The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

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FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』第11話です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/文章生成AI補助あり。
詳しい注意事項・制作FAQは作品案内をご確認ください。
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


第11話 よくよく沈まぬ娘だ

 山門の夜は、まだすべてを明かしてはいなかった。

 

 火は閉じられた。

 名は呼ばれた。

 海は岸へ届いた。

 そして、大洋王は自分の口で告げた。

 

 十分だった。

 だが、満足ではなかった。

 

 それでも、記録の奥にはまだ何かが残っている。

 

 戦闘ログではない。

 宝具反応でもない。

 真名干渉でもない。

 

 もっと内側のもの。

 

 ダ・ヴィンチは、王宮区画の記録閲覧専用隔離空間で、画面を見つめながら小さく唸った。

 

「妙だね」

 

 白い空間の中央には、前回と同じ黒い点が浮かんでいる。

 

 山門記録。

 だが、そこに重なっている反応は、これまでとは違っていた。

 

 黄金の門の反応は薄い。

 鎖の音も遠い。

 火天八紘の藍の反応も、今はほとんど眠っている。

 

 代わりに、淡い青い光がある。

 

 海底の王宮のさらに奥で、誰かが灯した小さな標のような光。

 

「これは戦闘ログじゃない。

 宝具反応でもない。

 山門戦の外側で起きた出来事というより、アトラスの霊基内層が、あの夜をどう保管したかの記録に近い」

 

 立香は、画面を見る。

 

「保管したか?」

 

「うん。

 王宮側の認証ログに似ている。

 ただし、通常の認証じゃない。アトラス本人だけでも開かない。外部解析でも開かない」

 

 マシュが不安そうに眉を寄せる。

 

「それは、どういう条件なのでしょうか」

 

 ダ・ヴィンチは少しだけ困ったように笑った。

 

「誰かが隣にいないと開かない構造だ。

 しかも、その“誰か”の条件がかなり限定的らしい」

 

 隔離空間に、短い沈黙が落ちる。

 

 アトラスは、すぐに言った。

 

「マスターか」

 

 ダ・ヴィンチは頷く。

 

「おそらくね。

 ただし、単なる契約権限じゃない。

 記録側が要求しているのは、たぶん――沈まずに見る者だ」

 

 マシュが立香を見る。

 

「先輩だけが、ですか」

 

「マシュの盾も、エミヤの観測線も、こちらから補助はできる。

 危険があれば引き戻す準備もする。

 でも、記録の内側へ入れるのは、たぶんマスターだけだ」

 

 エミヤは腕を組んだまま、画面を見ていた。

 

「危険度は?」

 

「数値化しにくい。

 戦闘ログより物理的な危険は低い。

 ただし、精神的な負荷は高いと思う。

 これは戦場を見る記録じゃない。沈んだものを見る記録だ」

 

 アトラスは、即座に答えた。

 

「不要だ」

 

 立香がアトラスを見る。

 

「何が?」

 

「これ以上の閲覧だ」

 

 アトラスの声は硬い。

 

「山門戦の構造は確認した。

 名、火、到達、勝敗未満の状態。

 必要な情報は得た。以後の閲覧は不要だ」

 

 ダ・ヴィンチは口を挟まない。

 

 マシュも、エミヤも黙っている。

 

 これは技術的な判断だけではない。

 アトラス自身の裁定だった。

 

 立香は、黒い点を見た。

 

 その奥にある淡い青い光。

 

 小さく、静かに、まだ閉じているもの。

 

「でも、まだ閉じてる」

 

 アトラスの視線が立香へ向く。

 

「閉じたままでよいものもある」

 

「うん」

 

 立香は頷いた。

 

「あると思う」

 

「ならば」

 

「でも、アトラスは閉じたまま終わらせる気じゃないんでしょう」

 

 アトラスは答えなかった。

 

 その沈黙が、何よりも答えに近かった。

 

 立香は続ける。

 

「勝手に開けない。

 でも、アトラスが開けるなら、私は見る」

 

「汝は、その返答を多用する」

 

「大事だから」

 

「知っている」

 

 その時、隔離空間の端で黄金の気配が動いた。

 

 ギルガメッシュが、壁に背を預けるように立っていた。

 

 彼は今回は中央へ出てこない。

 

 ただ、見ている。

 

「行け、大洋王」

 

 アトラスはギルガメッシュを見る。

 

「お前は来ぬのか」

 

「言っただろう」

 

 ギルガメッシュは笑う。

 

「次は我の岸ではない。

 貴様の海底だ」

 

 赤い瞳が、立香へ向く。

 

「雑種。沈むなよ」

 

 立香は頷いた。

 

「沈まないよ」

 

「ならばよい」

 

 それだけだった。

 

 ギルガメッシュは、それ以上踏み込まない。

 

 その沈黙は、奇妙なほど明確だった。

 

 ここから先は、自分の場所ではない。

 そう分かっている王の沈黙だった。

 

 アトラスは三叉槍を床へ立てる。

 

「記録層の閲覧を許可する。

 ただし、同行者はマスターのみ。

 外部観測線は維持。

 危険時は即時切断を許可する」

 

 ダ・ヴィンチが確認する。

 

「本当にいいんだね」

 

「己(おれ)が裁定した」

 

「了解。

 マスター、無理はしないこと。

 アトラス、君もだ」

 

「無理の定義が曖昧だ」

 

「そういう返しをしてる時点で少し心配なんだけどね」

 

 エミヤが静かに言う。

 

「観測線はこちらで維持する。

 だが、奥へ入った後は、こちらの声が届きにくくなる可能性が高い」

 

 立香は頷いた。

 

「うん」

 

 マシュが一歩近づく。

 

「先輩」

 

「大丈夫」

 

 立香はマシュに微笑む。

 

「沈まない」

 

 マシュは少しだけ息を吸い、それから頷いた。

 

「はい。

 戻ってきてください」

 

「もちろん」

 

 ダ・ヴィンチの手が操作盤の上を走る。

 

「王宮区画内層、認証ログへ接続。

 観測対象、アトラスおよび藤丸立香。

 防壁反応、一段低下。

 記録層、開放開始」

 

 アトラスの鎧が、低く鳴った。

 

 今までの山門記録の時とは少し違う音だった。

 

 城門が開く音ではある。

 だが、それは戦場へ向かう門の音ではない。

 

 もっと内側。

 王宮の奥。

 誰も通さぬために閉じられていた小さな扉が、海底で軋む音。

 

 白い空間が遠ざかる。

 

 冷たい水の気配が満ちる。

 

 立香は、息を止めそうになって、意識して吸った。

 

 沈まない。

 

 そう決める。

 

 目の前に現れたのは、山門の夜ではなかった。

 

 海底の王宮だった。

 

 長い回廊。

 沈んだ柱。

 壁に刻まれた読めない文字。

 床に積もる砂。

 遠い水音。

 

 その床の一部に、山門の石段が沈んでいた。

 

 石段は、王宮の床へ半ば埋もれている。

 そこに黄金の光の残響がかすかに残り、淡い藍の火の名残が深い場所で眠っている。

 

 山門の夜は、もう戦場ではなかった。

 

 海底の王宮の奥で、記憶は静かに沈んでいた。

 

 立香の隣に、アトラスがいる。

 

 現実のアトラスなのか、記録のアトラスなのか、少し分からない。

 

 紺碧の鎧。

 三叉槍。

 冷たい血色の瞳。

 

 けれど、その輪郭はいつもより少し淡い。

 

「ここは」

 

 立香が呟く。

 

 アトラスが答える。

 

「王宮内層だ」

 

「山門の記録じゃないの?」

 

「山門の記録を、己の王宮が保管した場所だ」

 

「大事だったんだね」

 

「危険だったのだ」

 

「それだけ?」

 

 アトラスは答えない。

 

 遠くで、ダ・ヴィンチの声がかすかに聞こえた。

 

『観測線、維持。

 ただし、こちらの声は少しずつ遠くなる。無理はしないで』

 

 エミヤの声も続く。

 

『危険を感じたら呼べ。

 こちらで引き戻す』

 

 マシュの声。

 

『先輩、アトラスさん……お気をつけて』

 

 声は、水の向こうへ沈むように遠ざかっていく。

 

 立香は、アトラスを見る。

 

「ここから先は、二人だけ?」

 

「そうらしい」

 

「アトラスが開けたから?」

 

「己が許可した。

 だが、開いたのは王宮側の認証だ」

 

「それって、アトラスが開けたってことじゃないの?」

 

「不正確だ」

 

 アトラスは前を見る。

 

「だが、外れてはいない」

 

 回廊の奥へ進む。

 

 足音はしない。

 

 水の底を歩いているはずなのに、息はできる。

 

 沈んでいるのに、沈んでいない。

 

 その奇妙な感覚の中で、立香は歩いた。

 

 回廊の壁に、断片が映る。

 

 石段。

 黄金の門。

 届いた三叉槍。

 沈んだ火。

 ギルガメッシュの声。

 

 届いたぞ、大洋王。

 だが、届いただけだ。

 

 十分だ。

 己の務めは、汝を討つことではない。

 

 その後。

 

 記録の奥で、過去のアトラスが一人で立っていた。

 

 山門の夜は終わっている。

 

 黄金の王の気配は遠い。

 火は閉じている。

 宝具の雨も、鎖の音も、もうない。

 

 過去のアトラスは、石段の上に立っていた。

 

 紺碧の鎧は傷ついている。

 三叉槍の先には、砕けた石の欠片が残っている。

 

 彼女は動かない。

 

 ただ、そこに立っている。

 

 十分だ。

 

 声がした。

 

 過去のアトラスの声だ。

 

 十分だ。

 己の務めは、果たした。

 

 その声は、静かだった。

 

 揺れていない。

 迷っていない。

 王として、任務として、裁定として、正しい声だった。

 

 けれど。

 

 その下に、別の声が沈んでいた。

 

 足りない。

 

 立香は、胸を押さえた。

 

 それは小さな声だった。

 

 叫びではない。

 嘆きでもない。

 怒りですらない。

 

 ただ、沈んでいた。

 

 十分だ。

 けれど、足りない。

 

 任務は果たした。

 けれど、足りない。

 

 届いた。

 けれど、足りない。

 

 アトラスの鎧が鳴った。

 

 現在のアトラスが、低く言う。

 

「見るな」

 

 立香は彼女を見る。

 

「見るよ」

 

「戻れ」

 

「戻らない」

 

「沈むぞ」

 

「沈まないって言ったでしょ」

 

 アトラスの瞳が、わずかに揺れる。

 

 立香は、ゆっくりと言葉を続けた。

 

「アトラスが開けたから、見る」

 

「これは王の記録ではない」

 

「じゃあ、誰の記録?」

 

 アトラスは答えない。

 

 遠くで、沈んだ王宮が軋む。

 

 回廊の壁に、また別の断片が浮かんだ。

 

 玉座。

 

 落ちた王冠。

 

 祈る人々。

 

 王を。

 王を。

 どうか、王を。

 

 そして、誰かの背中。

 

 兄。

 

 立香には、それが誰だか分かった。

 

 はっきり顔が見えたわけではない。

 声がしたわけでもない。

 

 けれど、アトラスの沈黙がそれを教えた。

 

 兄の影。

 

 アトラスという名を持っていた者。

 王として望まれ、祈られ、そして折れた者。

 

 その背中の前に、もう一人が立っている。

 

 エウメロス。

 

「呼ばないよ」

 

 立香は言った。

 

 アトラスが立香を見る。

 

「でも、そこにいたことは、なかったことにしない」

 

 沈黙。

 

 海底の王宮が、静かに沈んでいる。

 

 立香は続けた。

 

「兄の名前を被って、王座に座って。

 国を沈めて。

 火を閉じて。

 それでも、山門の夜で……望んだんだね」

 

 アトラスの声が硬くなる。

 

「何を」

 

「勝ちたいって」

 

 アトラスは即座に返す。

 

「不正確だ」

 

「じゃあ、どう言う?」

 

「勝敗条件の未達を、不快と判断しただけだ」

 

「うん」

 

「任務としては十分だった。

 だが、戦況として未解決だった」

 

「うん」

 

「個人の感情ではない」

 

 立香はアトラスを見る。

 

 すぐに否定しない。

 

 軽く肯定もしない。

 

 ただ、見た。

 

「でも、あった」

 

 アトラスの言葉が止まる。

 

「いいか悪いかじゃなくて。

 望んだんだね」

 

 水の底で、火ではない何かが揺れた。

 

 過去のアトラスの姿が、また見える。

 

 山門戦後、石段に一人で立つ王。

 

 十分だ。

 

 そう裁定した王。

 

 けれど、足りないと沈めた者。

 

 その奥で、声がする。

 

 兄の名を被った己が、己の勝敗を望むのか。

 

 王座が空いたゆえ座った者が、己の満足を求めるのか。

 

 沈めた国を背に持つ者が、黄金の王との勝敗を欲するのか。

 

 アトラスの鎧が、重く鳴る。

 

「不要な感情だ」

 

 立香は首を振らない。

 

 否定しない。

 

 ただ、言う。

 

「でも、あった」

 

「王の裁定に、個人の満足は不要だ」

 

「でも、アトラスは満足じゃなかった」

 

「それは、勝敗条件の未達だ」

 

「うん」

 

 立香は頷く。

 

「でも、それだけじゃない」

 

「マスター」

 

 アトラスの声が低くなる。

 

 警告だった。

 

 これ以上踏み込むな、という声。

 

 立香は止まらない。

 

「私は、代わりに答えないよ」

 

 アトラスは黙る。

 

「アトラスが何を望んだのか、私が決めるつもりはない。

 でも、見なかったことにはしない」

 

 海底の王宮が、深く沈む。

 

 水圧のようなものが、立香の胸へかかる。

 

 苦しい。

 

 けれど、息はできる。

 

 沈まない。

 

 そう決める。

 

 アトラスは、立香を見ていた。

 

「汝は、まだ沈まぬか」

 

 立香は、少しだけ笑った。

 

「沈まないって言ったでしょ」

 

 アトラスは黙った。

 

 その沈黙は長かった。

 

 遠くで、兄の影が揺れる。

 

 王冠が沈む。

 

 祈りの声が水に溶ける。

 

 山門の石段に立つ過去のアトラスが、ゆっくりと目を伏せる。

 

 十分だ。

 

 けれど、足りない。

 

 現在のアトラスが、低く言った。

 

「……よくよく沈まぬ娘だ」

 

 その声は、呆れではなかった。

 

 称賛でもない。

 

 観測。

 

 そして、認定だった。

 

 立香は何も言わない。

 

 ただ、そこにいた。

 

 沈まずに。

 

 アトラスは、過去の自分を見る。

 

 兄の影を見る。

 玉座を見る。

 沈んだ王冠を見る。

 山門の石段を見る。

 黄金の岸へ届いた三叉槍を見る。

 

 そして、自分の内側に沈めていた小さな声を見る。

 

 足りない。

 

 届いただけでは、足りない。

 

 勝ちたい。

 

 言葉にすれば、あまりにも単純だった。

 

 だが、その単純さこそ、アトラスには扱いづらかった。

 

 王の務めではない。

 兄の代替でもない。

 沈んだ国への弔いでもない。

 

 己の望み。

 

 アトラスは、ゆっくりと口を開いた。

 

「己は」

 

 海底の王宮が静かになる。

 

「己は、己の勝敗を欲した」

 

 立香は頷いた。

 

「うん」

 

「兄の名を被ったまま」

 

「うん」

 

「王座に座ったまま」

 

「うん」

 

「国を沈めたまま」

 

「うん」

 

「それでも」

 

 アトラスの声は、かすかに震えた。

 

 けれど、途切れなかった。

 

「己は、己の勝敗を欲した」

 

 立香は言った。

 

「うん。見たよ」

 

「不快だ」

 

「うん」

 

「だが」

 

 アトラスは、立香を見る。

 

「外れてはいない」

 

 その瞬間、海底の王宮の奥で、閉じていた小さな扉が開いた。

 

 激しい光ではない。

 

 火でもない。

 黄金でもない。

 

 水底に差し込む、細い星明かりのような光だった。

 

 立香は、それを見た。

 

 兄の影はまだある。

 沈んだ王宮も、王冠も、祈りも、深いところに眠っている。

 

 すべてが解かれたわけではない。

 

 けれど、その小さな声は、もう完全には沈んでいない。

 

 己は、己の勝敗を欲した。

 

 それを、アトラスは見た。

 

 立香も見た。

 

 そして立香は沈まなかった。

 

 遠くから、ダ・ヴィンチの声が戻ってくる。

 

『観測線、回復。

 二人とも、聞こえる?』

 

 マシュの声。

 

『先輩!』

 

 エミヤの声。

 

『戻れるか』

 

 アトラスは目を閉じた。

 

「帰還する」

 

 立香は頷く。

 

「うん」

 

 海底の王宮が遠ざかる。

 

 回廊が消える。

 山門の石段が水底へ沈む。

 兄の影が、深い青の向こうへ薄れていく。

 

 けれど、最後に一つだけ残った。

 

 細い星明かりのような光。

 

 それは、扉の奥で静かに光っていた。

 

 白い隔離空間が戻る。

 

 立香は瞬きをした。

 

 足元は床だった。

 水ではない。

 海底でもない。

 

 けれど、胸の奥にまだ、深い水の重さが残っている。

 

「先輩!」

 

 マシュが駆け寄ってくる。

 

 立香は微笑んだ。

 

「大丈夫。沈まなかったよ」

 

 マシュの目に、ほっとした色が広がる。

 

「よかった……」

 

 ダ・ヴィンチが画面を見ながら息を吐いた。

 

「観測記録、回収成功。

 霊基損傷なし。精神負荷は……まあ、軽いとは言えないけど、危険域ではないね」

 

 エミヤが立香とアトラスを見比べる。

 

「中で何を見た?」

 

 立香はすぐに答えなかった。

 

 アトラスを見る。

 

 代わりに答えない。

 

 そう決めている。

 

 アトラスは、立香の視線を受けて、少しだけ沈黙した。

 

 そして言った。

 

「己の記録だ」

 

 エミヤは、それ以上聞かなかった。

 

「そうか」

 

 マシュも、ダ・ヴィンチも、何も聞かない。

 

 アトラスがそう言ったなら、それはアトラスが答えるべきことだった。

 

 ギルガメッシュが、少し離れた場所で笑った。

 

「沈まぬ者を得たか、大洋王」

 

 アトラスはギルガメッシュを見る。

 

「得たのではない。マスターだ」

 

「同じことよ」

 

「違う」

 

 立香は思わず笑ってしまった。

 

 アトラスが立香を見る。

 

「何を笑う」

 

「なんでもない」

 

「不快だ」

 

「うん」

 

 けれど、その声はいつものように硬いだけではなかった。

 

 ギルガメッシュは満足げに踵を返す。

 

「よい。

 ようやく海底に灯が入ったか」

 

 アトラスは答えない。

 

 ただ、わずかに目を伏せた。

 

 立香は、その横に立っている。

 

 沈まずに。

 

 山門の夜は、まだすべてを明かしてはいない。

 

 兄の影も、沈んだ王宮も、海底のさらに奥に眠っている。

 

 けれどその日、アトラスは一つだけ見た。

 

 あの山門の夜に、名も、王座も、沈めた国も背負ったままでなお、己自身の勝敗を望んだという事実を。

 

 そして藤丸立香は、それを沈まずに見届けた。

 

 よくよく沈まぬ娘だ。

 

 大洋王はそう言った。

 

 それは観測であり、認定だった。

 

 海底の王宮の奥で、小さな扉が一つ開いた。

 

 その向こうには、まだ深い海がある。

 

 けれど、そこにはもう、沈むだけではない光があった。

 




お読みいただきありがとうございます。

しばらくは毎日20時頃に更新予定です。

本作は、序盤〜中盤は王性・関係性・神話解釈を中心に進行します。
終盤にはバトル展開があります。それまでの静けさは、そのための積み上げです。

この作品の興味をもったところは?

  • アトラスのキャラクター性・内面
  • ギルガメッシュとの関係性
  • 王としての在り方・王権のテーマ
  • ストーリーの展開
  • その他
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