与えるだけの器用貧乏、実は周囲も自分も最強に至るぶっ壊れスキルでした 作:芦屋貴緒
従僕の仕事は多岐にわたる。
城の維持、この場合は庭の手入れをする庭師やメイドさん達。
接客など、客人を向かい入れる執事やパーラーメイド。
食事の準備をする料理人に、馬の管理を任されている
そしていざという時、戦力として駆り出される、騎士と騎士見習いたち。
そして最後に、それら専門職のような決まった役割はないが、雑務全般に駆り出されるのが従僕である自分だ。
専門性もなにもない仕事だが、俺はこの状況をチャンスだと捉えている。
それぞれの職場での仕事を観察することで得られる技能を習得し、城内での仕事で改善できそうなことがあれば上手く立ち回っておきたい。
そうすることが現状、俺が成り上がるためにできることだから。
最初の一ヶ月ほどである程度、顔は覚えて貰ったのでここの所はひっきりなしに声がかかって休む暇がなかったほどだ。
今日の最初の仕事は兵舎の掃除と武器庫での装備のメンテナンス。
夜明け前と言うこともあり、兵舎はまだ眠っている人が多く、掃除をしてしまえば人を起こしてしまうのでまずは武器のメンテナンスからだ。
まずは在庫の確認を――と数え始めたところで、弓が一張なくなっていることに気付く。
それと兵舎から近い、郊外の弓の練習場から聞こえる男の叫び声。
「また外しちまった!」
と叫んでおり、練習場でなにが起きているのかは想像に難くない。
……見れば、武器庫からは練習用の矢も減っている。
最近、俺がつけはじめた武器庫の目録を確認すると、結構な数の練習用の矢が減っている。
……そういえば騎士の偉い人は「訓練のメニューは組み立てている」と言っていた。
これは、勝手に矢が減っていたらマズいのではないか?
余計なお世話と思いつつも、武器庫に弓矢以外の問題がないことを確認すると、俺は弓の練習場へと向かう。
その途中、昇っていく朝日を見て早く仕事を済ませないといけないと気を引き締めていると、帝竜山脈の方角の空に懐かしいものをみかける。
「おー、飛行機雲。……こっちにも飛行機雲ってあるんだ。いや、なんでだ……?」
飛行機雲は飛行機が生まれてから出るようになったはずで……。
もしかしてこの世界って航空機があるのか……?
いや、今は仕事に集中しないとな。
……ちなみに兵士の訓練が郊外で行われるのは街中でやると危ないから。
特に弓の訓練は市民の事故死を防ぐために練習場の周囲も石の壁で囲んでいる。
「すみませーん、ファンクさーん」
「ん、おお。新入りの従僕の」
「ハイセです。朝から練習、精が出ますね」
動きやすい兵服を着た大柄の男、ファンクさんがこちらを見かけるや否や練習をやめて挨拶をする。
レスラー体型の大男ではあるが、表情が朗らかで笑いで出来たシワがあることを見るに、暴力が大好きな怖い人……というわけではないようだ。
ファンクさんは一張の弓を見せると、困ったように頭を掻いた。
「ああ。〈剛力〉のギフトがあるからいざという時のためにワイバーンくらいなら弓で追い返せるようになれって騎士団長から言われて……」
そういうファンクさんはばつの悪い顔をしている。
見れば練習場の的を支える棒に矢が刺さっており、ものの見事にぶち壊していたのだ。
備品の破壊はね……。
怒られるだろうな……。
付け加えて、俺はファンクさんを困らせないといけない。
「団長様は訓練メニューは考えているとのことだったので、下手をすると練習用の矢も勝手に使うと罰せられるかもしれません……」
「えっ――」
さあ、と顔を真っ青にさせるファンクさん。
バーナード団長は怒らせなくとも怖い。怒らせるともっと怖い。
騎士団というゴリゴリの体育会系の場所で勝手なことをやろうものならばどうなるか分かった物ではない。
この世の終わりとばかりに泣いてしまいそうなファンクさん。
勝手にやっては駄目なことをしているんだけれど、彼なりに期待に応えようとした結果なんだよな……。
「オレぁ死んじまう!」
「バーナード団長の怒りを少しでも鎮めるために矢と的を作っておきませんか。手伝いますよ」
「あ、ありがてえ! 恩に着るよ!」
壊れた弓の羽を再利用し、ファンクさんと二人で矢を作っていく。
枝を拾い集め、工作用のナイフで成形し、矢羽根を取り付ける。
ファンクさんが使っていた弓はいわゆる強弓と呼ばれるもので、扱うのには技術ととんでもない筋力が必要だ。
なので使う木の枝は重めで強度の高いものにしておいた。
「ハイセは器用だな。オレはどうにも不器用でいけねえ」
「ファンクさんも上手ですよ」
「矢はなんとか作れるようになったが、それだけじゃ駄目だ。……オレは的に当てきれないんだ」
ファンクさんが作った矢を見ると、不器用なわけではないのが分かる。
特別上手なわけではないが、それは俺だって同じだ。
弓が下手なのは別の理由があるのだろう。
視力が悪いという理由がまずは思い浮かぶが、それではそもそも弓を扱わせてもらえないだろう。
試しに「壊れた的に止まった鳥は何色の鳥か分かりますか?」と尋ねると迷わず色と種類まで答えられる。
視力と色力に問題がないことは分かった。
もうちょっと試してみるか。
俺はファンクさんからやや遠ざかって、石を下手投げでゆっくりと放り投げる。
「ファンクさん。この石を私がやったみたいに、私に投げてください」
「……? ああ、分かった」
ファンクさんの動きを観察。
物を投げるという動作には問題はない。
だが――石は俺の頭上を飛び越えた。
もう一度試すと、次は俺の手前に落ちる。
「……昔からノーコンって言われてたからな」
「そのノーコンが治れば弓の腕も上達するかもしれませんよ」
「……本当か?」
確証と言えるほどではないが、概ね原因は分かった気がする。
そしてそれはある程度訓練でどうにかなるものだ。
俺はまずファンクさんが的に矢を当てられない理由を説明する。
「ファンクさんの矢が的に当たらないのは、ファンクさんが目で距離を測ることを苦手としているからです」
「それで……どうすればそれは治るんだ?」
「治すものというよりは鍛えるものですね。まずはもうちょっと近づいて、私の立っている場所に石を投げられるかを練習してみましょう」
それからしばらくファンクさんとキャッチボールを続けた。
徐々にではあるが正確に投げる精度は上がっていく。
そしてついに、十回連続で俺の位置にドンピシャで放り投げられるようになった。
そこで俺はもう一度、石をファンクさんに渡すついでに〈投石〉のスキルを与える。
『スキル〈投石〉をファンクに与えました』
力が抜ける感覚。俺は的の上に止まったままの鳥を指す。
「では、あの鳥を狙って石を投げてみてください」
俺の言葉に驚いたのか、ファンクさんは目をまん丸にして首を横に振る。
「おいおいおい、さっきまでオレはお前のところに投げるのが精一杯だったんだぞ、いくらなんでもやれるわけがねえ」
「出来ますよ。一度感覚が身についたらあっという間です」
俺の言葉が信じがたいのか、ファンクさんは首をひねりながら肩を回す。
まあ普通はそうだよな。ちょっと出来たからってすぐに物事は解決しない。
でも、このまま胸を張れずに生きていくくらいならちょっと背中を押してでも胸を張って生きて貰った方が関わった身からすると気分が良い。
ファンクさんは覚悟を決めたのか、ゆるりと構え――石を投げた!
さて、なぜ俺が〈投石〉を渡したか。
投石の総合的な技術とは、遠くまで投げること、速度があること、そしてなにより当てることだ。
つまり、それは距離を測る力……空間把握能力の技術に他ならない。
野球をやったことのない少年はフライを上手く捕ることが出来ないが、そんな少年でも続けていけば『感覚』が養われる。
空間把握能力は視力と関係しており、正常な視力を持つ者にとっては鍛えられる技術なのだ。
前提としている才能は満たしている。
だから鍛錬した分を後押しするだけ。
ファンクさんの手から放たれた石は目にも見えぬ速度で飛び――大きな鳥の頭を吹き飛ばした。
『ファンクが〈投石〉を習得しました。〈
聞き慣れた機械音声。
なにか彼の中でコツを掴んだのだろう。
あるいは自信かもしれないが。
ファンクさんはこちらを向くと、驚きを隠せずにわなわなと震えていた。
「見たか、ハイセ! オレ、今……!」
「おめでとうございます! 後はこれを弓に応用するだけですね!」
「そ、そうだな……! ありがとう、お前のおかげでやっていけそうだ」
「どういたしまして。ところで、あの鳥を貰ってもよろしいですか? 料理長へのおみやげにしたくて」
今日の食事が豪華になる可能性があるという予感に震えていると、突如――轟音が鳴り響く。
いや、違う!
これは鳴き声だ!
どこから!?
影が差した――まさか、上!?
ビリビリと音で脳を揺らされる感覚。
街が騒ぎ始め、非常時の鐘が鳴る。
上空には――赤い鱗で覆われたモンスター、ドラゴンが狂乱した様子で街まで滑空してきていた。
空には飛行機雲が一筋。
原理は分からないし、今考えることではない。
大事なのはあの飛行機雲はドラゴンによるもの。それも二匹いたのだろう。
――なんだアイツは!
遠くからでも分かるくらいにデカい!
俺の脳裏にブエナ村で話した冒険者の言葉が過る。
『いいか、もしドラゴンと出くわしたら全力で逃げるんだ。何事も命あっての物種だからな~!』
たしかに、体当たりをすればビルでも壊せそうな身体に立ち向かうのは無貌だ。
同時に俺は街の様子を想像する。
緊急用の鐘が鳴っている時点で街は大騒ぎだろう。
『辺に
古都に向かう際にノイエさんはそう言っていた。
そして財宝が眠り、食料が豊富にある都市には渡りの竜がやってくることもある。
竜による災害――竜害。
それが今、目の前で起ころうとしていた。
もし、あのドラゴンが街を襲ってしまえばどうなる――?
俺はじわりと滲む脂汗を手で拭った後に足元の石を拾った。
「ファンクさん! 私は出来るだけ高いところでアイツを迎撃します! どこまでやれるかは分かりませんが、とにかくやる!」
「オ、オレもやるぞ! この時のために弓を習わされていたんだ! 今ここでやらなきゃ意味がねえ!」
互いにうなずき合い、俺たちは石壁の端にある石造りの見張り台へと昇っていく。
昇り終える頃にはドラゴンは街に近づいていて、その巨大さがよく分かる。
ドラゴンが街を滅ぼすことがあるというのは比喩ではないのだと、その巨大な身体が雄弁に物語る。
「街に手出しは……させねえ!」
ハンクさんの強弓から放たれた矢は見事にドラゴンの目に突き刺さった。
だがそれで止まる竜ではなく、むしろこちらに向かって大きく口を開く。
――大気中の魔力の収束を、全身が伝えてくる。
ドラゴンのブレスは、レッドドラゴンならば灼熱の炎を吐き出す。
その照準は俺たちに向けられており、このままでは間違いなく死んでしまう。
俺は石を強く握り、〈スキル〉を活性化させる。
「〈インパクトショット〉――!」
〈インパクトショット〉。
〈投石〉の技だ。
力を込め、全力で石をたたき込むだけの簡単な技。
だがそれ故に技量が出る。
「――――!!!」
全力で放った石は、竜の牙を折り――ドラゴンに収束していた魔力が暴発する。
制御を失ったドラゴンの飛行は……そのままこちらに向かってきて――!
や、ヤバい! このままじゃどっちにしろ死ぬ!
瞬間、誰かが高速で壁を登った。
「大手柄だ、ハイセ、ファンク」
たん! と高く跳躍したのは――ノイエさんだ!
腰に提げたサーベルを一瞬で抜き放ち――ドラゴンの首を両断。
そしてノイエさんは残った首を片手で掴み、練習場へと放り投げた。
……なんつー怪力だ。
ドオオオオオン!
巨大なものが地上に落下し、土煙をあげる。
土煙が晴れれば、無惨な姿になった練習場の姿が目に映る。
ファンクさんが仕留めた鳥も、直した的も、全部ぐちゃぐちゃになってしまっている。
……これを、さっきノイエさんは片手で投げてなかった?
どんな力をしているんだろう……。
騎士たちが練習場にかけつけて来る中、ノイエさんが再び見張り台にやってくる。
その身のこなしは軽く、ちょっとした壁なら跳んでしまえそうである。
ノイエさんはこちらの頭をポンポンと撫で、満足そうに笑う。
「ファンクは後でバーナード団長に報告を。ハイセは……」
「俺は……?」
「旦那様に報告だな。とにかくよくやった、ハイセ。ファンクに距離感の指導をしていたのも見ていた。それも含めてキミの手柄だ」
手柄か……。
もしかして特別手当が出るとか……?
……まさかな。