初日にバラさんでもええやん…… 作:匿名うゆ
「みんな、今日からこの教室で毎日2時間勉強会をしようと思うんだ。もちろん、強制はしないし、途中で抜けてもらっても構わないよ」
5月初めから1週間ほどが経ち、そう提案したのは平田洋介だ。
平田らしい提案だな。
クラス全体を見渡し、誰一人置いていこうとはしない。
オレには真似できそうにないが、こういう人間が一人いるだけで集団というものはまとまりやすくなるのかもしれない。
平田がそう言うと赤点組は平田の元へ集まって言ったが、池、山内、須藤のいわゆる三馬鹿は平田の元へと向かおうとはしなかった。
三人とも視線だけは平田の方へ向けている。
興味がないわけではないのだろう。
ただ、平田洋介という人間に対して苦手意識を持っているのか、自分から輪に入るのが気恥ずかしいのか、それとも勉強という言葉に拒否反応を示しているだけなのか。
彼らが一番参加をしなければならないのだと思うが……
ここであいつらが赤点を取ってしまいクラスの仲間を失うのは少し悲しいな。
そうだ、いいことを思いついたぞ。
オレならあいつらに勉強を教えることができる。
「なあ、堀北」
「何かしら」
「勉強会に参加しなそうなやつらを誘ってオレが勉強を教えようと思うんだが、どう思う?」
「驚いたわ、ちょうど私から勉強会を開く提案をしようとしていたところだもの。あなたにも人を助ける心があったのね」
「失礼だな。オレは人助けはするタイプだぞ」
「バスでおばあさんに席を譲らなかったのに?」
「それを今、しかもお前が言うのかよ……」
「ふふっ。まあいいわ。今日、お昼は暇?良かったら一緒に食べない?」
「ああ、いいぞ。勉強会について話すんだろ?」
「それもあるけれど、たまには一緒に食べてもいいじゃない?」
「まあそうだな」
オレたちは食堂へ向かう。
昼休みの食堂は今日も賑わっていた。
食器のぶつかる音と談笑が混ざり合い、校舎とは別世界のような活気がある。
こうして誰かと昼食を取ることにも、少しずつ慣れてきた気がした。
「あいつらはどう誘うのが正解なんだろうな」
オレは頼んだ唐揚げ定食を食べながらそう言う。
相変わらず、この学校の食堂は質が高い。
ホワイトルームでは栄養だけを考えた食事ばかりだったからな。
味を楽しむという発想自体、最近になって覚えたものだ。
「そうね……そこは綾小路くんに任せてもいいかしら?友達の少ない綾小路くんでも少しは関わりがあるでしょ?私には一切ないもの」
「確かにそうだな。オレが誘ってみるとするか」
こうして、オレが赤点組を勉強会に誘うことが決まった。
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まずは、池と山内に声をかけることにした。
「池、山内、ちょっと良いか?」
「なんだよ綾小路ー。俺たち今からゲームする予定あるんだけど」
それを予定とは言うのだろうか?
「まあ聞いてくれ、オレと堀北で勉強会を開くことにしたんだが、お前たちも参加しないか?」
まずはストレートに誘ってみることにした。
「勉強会?そういえばお前は前のテスト100点だったよな。いやいや、勉強会なんてしなくても一夜漬けすれば余裕っしょ。多分いけるって!」
そう言ったのは山内だ。
「お前はその一夜漬けで中学時代はテストの点を取れていたのか?」
「いや、まあ……それはその……」
図星らしいな。
「ここは高度育成高等学校だぞ?どんな難しい問題が出るか分からないんだ。一夜漬けでは到底無理だとは思わないか。それに赤点を取ってこの時期に退学でもしてみろ、経歴に一生傷がつくんじゃないか?」
「それはそうかもしれないけどよ……」
あともう一押しだな。
二人の表情を見る限り、危機感はある。
ただ、その危機感よりも面倒くさいが勝っているだけだ。
ならば、その天秤の片側を少し押してやればいい
「オレはあのテストで100点を取った。そのオレだからこそお前たちを確実に赤点ラインから引き上げることができる。どうだ?参加してみないか?」
「そうだな。参加してみるよ……」
「だな。俺も参加してみるわ」
池と山内は納得してくれたみたいだな。
思ったより素直だった。
一度納得すれば、変に意地を張らない。
この辺りは二人の長所と言えるのかもしれない
こいつらも馬鹿だが悪いやつじゃないんだ。
1年の早い段階で別れるのは嫌だから良かったと素直に思う。
次は須藤だ。
「須藤、オレと堀北で勉強会を開こうと思うんだが、お前も参加しないか?ちなみに、池と山内は参加を決めたぞ」
「勉強会か……正直、俺は赤点を取るんじゃねえかって言う不安はあるんだけどよ、俺は今バスケで忙しんだ。すまねえけど、一夜漬けで何とかするわ」
「どうしてもダメか?オレは友達が退学になるところは見たくないんだ。少しでも退学の確率を下げると思って、頼む、友人としての頼みだ」
「……綾小路、お前、俺の事をそこまで……。ハッ、ここで断るのはだせえな。良いぜ、参加してやるよ」
「ああ、ありがとう。須藤」
なんとか須藤を参加させることができたな。
情に厚そうな須藤だからこそこの手を使ったが、正直恥ずかしいな。
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「清隆くん、勉強会を開くって聞いたけど、ほんと?」
「ああ、そうだぞ」
沖谷がそう話しかけてきた
「僕も手伝えたらと思うんだけど……どうかな?」
そう言って声を掛けてきた沖谷は、本気でそう思っているのだろう。
打算ではなく善意だけで動ける人間というのは、案外珍しいものだ。
「良いっちゃ良いんだが……堀北とオレで教える側は足りてるんだよな。平田の勉強会には誘われなかったのか?」
「うん、教える側として誘われたけど……清隆くんの助けになれたらと思って」
「そうか。その気持ちは嬉しいんだが、平田の勉強会に参加してやってくれ。あっちは教える側が足りてないだろうからな。だが、ヘルプが欲しくなった時はお願いしてもいいか?」
「うん、わかったよ。ありがとう!清隆くん」
「ああ、よろしくな」
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次の日の放課後、図書館に赤点組は集められた。
図書館には静かな空気が流れていた。
普段なら読書をする生徒ばかりだが、今日はノートと教科書を広げた生徒が目立つ。
試験が近いことを実感させられる光景だった。
「それじゃあ、勉強会を始めるぞ。分からないところがあったらいつでも質問してくれ」
「……なあ、最初の問題から分からないんだけど」
一瞬冗談かと思ったが、ノートを見る限り本気らしい。
思っていた以上に基礎からやる必要がありそうだ。
「まじか。まあ、少しは頭を使った方が良いと言いたいんだが……最初から躓くのもアレだろう。どれだ、見せてくれ……ってこれ、ただの連立方程式の問題だぞ?正直言って、中学1年生でも解ける問題だ」
「まじかよ……俺たちって小学生以下?」
「まあ、これから学んでいけば良い。いいか、ここはこうするんだ……」
オレは式をノートに書きながら懇切丁寧に説明する。
相手がどこで躓いているのかを見極める。
解き方ではなく、分からなくなった地点まで戻る。
教える側に回るのは初めてだが、この方法なら理解しやすいはずだ。
普段の授業で教え方を学んだオレにとっては分かりやすく説明することなど造作もないことだ。
「おお、すげえな綾小路!すげえ簡単に理解できたぜ」
「そうか?お前たちの理解力が高いんじゃないか?」
「おいおい、綾小路、褒めてくれるなー」
そう言いながらも満更では無さそうに言う山内。
その後も順調に教えていく。
「ああ!?なんだと?」
その時、堀北に教えられていた須藤から怒声がした。
「聞こえなかったかしら。あまりに無知無能すぎると言ったのよ」
その後も堀北は続ける。
「こんな問題も解けなくて将来どうしていくのか「堀北、その辺にしておけ」」
堀北はハッと口を噤む。
「仲間同士でいがみ合ってても仕方がないだろう?須藤も教わる態度が悪いのはそうだが、まず基礎的なことがわかっていないんだ。コツコツ我慢して堀北は教えて須藤は教わるのが重要だとオレは思うぞ」
「そうかよ綾小路……すまなかったな」
「ええ、ごめんなさい。須藤くんも、言い過ぎだわ」
「いや、綾小路の言う通り俺の態度も悪かった……すまねえ」
「良いのよ、一緒に頑張りましょう」
いい感じにまとまったな。
ひとまず場は収まった。
根本的な相性の悪さが解決したわけではない。
それでも、お互いに歩み寄るきっかけにはなっただろう。
「なあ堀北、さっき言ってみた通りに解いてみたけどよ、これで合ってるか?」
「ええ、少し式が雑だけれど……答えはあっているわ」
「おおっ!っしゃ!」
「1問解けただけで大袈裟すぎよ……」
「だって、こんな問題解けると思わなかったからよ」
「言っておくけれど、それも中学校レベルの問題よ?」
「そ、そうかよ……ま、良いだろ!」
そう言って須藤はニカッと笑う。
「綾小路くん」
堀北が小声で話しかけてくる。
「……ありがとう」
「急にどうしたんだ」
「須藤くん、さっきより格段に真面目に勉強してるでしょう?」
言われて視線を向ける。
確かに須藤は文句一つ言わず、黙々と問題を解いていた。
「あなたが間に入ってくれなければ、私はもっと感情的になっていたと思うわ」
「そうか」
「……だから、一応感謝しておくわ」
「礼を言われるほどのことじゃない」
「それでもよ」
この勉強会は赤点組を成長させる目的で開いたのだが……どうやら成長しそうなのは赤点組だけでは無さそうだ。
「少し休憩にしましょう。集中力も落ちてきている頃だもの」
確かに時計を見ると、開始から一時間半ほど経っていた。
「じゃあ五分休憩だ」
そう言うと、一斉に椅子へもたれ掛かる三人。
「生き返るー!」
「勉強ってこんな疲れるもんなのか……」
「部活よりきついぞこれ」
「それにしても、須藤が数学の問題解けるなんて、明日は雪だな」
「うるせぇ!」
池と須藤のやり取りを聞いてオレたちは笑う
三人の情けない声を聞きながら、オレは紙コップの水を一口飲む。
こうして同じことで疲れ、同じことで笑っている。
以前のオレなら、こんな時間は無駄だと切り捨てていたかもしれない。
だが今は、不思議とそうは思わなかった。
赤点を回避するという目的以上に、この時間そのものが少しだけ心地よく感じられた。
良ければ高評価よろしくお願いします!