与えるだけの器用貧乏、実は周囲も自分も最強に至るぶっ壊れスキルでした 作:芦屋貴緒
村の外れにある花畑。
そこでは冬以外の季節に雑多な種類の花が咲くことで知られている。
夜。月夜の金色の光に照らされた自然の花畑。
そこには今にも泣きそうなフィーネが三角座りでひとり過ごしていた。
銀糸の髪が月明かりに染まり、神々しさすら覚える彼女の姿に息を呑む。
「……遅い」
「悪かった」
追いかけてきてくれると確信していたのだろう。
フィーネは冗談めかしたふくれっ面でこちらを出迎えてくれた。
俺は彼女の隣に座り、深呼吸をする。
どう切り出したものか……。
自分の中の、フィーネには良いところを見せたいという薄っぺらな見栄が俺の言葉を縛る。
そんなものを今さら取り繕っていてもどうしようもないのに。
俺が言葉を選びあぐねていると、フィーネは落ち着いた声音でこちらに語りかける。
「ずっと村の外に出ると思ってたんだ、ハイセ君は」
「……村の中だけで、村は変えられなかった」
「今ならわたしも何となく分かるよ。人ひとりの力は弱くて、協力できるからわたし達は強くなれた。それは貴族も同じで、貴族の人たちが平民や奴隷の力を連帯させてより強い力を発揮できるんだって」
「そうだな。本当にそうだ。村がもっと清潔で医者がいたら、妹が生まれていたかもしれなかった。明確な司法制度があればバノッサのような人間を早く咎めることができたかもしれなかった。村がもっと豊かだったら、冬をひもじく過ごす人が少なくなるかもしれなかった」
全部仮定の話だ。
でも、俺にもっと知識や技術、力、立場があればそれらを叶えられていたのかもしれない。
そう思うと、俺は握りこぶしから血が滲むほどに悔しさが溢れてしまうのだ。
いま居る人間が生きているだけマシじゃないか。
平民は平民らしく身の丈に合った暮らしをすればいい。
手に入れられなかったものを悔やんでばかりではいけない。
前世でよく聞いた『身の丈』という言葉。
足るを知るのも必要だと世間は言う。
だが、理不尽や悪徳によって大切なものが奪われることをなぜ許容しなければならない?
産院さえあれば防げたかもしれない悲劇、罪と罰、更生があれば防げたかも知れない悲劇、保温や農業科学の技術があれば防げたかも知れない悲劇。
俺はそれらがはびこることを、『身の丈』だなんて言葉で許したくない。
だから、ずっと力を求めていた。
フィーネは俺がこぼすように語る言葉を静かに聞いていた。
「夢みたいなことを夢じゃないように言うよね、ハイセ君って」
「変、だよな。やっぱり」
フィーネは俺の言葉に小さく横に首を振って笑った。
「そういう所が領主様に気に入られたんじゃないかな。遠い所に行くために、近くから歩き続けた君の成果だよ」
「……ずっと隣で見てきてくれた君に言われると照れくさいな」
俺は自分の茶髪の頭をポリポリと掻いて、照れくささをごまかす。
数秒。俺たちの間に心地よい沈黙が流れる。
俺の脳裏に去来するのはフィーネとハイセの三人で遊んだ楽しい記憶。
父さんの畑仕事を手伝って腰を痛めそうになった記憶。
母さんに魔法の稽古をつけて貰っていたフィーネの記憶。
父さんから剣を教わった記憶。
段々と三人の輪が広がっていって、スキルを与えたり教えたりする相手が増えていった記憶。
実はハクアがフィーネのことが好きで、けれどもそのことを心にしまい込んでいた記憶。
――明日にはこの村を離れるんだな。
「俺、もっと強くなって鍛え上げた高位のギフトを持つ人にも負けないくらいに、もっと偉くなって貴族の従僕に収まらないくらいになって帰って来るよ。だから――」
待っていてくれ、そう言おうとして唇を塞がれる。誰に? ……フィーネだ。
がちん、と歯が当たって俺もフィーネも口を押さえた。
いきなりなにを、と言おうとしたところでフィーネが力強く宣言する。
「――待たないよ。わたしは学園都市に行く。魔法と知識に磨きをかけて、また君の隣に立ってみせる」
「そんな金、どこに」
学園都市とは前途有望な若者を集め、鍛え上げるための街だ。
平民でも入学は出来るがそれでも金はかかるはず――。
待っていましたとばかりにフィーネは口角を上げて小さく胸を張る。
「教会の司祭様から推薦状を頂いたんだ。なんと返済不要の奨学生!」
どうやらフィーネは学園都市の魔法大学に通うそうだ。
領主様の街からそこまで離れているわけでもないらしく、会おうと思えば会えるかもしれないらしい。
「さすが十年に一度の〈魔導姫〉様」
「師匠が良かったからね。……というわけで、わたしは待たない。私もこの村を出て、もっと力をつける」
「……そっか。じゃあお互い目標が出来たな。俺も、君の頑張りに恥じない男になって帰ってくる。――絶対に」
「だからさよならは言わないよ。……またね」
「ああ、また」
隣に座るフィーネの手が俺の手に触れる。
俺は包み込むように、大切にその手を握る。
顔が熱くなってくる。
視界も狭まってきて、〈精神統一〉も効かないくらいに興奮している。
隣を見ればフィーネの顔も真っ赤に染まっていた。
彼女は、絞り出すように声を出す。
「きょ、今日だけは……もうちょっとだけこのままで……」
俺たちはお互いの顔も直視できないままこの夜を過ごすことになる。
でもそれは最後だからじゃない。
目標を達成してまた会う覚悟を決めるためだ。
月が照らす中、俺たちは心臓の鼓動が鎮まることのない、静かな夜だった。