The Reversed Star――逆位置の星―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。
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王権が、地形化している。
ダ・ヴィンチがそう言った時、藤丸立香はすぐには意味を理解できなかった。
カルデアの観測室には、青い立体映像が浮かんでいる。
海だった。
ただし、普通の海ではない。
暗い。
深い。
そして、異様に静かだった。
その海底に、王宮が沈んでいる。
柱。
門。
玉座。
半ば崩れた都市の輪郭。
火口のように、昏い藍色で脈打つ反応。
そして、中心部に沈む、巨大な王権反応。
海底都市というより、沈んだ王宮そのものがまだ王命を発しているようだった。
「これ、特異点?」
立香が問う。
ダ・ヴィンチは腕を組んだまま、映像を見上げる。
「特異点に近い。
ただ、通常の人理異常とは少し違う。これは土地や時代の歪みというより、王権構造がそのまま海域化している」
「王権構造が、海域化」
「うん。
王宮、墓、都市、防衛機構、火、玉座。
それらが全部、ひとつの統治体系として動いている。
まるで、王の内側を地形にしたみたいだ」
立香は、青い映像を見る。
王の内側。
海底の王宮。
アトラス。
その名を思い浮かべた時、胸の奥に冷たい水の感覚がよみがえった。
山門の夜。
沈んだ記録。
海底で開いた小さな扉。
そして、アトラスが言った言葉。
己(おれ)は、己の勝敗を欲した。
ダ・ヴィンチは、映像の一部を拡大する。
「問題は、この王権反応が強すぎることだ。
解析するだけなら私でもできる。
でも“王として何が起きているか”を見るには、専門家の意見がほしい」
「専門家?」
「王たちだ」
立香が振り返る。
観測室の扉が開いていた。
入ってきたのは、黄金の光だった。
「余を呼んだならば、太陽の下で語るべきであろう」
オジマンディアスが、当然のように言った。
その後ろから、イスカンダルが豪快に笑いながら入ってくる。
「海底の王宮か! よいではないか、余の軍勢も驚くぞ!」
さらに、静かで整った足音。
「ふむ。王宮、墓、都市、防衛機構が一体化しておる。
なるほど、王権構造の異常事例としては興味深いぞ」
始皇帝が、涼やかに映像を見た。
そして最後に、ギルガメッシュが入ってくる。
彼は青い海底王宮の映像を一瞥し、ひどく面倒そうに笑った。
「相変わらず陰気な王宮よ」
ダ・ヴィンチが手を叩く。
「というわけで、本日の特別顧問たちだ」
立香は目を瞬く。
「すごい面子になったね」
「王権の話は王に聞くのが早い」
「その理屈は分かるけど、圧がすごい」
マシュが立香の隣で緊張した顔をしている。
「先輩、観測室の霊圧が……」
「うん。すごい」
王たちは、それぞれ好きな位置に立った。
オジマンディアスは映像の正面に。
イスカンダルは腕を組み、王宮の全景を面白そうに眺めている。
始皇帝は、解析画面の文字列まで目を通していた。
ギルガメッシュは少し離れた場所で、壁に背を預けている。
いちばん当事者に近いはずの彼が、いちばん興味なさそうに見える。
けれど立香には、それが本当に興味がないのとは違うと分かっていた。
岸は、海を見ている。
ただ、海そのものへ歩み寄る気がないだけだ。
ダ・ヴィンチは映像を動かした。
「対象は、大洋王アトラスに関連する可能性が高い海洋異常。
沈没王宮、王宮墓、防衛機構、火天八紘に類似する藍色の高エネルギー反応、そして未解析の音響波形。
今回は、この王権構造をどう見るか、王たちの意見を聞きたい」
オジマンディアスが笑った。
「よかろう」
その声だけで、観測室の空気が少し明るくなる。
「太陽の届かぬ王宮か。
ふん、余の光が届かぬ場所など、本来あってはならぬ」
彼は海底王宮を見下ろした。
青く沈んだ柱。
崩れた門。
玉座の残骸。
オジマンディアスの眼差しには、軽蔑だけではないものがあった。
「だが、そこに王がいたことまで否定するほど、余は狭量ではない」
立香は、息を飲む。
オジマンディアスは続ける。
「墓を王宮とし、王宮を墓としたか。
愉快ではない。
暗い。冷たい。祝福に欠ける。
だが、王の重みはある」
ギルガメッシュが鼻で笑った。
「貴様が暗いと評すとはな」
「事実であろう、英雄王。
余の神殿は太陽の下に輝く。
この王宮は、太陽を拒む海底に沈む。
真逆だ」
「真逆だから見えぬか?」
「否」
オジマンディアスは即答した。
「真逆だからこそ、王がいたことは分かる。
光の下であれ、海の底であれ、王座は王座だ。
ただし――」
太陽王の視線が鋭くなる。
「問うべきことはある。
太陽の届かぬ王宮で、何を灯すつもりだったのか」
その問いは、青い映像の奥へ沈んだ。
立香は、アトラスの顔を思い浮かべる。
海底に太陽は届かない。
ならば、何を灯すのか。
ダ・ヴィンチが軽くメモを取る。
「王宮における光源、あるいは遺産の問題だね」
イスカンダルが、豪快に笑った。
「次は余だな!」
彼は青い海を見て、腕を組む。
「余なら海を越える」
その言葉は、あまりにも彼らしかった。
「船を出し、軍を率い、見たことのない岸へ向かう。
海とは越えるものだ。
その先に別の空があるなら、なおさらな!」
立香は、思わず頷きそうになる。
征服王にとって、海は境界ではない。
道だ。
だが、イスカンダルはそこで笑みを深めた。
「だが、あやつは海そのものを国境にしたわけだ」
映像の中で、深海の流れが青く揺れる。
「災厄を外へ流さぬために、国ごと沈めた。
進まぬ王、というだけではあるまい。
進ませぬ王だ。
外へ行く道を閉じ、内に封じた」
イスカンダルは声を低くした。
「いやはや、重い王道よな!」
マシュが小さく呟く。
「重い王道……」
イスカンダルは、どこか楽しげだった。
けれど、その楽しさは軽んじているものではない。
「余には好まぬ。
余なら進む。余なら広げる。余なら見知らぬ土地へ旗を立てる。
だが、進むだけが王道ではない、ということか。
気に食わぬが、分からんでもない!」
始皇帝が、静かに言う。
「うむ。征服とは拡張、こちらは封鎖。
王道の向きが逆であるな」
イスカンダルが笑う。
「ははは、そういう言い方もあるな!」
始皇帝は、青い王宮の中心部を見ていた。
「合理はあるぞ」
その声は、他の王たちとはまったく違う澄明さを持っていた。
感情の抑制ではない。
絶対者として、構造を見ている。
「災厄を外へ流さぬため、都市ごと閉じる。
王権を防壁とし、墓を封印機構として運用する。
統治機構としては理解可能だ。
朕であっても、必要ならば一区画を切除する」
その言葉は、あまりにも平然としていた。
衛星軌道より長城を落とし、一地域を灰燼に帰す王。
その合理は、想像ではなく経験の重みを持っている。
ダ・ヴィンチが、わずかに目を細める。
「始皇帝としては、どう評価する?」
「効率のみで言えば、悪くない。
だが、完成は王を救わぬ」
始皇帝の目が、青い玉座へ向く。
「朕の秦は完成していた。
戦乱なく、飢えなく、病苦なく、民は安らかに生き、朕を讃えて死んだ。
名も詩も、民には不要と断じた」
立香は、息を呑んだ。
「そして、その世界は行き止まりと裁定された」
始皇帝は、静かに続ける。
「大洋王の海にも、同じ気配がある。
閉じれば保てる。
保てば乱れぬ。
乱れねば、世界は完成に近づく。
だが、完成した世界は伸びぬ」
立香は、その言葉を胸で受け止めた。
完成。
行き止まり。
それは、ただの批判ではなかった。
すでに完成へ至り、剪定された王だからこそ言える、あまりに重い評価だった。
始皇帝は続ける。
「沈める判断はできる。
封じる判断もできる。
抹消する判断も、王には許される。朕はそうした」
始皇帝の声音は、淡々としていた。
「だが、問うぞ。
大洋王は、何を未来へ許す?
何を残し、何を禁じ、何を民へ返す?」
青い玉座を、始皇帝は見ていた。
「すべてを閉じるならば、それは完成に近い。
完成に近いものほど、剪定に近い」
ギルガメッシュが、ようやく口を開いた。
「よく喋る」
始皇帝は涼やかに返す。
「問われたゆえ答えた。
其方も答えよ、英雄王。大洋王をどう見る」
ギルガメッシュは、つまらなそうに笑った。
「重い。暗い。鈍い。面倒だ」
立香は、思わず「あ」と声を漏らした。
それは、かつてギルガメッシュがアトラスを評した言葉に近かった。
ギルは続ける。
「だが、王だ」
その一言で、観測室の空気が変わった。
まとめた。
しかし、本人にまとめる気はまったくない。
ギルガメッシュは腕を組み、海底王宮の映像を見る。
「大洋王は、己が沈めたものをすべて王宮の奥へ置いた。
国も、王冠も、兄の名も、火も、己の勝敗すらな」
立香は黙って聞く。
「そのくせ、沈め損なったものを持っている」
ダ・ヴィンチの指が止まった。
立香が問う。
「沈め損なったもの?」
ギルガメッシュは笑った。
「本人が隠しているのだ。今は言わぬ」
「知ってるの?」
「我を誰だと思っている」
イスカンダルが豪快に笑った。
「おぬし、そういうところは相変わらず意地が悪いな!」
ギルガメッシュは鼻で笑う。
「意地ではない。
あれは、我が名付けるものではない」
立香は、ギルを見る。
ギルガメッシュの赤い瞳は、海底の映像を見ている。
けれどその眼差しは、何かを所有しようとするものではなかった。
名を呼ぶ時も、そうだった。
彼はエウメロスの名を奪わない。
呼ぶことで、本人へ返す。
おそらく、沈め損なったものも同じだ。
ギルはそれを見抜いている。
だが、自分のものとして名付けない。
立香は、静かに息を吐いた。
オジマンディアスが言う。
「沈め損なったもの、か。
大洋王が残したものならば、それは敗残ではなく遺産となる可能性がある」
イスカンダルが頷く。
「残したものが道になるならば、後から来る者は進める」
始皇帝は冷静に告げる。
「情報であれ、物であれ、歌であれ、未来へ渡されるものには価値がある。
残すか、禁じるか、抹消するか。
それを裁定するのもまた、王の責である」
ギルガメッシュが笑う。
「聞いたか、大洋王」
立香は振り返った。
観測室の扉が開いていた。
そこに、アトラスが立っている。
紺碧の鎧。
三叉槍。
冷たい血色の瞳。
彼女は、観測室に満ちる王たちの気配を見て、わずかに目を細めた。
「何の会合だ」
イスカンダルが堂々と答える。
「大洋王評定だ!」
アトラスは即座に言った。
「解散しろ」
オジマンディアスが笑う。
「余が席を立つかどうかは、余が決める」
始皇帝は淡々と言う。
「当人の反応にも価値がある。続けよ」
「続けるな」
ギルガメッシュが愉快そうに笑った。
「遅い。すでに評されたぞ、大洋王」
「不快だ」
「外れているか」
アトラスは沈黙した。
それから、低く言う。
「……不快だ」
「外れてはおらぬか」
「お前は黙れ」
「黙る理由がない」
「発生させろ」
「王命のつもりか」
「防衛反応だ」
「ますます黙る理由がないな」
立香は、少しだけ笑ってしまった。
アトラスが見る。
「何を笑う」
「ごめん。王たちがみんな自由だなって」
「自由すぎる。統制に欠ける」
イスカンダルが大きく笑う。
「王が四人もおれば、統制などできるはずがなかろう!」
「威張ることではない」
「だが事実だ!」
ダ・ヴィンチが小さく咳払いをする。
「アトラス、ちょうどよかった。
この海洋異常について、君自身にも確認したい。
ただ、その前に王たちからいくつか問いがあるそうだ」
「問い」
アトラスは王たちを見る。
オジマンディアスが一歩前に出た。
太陽王の黄金が、青い海底映像を照らす。
「大洋王。
墓と王宮を同じものにした王よ。
その王宮に、光は要らぬのか」
アトラスは答える。
「海底に太陽は届かぬ」
「だからこそ問うている」
オジマンディアスの声が強くなる。
「届かぬなら、何を灯す」
観測室が静まる。
アトラスは、海底王宮の映像を見る。
暗い王宮。
沈んだ玉座。
太陽の届かぬ場所。
何を灯すのか。
「未分類だ」
オジマンディアスは笑った。
「ならば分類せよ。
王宮に灯なきまま王座へ座るなど、王の名が泣く」
「王宮は墓でもある」
「墓にも灯は要る」
ニトクリスがいれば頷きそうな言葉だった。
アトラスは答えない。
次に、イスカンダルが腕を組んだまま問う。
「大洋王。おぬしは、どこへ進むつもりだ?」
「己は進む王ではない」
「ほう」
「己は外へ広げぬ。
災厄を流さぬため、閉じる王だ」
「ならば、何を残す」
アトラスの瞳が、わずかに動いた。
「残す」
「そうだ」
イスカンダルは笑う。
「進まぬなら、後から来る者へ何を残す。
道でなくともよい。旗でなくともよい。
王がそこにいたと、何で知らせる」
アトラスは黙った。
進まない王。
閉じる王。
沈める王。
ならば、何を残すのか。
その問いは、海底へ深く沈んでいく。
始皇帝が静かに口を開く。
「大洋王。其方は、責を負う者か。
それとも、命令を維持する機構か」
立香の身体が、少しだけ強張った。
問いは鋭い。
あまりにも真っ直ぐだった。
アトラスは、即座に答える。
「王だ」
「ならば、機構として沈むな」
始皇帝の声に揺らぎはない。
「閉じる機構としてのみ存在するならば、其方は防壁で足りる。
火を眠らせ、王宮を封じ、名を沈めるだけならば、命令でよい。
だが、其方は王を名乗る」
「そうだ」
「ならば、何を選ぶ。
何を残す。
何を未来へ許す」
アトラスは、何も言わない。
立香は見ていた。
太陽王は、届かぬ底の光を問う。
征服王は、進まぬ果ての道を問う。
始皇帝は、王としての責と、閉じる機構の境界を問う。
そして英雄王は――海が沈め損なったものを知っている。
アトラスは、ひとりの王として、王たちの中に置かれている。
ギルガメッシュだけではない。
誰か一人の評価ではない。
それぞれの王道から、大洋王が見られている。
アトラスは不快そうだった。
けれど、その不快さは拒絶だけではない。
外れていない問いは、不快なのだ。
ギルガメッシュが、壁から背を離した。
「さて、大洋王」
アトラスは彼を見る。
「お前の問いは不要だ」
「そう言うな。貴様がいちばん聞きたがらぬものを問うてやる」
「不要だと言った」
「貴様は沈め損なったものを持っている」
アトラスの表情が変わった。
ほんのわずかに。
だが、立香には分かった。
そこに触れられたくないのだ。
「沈め損ないではない」
アトラスは低く言う。
ギルガメッシュの目が細くなる。
「では何だ」
沈黙。
アトラスは答えなかった。
答えられなかったのか。
答えなかったのか。
立香には、まだ分からない。
ギルガメッシュは追わなかった。
追えるはずなのに、追わなかった。
彼はただ笑った。
「今はよい。
貴様が名付けるまではな」
アトラスは彼を見る。
「お前は知っているのか」
「我を誰だと思っている」
「不快だ」
「知っている」
ギルガメッシュは、海底王宮の映像を見る。
「だが、あれは我の財ではない。
我が名付けてやるものでもない。
貴様が沈めたのでも、我が拾ったのでもない」
赤い瞳が、アトラスへ戻る。
「貴様が決めろ、大洋王」
その言葉は、まだ海底へ届く刃ではなかった。
けれど、王宮の奥で、何かが軋んだ。
沈めた名。
沈めた王冠。
沈めた国。
まだ名を告げられていないもの。
そのすべてが、深い水の底で、わずかに身じろぎする。
決めろ。
兄でも、王宮でも、防衛機構でも、ギルガメッシュでもなく。
アトラス自身が。
アトラスは、低く答えた。
「己は、王だ」
「知っている」
「機構ではない」
「ようやくそこは即答するようになったか」
「元より即答していた」
「ならばよい」
始皇帝が静かに言う。
「朕の身体も、かつては阿房宮であり、機械であり、国家そのものであった。
だが、朕は責を負った。
故に人であり、故に王であった」
その言葉は、奇妙なほど静かだった。
「大洋王。
其方が王であるならば、命令ではなく裁定で応答せよ。
沈める以外の応答を持て」
オジマンディアスが続ける。
「灯せ。
太陽が届かぬと言うなら、自ら灯を持て」
イスカンダルが笑う。
「残せ。
進まぬなら、後から来る者が進める何かをな!」
ギルガメッシュが、最後に鼻で笑った。
「聞いたか、海よ。
王どもは騒がしいぞ」
アトラスはギルガメッシュを見る。
「その呼称は何だ」
「海だろうが」
「己は海ではない」
「では何だ」
「王だ」
「海底の王だ。ならば海で足りる」
「足りぬ」
「岸へ届いた時は、それで通じたぞ」
アトラスは一瞬、黙った。
山門の夜。
黄金の岸。
海が岸に告げた言葉。
告げたぞ、岸よ。
聞いたぞ、海よ。
立香は、そのやり取りを思い出す。
ギルガメッシュは、からかっている。
けれど、それだけではない。
岸と海。
その呼び名は、もう単なる比喩ではなかった。
王と王の位置を示す言葉だった。
アトラスは低く言う。
「不快だ」
ギルガメッシュは笑う。
「外れているか」
アトラスは、答えない。
それが答えだった。
ダ・ヴィンチが、解析画面を閉じた。
「ありがとう、みんな。
かなり有益だったよ。
次の海洋異常に向かう前に、こちらでもデータを整理する」
オジマンディアスは満足げに笑う。
「余の見解を役立てるがよい」
イスカンダルは大きく頷く。
「出立の時は声をかけよ! 海を越えるなら見届けたい!」
始皇帝は静かに言った。
「この海に変化があれば、また朕を呼ぶがよい。
完成へ沈むか、未知の余地を得るか。
……ふむ、実に見ものであるぞ」
ギルガメッシュは何も言わず、出口へ向かう。
だが、扉の前で立ち止まった。
「大洋王」
「何だ」
「沈め損ないではないと言うなら、早く名付けることだ」
アトラスは、冷たい血色の瞳で彼を見る。
「お前が急かすことではない」
「そうだな」
ギルガメッシュは笑った。
「だが、我は待つのが嫌いだ」
「ならば待つな」
「貴様が決めるまで、我は見ている。
待つのではない。見物だ」
「詭弁だ」
「王の言葉だ」
ギルガメッシュは今度こそ出ていった。
他の王たちも、それぞれの調子で観測室を去っていく。
最後に残ったのは、立香とアトラスだった。
青い海底王宮の映像だけが、まだ空中に浮かんでいる。
静かな海。
沈んだ玉座。
答えを待つような、暗い王宮。
立香は、アトラスの横に立つ。
「すごかったね」
「騒がしかった」
「王様たちだからね」
「王であることと騒音は直結しない」
「でも、みんなアトラスを王として見てた」
アトラスは、青い映像を見たまま答える。
「当然だ」
「うん」
「だが、不快だ」
「外れてなかった?」
アトラスは沈黙した。
立香は待つ。
急がない。
代わりに答えない。
やがて、アトラスは言った。
「外れてはいない」
立香は頷いた。
「そっか」
アトラスは、海底王宮の中心を見つめる。
太陽の届かぬ王宮で、何を灯すのか。
進まぬ王は、何を残すのか。
王は機構ではなく、何を未来へ許すのか。
沈め損なったものは何か。
問いは、海底に沈んでいる。
まだ答えはない。
けれど、その問いはもう閉じられていない。
「何を灯すか」
アトラスが呟いた。
「何を残すか」
立香は、隣で聞いていた。
「うん」
「マスター」
「何?」
「次の海は、深い」
「知ってる」
「沈むな」
「沈まない」
アトラスは立香を見る。
沈まぬ娘。
そう認定したマスターが、そこにいる。
アトラスは、短く息を吐いた。
「ならばよい」
海底の王宮には、まだ答えのない問いが沈んでいる。
光は要るのか。
道はあるのか。
王は機構ではなく、何を残すのか。
岸は海を見ている。
王たちは海を評した。
そして海は、まだ自分の奥に沈むものの名を告げていない。
その問いは、やがて沈んだ王宮そのものへ彼女を呼ぶことになる。
深い、深い海の底へ。
大洋王が、己の名で何を残すのかを決めるために。
読んでくださってありがとうございます。
次回より新章「深海王権特異点 アトランティス・レムナント」がスタートします。
この作品の興味をもったところは?
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アトラスのキャラクター性・内面
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ギルガメッシュとの関係性
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王としての在り方・王権のテーマ
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ストーリーの展開
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その他