The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

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FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』第11話と第12話の間の幕間です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・制作FAQ・設定資料はこちら:
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


幕間 甘きものは沈まず

 カルデアの食堂には、時折、戦場よりも混沌とした時間が訪れる。

 

 それは作戦会議ではない。

 緊急招集でもない。

 訓練後の反省会ですらない。

 

 ただ、誰かが菓子を作りすぎた。

 

 それだけで、英霊たちは集まる。

 

 藤丸立香がアトラスを見つけたのは、訓練室へ向かう廊下だった。

 

 紺碧の鎧。

 三叉槍。

 冷たい血色の瞳。

 いつものように、海底からそのまま歩いてきたような姿で、アトラスは廊下を進んでいた。

 

「アトラス」

 

 立香が呼ぶと、アトラスは足を止める。

 

「何だ、マスター」

 

「食堂行こう」

 

「必要な栄養補給なら、後で行う」

 

「栄養補給じゃなくて、スイーツ」

 

 アトラスは沈黙した。

 

 その沈黙は、敵の戦術を解析する時のものに似ていた。

 

「甘味か」

 

「うん」

 

「戦術的優先度が低い」

 

「だから行くんだよ」

 

「意味が分からぬ」

 

「任務じゃないから」

 

「なおさら意味が分からぬ」

 

 立香は少し笑った。

 

 アトラスは本気で分かっていない顔をしている。

 

 この王は、沈んだ国も、王冠も、火も、名も、勝敗も、自分の内側で裁定してきた。

 だが、「任務ではないから行く」という行動原理には、まだ慣れていない。

 

「今日は、みんなで食べる日」

 

「食物摂取に人数条件があるのか」

 

「ある時もある」

 

「不明瞭だ」

 

「いいから行こう」

 

「マスター。己はまだ承諾していない」

 

「うん。でも来るでしょ?」

 

 アトラスは立香を見た。

 

 立香は、沈まない顔で見返している。

 

 アトラスは、わずかに息を吐いた。

 

「……観測の必要はある」

 

「やった」

 

「承諾ではない。観測だ」

 

「うん。観測しよう」

 

 そうして立香は、アトラスを食堂へ連れていった。

 

 食堂には、すでに甘い匂いが満ちていた。

 

 焼き菓子の香ばしさ。

 蜂蜜の甘さ。

 クリームの柔らかな匂い。

 果実の酸味。

 そして、焼き上がったばかりの生地から立ちのぼる温かい湯気。

 

 厨房側ではエミヤが皿を並べている。

 

 テーブルには、星形のクッキー、蜂蜜を使った焼き菓子、白い雪のようなクリーム菓子、青い海を模したゼリー、デーツを練り込んだ小さな菓子、丸く焼かれたタルトが並んでいた。

 

 すでに席についている者たちもいる。

 

 ニトクリスは背筋を伸ばして、どこか厳粛な顔で皿を見ている。

 アルトリアは、真剣そのものの表情でスプーンを手にしている。

 スカディは白い菓子を前に、静かに目を細めている。

 ボイジャーは星形のクッキーを両手で持って、嬉しそうに眺めていた。

 

 立香が手を振る。

 

「連れてきたよ」

 

 ニトクリスが微笑む。

 

「ようこそ、大洋王。

 本日は食堂にて、甘味の席です」

 

 アトラスはテーブルを見る。

 

「複数の王およびサーヴァントが、同時刻に糖分を摂取している」

 

「そうですね」

 

「その必要性は何だ」

 

 アルトリアが、真顔で答えた。

 

「必要性ではありません。幸福です」

 

 アトラスは、アルトリアを見る。

 

「幸福」

 

「はい」

 

「王が、糖分摂取を幸福と分類するのか」

 

「王であるからこそです」

 

 アルトリアは迷いなく言った。

 

「民が食卓で笑える国を守るために、王は剣を取ります。

 ならば食卓の幸福を軽んじる王は、本末転倒でしょう」

 

 アトラスは答えなかった。

 

 食卓。

 幸福。

 守るために剣を取るもの。

 

 それは、彼女がこれまで扱ってきた王権とは少し違っていた。

 

 国を沈める。

 災厄を外へ流さない。

 王宮を墓として閉じる。

 火を眠らせる。

 

 守るという言葉は同じでも、その先にある景色が違う。

 

 立香が椅子を引いた。

 

「座ろう」

 

「まだ観測中だ」

 

「座って観測しよう」

 

「合理性はある」

 

 アトラスは席についた。

 

 目の前には、青いゼリーが置かれた。

 透明な器の中に、深い青と淡い青が層になっている。表面には銀色の砂糖が散らされ、光を受けると小さな星のように瞬いた。

 

 アトラスはそれを見つめる。

 

「海を模した食品か」

 

 厨房からエミヤが答えた。

 

「見た目だけだ。沈まない」

 

 立香が笑う。

 

「食べる海だね」

 

「海は食べぬ」

 

 ボイジャーが、青いゼリーを覗き込んだ。

 

「でも、あまい海なら、ちょっとたべてみたい」

 

 アトラスはボイジャーを見る。

 

「汝は、海を食べるのか」

 

「ううん。たぶん、ゼリーをたべる」

 

「正確だ」

 

 ボイジャーは嬉しそうに笑った。

 

 アルトリアはすでに一口目を食べていた。

 

 非常に真剣な表情で、味を確認している。

 

「よい出来です」

 

 エミヤは肩をすくめる。

 

「それはどうも」

 

「このタルトは、もう一皿ありますか」

 

「あるにはあるが、全員に行き渡ってからだ」

 

「分かっています。王として待ちます」

 

 アトラスが静かに言う。

 

「王として待つ、とは」

 

 アルトリアは堂々と答えた。

 

「分配の秩序を乱さず、しかし望みを失わないことです」

 

「甘味に対してもか」

 

「甘味に対してもです」

 

 アトラスは少しだけ考え込んだ。

 

「カルデアの王は、甘味に真剣だ」

 

 立香が小声で言う。

 

「アトラスも今かなり真剣だよ」

 

「観測だ」

 

「うん」

 

 ニトクリスが、小さなデーツ菓子を手に取った。

 

 その表情は、食堂にいる時の柔らかさを残しながらも、どこか王墓に立つ者の静けさがあった。

 

「大洋王」

 

「何だ」

 

「墓に供えるものも、死者のためだけではありません」

 

 アトラスの視線がニトクリスへ向く。

 

 ニトクリスは続けた。

 

「残された者が、忘れぬためでもあります」

 

「忘れぬため」

 

「はい。

 名を呼び、香を焚き、食物を供える。

 それは死者を縛るためではなく、そこにいたことを失わぬためです」

 

 アトラスは沈黙した。

 

 王宮であり、墓でもある場所。

 かつてニトクリスがそう言った場所。

 

 沈めた国。

 沈めた名。

 沈めた王冠。

 

 墓とは、沈めるためだけのものではない。

 

 忘れぬための場所でもある。

 

「王宮は墓でもある」

 

 アトラスは言った。

 

「だが、墓は沈めるためだけのものではない、か」

 

 ニトクリスは頷いた。

 

「そうです。

 墓とは、忘れぬための場所です。

 そして供物とは、忘れぬことを形にする行いでもあります」

 

 アトラスは、自分の前の青いゼリーを見る。

 

「食物は消える」

 

「ええ」

 

「摂取されれば、形を失う」

 

「それでも、残ります」

 

「どこに」

 

「覚えている者の中に」

 

 ニトクリスの言葉は静かだった。

 

 アトラスは答えない。

 

 代わりに、ボイジャーが星形クッキーを掲げた。

 

「あまいものって、星みたいだね」

 

 アトラスはそちらを見る。

 

「形状の話か」

 

「ううん」

 

 ボイジャーは首を振る。

 

「ちいさくて、ひかって、なくなっても、覚えてる」

 

 アトラスの瞳が、ほんのわずかに揺れた。

 

「なくなっても、覚えている」

 

「うん」

 

 ボイジャーはクッキーを見つめる。

 

「ぼくも、遠くへ行くとき、いろんなものを覚えてるよ。

 うたとか、ことばとか、だれかがくれたものとか」

 

 歌。

 

 その言葉が落ちた瞬間、アトラスの内側で、海底の王宮がかすかに軋んだ。

 

 まだ口にしていないもの。

 まだ誰にも見せていないもの。

 沈めなかったもの。

 

 アトラスは、表情を変えない。

 

 ただ、静かに言った。

 

「歌も、覚えるものか」

 

 ボイジャーは頷く。

 

「うん。

 うたは、だれかがいなくなっても、ときどきのこるよ」

 

 スカディが、白い菓子を一口食べた。

 

 雪のようなクリームが、銀の皿の上で淡く光っている。

 

「寒き世界にも、甘味はあった」

 

 その声は、静かで、少し遠かった。

 

 アトラスがスカディを見る。

 

 スカディは白い菓子を見下ろしたまま、続ける。

 

「滅びた国にも、甘きものの記憶は残る。

 それは無力だ。剣にも盾にもならぬ。

 だが、無価値ではない」

 

 アトラスはその言葉を反復した。

 

「無力だが、無価値ではない」

 

「そうだ」

 

 スカディの瞳は、雪原の奥のように静かだった。

 

「甘味は国を救わぬ。

 滅びを止めぬ。

 死者を蘇らせることもない。

 だが、それを愚かと笑う者は、王には向かぬ」

 

 アトラスは黙った。

 

 兵器ではない。

 王権ではない。

 神具でもない。

 

 それでも、無価値ではないもの。

 

 沈めなかったもの。

 

 立香は、アトラスの横顔を見ていた。

 

 何かを思い出している顔だった。

 けれど、立香は聞かない。

 

 代わりに、青いゼリー用の小さなスプーンをアトラスへ渡す。

 

「食べてみる?」

 

 アトラスはスプーンを見る。

 

「これをか」

 

「うん」

 

「海を模した食品を、摂取する」

 

「そう」

 

「不思議な行為だ」

 

「カルデアではよくあるよ」

 

「それは、カルデアの異常性を示す情報ではないのか」

 

「否定はできない」

 

 エミヤが厨房から言う。

 

「食べるなら、溶ける前に食べてくれ」

 

 アトラスは青いゼリーをすくった。

 

 光が揺れる。

 銀の砂糖が、星のように小さく瞬く。

 

 アトラスは、それを口へ運んだ。

 

 沈黙。

 

 立香が覗き込む。

 

「どう?」

 

 アトラスは答えない。

 

「おいしくない?」

 

「過剰な糖分だ」

 

「あ、だめだった?」

 

「不快ではない」

 

 立香は笑った。

 

「それ、おいしいってこと?」

 

「分類を急ぐな」

 

 アルトリアがすかさず言った。

 

「おかわりはあります」

 

「まだ分類中だ」

 

 ボイジャーが星形クッキーを持ったまま言う。

 

「じゃあ、もうひとつ食べたら、わかるかも」

 

 アトラスは真顔で頷いた。

 

「合理性がある」

 

 立香が笑う。

 

「あるかな?」

 

「比較対象を増やすのは分析の基本だ」

 

 エミヤが少し呆れたように、別の皿を置く。

 

「分析名目で食べすぎるなよ」

 

「食べすぎの基準は」

 

「後で胃が重くなる量だ」

 

「霊基に胃の概念をどこまで適用するかは議論の余地がある」

 

「なら、気分が重くなる量だ」

 

「沈むという意味か」

 

「違う」

 

 立香は思わず吹き出した。

 

 アトラスは、少し不服そうに立香を見る。

 

「何を笑う」

 

「ごめん。なんでもない」

 

「不快だ」

 

 けれど、アトラスは二口目を食べた。

 

 今度は白いクリーム菓子だった。

 

 冷たく、柔らかく、わずかに蜂蜜の香りがある。

 

 スカディが静かに見ている。

 

「どうだ、大洋王」

 

「白い」

 

「味の話をしている」

 

「冷たい」

 

「それも味ではない」

 

「不快ではない」

 

「そうか」

 

 スカディは少しだけ笑った。

 

「ならば、よい」

 

 アルトリアは真面目な顔で言う。

 

「次はタルトを推奨します」

 

「推奨理由は」

 

「おいしいからです」

 

「主観か」

 

「はい。ですが、強い主観です」

 

「強い主観」

 

 アトラスはタルトを見る。

 

 果実がきらきらと光り、焼き目のついた生地が香ばしい匂いを放っている。

 

 アトラスは少し考え、タルトも食べた。

 

 果実の酸味と、焼き目のついた生地の香ばしさが、舌の上でほどける。

 

 また沈黙。

 

 今度は、沈黙が少し長かった。

 

 立香が言う。

 

「これは?」

 

 アトラスは答える。

 

「……不快ではない」

 

 アルトリアが満足げに頷いた。

 

「勝利です」

 

「勝敗だったのか」

 

「食卓にも勝利はあります」

 

「王の概念が広い」

 

「はい」

 

 ニトクリスが微笑む。

 

「大洋王。食卓とは、不思議な場です。

 王も、兵も、旅人も、女王も、同じ皿の前では少しだけ同じ場所に立ちます」

 

 アトラスはテーブルを見る。

 

 星形のクッキー。

 青い海のゼリー。

 白い雪の菓子。

 果実のタルト。

 蜂蜜の焼き菓子。

 

 それぞれの前に、違う者たちが座っている。

 

 王。

 女王。

 旅人。

 マスター。

 弓兵。

 盾の娘は、少し遅れて食堂へ入ってきたところだった。

 

「先輩、こちらにいらしたんですね」

 

「マシュ。ちょうどよかった。まだあるよ」

 

 マシュはテーブルを見る。

 

「わあ……綺麗ですね」

 

 ボイジャーが星形クッキーを差し出す。

 

「マシュも、星たべる?」

 

「星を……?」

 

 マシュは少し戸惑った後、笑った。

 

「いただきます」

 

 アトラスはその光景を見ていた。

 

 星を食べる。

 海を食べる。

 雪を食べる。

 

 実際には、菓子を食べているだけだ。

 

 だが、人は形を与える。

 名を与える。

 覚えるために、何かを別の姿へ移す。

 

 墓に供える。

 歌にする。

 星の形に焼く。

 食べて、消して、それでも覚える。

 

 アトラスは、青いゼリーの器を見下ろした。

 

「甘味は、消える」

 

 ボイジャーが頷く。

 

「うん」

 

「摂取すれば形を失う」

 

 アルトリアが答える。

 

「ですが、味は残ります」

 

 ニトクリスが続ける。

 

「記憶として」

 

 スカディが言う。

 

「慰めとして」

 

 立香が笑う。

 

「また食べたいって思うものとして」

 

 マシュが、星形クッキーを大事そうに持ちながら言う。

 

「誰かと食べた時間としても、残ると思います」

 

 アトラスは黙った。

 

 食べれば、形は失われる。

 けれど、消えたものが何も残さないとは限らない。

 

 沈んだものが、すべて失われるとは限らない。

 

 しばらくして、アトラスは小さく呟いた。

 

「覚えるための味、か」

 

 立香は、静かに頷いた。

 

「うん」

 

「甘きものは、沈みにくいのだな」

 

 ボイジャーが笑った。

 

「うん。たぶん、ぷかぷかする」

 

「浮力の話ではない」

 

「でも、沈まないなら、ちょっと似てるよ」

 

 アトラスは反論しようとして、やめた。

 

「……外れてはいない」

 

 ボイジャーは嬉しそうに笑った。

 

 食堂の時間は、ゆっくりと過ぎていった。

 

 誰かが菓子を取り、誰かが茶を注ぎ、誰かが味を評し、誰かが次の皿を待った。

 

 戦場ではない。

 王宮でもない。

 墓でもない。

 

 ただ、食卓だった。

 

 その日、アトラスは三種類の菓子を「不快ではない」と分類し、一種類を「比較対象として再調査の価値あり」と記録した。

 

 立香は、それをだいたい「気に入った」と訳した。

 

 食堂を出る頃、ボイジャーがアトラスのそばへ来た。

 

 小さな手に、星形のクッキーを一つ持っている。

 

「アトラス」

 

「何だ」

 

「これ、あとでたべて」

 

 アトラスはクッキーを見る。

 

「星は、食物ではない」

 

「でも、これは星のかたちだよ」

 

「形状のみの模倣だ」

 

「うん」

 

 ボイジャーは笑う。

 

「星は、あとでもひかるから」

 

 アトラスは黙った。

 

 星形のクッキーは、小さく、薄く、壊れやすそうだった。

 

 食べれば消える。

 割れれば形を失う。

 時間が経てば、味も変わるだろう。

 

 それでも、ボイジャーはそれを星と呼んだ。

 

 アトラスは、その小さな星を受け取った。

 

「……記録した」

 

「うん」

 

「保存条件は」

 

「たぶん、はやめにたべるのがいいよ」

 

「あとでも光るのではなかったのか」

 

「おいしいうちのほうが、もっとひかる」

 

 立香が笑う。

 

「なるほど」

 

 アトラスはクッキーを見つめる。

 

「難解だ」

 

「そう?」

 

「そうだ」

 

 けれど、その声は不快そうではなかった。

 

 立香とアトラスは、食堂を出た。

 

 廊下は静かだった。

 

 食堂の中からは、まだアルトリアが次の皿についてエミヤと交渉している声が聞こえる。

 ニトクリスがそれを諫め、スカディが静かに茶を飲み、ボイジャーがマシュに星形クッキーの話をしている。

 

 カルデアの日常。

 

 沈まない場所ではない。

 けれど、沈んでも誰かが手を伸ばす場所。

 

 立香が隣を歩きながら言った。

 

「楽しかった?」

 

 アトラスは、少し考える。

 

「分類中だ」

 

「そっか」

 

「不快ではなかった」

 

「うん」

 

 食物は消える。

 摂取されれば形を失う。

 

 だが、味は記憶として残る。

 食卓は、記録の場にもなる。

 

 そして、歌もまた。

 

 消えた後に残る可能性がある。

 

 アトラスの内側で、いくつもの記録が音もなく接続されていく。

 

 だが、それを今、目の前のマスターへ開示する必要性はない。

 

 立香は、アトラスを見た。

 

 今、アトラスは何かに触れかけている。

 

 でも、それを立香が先に問うことはしなかった。

 

 アトラスが開けるなら見る。

 勝手には開けない。

 

 それは、もう何度も確認してきた約束だった。

 

 アトラスは、手の中の星形クッキーを見る。

 

「覚えるための味」

 

 小さな声だった。

 

 立香は、それを聞いていた。

 

「そういうの、いいね」

 

「良いかどうかは未分類だ」

 

「うん」

 

「だが」

 

 アトラスは、少しだけ目を伏せる。

 

「沈みにくいものではある」

 

 立香は笑った。

 

「じゃあ、今日の観測は成功?」

 

「成功条件が曖昧だ」

 

「不快ではなかった?」

 

「不快ではなかった」

 

「じゃあ成功」

 

「マスターの判定基準は緩い」

 

「でも、外れてる?」

 

 アトラスは沈黙した。

 

 そして、短く答える。

 

「外れてはいない」

 

 廊下の照明が、静かに白く光っている。

 

 アトラスの手の中で、小さな星形のクッキーが揺れた。

 

 甘いものは消える。

 食べれば形を失う。

 それでも、味は残る。

 

 名も、歌も、星も、あるいは同じなのかもしれない。

 

 アトラスはまだ、その歌の名を口にしなかった。

 

 けれど海底の王宮の奥で、沈めなかった何かが、ほんの少しだけ揺れていた。

 

 甘きものは沈まず。

 

 少なくとも、その日カルデアの食堂で、アトラスはそう記録した。

 




お読みいただきありがとうございます。

しばらくは毎日20時頃に更新予定です。

本作は、序盤〜中盤は王性・関係性・神話解釈を中心に進行します。
終盤にはバトル展開があります。それまでの静けさは、そのための積み上げです。

この作品の興味をもったところは?

  • アトラスのキャラクター性・内面
  • ギルガメッシュとの関係性
  • 王としての在り方・王権のテーマ
  • ストーリーの展開
  • その他
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