与えるだけの器用貧乏、実は周囲も自分も最強に至るぶっ壊れスキルでした 作:芦屋貴緒
洗礼の儀から十年。俺が地道にスキルを貸したり、現代知識でテコ入れをしてから十年経つ。
色々とやれることをコツコツ続けていくうちに、「読み書きができてきちんと人員の管理ができる人間」として評判が生まれ始めた。
その結果、村長に呼ばれて村の運営の手伝いをするようになった。
俺は高価な羊皮紙に、これまた高価な羽ペンで秋の帳簿を書き終える。
四半期ごとに帳簿をつける行為も最初は反対されていた。
だが村長さまのところで手伝いを重ねるうちに「実務の数字に強いやつ」という評判を得ることができた。
木の長椅子に座って身体が凝ったところで俺は伸びをして凝りをほぐした。
「村長さま、帳簿の作成が終わりました。前年の同時期とくらべて収量や行商から得られる銀貨も順調に増えています」
「おお、お疲れ、ハイセよ。お主が手伝いに来てからというものの、記録を取る癖が部下にもついてきて税の納付も楽になったよ」
「最初のころは僕と村長さま、あと息子さんのクラウスさんの三人で回していましたからね。その頃と比べると随分楽になりました」
簡単な計算くらいなら任せられるくらいにはなってきたが、村の戦士……大人の戦士たちはあまり知識を詰めるということに意味を見いだしていない。
最初は本当に数の認識が「ひとつ、ふたつ、みっつ、たくさん」のレベルだったが、今では武器庫の在庫の管理くらいはできるようになった。
前は武器庫の管理も俺の仕事だったからね……。
スキルとして知識は貸すこともできるけれども、俺の身体はひとつだけ。あれもやれ、これもやれ、と業務が増えていくと手が回らなくなるのだ。
村長さまと軽い雑談に花を咲かせていると、彼は長机の下に置いていたチェストから一枚の羊皮紙を取り出す。
「頼まれておった〈ステータス・スクロール〉じゃ。……お主、冒険者にでもなるのか?」
俺は村長さまからしずしずと羊皮紙の魔導具を受け取ると、首を横に振って彼の言葉を否定する。
「冒険者はあまり考えていないですね。僕はこの村が大好きだから、自分なりに村のことを思ってなにができるかを知りたいんです」
これは偽らざる俺の想いだ。
転生前がどんな存在だったかはもうほとんど覚えていない。故郷と呼べるものはこの村だ。
この村はまだまだ豊かとはいえず、餓死者があまり出ていないのも今のところ綱渡りに成功しているだけだ。
村長さまはふむ、と頷く。
「その一つが青年団か。変わった子よのう。若者といえば村の外に興味が湧くものじゃとばかり思っておったわ」
「青年団は、なんというか……勝手に出来ていたというか……」
「よいよい。お主らが子供の頃から見回りをして、獣から家畜を守っておった功績を咎めるようなことはせん」
とりあえず見込みがありそうだなーという子供の一部にスキルを貸して成長させていたのだが……。
結果、ちょっとした魔物くらいなら簡単に追い払えるようになった集団、それが青年団だ。
村長さまはこちらをじっと見据えて白髪が目立ち始めたあごひげを撫でた。
「お主は人に刺激を与える。教会の司祭は学問に熱中しておるし、お主が生まれてからお主の父親も農業が上手くなった。今では村の者があやつにコツを尋ねに来るほどよ」
村長さまは本当に人をよく見ている。
読み書きを教えて貰った司祭さまには〈言語学〉と〈数学〉のスキルを、父さんには〈農業科学〉のスキルを与えている。
現代知識だけで全てが上手く行くようになるわけではない。それでも司祭さまも父さんも、スキルに刺激を受けて自分なりに発展させていった。
村長さまには〈マネジメント〉のスキルをあげたっけな。
村の収支報告書がギリギリ領主さまに許されるくらいのひどさだったのが、今ではその領主さまに一目置かれているとも聞く。
「皆さんが一生懸命なのを見ると僕も頑張りたくなりますから」
「あのバノッサの悪たれに爪の垢を煎じて飲ませたいくらいじゃの。……要は、お主のおかげで皆が助かっているということじゃよ」
褒められるとうれしくなってしまうのは、村長さまの言葉が心からのものだと分かるからだろう。
ちょっとばかり恥ずかしくなって自分の茶髪を弄ってしまう。
バノッサというのは俺の一個上の年齢の男だ。
六歳の洗礼の儀で〈剣士〉のギフトを授かって以来、村の子供たちをいじめて支配下に置いていた悪ガキだ。
やつの勢力は向かいの区だけだが、そこの子供に話を聞くと「逃げられるものなら逃げたい」と弱音を漏らすほどだ。
この村の小さな暴君。それがバノッサという男だ。
俺はやつのことを頭の片隅において、村長さまとの話に集中する。
「そう言って頂けるとうれしいです。またやる気が出てきますね」
胸を張ってこちらの元気を伝えると村長さまはおおらかに笑う。
しかし家の鎧戸から差し込まれる明かりを見て、彼はなにかに気がついたかのような仕草をした。
「いかんいかん、そろそろ夜になる。広間で待たせている『あの子』を送って行きなさい」
「もうそんな時間ですか。それでは失礼します」
一礼をしてその場を辞する。
広間で待っていた幼馴染は、ハーブティを飲んでは一般家庭では食べられない蜂蜜菓子を子リスのようにちびちびと食べていた。
彼女はこちらに気付くと、蜂蜜菓子を食べるのをやめた。
「い、いつから居たの……?」
「欠食児童みたいに蜂蜜菓子を食べてるところは見た」
「忘れて忘れてー!」
「いいじゃないか。蜂蜜菓子なんかそんなに食べられるものじゃないんだし」
「レディの品格を保つ体面ってものがあるのっ」
「はいはい」
この村では『レディ』と呼ばれるような階級が身につけるマナーを教わる機会などない。
どこかの吟遊詩人あたりからそういう話を聞いたのだろうが、この村にいる限り貴族的な品格を気にする場面などないだろうに。
先ほどまで蜂蜜菓子を子リスのように頬張っていたのは幼馴染のフィーネ。
彼女は俺と同い年の十六歳。洗礼の儀では
十年前、バノッサたちに虐められて魔力を暴走させていたところ、俺が〈精神統一〉のスキルを与えて落ち着かせたことが知り合ったきっかけだ。
それからというものの、俺に懐いたのか後ろをついてくるようになった。
俺とフィーネ、弟のハクアの三人で遊んでいるうちに、バノッサに虐められていた子供たちが集まってくるようになり、そうして出来たのが青年団だ。
争いは好まず、花を愛でたりする方が好きなタイプではあるが、戦えないというわけではない。むしろ青年団の副団長を務めるくらいには魔法の力に長けている。
つい五年くらい前までは「ハイセ君」とくっついてきたのだが、ここ最近はベタベタくっつくこともなくなった。
代わりに母さんの手伝いをしたり、徐々に外堀が埋められてきている気がするんだけれどな……。
「迎えに来てくれたんだろう? そろそろ帰ろうか、フィーネ」
そう言って、村長さまの家をふたりで辞する。
家を出てすぐに、冷たくなってきた風が頬を撫でる。
小麦の黄金色の海が見られなくて残念、と隣の幼馴染、フィーネは刈り取られた小麦畑を見て呟く。
ぼちぼちと歩き出したころ、フィーネは肩までかかった銀髪を揺らし、後ろ向きで歩く。
「青年団もそろそろ家に帰って、夜警は大人たちに代わるみたい」
「問題なしか。ここ数年は獣の活動も大人しくて随分と楽だよ」
「君はつまらない、とか思ったことないの?」
フィーネは不思議そうにこちらに問いかけた。
刺激の問題か。若者は冒険を求めるって村長さまも言っていたし、安定志向の俺の存在は変わっているように見えるのだろう。
「悪いことがなくたってやることはたくさんあるからな。むしろ何かが起こった方が大変になるから嫌だよ」
「向かいの区のバノッサはそれこそ今にも外の世界に飛び出しそうなのに」
こちらを見るフィーネの瞳には不安の色が見える。
自分が置いていかれる姿でも想像しているのだろうか。
俺はそんな彼女の不安を吹き飛ばすべく、苦笑して大々的に語り始める。
「じゃあ俺が青年団を抜けた時の業務の負担でも考えてみようか? まず――」
「ごめんごめん! わたしが軽率でした! ……そうだね、君がいなくなったら青年団どころか、村も立ちいかなくなるかも」
それはさすがに言い過ぎだ。
俺のことが大きく見えているのかもしれない。
小さな頃から生活改善のために動く子供なんて普通じゃないもんな。
でも――
「俺がいなくなるだけで立ちいかなくなるほどヤワなやつらに育てたつもりはないさ。最初は大変だけどいつか自分たちでなんとかできる」
直後、チラリと視界の端に映る
村の外に出て行くだけならまだ理解はできるが、誰にも見つかりたくないという意思が見えた。
最近、盗賊がこの地域を荒らしていると村長さまから聞いた。
隣の村も娘をさらわれたという話も聞く。
戦士団のウワサでは、最近はバノッサたちが外に出かけていて、羽振りがよくなったと聞く。
バノッサが盗賊と繋がっている……?
……まさかな。
「どうしたの? 向こうになにかあった?」
「いや、なんでもない。今日はウチで食べて帰るのか?」
「え、いいの? おばさんの料理、わたし好きだなあ」
心に過る一抹の不安。
このことが、俺が外の世界に飛び立つきっかけになることなど、今は知るよしもなかった。