与えるだけの器用貧乏、実は周囲も自分も最強に至るぶっ壊れスキルでした 作:芦屋貴緒
「一人前になるまで帰って来るんじゃないぞ」
「分かってる。行ってきます、父さん」
「向こうでも友達を作るのよ。貴方なら大丈夫、絶対に上手くやれるわ」
「ありがとう。向こうでも元気にやれるから心配しないで、母さん」
朝。村から出立する前。
ブエナ村の皆やムスタファシア家の人たちから温かい視線を送られながらも、俺は両親を抱きしめて、一言「行ってきます」と告げて離れる。
そんな光景を微笑みながら眺めていた旦那様……アルフォンス様がこちらに確認をする。
「別れはもう済んだか? 気軽に往復できない距離だから、しっかりと済ませておくといい」
「はい、旦那様。……もう出発しても大丈夫です、ありがとうございます」
大々的に別れを済ませることになってかなり時間を割いてしまった。
まだフィーネの顔を見ていないという心残りはあるが、これ以上待たせてしまっては旦那様たちの時間を奪いすぎてしまう。
……もし俺が長期の休暇を取れて村に帰ったとしても、そこにはフィーネはいない。
学園都市の魔法大学への推薦が決まっており、そちらに向かっているからだ。
出立する前に一目見たかったが、これ以上待たせるわけにはいかない。
旦那さまは碧眼の目を細め、柔らかい表情でこちらを見やる。
「そうか、ならば行こうか――」
アルフォンス様が馬に乗り、兵士たちが先導すべく隊列を組んでいく。
いざ、新たなる土地へ……という時だった。
「ちょっと待ってくださいー――!」
耳が拾うのは聞き慣れた声。フィーネのものだ。
俺は即座に声の方向へ振り向き、息も絶え絶えになっている幼馴染の姿を捉えた。
フィーネは呼吸を整える間も惜しいとばかりに、小さな布袋をこちらに押しつける。
中には固いなにかが入っているが……。
「お守り! ……向こうでも元気でね!」
「……そっちもな。またな」
「……またね!」
フィーネの顔を見やれば、目は真っ赤で、周りにはクマがうっすらと浮かび上がっていた。
夜に別れてからお守りをずっと作っていたのだろう。
じんわりと胸が熱くなる感覚。
周りを見れば俺たちに温かい笑みを向けていた。
特に旦那様はなにが楽しいのかうんうんと深く頷き、こちらの肩に手を乗せる。
「働き次第では彼女も迎え入れられるようにはなるからな」
頑張って働いてくれ、と暗に示している言葉をこちらにかける旦那様。
周りの兵士や騎士たちも「青春だねー」と盛り上がっている。
……見世物じゃないんだー!
内心で叫んでいてもどうしようもない。
俺は恥ずかしさをグッと堪えて旦那様に頭を下げる。
「はい。精進いたします」
「身内の働きに報いるのは貴族の務め。気にするな」
しかし……これで心残りなく行ける。
隊が歩き始め、俺もそれについていく中、俺は村の方角を見ながら大きく手を振った。
「――行ってきます!」
◆
数日も歩き続け、野営を手伝って同じメシを食べれば自然と会話は生まれてくる。
〈薬草学〉のスキルのおかげで熱を出した兵士の看病が上手く行ったり、食べられるベリーを摘んでは同じ隊……この場合は野営の準備などを一緒にする人たちに分けたりして徐々に好感度を稼いでいった。
そして時間が経てば「自分たちにもベリーを分けて欲しい」という要望が出るのも当然だった。
そのため〈薬草学〉のスキルを駆使して、使える薬草、毒草、食べられるベリーの見分け方を教えておく。
兵士や騎士もそこまで人数がいるわけではなく、簡単に見分けられるものばかりなのですぐに浸透しきった。
味気ない携帯食や保存食だけの行軍中の食事に少しだけ彩りを添えることで和らぐ心もある。
これが何千何百人の軍隊になったらさすがに森の資源を刈り尽くしてしまいそうではあるが、数十人程度であれば問題ないだろう。
それと、木剣での試合を通じて仲良くなったのもある。
おかげで旦那様の護衛をしている女剣士のエルフさんとも話すことが出来た。
話の内容は盗賊団が襲ってきたときのことだ。
森に拓かれた街道を歩む中、俺とエルフのノイエさんは旦那様のすぐ近くに控え、歩を進めていた。
「そうか。母親から学んだ〈精神統一〉の能力のおかげで初陣でも落ち着いていられたのか」
「恐らくは。青年団の皆もスキルを習得は出来なくても、平常心を失わずににいられるくらいには鍛えましたからね」
「〈剣術〉も〈精神統一〉も十全に使いこなせるとは。キミの筋の良さは前提として、師匠であるご両親の教えがよかったのだろうな」
「自慢の両親です」
「〈精神統一〉の指導員か……。それならばあるいは……」
ノイエさんは整った顔をうつむかせて何やら思案をする。
よく分からないが厄介事のにおいがするぜ……! 現実に戻ってください!
「ノイエさん?」
「ああ、すまない。そういえば、盗賊団のボスは元騎士だ。それをああも鮮やかに倒せるあたり、キミの腕はかなりのものだな」
「相手が俺……私を侮ってくれたのが大きいでしょうね」
もっと緻密に攻められてしまえばこちらが封殺されていたかもしれない。
だからこそ一撃で仕留めようとしたわけなのだけれど。
俺の言葉に感心したようにため息をつくノイエさん。
「なるほど、首の状態を見て『なぜ一撃で倒せる状況に持ち込めた』かが疑問だったが、一撃で終わらせたのは読みでもあり賭けでもあったということか。――良い胆力をしている」
「お褒めに預かり光栄です」
かしこまった返事をノイエさんにすると、彼女は複雑な表情を浮かべて鼻を掻いた。
「むず痒い。そういう言葉使いは旦那様やお嬢様たちに使ってくれ」
「承知いたし……いえ、分かりました。本当に騎士ではないんですね、ノイエさんは」
「先々代のご当主に借りがあるだけだ。ご当主様たちは私を手元に置いているが、騎士ではないんだよ」
先々代!?
エルフは長寿だとノイエさん本人から聞いていたが、時間のスケールが本当に違うな!
見た目も二十代の若々しい姿にしか見えないというのに、ブエナ村の村長よりも年上だなんて……!
「借りですか。僕がその借りを返すとしたらとっくにおじいちゃんですね」
推定で五十年以上も恩義だけで奉公をする傭兵。
人間の尺度であればとんでもない時間を捧げている。
ノイエさんの人生の長さ、その壮大さに言いようのない感動を覚えていると、彼女はぼそりとこうも続けた。
「……ああ。街から金銀の細工の技術が失われても、それを覚えている者も少なくなるくらいにはな」
「古都ロシュ、でしたっけ。昔は金属細工が栄えていたんですね」
俺たちが向かっているのは古都ロシュと呼ばれる、戦争によって併呑された古い国の首都だ。
小さな都市国家だったため、侵略戦争に負けた際には爵位も低くされて封じられたという。
「ああ。私も詳しくはないが、ワイン産業が有名らしい。……と言っても、最近はロシュのワインを飲む者は少なくなっているらしいが。後は近辺に
ワイン……。ワインか。
村でも酒は造っていたが、大麦酒や蜂蜜酒くらいしかなかったな。
金属細工といい、ワインといい、こういうのは覚えておくとなにかしら成り上がっていくためのネタになる。
それに竜か。
冒険者からはドラゴンを見かけたらとにかく逃げろと言われるほどだが、そういうのが街に来ることもあるのか……。
……今これ以上深く突っ込むのはやめておこう。
まだまだ足場が固まっていない状態だ。もっと皆のことをよく知ってからだ。
先導をしている隊から大声で吉報が届く。
「街が見えたぞー! 我らが故郷、古都ロシュが見えたぞー!」
さあ、と風に吹かれた木々がざわめく。
徐々に開かれていく視界に飛び込むのは円形の石壁の周りにある田畑。
果樹園もあるようで、どこからかブドウの甘い香りが風に乗って漂ってくる。
ノイエさんは何がおかしいのか俺の顔を見てくつくつと笑ってみせた。
そして落ち着いた声音でこちらに告げる。
「これから慣れない環境でしばらくは落ち着けないと思う。だが――ようこそ、古都ロシュへ」