与えるだけの器用貧乏、実は周囲も自分も最強に至るぶっ壊れスキルでした 作:芦屋貴緒
飛来するドラゴンを撃ち落とした後。
俺は身だしなみを整え直して旦那様の執務室へと通される。
俺は執務室に入ると旦那様の前で膝をつき、頭を垂れる。
「ハイセ、そんなにかしこまらなくて良い。先ほどこのロシュを騒がせた竜を退治してくれたこと、心から感謝いたす」
「もったないお言葉、恐縮です」
「竜に対抗できる人間は非常に少ない。ましてや投石でドラゴンの牙を折るなど上級騎士にも出来るか分からない。竜害を未然に防いでくれたこと、古都の領主として非常に感謝している」
弓はまだ扱えないからなあ。
一番扱い慣れているのが石だからそれを使っただけで、ファンクさんのように強弓が扱えればそちらを選んでいただろう。
旦那様は何故か困ったように言葉を続ける。
「褒賞は二つ。一つは昇進、もう一つは欲しいものがあればそれを君に授けよう。だが、昇進の件は、少々異例の待遇となる。話を聞いた上で受けるか、考え直すかだ」
ん……?
昇進についてだが、かなり歯切れの悪い言い方だ。
たしかに従僕となって数ヶ月で昇進となれば反感を持つ人間も現れるか。
「他の方から反対があるようでしたら昇進は謹んで辞退いたします。私はまだ入って数ヶ月の新人です、その新人が途端に上に立てば良い顔をしない人もいるでしょう」
ちら、と顔を上げると旦那様が小さく顔を横に振って否定をする。
いよいよもってなにが言いたいのかが読めなくなってきたぞ。
「違う、違うのだよ、ハイセ。逆に君は引っ張りだこなのだ。この二ヶ月、君はよく働いてくれた。何をやらせてもそつなくこなす。……故に、どこも君を欲しがっているのだよ」
「……な、なるほど」
自分としてはやれることを精一杯やっただけだし、さらには〈スキル〉を手に入れられる可能性があるのだから得としか思っていなかった。
けれども、その行為に対して皆がどう思うのかまでは頭が回っていなかった。
精々、なるべく敵を作っていなければいいなと考えていたくらいだ。
「腹芸なしに語るが、君をどこかに配置してしまえば必ず配置した部署以外から文句が出る。もちろん、家来の不満を抑えるのは私の仕事だから君が責任を感じる必要は全くない」
そんな野球のドラフト一位の宿命みたいな……。
人より働いている自覚こそあれど、ここまで期待されるとは……。
旦那様はここでチラ、とノイエさんの方に目配せをする。
「そこで、だ。ハイセ、君をノイエの部下とし、私の娘・エレノアの従者とする。仕事の質も責任も上がり、厳しくはなるが待遇は確実によくなる」
「旦那様!? 私は部下を持つ必要は――」
「ノイエは主にハイセに訓練を施すだけで良い。実際の業務は
「……たしかに、お嬢様の境遇を考えると、ハイセを従者にするならば彼に強くなって貰う必要はありますが」
エレノア様の従者か……。
たしかに、もしお嬢様が剣を握ってしまった時のことを考えると自衛は出来ないと話にならない。
なにせ〈
だが、たかだか経歴数ヶ月の人間にやらせていいものなのか……?
俺はおずおずと挙手をする。
「私がお嬢様を害するスパイという可能性は検討されたのでしょうか」
くっ、とその場にいる二人が小さく笑う。
ノイエさんはどこか呆れたように、けれど悪感情のない声音でこちらの質問を返す。
「いや、そこはもう内偵済みだ。古都での活動だけではなくブエナ村でも聞き取り調査をしてね、君の身辺は保証されている」
「あ、はい……」
そりゃあ内偵くらいするか……。
エレノア様に近づけていいと判断するくらいなのだ。そうして良いと思えるくらいの証拠は挙がっているのだろう。
……ってことは古都での活動も見られていたのか。
全然気がつかなかった……。
尾行の技術なんかは追跡に役立ちそうだな。
教えて貰え……ないだろうな。さすがに悪用すると危険すぎる。
旦那さまはどこがツボにはまったのかまだ面白そうだ。
「それに君の普段の言動を見ていればスパイをしているようには見えない。正直な話、性格的に適性がない」
そう思わせて騙しているとしたらもう見破れないよ。
そう旦那様は付け加えた。
とりあえず分かったのは俺にスパイは向いていないということだ。
「とにかく、君をうちの娘の従者にしたいという意向があることだけは覚えておいてくれ。当然ながらそのための訓練も施す」
「そのお話、承ります」
アルフォンス様はこの古城で成り上がる道として最上のものを提示してくださった。
それにノイエさんが稽古をつけてくれるのであれば今以上に強くなれる!
まさに渡りに船、災い転じて福となす。
旦那様もノイエさんも驚いた様子だったが、すぐに表情を戻す。
だが心なしか、ノイエさんの表情は安心しているように見えた。
「ではハイセ、翌日より君をエレノアの従者とする」
「ありがとうございます」
よし……。これで成り上がりに一歩近づいた……!
あとは何かしら手柄を立てて、独立に近づく!
別に王侯貴族に近づこうってワケじゃないんだ。
後々、ブエナ村の代官や領主になって故郷を富ませることが出来ればそれでいい。
農民から貴族になるだけでも大変なんだ。そしてそれ以上を求めても意味はない。
俺は、せめて自分の周りの人たちが幸せになってくれればいいのだから。
「次に褒賞だ。なにか求めているものはあるかな?」
褒美か……。
特別、欲しい物品はない。正直に言うとたまに甘いものが欲しいくらいで現状の暮らしぶりには満足している。
だがやってみたいことはある。
……ちょっと勇気を出してみるか。
自分の給金で出来るものがあるかは分からないが、やってみたいことならある。
――酒造りだ。
「二つございます」
「ハイセ――」
「よい、ノイエ。ハイセ、言ってみなさい」
俺の発言を咎めようとしたノイエさんを旦那様は止めた。
まあ「一つだけだよ」と言っているのに「二つ欲しいです」は怒られても仕方がない。
だが、これは二つないと始まらないのだ……。
「ひとつ目は、古都のワイン農家に渡りをつけて頂きたいのです」
「ほう、ワイン農家と」
「ふたつ目は、古都のガラス職人にも渡りをつけて頂ければと」
「ふむ……? ワイナリーでも始めたいのか? この程度であれば造作もないが……」
よし、まず約束は取り付けた。
あとは俺の給金でどこまで彼らと商いを出来るかだ。
「ワイン農家については増産を求めるわけではありません。ガラス職人については……しばらく技術の研究が必要な分野ではあります」
「ふむ、個人の商いかね?」
「上手く行けば旦那様にもご協力を願うかもしれません。私は――神話にある火酒を造り、この古都に新しい風を呼び込もうと思っております」
大見得を切ってはいるが、上手く行くかどうかは全く分からない。
理論こそ知っているが実際にやったことがあるかは覚えていないため、試行錯誤と金と時間が必要になる。
この古城――ムスタファシア家に入るにあたって、料理長や料理人たちにこの世界の酒について教えて貰った。
聞いたところではどれもが甘い酒……つまりはアルコール度数が低いものばかりだった。
つまりは、アルコール度数が高い酒――蒸留酒は新しいジャンルを開拓できる種となる。
そして度数の高いアルコールは清潔を保つための消毒液にもなる。
蒸留酒は貴族の娯楽となり、アルコール消毒は妊婦と赤子を救う手立てになる。
……本当ならば、数年前には妹が生まれるはずだったのだ。
あの時の母さんの表情は今でも覚えている。
それに蒸留酒があれば物珍しさがこの家の立場を上げるかもしれない。
やってみる価値はあるはずだ。
旦那様は黙考し、小さく頷いた。
「あい分かった。資金は当家から出す。これは従者の仕事の範疇を超えている、
商売を!?
そういうのってアリなのか!
いやでも、古代ローマでは奴隷も事業を持つことがあったらしい。
それに近い形なのだろうな。
だが、それでムスタファシア家はいいのだろうか……。
「旦那様? よろしいのでしょうか、失敗する可能性があるのですよ」
俺の言葉に旦那様は頭を振った。
「ハイセ、君が当家……いや、古都全体のことを思ってくれていることを大変誇りに思う。だからこそ、君の働きに当主として報いなければならない」
ええー……説得もなにもしてないのに家のバックアップを受けられることになっちゃった。
もっと結果が出てから援助をしてもらえたらいいなとは思っていたけれど、これは嬉しい誤算だ。
だが、旦那様はさらに俺を驚愕させる発言をする――。
「これでは君個人に報いたことにならない。竜討伐の証、そしてこれまでとこれからの君の献身の証として、当家から剣を贈ろう」
これはどういうことか簡単に説明すると――家からの物品の下賜は、長年働いた従者や料理人、高い功績を挙げた騎士くらいにしかなされない。
ましてや剣を贈るのはその中でもごく一部の選ばれた人間のみ。
……話が飛躍してきたな?