与えるだけの器用貧乏、実は周囲も自分も最強に至るぶっ壊れスキルでした 作:芦屋貴緒
従僕から従者へと昇進したことで仕事内容が変わった。
今までは各部署からのご用聞きと言ったところだったが、今はエレノアお嬢様の対応がほとんどだ。
執事のゴルドーさんから礼儀作法や教養、ハウスキーパーとしての仕事を教わることもあるが、それらはもっぱらエレノアお嬢様に対して発揮しなければならない。
旦那様はどこからか教師を呼び、お嬢様に貴族学校に負けないくらいの学識を与えようとしている。
舞踏や礼儀作法、詩作、教養などなど、エレノアお嬢様には日本の受験生もびっくりな量の課題が出る。
舞踏ついては、執事のゴルドーさんは俺に仕込んで相手役に相応しいだけの格を持たせようとしていた。
そういったことをやっていると当然お嬢様にはストレスが溜まる。
息抜きをしたいということで白羽の矢が俺に立ったのだ。
「そうそう! ハイセ、頑張って!」
「お嬢様、あまり、速度を……!」
「大丈夫だ、ハイセ。エレノア様は私がしっかりと守っている」
草原を二頭の馬が駆けていた。
先導するのはエレノアお嬢様を乗せ、ノイエさんが手綱を握る馬。
俺も馬に乗って彼女たちを追いかけている。
しかし馬に上手く乗ることが出来ずに二人に気遣われ、速度を落としてもらいながらなんとかついていっているだけだ。
やがて、草原を抜けた先にある森の入り口までたどり着き、停留所に設けられた柱に手綱をかける。
疲れ果てた俺の姿を見てエレノア様はなんだか楽しそうだ。
彼女は動きやすいズボンを履いており、その様子を見てノイエさんはどこか困っている様子だ。
「なんでも出来るハイセにもちゃんと苦手なことがあったのね」
「どうにも馬は苦手なようです……」
「もっとあの子たちに心を開いてあげたら、きっとあの子たちも安心するわ」
「善処致します」
馬に乗るの、やっぱり難しいな……。
自分では心を開いているつもりでも、馬とはまだ上手くやれないようだ。
俺を運んでくれた馬の頭を撫でて、野菜屑を鞄から出して食べさせてやる。
ぶるる、と馬は喜びの色を見せて野菜を平らげた。
エレノア様はその様子を見ていたのか、わずかに微笑んでいた。
「ハイセが当家に尽くしてくれているのは皆、理解しています。だからでしょうね、皆が貴方に頼りすぎてしまうのは」
「もったいないお言葉です」
「なので今日の狩りはハイセも気を楽にしていきましょう」
「お嬢様のお心遣い、ありがとうございます」
ちら、とノイエさんを見ると……彼女の目は「気を抜きすぎるなよ」と告げていた。
それはそうだよな。
お嬢様の身になにかあれば俺の首なんて簡単にとんでしまう。
結局、息抜きはしつつもしっかりと彼女を守ることが一番安全なのだろう。
エレノアお嬢様のお心遣いは素直にありがたいけれど、彼女に分からないようにしっかりと仕事をしよう。
真面目に働けば、この家はしっかりと見ていてくれる。
ノイエさんはこちらに視線を向け……しばし黙考した後に口を開いた。
「君は狩猟番見習いの指導も任されているらしいな」
「ええ。以前は狩猟番の真似事もやっていましたので、その関係で」
「……君は本当に何でも出来るな」
「人より飲み込みが早い自信はありますが、すぐに頭打ちになりやすいみたいです」
これは〈
狩猟番見習いの人にはクズ肉を融通して貰う代わりにスキルのコーチをしている。
実際に教えることがほとんどだが、人格面で問題がなさそうであればたまに〈弓術〉や〈追跡〉などのスキルをこっそりと渡している。
なにかを納得したのかノイエさんは小さく頷く。
そしてこちらの肩に手を置き、エレノアお嬢様に言うのだ。
「本日は私ではなく、ハイセに先導をしてもらいます。私は後ろに控えておりますので」
「分かったわ、ノイエ。今日はお願いね、ハイセ」
「承知いたしました。微力ながら……いえ、なんでもありません。行きましょう、お嬢様」
エレノア様は先ほどの「承知いたしました」以降が気に入らないのか、ちょっとふくれっ面を浮かべる。
もっと砕けた物言いをして欲しいのだろうが、俺の立場では難しいので納得していただくしかない。
森の中に入り、歩を進める。
恐らくは、エレノア様は友人が欲しいのだろう。それも腹を割って話せるほどの人が。
エレノア様のギフトを公にすることが醜聞になる以上、社交場に出すことは難しい。
そして学校にも通われているわけではない。
年頃のご息女としては友人のひとりくらい欲しくなるのは当然か……。
そう考えると、どうにかしたいと思ってしまうものだな……。
「ハイセ! あの紫の花、綺麗ね!」
エレノアお嬢様は森の中に群生している紫色の花を指さす。
「あの花は毒草です。ごく少量であれば薬にもなりますが、危険ですので触れるのはお控えください」
「き、危険なのね……」
「よく分かったな、ハイセ。……そういえば君は故郷で薬師にも師事していたな」
二人とも感心したように息を漏らす。
ノイエさんが言う通り、ブエナ村の薬師から、この地域の植物はある程度教えて貰っている。
その爺さんは「薬に頼りすぎるな、食事を摂れ」と口を酸っぱくしていた。
魔女から教えを受けたとか言っていたが、大方腕利きの薬師のことをそう呼んでいるのだろう。
まあ、このことは言わないでおこう。
「ええ。薬師なのに滅多に薬を出さなくて、病気の時も言われた食事を摂らせて治すような人でした」
「まあ、そんな変わった薬師の方もいらっしゃるのですね」
「おそらくその御仁は相当腕の良い薬師なのだろう。私の故郷の医者も同じことを言っていた」
こちらが事情を知らないことを察知したのか、エレノアお嬢様はノイエさんの発言の補足を俺に向けてする。
「ノイエの故郷には神医と呼ばれる方がいらっしゃるの。その高名は王都にも届くとお父様は言っていたわ」
「なるほど……」
「とにかく、毒草の見分けも瞬時に出来るまで君を育てているんだ、優れた御仁だよ」
ノイエさんはしみじみとこちらを見て呟く。
この様子だと魔女が師匠なのも本当なのかもしれない。
薬師として成長したらまた教えを受けられたらいいな。
「……あそこにあるベリーは食べられますよ。少し摘んできましょうか」
「私も摘むわ! 教えて頂戴!」
「承知いたしました、お嬢様」
ベリーの所まで行き、お嬢様に見分け方を教えると彼女はすぐに摘み始める。
ひとつだけ摘まみ、そして口に入れ……笑顔で頬をほころばせる。
「美味しい! 少し酸っぱいのが甘さを単調にしないのね」
「喜んでいただけて何よりです」
一生懸命になってベリーを摘み始めるエレノアお嬢様が微笑ましく、ついつい笑顔を浮かべてしまう。
お嬢様の様子を見てだろうか、ノイエさんはこちらに小さい声で耳打ちをする。
「ハイセ、いざとなったら狩猟番の務めについては私から口添えしておく。お嬢様を楽しませてやってくれ」
「分かりました。そうだ、ノイエさんも食べますか?」
「いや、遠慮しておく。念のために君たちとは別の食事を摂っておくよ」
皆同じものを食べてしまえば腹を下すときは同じタイミングだ。
それを避けたいのだろう。
俺はノイエさんの選択に頷くと、森の植物についてもっと教えて欲しいとせがむエレノアお嬢様に集中する。
「他にはどんなものが食べられるの、ハイセ?」
「向こうにある白い実は毒性で、それに似ているけれど赤みがかったものは美味しいですよ。あと、植物の魔物から獲れる樹液や蜜は絶対に飲んではいけません。後ろ暗い者が使う毒にもなりますので」
「お父様とノイエからも聞いたことがあるわ。おじいさまが生きていた頃に魔物の樹液の虜になって死人のようになった人で王室が溢れかえっていたって!」
エレノアお嬢様は好奇心と恐怖が入り交じったような表情を浮かべる。
植物型の魔物でも毒性がないものもあるらしいのだが、他の魔物を使役するための中毒性のある分泌物であることが多い。
俺が聞いた昔話では、トレントの樹液を飲んだ人間は催眠に対する耐性を失うらしく、無防備になった心を禁術で操り、国の中枢を牛耳った宰相がいたのだとか。
魔物の樹液の恐ろしいところは香りも味もこの世のものとは思えないほどの美味らしく、好奇心で飲んでしまう人間が後を絶たないのだとか。
俺も実物を見たことはない。
だが薬学の師匠からは「〈精神統一〉による精神防壁を超えていくのであれば、間違いなく毒の蜜だ」と言われている。
それを証明する方法も教えて貰っている。
森で異様に良い香りがしたら引き返すか無視しろとは冒険者も言っていた。
俺はエレノアお嬢様に一言だけ言い含める。
「そのような物は私たちが絶対に近づけさせません。必ずお嬢様を守ります」
「ありがとう、ハイセ。貴方の忠誠、献身は当家の宝よ」
恭しく頭を下げると、頭上からエレノアお嬢様の柔らかな声音が降り注ぐ。
彼女は平民の俺であっても態度を変えることなくまっすぐに向き合ってくださる。父親のアルフォンス様も同じだ。
ムスタファシア家の人たちの優しさに触れる度に、俺はエレノア様が不自由していることを思い出してしまう。
旦那様もお嬢様の状態に心を痛めている。
心優しい人が理不尽によって味わわなくて良い辛さを味わっている。
そのことに怒りを覚えてしまう。
俺の第一目標は村を住みやすくすることだ。
それを達成するためにムスタファシア家で成り上がる必要があるだけで、彼女たちの問題に軽々しく首を突っ込むべきではないのも分かる。
だけど、どうしてもお嬢様の苦しみを取り除く方法はないかと考えてしまうのだ。
幼い頃、俺は魔力暴走をするフィーネに〈精神統一〉を与えて暴走を落ち着かせたことがあった。
それと同じようにエレノアお嬢様にスキルを与えればいいのかどうかだ。
エレノアお嬢様には 〈精神統一〉と反発しそうな〈剣鬼の相〉というギフトがあるからだ。
スキルとギフトの反発が起こるのか、それともすんなりと受け入れてくれるのか。
なにがどう作用するか分からない。エレノアお嬢様のギフトをどうにかするのであれば、慎重に行かなければならない理由だ。
柔らかな微笑みをこちらに向けるエレノアお嬢様。
俺の手を引っ張って次の場所へと走って行く姿を見て、俺は〈
その代わりに、花冠を作ったり引き続きベリーを摘んだりととことんエレノアお嬢様に付き合うことにした。
彼女はよく笑い、そして心身ともにリフレッシュが出来たようだった。
俺もいい息抜きになったようで、知らず知らずのうちに身も心も整っていったのだった。
もしかすると、ノイエさんは俺のリフレッシュもさせたかったのか……?
そんなことを考えてもノイエさんが答えてくれることはなかった。