与えるだけの器用貧乏、実は周囲も自分も最強に至るぶっ壊れスキルでした 作:芦屋貴緒
領主様は整えられたあごひげを撫で、興味深そうにこちらを眺める。
「君があの盗賊団を討伐した青年団のリーダーだね?」
クラウスさんから膝をつくように注意されたので、俺はそれにならって地面に膝を突いて答える。
「はい。村の戦士団との協力もありまして、被害を抑えて討伐ができました」
こちらの応答に領主様はなにかを確認するように小さく頷く。
隣に控えている耳の長い美しい女性は、領主様になにか耳打ちをした。
数秒の沈黙の後、領主様はクラウスさんに問いかける。
「そういえば近年、この村の税収の増加と帳簿の明瞭さには目を見張るものがある。村長の息子である君の案かね?」
その言葉ののち領主様の隣に控える耳長の女剣士の人、騎士や兵士たちの視線が、一斉にクラウスさんに注がれた。
彼は……なにかを確かめるように逡巡を見せる。そして俺の肩に手を置いた。
「いえ、この村の税収が上がったのはひとえにこの青年、ハイセの尽力によるものです」
「なんと! 盗賊の討伐、戦士の育成のみならず村を富ませる術にまで通じておるのか!」
「はい。村の司祭の元で修行をし学識に優れ、父母からは剣術と魔法を習い、行商からは計算を習うことで村に多大な貢献をしております」
ど、どうしたんだ、いきなり俺のやってきたことを説明し始めて……!
クラウスさんの行動に驚きを隠せないでいるが、ここは領主様の前、勝手に口を挟んで止めることは出来ない。
「なにより特筆すべきは、得た知識や経験を惜しみなく他者に分け与えられることです」
どうしてだろう。
俺の預かり知らぬところでなにか大きな物事が動いているような気がしてならない。
「この者が知識や経験を皆に分け与えることでこの村は被害を免れることができました」
クラウスさんの説明が終わる。
彼がなにを思って俺の推薦をしているのかは分からない。
けれど、これはクラウスさんなりの厚意なのだということは彼の身振り手振りからひしひしと伝わってくる。
「領主様、この者……ハイセをムスタファシア家で働かせてやれないでしょうか! 必ずやその働きに満足するはずです」
「村の管理、戦士の育成、その他税収に関わること……そして
俺は思い出す。
なにかを進めようにも権力や外の人との繋がりの薄さが壁となって取りこぼしてきたことを。
決して順風満帆ではなかった生活。
その記憶が俺をもっとより良い暮らしと皆の幸せを願う原動力なのだ。
領主様は厳かな声で告げる。
「ハイセよ、君をムスタファシア家の従僕として取り立てよう。よいか?」
領主様のお言葉は渡りに船と言ったところだ。
なぜクラウスさんが俺を推挙したのかは不明だがありがたい。
けれども――俺はひとつだけ心残りがある。
後ろで息を呑む声。
フィーネが後ろで動揺している姿が目に浮かぶ。
洗礼の儀の年に知り合って、それから毎日のように一緒に過ごしてきた幼馴染。
最初はフィーネがバノッサにいじめられているところを助けて。
それから安定しない魔法のために〈精神統一〉を渡して一緒に修行をした。
そうしているうちに近所の子供たちが集まって、少しずつそれが広まっていって。
今じゃ青年団なんてものができて、俺とフィーネはその団長と副団長だ。
精神的には大人だからって理由で達観していられる程、俺の彼女に対する思い入れは弱くはない。
泣かれたくない、泣かせたくない。
嫌われたくない。
その感情を何と呼ぶのかは知っている。
とても尊くて、切なるもの。
……それでも、俺の心は決まっている。
「領主様の拝命、謹んでお受けいたします」
「よろしい。ハイセよ、我々は明日には都市に戻る。それまでに皆に別れを告げるように」
「ありがとうございます、旦那様」
元々望んでいた話だ。
だというのに俺は素直に喜べないでいる。
思い浮かべるのは幼馴染、フィーネの顔。
俺が抱く『村の皆を幸せにする』という野望。そのための道のりで彼女と別れなければならないことに胸が締め付けられてしまう。
◆
その日はささやかな祭りとなった。
貴族の人たちへのもてなしもあったが、盗賊団の壊滅と近年の村の成果に対する報酬を与えられたからだ。
屈強な戦士団、青年団を養うための狩猟権の拡大が報酬である。狩猟で得たものの一部は税として納めなければならないが、これまでの貧しかった村の肉事情もこれで少しは改善されるだろう。
戦士団と街から来た騎士たちは盗賊の残党が戻ってきてはいけないということで見張りに戻っていった。
襲撃で亡くなった戦士団の人もいるが、そういった人の家族の心を少しでも癒やすためにも祭りを開いているようであった。
どんちゃん騒ぎを起こすものではなく、亡くなった人の魂、そして生きている人たちの心を落ち着かせるための、静かな祭り。
「向こうでも元気にやってくれよな、団長」
「団長が貴族の身内になるなんてな。まあ団長だからチャンスさえあればってところだったんだろうが」
「俺たちのことなら心配するなよ。ちゃんと教えられた通りに……いや、それ以上にやってみせるさ」
慰霊の祭りの中、青年団の皆が代わる代わる別れの挨拶にやって来ていた。
俺は皆に「無理はするなよ」だとか、「家族を泣かせるような真似はするなよ」だとか、そういった声をかけていく。
最後から二番目には……弟のハクアが顔を見せに来た。
ハクアは……見るからに怒っていた。
弟は開口一番、あまり触れて欲しくない話題を口にした。
「フィーネはどうするのさ」
「ちゃんと挨拶に行くさ」
「そういうことじゃないっ! ずっと隣に立っていたフィーネの気持ちはどうなるんだよ、兄さん!」
俺だって馬鹿じゃない。
フィーネがここ数年で俺を見る目が変わってきたのは知っているし、それがどんな感情なのかも理解している。
それでも、俺は村の皆が幸せになるためならば、迷いなく村から出て行けることも自分自身理解していた。
村を発展させるのに必要なものは力だ。
単純な武力も必要だが、技術力、政治力、資金力……必要な力は枚挙に暇がない。
そしてそれらを手に入れるためには権力を得ることが大事で、そのためには貴族のお抱えになるのが手っ取り早い。
俺が貴族に取り入ったとして、俺個人のわがままでフィーネを貴族の家にねじ込めるか?
答えは否だ。
そしてフィーネ自身も貴族のしらがみの中で生きられるかは未知数だ。
とてもついてきてくれなんて言えるわけがない。
だから俺はフィーネと一緒に行くことが出来ない。
別れを告げて、縁が切れてしまうのが怖かった。
……情けない話だ。
俺は頭を振って迷いを振り切る。
「ありがとうな、ハクア。ちゃんと言ってくるよ」