The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

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FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』第11話と第12話の間の幕間です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・制作FAQ・設定資料はこちら:
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


幕間 王たちは海を評す

 王権が、地形化している。

 

 ダ・ヴィンチがそう言った時、藤丸立香はすぐには意味を理解できなかった。

 

 カルデアの観測室には、青い立体映像が浮かんでいる。

 

 海だった。

 

 ただし、普通の海ではない。

 

 暗い。

 深い。

 そして、異様に静かだった。

 

 その海底に、王宮が沈んでいる。

 

 柱。

 門。

 玉座。

 半ば崩れた都市の輪郭。

 火口のように、昏い藍色で脈打つ反応。

 そして、中心部に沈む、巨大な王権反応。

 

 海底都市というより、沈んだ王宮そのものがまだ王命を発しているようだった。

 

「これ、特異点?」

 

 立香が問う。

 

 ダ・ヴィンチは腕を組んだまま、映像を見上げる。

 

「特異点に近い。

 ただ、通常の人理異常とは少し違う。これは土地や時代の歪みというより、王権構造がそのまま海域化している」

 

「王権構造が、海域化」

 

「うん。

 王宮、墓、都市、防衛機構、火、玉座。

 それらが全部、ひとつの統治体系として動いている。

 まるで、王の内側を地形にしたみたいだ」

 

 立香は、青い映像を見る。

 

 王の内側。

 

 海底の王宮。

 

 アトラス。

 

 その名を思い浮かべた時、胸の奥に冷たい水の感覚がよみがえった。

 

 山門の夜。

 沈んだ記録。

 海底で開いた小さな扉。

 そして、アトラスが言った言葉。

 

 己(おれ)は、己の勝敗を欲した。

 

 ダ・ヴィンチは、映像の一部を拡大する。

 

「問題は、この王権反応が強すぎることだ。

 解析するだけなら私でもできる。

 でも“王として何が起きているか”を見るには、専門家の意見がほしい」

 

「専門家?」

 

「王たちだ」

 

 立香が振り返る。

 

 観測室の扉が開いていた。

 

 入ってきたのは、黄金の光だった。

 

「余を呼んだならば、太陽の下で語るべきであろう」

 

 オジマンディアスが、当然のように言った。

 

 その後ろから、イスカンダルが豪快に笑いながら入ってくる。

 

「海底の王宮か! よいではないか、余の軍勢も驚くぞ!」

 

 さらに、静かで整った足音。

 

「ふむ。王宮、墓、都市、防衛機構が一体化しておる。

 なるほど、王権構造の異常事例としては興味深いぞ」

 

 始皇帝が、涼やかに映像を見た。

 

 そして最後に、ギルガメッシュが入ってくる。

 

 彼は青い海底王宮の映像を一瞥し、ひどく面倒そうに笑った。

 

「相変わらず陰気な王宮よ」

 

 ダ・ヴィンチが手を叩く。

 

「というわけで、本日の特別顧問たちだ」

 

 立香は目を瞬く。

 

「すごい面子になったね」

 

「王権の話は王に聞くのが早い」

 

「その理屈は分かるけど、圧がすごい」

 

 マシュが立香の隣で緊張した顔をしている。

 

「先輩、観測室の霊圧が……」

 

「うん。すごい」

 

 王たちは、それぞれ好きな位置に立った。

 

 オジマンディアスは映像の正面に。

 イスカンダルは腕を組み、王宮の全景を面白そうに眺めている。

 始皇帝は、解析画面の文字列まで目を通していた。

 ギルガメッシュは少し離れた場所で、壁に背を預けている。

 

 いちばん当事者に近いはずの彼が、いちばん興味なさそうに見える。

 

 けれど立香には、それが本当に興味がないのとは違うと分かっていた。

 

 岸は、海を見ている。

 

 ただ、海そのものへ歩み寄る気がないだけだ。

 

 ダ・ヴィンチは映像を動かした。

 

「対象は、大洋王アトラスに関連する可能性が高い海洋異常。

 沈没王宮、王宮墓、防衛機構、火天八紘に類似する藍色の高エネルギー反応、そして未解析の音響波形。

 今回は、この王権構造をどう見るか、王たちの意見を聞きたい」

 

 オジマンディアスが笑った。

 

「よかろう」

 

 その声だけで、観測室の空気が少し明るくなる。

 

「太陽の届かぬ王宮か。

 ふん、余の光が届かぬ場所など、本来あってはならぬ」

 

 彼は海底王宮を見下ろした。

 

 青く沈んだ柱。

 崩れた門。

 玉座の残骸。

 

 オジマンディアスの眼差しには、軽蔑だけではないものがあった。

 

「だが、そこに王がいたことまで否定するほど、余は狭量ではない」

 

 立香は、息を飲む。

 

 オジマンディアスは続ける。

 

「墓を王宮とし、王宮を墓としたか。

 愉快ではない。

 暗い。冷たい。祝福に欠ける。

 だが、王の重みはある」

 

 ギルガメッシュが鼻で笑った。

 

「貴様が暗いと評すとはな」

 

「事実であろう、英雄王。

 余の神殿は太陽の下に輝く。

 この王宮は、太陽を拒む海底に沈む。

 真逆だ」

 

「真逆だから見えぬか?」

 

「否」

 

 オジマンディアスは即答した。

 

「真逆だからこそ、王がいたことは分かる。

 光の下であれ、海の底であれ、王座は王座だ。

 ただし――」

 

 太陽王の視線が鋭くなる。

 

「問うべきことはある。

 太陽の届かぬ王宮で、何を灯すつもりだったのか」

 

 その問いは、青い映像の奥へ沈んだ。

 

 立香は、アトラスの顔を思い浮かべる。

 

 海底に太陽は届かない。

 ならば、何を灯すのか。

 

 ダ・ヴィンチが軽くメモを取る。

 

「王宮における光源、あるいは遺産の問題だね」

 

 イスカンダルが、豪快に笑った。

 

「次は余だな!」

 

 彼は青い海を見て、腕を組む。

 

「余なら海を越える」

 

 その言葉は、あまりにも彼らしかった。

 

「船を出し、軍を率い、見たことのない岸へ向かう。

 海とは越えるものだ。

 その先に別の空があるなら、なおさらな!」

 

 立香は、思わず頷きそうになる。

 

 征服王にとって、海は境界ではない。

 道だ。

 

 だが、イスカンダルはそこで笑みを深めた。

 

「だが、あやつは海そのものを国境にしたわけだ」

 

 映像の中で、深海の流れが青く揺れる。

 

「災厄を外へ流さぬために、国ごと沈めた。

 進まぬ王、というだけではあるまい。

 進ませぬ王だ。

 外へ行く道を閉じ、内に封じた」

 

 イスカンダルは声を低くした。

 

「いやはや、重い王道よな!」

 

 マシュが小さく呟く。

 

「重い王道……」

 

 イスカンダルは、どこか楽しげだった。

 

 けれど、その楽しさは軽んじているものではない。

 

「余には好まぬ。

 余なら進む。余なら広げる。余なら見知らぬ土地へ旗を立てる。

 だが、進むだけが王道ではない、ということか。

 気に食わぬが、分からんでもない!」

 

 始皇帝が、静かに言う。

 

「うむ。征服とは拡張、こちらは封鎖。

 王道の向きが逆であるな」

 

 イスカンダルが笑う。

 

「ははは、そういう言い方もあるな!」

 

 始皇帝は、青い王宮の中心部を見ていた。

 

「合理はあるぞ」

 

 その声は、他の王たちとはまったく違う澄明さを持っていた。

 

 感情の抑制ではない。

 絶対者として、構造を見ている。

 

「災厄を外へ流さぬため、都市ごと閉じる。

 王権を防壁とし、墓を封印機構として運用する。

 統治機構としては理解可能だ。

 朕であっても、必要ならば一区画を切除する」

 

 その言葉は、あまりにも平然としていた。

 

 衛星軌道より長城を落とし、一地域を灰燼に帰す王。

 その合理は、想像ではなく経験の重みを持っている。

 

 ダ・ヴィンチが、わずかに目を細める。

 

「始皇帝としては、どう評価する?」

 

「効率のみで言えば、悪くない。

 だが、完成は王を救わぬ」

 

 始皇帝の目が、青い玉座へ向く。

 

「朕の秦は完成していた。

 戦乱なく、飢えなく、病苦なく、民は安らかに生き、朕を讃えて死んだ。

 名も詩も、民には不要と断じた」

 

 立香は、息を呑んだ。

 

「そして、その世界は行き止まりと裁定された」

 

 始皇帝は、静かに続ける。

 

「大洋王の海にも、同じ気配がある。

 閉じれば保てる。

 保てば乱れぬ。

 乱れねば、世界は完成に近づく。

 だが、完成した世界は伸びぬ」

 

 立香は、その言葉を胸で受け止めた。

 

 完成。

 

 行き止まり。

 

 それは、ただの批判ではなかった。

 

 すでに完成へ至り、剪定された王だからこそ言える、あまりに重い評価だった。

 

 始皇帝は続ける。

 

「沈める判断はできる。

 封じる判断もできる。

 抹消する判断も、王には許される。朕はそうした」

 

 始皇帝の声音は、淡々としていた。

 

「だが、問うぞ。

 大洋王は、何を未来へ許す?

 何を残し、何を禁じ、何を民へ返す?」

 

 青い玉座を、始皇帝は見ていた。

 

「すべてを閉じるならば、それは完成に近い。

 完成に近いものほど、剪定に近い」

 

 ギルガメッシュが、ようやく口を開いた。

 

「よく喋る」

 

 始皇帝は涼やかに返す。

 

「問われたゆえ答えた。

 其方も答えよ、英雄王。大洋王をどう見る」

 

 ギルガメッシュは、つまらなそうに笑った。

 

「重い。暗い。鈍い。面倒だ」

 

 立香は、思わず「あ」と声を漏らした。

 

 それは、かつてギルガメッシュがアトラスを評した言葉に近かった。

 

 ギルは続ける。

 

「だが、王だ」

 

 その一言で、観測室の空気が変わった。

 

 まとめた。

 

 しかし、本人にまとめる気はまったくない。

 

 ギルガメッシュは腕を組み、海底王宮の映像を見る。

 

「大洋王は、己が沈めたものをすべて王宮の奥へ置いた。

 国も、王冠も、兄の名も、火も、己の勝敗すらな」

 

 立香は黙って聞く。

 

「そのくせ、沈め損なったものを持っている」

 

 ダ・ヴィンチの指が止まった。

 

 立香が問う。

 

「沈め損なったもの?」

 

 ギルガメッシュは笑った。

 

「本人が隠しているのだ。今は言わぬ」

 

「知ってるの?」

 

「我を誰だと思っている」

 

 イスカンダルが豪快に笑った。

 

「おぬし、そういうところは相変わらず意地が悪いな!」

 

 ギルガメッシュは鼻で笑う。

 

「意地ではない。

 あれは、我が名付けるものではない」

 

 立香は、ギルを見る。

 

 ギルガメッシュの赤い瞳は、海底の映像を見ている。

 

 けれどその眼差しは、何かを所有しようとするものではなかった。

 

 名を呼ぶ時も、そうだった。

 

 彼はエウメロスの名を奪わない。

 呼ぶことで、本人へ返す。

 

 おそらく、沈め損なったものも同じだ。

 

 ギルはそれを見抜いている。

 だが、自分のものとして名付けない。

 

 立香は、静かに息を吐いた。

 

 オジマンディアスが言う。

 

「沈め損なったもの、か。

 大洋王が残したものならば、それは敗残ではなく遺産となる可能性がある」

 

 イスカンダルが頷く。

 

「残したものが道になるならば、後から来る者は進める」

 

 始皇帝は冷静に告げる。

 

「情報であれ、物であれ、歌であれ、未来へ渡されるものには価値がある。

 残すか、禁じるか、抹消するか。

 それを裁定するのもまた、王の責である」

 

 ギルガメッシュが笑う。

 

「聞いたか、大洋王」

 

 立香は振り返った。

 

 観測室の扉が開いていた。

 

 そこに、アトラスが立っている。

 

 紺碧の鎧。

 三叉槍。

 冷たい血色の瞳。

 

 彼女は、観測室に満ちる王たちの気配を見て、わずかに目を細めた。

 

「何の会合だ」

 

 イスカンダルが堂々と答える。

 

「大洋王評定だ!」

 

 アトラスは即座に言った。

 

「解散しろ」

 

 オジマンディアスが笑う。

 

「余が席を立つかどうかは、余が決める」

 

 始皇帝は淡々と言う。

 

「当人の反応にも価値がある。続けよ」

 

「続けるな」

 

 ギルガメッシュが愉快そうに笑った。

 

「遅い。すでに評されたぞ、大洋王」

 

「不快だ」

 

「外れているか」

 

 アトラスは沈黙した。

 

 それから、低く言う。

 

「……不快だ」

 

「外れてはおらぬか」

 

「お前は黙れ」

 

「黙る理由がない」

 

「発生させろ」

 

「王命のつもりか」

 

「防衛反応だ」

 

「ますます黙る理由がないな」

 

 立香は、少しだけ笑ってしまった。

 

 アトラスが見る。

 

「何を笑う」

 

「ごめん。王たちがみんな自由だなって」

 

「自由すぎる。統制に欠ける」

 

 イスカンダルが大きく笑う。

 

「王が四人もおれば、統制などできるはずがなかろう!」

 

「威張ることではない」

 

「だが事実だ!」

 

 ダ・ヴィンチが小さく咳払いをする。

 

「アトラス、ちょうどよかった。

 この海洋異常について、君自身にも確認したい。

 ただ、その前に王たちからいくつか問いがあるそうだ」

 

「問い」

 

 アトラスは王たちを見る。

 

 オジマンディアスが一歩前に出た。

 

 太陽王の黄金が、青い海底映像を照らす。

 

「大洋王。

 墓と王宮を同じものにした王よ。

 その王宮に、光は要らぬのか」

 

 アトラスは答える。

 

「海底に太陽は届かぬ」

 

「だからこそ問うている」

 

 オジマンディアスの声が強くなる。

 

「届かぬなら、何を灯す」

 

 観測室が静まる。

 

 アトラスは、海底王宮の映像を見る。

 

 暗い王宮。

 沈んだ玉座。

 太陽の届かぬ場所。

 

 何を灯すのか。

 

「未分類だ」

 

 オジマンディアスは笑った。

 

「ならば分類せよ。

 王宮に灯なきまま王座へ座るなど、王の名が泣く」

 

「王宮は墓でもある」

 

「墓にも灯は要る」

 

 ニトクリスがいれば頷きそうな言葉だった。

 

 アトラスは答えない。

 

 次に、イスカンダルが腕を組んだまま問う。

 

「大洋王。おぬしは、どこへ進むつもりだ?」

 

「己は進む王ではない」

 

「ほう」

 

「己は外へ広げぬ。

 災厄を流さぬため、閉じる王だ」

 

「ならば、何を残す」

 

 アトラスの瞳が、わずかに動いた。

 

「残す」

 

「そうだ」

 

 イスカンダルは笑う。

 

「進まぬなら、後から来る者へ何を残す。

 道でなくともよい。旗でなくともよい。

 王がそこにいたと、何で知らせる」

 

 アトラスは黙った。

 

 進まない王。

 閉じる王。

 沈める王。

 

 ならば、何を残すのか。

 

 その問いは、海底へ深く沈んでいく。

 

 始皇帝が静かに口を開く。

 

「大洋王。其方は、責を負う者か。

 それとも、命令を維持する機構か」

 

 立香の身体が、少しだけ強張った。

 

 問いは鋭い。

 

 あまりにも真っ直ぐだった。

 

 アトラスは、即座に答える。

 

「王だ」

 

「ならば、機構として沈むな」

 

 始皇帝の声に揺らぎはない。

 

「閉じる機構としてのみ存在するならば、其方は防壁で足りる。

 火を眠らせ、王宮を封じ、名を沈めるだけならば、命令でよい。

 だが、其方は王を名乗る」

 

「そうだ」

 

「ならば、何を選ぶ。

 何を残す。

 何を未来へ許す」

 

 アトラスは、何も言わない。

 

 立香は見ていた。

 

 太陽王は、届かぬ底の光を問う。

 征服王は、進まぬ果ての道を問う。

 始皇帝は、王としての責と、閉じる機構の境界を問う。

 そして英雄王は――海が沈め損なったものを知っている。

 

 アトラスは、ひとりの王として、王たちの中に置かれている。

 

 ギルガメッシュだけではない。

 

 誰か一人の評価ではない。

 

 それぞれの王道から、大洋王が見られている。

 

 アトラスは不快そうだった。

 

 けれど、その不快さは拒絶だけではない。

 

 外れていない問いは、不快なのだ。

 

 ギルガメッシュが、壁から背を離した。

 

「さて、大洋王」

 

 アトラスは彼を見る。

 

「お前の問いは不要だ」

 

「そう言うな。貴様がいちばん聞きたがらぬものを問うてやる」

 

「不要だと言った」

 

「貴様は沈め損なったものを持っている」

 

 アトラスの表情が変わった。

 

 ほんのわずかに。

 

 だが、立香には分かった。

 

 そこに触れられたくないのだ。

 

「沈め損ないではない」

 

 アトラスは低く言う。

 

 ギルガメッシュの目が細くなる。

 

「では何だ」

 

 沈黙。

 

 アトラスは答えなかった。

 

 答えられなかったのか。

 答えなかったのか。

 

 立香には、まだ分からない。

 

 ギルガメッシュは追わなかった。

 

 追えるはずなのに、追わなかった。

 

 彼はただ笑った。

 

「今はよい。

 貴様が名付けるまではな」

 

 アトラスは彼を見る。

 

「お前は知っているのか」

 

「我を誰だと思っている」

 

「不快だ」

 

「知っている」

 

 ギルガメッシュは、海底王宮の映像を見る。

 

「だが、あれは我の財ではない。

 我が名付けてやるものでもない。

 貴様が沈めたのでも、我が拾ったのでもない」

 

 赤い瞳が、アトラスへ戻る。

 

「貴様が決めろ、大洋王」

 

 その言葉は、まだ海底へ届く刃ではなかった。

 

 けれど、王宮の奥で、何かが軋んだ。

 

 沈めた名。

 沈めた王冠。

 沈めた国。

 まだ名を告げられていないもの。

 

 そのすべてが、深い水の底で、わずかに身じろぎする。

 

 決めろ。

 

 兄でも、王宮でも、防衛機構でも、ギルガメッシュでもなく。

 

 アトラス自身が。

 

 アトラスは、低く答えた。

 

「己は、王だ」

 

「知っている」

 

「機構ではない」

 

「ようやくそこは即答するようになったか」

 

「元より即答していた」

 

「ならばよい」

 

 始皇帝が静かに言う。

 

「朕の身体も、かつては阿房宮であり、機械であり、国家そのものであった。

 だが、朕は責を負った。

 故に人であり、故に王であった」

 

 その言葉は、奇妙なほど静かだった。

 

「大洋王。

 其方が王であるならば、命令ではなく裁定で応答せよ。

 沈める以外の応答を持て」

 

 オジマンディアスが続ける。

 

「灯せ。

 太陽が届かぬと言うなら、自ら灯を持て」

 

 イスカンダルが笑う。

 

「残せ。

 進まぬなら、後から来る者が進める何かをな!」

 

 ギルガメッシュが、最後に鼻で笑った。

 

「聞いたか、海よ。

 王どもは騒がしいぞ」

 

 アトラスはギルガメッシュを見る。

 

「その呼称は何だ」

 

「海だろうが」

 

「己は海ではない」

 

「では何だ」

 

「王だ」

 

「海底の王だ。ならば海で足りる」

 

「足りぬ」

 

「岸へ届いた時は、それで通じたぞ」

 

 アトラスは一瞬、黙った。

 

 山門の夜。

 黄金の岸。

 海が岸に告げた言葉。

 

 告げたぞ、岸よ。

 聞いたぞ、海よ。

 

 立香は、そのやり取りを思い出す。

 

 ギルガメッシュは、からかっている。

 けれど、それだけではない。

 

 岸と海。

 

 その呼び名は、もう単なる比喩ではなかった。

 

 王と王の位置を示す言葉だった。

 

 アトラスは低く言う。

 

「不快だ」

 

 ギルガメッシュは笑う。

 

「外れているか」

 

 アトラスは、答えない。

 

 それが答えだった。

 

 ダ・ヴィンチが、解析画面を閉じた。

 

「ありがとう、みんな。

 かなり有益だったよ。

 次の海洋異常に向かう前に、こちらでもデータを整理する」

 

 オジマンディアスは満足げに笑う。

 

「余の見解を役立てるがよい」

 

 イスカンダルは大きく頷く。

 

「出立の時は声をかけよ! 海を越えるなら見届けたい!」

 

 始皇帝は静かに言った。

 

「この海に変化があれば、また朕を呼ぶがよい。

 完成へ沈むか、未知の余地を得るか。

 ……ふむ、実に見ものであるぞ」

 

 ギルガメッシュは何も言わず、出口へ向かう。

 

 だが、扉の前で立ち止まった。

 

「大洋王」

 

「何だ」

 

「沈め損ないではないと言うなら、早く名付けることだ」

 

 アトラスは、冷たい血色の瞳で彼を見る。

 

「お前が急かすことではない」

 

「そうだな」

 

 ギルガメッシュは笑った。

 

「だが、我は待つのが嫌いだ」

 

「ならば待つな」

 

「貴様が決めるまで、我は見ている。

 待つのではない。見物だ」

 

「詭弁だ」

 

「王の言葉だ」

 

 ギルガメッシュは今度こそ出ていった。

 

 他の王たちも、それぞれの調子で観測室を去っていく。

 

 最後に残ったのは、立香とアトラスだった。

 

 青い海底王宮の映像だけが、まだ空中に浮かんでいる。

 

 静かな海。

 

 沈んだ玉座。

 

 答えを待つような、暗い王宮。

 

 立香は、アトラスの横に立つ。

 

「すごかったね」

 

「騒がしかった」

 

「王様たちだからね」

 

「王であることと騒音は直結しない」

 

「でも、みんなアトラスを王として見てた」

 

 アトラスは、青い映像を見たまま答える。

 

「当然だ」

 

「うん」

 

「だが、不快だ」

 

「外れてなかった?」

 

 アトラスは沈黙した。

 

 立香は待つ。

 

 急がない。

 代わりに答えない。

 

 やがて、アトラスは言った。

 

「外れてはいない」

 

 立香は頷いた。

 

「そっか」

 

 アトラスは、海底王宮の中心を見つめる。

 

 太陽の届かぬ王宮で、何を灯すのか。

 

 進まぬ王は、何を残すのか。

 

 王は機構ではなく、何を未来へ許すのか。

 

 沈め損なったものは何か。

 

 問いは、海底に沈んでいる。

 

 まだ答えはない。

 

 けれど、その問いはもう閉じられていない。

 

「何を灯すか」

 

 アトラスが呟いた。

 

「何を残すか」

 

 立香は、隣で聞いていた。

 

「うん」

 

「マスター」

 

「何?」

 

「次の海は、深い」

 

「知ってる」

 

「沈むな」

 

「沈まない」

 

 アトラスは立香を見る。

 

 沈まぬ娘。

 

 そう認定したマスターが、そこにいる。

 

 アトラスは、短く息を吐いた。

 

「ならばよい」

 

 海底の王宮には、まだ答えのない問いが沈んでいる。

 

 光は要るのか。

 道はあるのか。

 王は機構ではなく、何を残すのか。

 

 岸は海を見ている。

 王たちは海を評した。

 

 そして海は、まだ自分の奥に沈むものの名を告げていない。

 

 その問いは、やがて沈んだ王宮そのものへ彼女を呼ぶことになる。

 

 深い、深い海の底へ。

 

 大洋王が、己の名で何を残すのかを決めるために。

 




読んでくださってありがとうございます。
次回より新章「深海王権特異点 アトランティス・レムナント」がスタートします。

この作品の興味をもったところは?

  • アトラスのキャラクター性・内面
  • ギルガメッシュとの関係性
  • 王としての在り方・王権のテーマ
  • ストーリーの展開
  • その他
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