与えるだけの器用貧乏、実は周囲も自分も最強に至るぶっ壊れスキルでした 作:芦屋貴緒
古都ロシュに到着し、都市の中心部へと向かって進む。
騎士や貴族の従者達の居住区を抜け、さらに都市の中心にある古城へ向かう。
その古城こそが、ムスタファシア家の邸宅だ。
騎士や兵士たちはアルフォンス様の一声で解散し、残るノイエさんが警護にあたるようだ。
エルフの傭兵のノイエさんを旦那様は大層信頼しているようだ。
旦那様がこちらに声をかける。
「ハイセ、仕事の説明をするから執務室までついてきてくれ」
「分かりました」
貴族の従僕ということだが、結局俺はなにをやればいいのかが分からないままだと困るから助かるな。
俺は先導する旦那様と、それを警護するノイエさんについていき、城内に入っていく。
淡い色使いの陶磁器の花瓶に花が生けられ、廊下には絨毯が敷かれ、鎧戸を開けた窓は日の光が差し込まれていた。
ノイエさんたちについていく中、突如として廊下の先から若い女性の声が上がる。
「ノイエ! お父様! おかえりなさい!」
「おお、エレノラ! ただいま」
「エレノラ様、ただいま戻りました」
灼熱を思わせる鮮烈な赤髪を腰まで伸ばした女の子が旦那様とノイエさんに駆け寄っては抱きついた。
エレノラ様ね……。
仕える家のご令嬢だ、しっかり覚えておこう。
「もう、ノイエったら。いつまでも他人行儀なんだから」
「お心遣いは嬉しいのですが、私はあくまで傭兵。本来であればこうして口を利くことすら許されぬ身分なのです」
ノイエさんはムスタファシア家に借りがあると言っていたが、抱きついてきた子とは一線を引いている。
ただ、声音は落ち着いている。というよりは親しみを抱いているようにも聞こえる。……愛情?
俺は片足を立ててひざまずき、頭を垂れる。
村でクラウスさんがやっていたことにならうのが一番良さそうだ。
だが、俺のような素人の予想をエレノラ様は知らないとばかりに裏切る。
こちらに向かってきたと思えばしゃがんで目線を合わせようとしているのだ。
「ここは窮屈な王宮じゃないわ。さあ、頭を上げて! 新人さんの……ええと」
「ハイセです。この度、旦那様に従僕として取り立てて頂いたハイセと申します」
エレノア様は「まあ!」と花が咲くような笑顔をほころばせる。
「それで執務室まで行くの? 使用人は執事くらいしか入れないような場所なのよ? 貴方、よっぽど期待されているのね」
貴族に抱いていたプレッシャーというものはエレノア様からは感じないが、それとは別に「よほど期待されている」という部分がプレッシャーになって心の重しになる感覚を覚えた。
俺は自分の肩にかかった重責を相手に悟らせないように頭を下げる。
「ありがとうございます。旦那様のご期待に添えるように全力を尽くします」
「ふふ、騎士物語の騎士みたいだわ」
「ちょうど良い。エレノア、お前も執務室に来なさい。これからのことを説明する」
「はい、お父様」
エレノア様は旦那様の傍に向かい、代わりにノイエさんがこちらにやってくる。
ノイエさんは彫刻のように整った顔をこちらに近づけると小さく耳打ちをした。
「手を出すなよ――?」
「……心に決めた人がいますので」
冗談なのか分かりづらいよ、ノイエさん!
◆
羊皮紙とインクの香り。
黒檀の机には手紙に封をするための蝋と、オリーブの冠を被った獅子の印。
本棚には革の本がずらりと並んでいる。
ノイエさんが部屋の中、手前の方で止まったので俺もそれにならって立っていた。
旦那様とエレノア様は部屋の奥で椅子に腰掛けていた。
旦那様はチラリとエレノア様を見やった後、深刻な表情を浮かべる。
「仕事内容の前に。まず、エレノアに剣を持たせないこと。エレノアが剣を持っているところを見かけたらすぐにノイエを呼ぶこと。決して自分で止めようとしないように」
……どういうことですか?
言っていることは理解できるのに、その背景が一切見えないことによってこちらの理解を阻むようなものになっている。
エレノア様もうつむいている。彼女になにか原因があるのは推察できるが、その理由が分からない。
アルフォンス様は即座に了承をしない俺に何か思ったのだろう、小さく頷く。
「ふむ……。エレノアのギフトは〈
「まあ、お父様」
……もしかしなくても旦那様、親馬鹿だな。
流れるように娘を自慢したぞ。
しかし、〈剣鬼の相〉……?
聞いただけでロクなものではなさそうだ。
結論から言えばこちらの考えは正しかった。
旦那様はこう続ける。
「剣を持った瞬間にその気質は修羅へと変わる。見える命全てを蹂躙しようとするようになるんだ」
旦那様はどこからか小さな木剣を取り出し、ボールでも投げるようにエレノア様に渡す。
直後――エレノア様が高笑いをする。
木剣を握りしめた彼女は顔を上げると、『明確な殺意をもった視線』をこちらに向け――消えた。
「がっ――……」
目の前で女性が息を吐く音。
瞬きの間もなく俺の喉元に突きつけられていたのは、エレノア様が持っていた木剣だ。
それは誰がやったのか? ……当然、エレノア様だ。
エレノア様が突き出した木剣はちょっと喉仏を押している。
だがその程度で済んだのは隣で控えていたノイエさんが、エレノア様の首筋に手刀をたたき込んで気絶させたからだ。
……完全に見えなかった。
身体能力が高いだけではない。身体の使い方が異様に上手いのだ。剣など握ったことのなさそうな手をしているというのに。
剣が本物であれば、ノイエさんが居なければ俺は確実に死んでいた。
それほどまでにエレノア様との実力には開きがあった。
そして特筆すべきはそんなエレノア様を事もなげに止めたノイエさんの実力だ。
今まで俺は村に滞在していた冒険者と話す機会が幾度となくあった。
だが、その冒険者たちを遠くに突き放す……俺が今まで出会った人の中で最も強さを誇る。
旦那様はこちらに一言詫びの言葉を入れる。
「申し訳ない、ハイセ。だがこうでもしなければこの子の特異性を分かってもらえないと思ってね……」
「声を上げずにこらえられるとはな。さすがの胆力だ、ハイセ。偉いぞ」
ノイエさんからは褒められた。
ストレートに褒めてくれるのって嬉しいよね。
しかし……ここに来て旦那様たちに俺がなにが出来るのかが分かってきた気がする。
この〈剣鬼の相〉というギフト、当然ながら公にできるものではない。
このような、人を悪鬼羅刹に変えるギフトを女神が与えるなど人々が信じるはずがない。
だから、普通ならこう考える。
『ムスタファシア家の令嬢、エレノアは呪われている』のだと。
これはスキャンダルだ。
この世界に魔女狩りがあるのであればエレノア様は間違いなく魔女認定されるほどの。
……だからだ。
ノイエさんは俺が〈精神統一〉の話をしたときは妙に食いつきがよく、それでいて何かを考えていた。
愛娘が〈精神統一〉の習得とまではいかずとも、いかなるときも平常心を保ち、内なる悪鬼羅刹を飼い慣らすことが出来たら。
そう考えているのだろう。
間違いなくこれまでもそれは試している。
そしてその試みは全て失敗に終わっている。
俺が前世で親だったかどうかは覚えていない。
でも、もし俺が旦那様の立場であれば希望を捨てられない。
……エレノア様とは少し話しただけだ。
だが、あんなに気さくで気取らない人が良くないギフトを得たというだけで、場合によっては命すら諦めなければならない。
そんな理不尽があっていいものか。
「旦那様は、エレノア様に〈精神統一〉のスキルを習得して欲しいのですね?」
「……そうだ。だがこの子には適性がない。だからせめて剣を握らず生きて欲しい……今はもうそれだけだ」
深くため息を吐く旦那様。
スキル習得には適性がある。
そのスキルでは天才でも別のものでは適性すらなく覚えられないということもある。
そして恐らくは〈剣鬼の相〉という、身体に悪鬼を棲まわせるギフトが〈精神統一〉を拒んでいる。
俺は心に誓う。
目の前で起きる理不尽。それを解決できるのであれば解決したいと。
俺は超人ではない。全ての人間を救うことなんてできやしない。
でも、できるだけ多くの人が不幸に屈することなく、普通の人生を諦めないように出来たらと思ってしまうのだ。
「承知いたしました。エレノア様については旦那様の指示通りに致します」
〈剣鬼の相〉。
ギフトと反発し合うであろうスキルをホイホイ与えてしまうのはどうなるか読めない以上、気軽には行えない。
ちょっと考える必要がありそうだ。
もちろん、この家での立場を築いていくのも忘れないようにしないとな!