうマーシーで、一実でいてほしくないって思ったんだ」
「あなたは鋼魔を庇うの?」
すでに異常な状態にあるマーシーの精神は、パートナーにさえ敵意を向けかねないほど不安定になっていた。
「そうじゃない……このままそれを振り下ろしたら、他の、傷つけちゃいけないものまで壊しちゃうって思ったんだ。だから……」
ノクストスは、自分の中の曖昧な動機を何とか言語化しようとする。ここで彼女を止めても、誰かが目の前の鋼魔を排除しなければならない状況は変わらない。それならば、なぜ自分がマーシーを止めなければいけないのか。彼自身、その理由は抽象的で、そう感じたからとしか言いようがなかった。ハンマーを振り下ろすことがなぜ彼女を傷つけるのか、口にした彼にも理解しきれていない。
「一実は命令してくれたよね。してほしいことがあったら何でも言ってほしいって。今がそれだ。お願いだから、やめてほしい」
結局ノクストスは、彼女を止める合理的な理由を思いつけず、かつて交わした約束にすがるしかなかった。
「な、なんで……そんな、う、うぅ……」
そこまで言われて、マーシーもいったん立ち止まり、考えられるようになってきた。彼女を急き立てていた緊張が少しだけ緩んだのだ。その瞬間、張りつめていた精神は雪崩を起こすように崩れていく。
“カラン……”
彼女はハンマーを取り落としてしまう。魔法の力が弱まったのか、床に落ちたそれは虚空に消えた。
「う、ううぅ……ああ……」
その瞬間、彼女の精神の糸が切れてしまった。止まっていた涙がそれまで以上の勢いであふれ、ノクストスの腕の中で脱力してしまう。
「マーシー、一実!?」
彼女がノクストスの胸部装甲に身を預けると、とたんに変身が解けてしまう。
「うう、ううぅう……あああ……」
ノクストスに抱かれた一実は、震えながら縮こまり、うめくように息をしながら泣き続けた。明らかに正常な状態ではない。
「くっ、やっぱり反動が来たか。一実、何も気にしなくていい。全身の力を抜いて、しっかり息をして」
極限まで興奮していたところから一気に落ち着いたため、その落差が一実の神経に負担をかけているのだ。物理的な怪我ではないので、ノクストスにできることはほとんどなかった。それを狙っていたわけではないが、彼女が“行ききって”しまう前に止められたのはよかったのかもしれない、と彼は感じた。
「ギ、グゥ……」
身体にかかる重力が元に戻ったデストローカストは、うめきながら這いずり出す。かろうじて生きているだけで、身体はぼろぼろのようだった。
「あ、ああ……い、いっちゃ……う……」
一実は反動に苦しみながらも、倒すべき敵が残っているという認識だけは失っていないようで、必死にそちらを向こうともがいた。
「大丈夫だよ。もう彼女が来た」
“チュドン!”
ほとんど崩れかけたデストローカストの身体を、散弾のような複数の光の矢が打ち砕いた。破砕音と物が焼ける音が混ざって聞こえる。それが致命傷となったようで、破壊された肉体は再生も分裂もすることなく塵に還った。
地下駐車場の出口には、担当の鋼魔獣を撃破して急ぎ戻ってきたシンセリーが立っていた。よほど急いだのか、彼女は弓を下ろし、肩で息をしている。
「プラッテ・アドハック・アクア!……ふっ、一実!」
流れるような手際でゼロ化を終えたシンセリーは、鬼気迫る表情で一実とノクストスの方へ駆け寄る。
「…………」
敵が完全に無力化されたことを確認したノクストスは、角ばったパーツで一実を傷つけないよう、悠夜の姿に戻る。
「せ、せんぱい……ひ、ひとが……た、たくさん、ひとが……」
悲惨な状況を伝えなければと思ったのか、シンセリーの顔を見た一実はさらに顔をゆがませ、涙をあふれさせる。ろくに言葉も出せておらず、本当は泣きわめきたいところなのだろうが、その力さえ残っていないようだった。
「何があったかは知ってるから、何も言わなくていい。もう、大丈夫……」
シンセリーは、悠夜との間に一実を挟むようにして抱きしめる。管制室からの連絡で、何があったのか、そしてマーシー・リブラがどうしたのかを知っていた。だからこそ、今の一実の心がどれほど傷ついているか想像できた。傷が深すぎてどこから慰めればいいのかも分からず、うまく言葉をかけられなかった。
せめてもの慰めに、彼女は一実を抱きしめ、惨状が目に入らないようにした。
(酷い……こんなの辛すぎるよ……)
シンセリーは一実を抱きながら、その代わりを担うように、自らは惨状を目に焼き付ける。経験豊富な魔法少女である彼女は、無残な状態になった遺体を何度か目にしたことがあった。それでも、この場の被害は飛び抜けて酷い。何の心構えもないまま向き合わされた一実の衝撃は計り知れなかった。
「せんぱい……ごめんなさい。死なせないって言ったのに、守れなくって……」
「一実のせいじゃない。ここに来たのが私だったとしても、同じ結果だった。一実は立ち上がって戦い抜いた。それだけで、私はすごいって思う。だから自分を責めないで」
「…………でも、悔しくて、申し訳なくて……うぅ、くぅ……」
一実は少し黙り込んだ後、吐き出すようにつぶやいた。シンセリーの言葉を少しは受け入れたようだった。しかし、自分に責任がないとしても、ここにある大きな悲しみは何ひとつ変わらない。
「そうだね……受け入れたくないよね……どうすれば、いいんだろうね……」
客観的に見て仕方のなかったことだと言われても、その場に居合わせた者には、何かできたのではないかという後悔がこびりつくことがある。シンセリーは経験からそう知っていた。そして、その罪悪感は他人に慰められたところで簡単に拭えるものではない。
「泣いてもいい。喚いてもいい。でも、あなたに傷ついてほしくないと願っている人がいるって、それだけは知っていて」
シンセリーは、今の一実には悲しみに抗うような言葉は逆効果だと思った。だから代わりに、あなたのすべてを受け止める場所があると安心させるため、一実を強く、優しく抱きしめたのだった。
「……シンセリー、僕に何か彼女のためにできることはない?」
一実を後ろから支えるノクストスが、シンセリーに尋ねる。
今の相棒が傷ついているのは、身体というより心だ。彼には心を癒す方法が分からなかった。シンセリーから見ると、それでも何かしたいと焦っているようだった。
「あなたは彼女の心配をするより、自分の面倒も見ないと」
「え……?」
「悠夜も、辛そうな顔してる。あなただって優しいんだから、平気なわけないよ」
「……!?」
シンセリーが視線だけを向けて言ったことに、悠夜は驚かされる。彼はこの場の悲劇について、一実から流れてきた痛みこそ感じていたが、逆に自分から彼女へ感情が流れるほど悲しんだわけではなかった。何も感じていないわけではないものの、一実と比べると自分は薄情だ、と考えたりもしていた。
だが、本人が思っている以上に、悠夜も傷ついているらしい。シンセリーから見れば、泣く機能さえあれば今にも泣きそうな顔をしていた。
「おいで、私の胸半分貸してあげる」
シンセリーは慈愛に満ちた表情で右腕を広げた。
「…………」
仮にも勇者が甘えるようなことをしていいのかとためらった悠夜は、助言を求めて後ろに控える兄弟に視線を送る。
『甘えておけよ。せっかく彼女が言ってるんだから。ひじょ~に心外だがしょうがないから、迎えの車が来るまでお前に貸してやるよ。感謝しろよ?』
エクスマインは悠夜だけに伝わるように通信でそう伝えた。
“スッ……ポフッ……”
悠夜は観念したように膝を折り、頭をシンセリーの胸に預けた。
(ああ……確かに柔らかくて、いい匂いがして安心する)
悠夜は理屈では測れない癒しの効果を体感する。緊張がほぐれるのと同時に、心の奥にあった重苦しい気持ちに初めて気づいた。
(ああ、そうか……僕がイヤだって思ったのは、一実が傷つくことだったんだ)
悠夜は、自分の心を沈ませているのが、周りの惨状よりも一実が苦しむ姿だったことに気づく。
(でも、こんな勇者でいいんだろうか?)
勇者は自分の魔法少女を一番に考えるものだとは思っている。それでも、その思いはこの場の悲劇より重いものなのだろうか。そんな疑問が彼の中に浮かんでいた。
(あとで、ママに相談してみるか。今は、休もう……)
勇者が難しい考え事を後回しにしてしまうほど、シンセリーは包容力にあふれていた。
「2人とも、よく頑張ったね。すごい、すごいよ……」
一実と悠夜を両手に抱いたシンセリーは2人の頭を撫でながら優しく言い聞かせていた。
目の前の悲劇に対して、魔法少女と勇者は、彼らなりのやり方で立ち向かっていた。それは支援する大人たちにとって頼もしくもあったが、同時に危険な歪さを示すものでもあった。
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