The Reversed Star――逆位置の星―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。
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第12話 沈んだ王宮は王を呼ぶ
その海は、沈んでいるのに脈打っていた。
カルデアの観測室に浮かぶ立体映像は、数日前に見たものよりも濃く、深く、そして不気味なほど鮮明になっていた。
暗い海。
沈んだ都市。
崩れた柱。
半ば砂に埋もれた門。
火口のような、昏い藍の反応。
そして、海底の中心に沈む王宮。
以前は、ただ眠っているように見えた。
今は違う。
王宮は、起きている。
ダ・ヴィンチは画面を見上げ、珍しく笑わなかった。
「まずいね」
その声に、藤丸立香は顔を上げる。
「特異点が広がってる?」
「違う」
ダ・ヴィンチは、青く脈打つ王宮反応を拡大した。
「これ、特異点が拡大しているんじゃない。
王宮が、起動している」
観測室に沈黙が落ちる。
マシュが小さく息を飲んだ。
「王宮が……起動?」
「うん。
防衛機構、王権認証、玉座中枢、火口封鎖系。
いくつものシステムが連鎖的に動き始めている。
眠っていた王宮が、何かを検知した」
通信の向こうで、ロマニの声が少しだけ硬くなった。
『ダ・ヴィンチちゃん。
これ……アトランティスって呼んでいいものなのかな。
その名前を出すと、ギリシア神話圏の記録とかなり干渉しそうだけど』
「同じものと考えない方がいいね」
ダ・ヴィンチは、海底王宮の反応を並べて表示した。
「これは、後世のギリシア世界に語られたアトランティスそのものじゃない。
その名で呼ばれる以前の、もっと古い海洋文明の基層だ。
あとからギリシア神話圏へ取り込まれ、王名や地名を重ねられたんだろう」
「当時から、アトランティスと呼ばれていたわけじゃない?」
立香が聞き返す。
「その可能性が高い。
私たちが便宜上、そう呼んでいるだけだ」
アトラスは、青い王宮を見つめたまま言った。
「名は、後から沈むこともある」
ギルガメッシュが鼻で笑う。
「沈むだけではない。拾われ、飾られ、別の物語にされることもある」
「不快だ」
「事実であろう」
ロマニが小さく息を吐く。
『名前の下に沈んだ、もっと古い基層……そういうことか 』
アトラスは、静かに言った。
「己(おれ)を、呼んでいるのか」
ダ・ヴィンチは少しだけ視線を動かす。
「正確には、君の王権反応に応答している」
「ならば、呼んでいるのと同じだ」
アトラスの声は硬い。
立香は、青い映像の奥を見る。
沈んだ王宮が、暗い海底で静かに脈打っている。
それは懐かしい帰還の灯ではない。
もっと冷たいもの。
認証。
照合。
問い直し。
王宮が王を待っているというより、王宮が王を調べているようだった。
その時、観測室のスピーカーにノイズが走った。
ざざ、と水音のような雑音。
ロマニの声が入る。
『こちら管制室。
以前検出した未解析波形の上に、言語パターンが重なっている。
普通の通信じゃない。王宮側の認証ログみたいだ。自動翻訳を通すよ。みんな、聞こえる?』
「聞こえる」
立香が答える。
観測室の照明が、ほんの一瞬だけ暗くなった。
水音。
低い、遠い、機械とも儀礼ともつかない声が響く。
『王権反応、検知』
アトラスの鎧が鳴った。
『帰還認証、開始』
マシュが盾を手に取る。
『王名照合――アトラス』
沈黙。
『王名、一致』
立香は、ほっとするより先に、不安を覚えた。
続く声が、あまりにも冷たかったからだ。
『血統照合――一致』
アトラスの瞳が、わずかに細くなる。
『継承記録――破損』
ダ・ヴィンチの指が止まった。
『王座代理記録――検出』
水音が深くなる。
『個体名照合――不能』
立香は、知っている名を思い出した。
エウメロス。
記録保管領域の扉の前で、アトラスが自分から告げた名。
山門の夜に、ギルガメッシュが呼んだ名。
海底の内側で、立香が呼ばずに見た名。
けれど、立香は口にしない。
呼ばない。
今、呼ぶべき名は別にある。
『問い直しを開始する』
王宮の声が告げた。
観測室の空気が重くなる。
アトラスは、静かに口を開いた。
「己はアトラスだ」
水音。
王宮は応える。
『王名確認』
アトラスは動かない。
『個体名照合不能』
声は、さらに冷たくなる。
『再認証を要求』
アトラスの槍の柄が、床へわずかに食い込んだ。
「認証系の残骸だ。意味はない」
ダ・ヴィンチは、画面から目を離さない。
「意味がないにしては、君の霊基がかなり強く反応している」
「不快だ」
エミヤが観測室の入口から言った。
「外れていない、という意味か」
アトラスがそちらを見る。
赤い外套の弓兵は、すでに出撃装備に近い姿で立っていた。
「汝までその語彙を学習するな」
「便利でね」
「不快だ」
「それも外れていない時の返答だな」
「記録を破棄しろ」
「必要な知識だ。保持する」
ほんのわずか、観測室の空気が緩む。
けれど、海底王宮の脈動は止まらない。
次の瞬間、床に水がにじんだ。
誰も水を撒いていない。
配管でもない。
白い床の上に、薄く、青い水が広がっていく。
マシュが即座に立香の前に出る。
「先輩、下がってください!」
水は数秒で消えた。
ただし、幻ではなかった。
床には、塩のような白い結晶が残っている。
ダ・ヴィンチが顔をしかめた。
「干渉してきたね。
観測対象じゃなくなった。向こうからこちらへ接続している」
ロマニの声が緊張する。
『カルデア内への物理干渉は一瞬。
でも、再発する可能性がある。
アトラスの霊基を媒介にしているみたいだ』
「己を、錨にしているのか」
アトラスが言う。
ダ・ヴィンチは頷く。
「そう見える。
君の王権反応を使って、沈んだ王宮がこちらへ手を伸ばしている」
アトラスは、青い映像を睨むように見た。
「王宮が、王を錨にするな」
そこへ、黄金の気配が入ってきた。
ギルガメッシュだった。
彼は観測室の入口で足を止め、床に残った塩の結晶を一瞥する。
「呼ばれているな、大洋王」
アトラスは振り返らない。
「不快な呼び声だ」
「当然だろう。
沈んだ王宮が、祝宴の鐘を鳴らすと思ったか」
「己は、王宮に帰還を命じられる立場ではない」
「ほう」
ギルガメッシュは笑う。
「ならば、その王宮に言ってやれ」
アトラスは彼を見る。
「お前は愉快そうだな」
「愉快ではない。見物に値するだけだ」
「同じことだ」
「違うな」
ギルガメッシュの赤い瞳が、海底王宮の映像へ向く。
「あれは貴様を王座へ縛る声だ。
我は、貴様がどの名で王座に座るかを見ているだけだ」
立香は、ギルを見る。
王宮は縛る。
ギルガメッシュは、返す。
どちらも名へ踏み込む。
だがギルは、答えをアトラスの側へ置いたままだ。
王宮の声は違う。
名を照合し、矛盾を検出し、王座へ引き戻そうとしている。
アトラスは低く言った。
「王宮は、王を縛るものではない」
「ならば、縛られるな」
ギルの声は静かだった。
「王として答えろ」
王宮の声が、再び響く。
『王権反応、接続』
青い映像が強く脈打つ。
『帰還命令、発令』
マシュが盾を構える。
『大洋王、玉座へ帰還せよ』
アトラスの鎧が、大きく鳴った。
城門が、閉じる音。
あるいは、開くかどうかを王へ問う音。
アトラスは、一歩前に出る。
「命令権限を認めぬ」
王宮は答える。
『王名照合――アトラス』
「認めぬと言った」
『命令権限、王宮側に残存』
水音が強くなる。
『大洋王、帰還せよ』
アトラスの声が、冷たく沈んだ。
「王宮が王に命じるな」
観測室の空気が止まった。
その言葉は、怒声ではなかった。
しかし、王命だった。
ギルガメッシュが、低く笑う。
「言ったな」
アトラスは彼を見ない。
「当然だ」
「ならば、その王宮へ行って言い直せ」
「言い直す必要はない。
同じことを、王宮の中枢で告げる」
ダ・ヴィンチは大きく息を吐いた。
「よし。
向こうから干渉してくる以上、放置はできない。
座標固定を急ぐ。現地調査、場合によっては特異点攻略に移行する」
ロマニが通信で言う。
『出撃メンバーを選定する。
マスター、マシュ、アトラスは確定。
王宮認証と海洋権能に対応するため、ギルガメッシュ王にも同行を要請する。
防衛機構との戦闘が想定されるから、エミヤも同行。
それから――』
観測室の扉がまた開いた。
ニトクリスだった。
彼女は、いつものように背筋を伸ばし、静かな表情で海底王宮の映像を見ていた。
「私も参ります」
立香は振り返る。
「ニトクリス」
ニトクリスは頷いた。
「あの王宮は、墓でもあります」
立香は、以前、保管領域で見た沈んだ王宮の残響を思い出した。
王宮であり、墓でもある。
ニトクリスは、あの時そう言った。
アトラスの沈んだ王宮を、彼女は王として、そして墓を知る者として見抜いた。
だが今のニトクリスの表情は、あの時より険しい。
「ただし、今のあれは墓としても不安定です」
マシュが問う。
「不安定、とは?」
ニトクリスは、青い王宮を見る。
「墓とは、忘れぬための場所です。
死者を縛るためのものではありません。
生者を沈めるためのものでもありません」
アトラスが静かに言う。
「己は生者ではない」
ニトクリスは即座に返した。
「では、現界する王として聞きなさい」
アトラスは黙った。
ニトクリスの声は、女王のものだった。
「あの王宮は、忘れぬための墓ではありません。
忘れさせぬための装置になりかけています。
大洋王。
あれは、あなたを死者の側へ縛ろうとしている」
アトラスは、冷たい血色の瞳で海底王宮を見た。
「王宮が、王を」
「ええ」
ニトクリスは頷く。
「だから、私も参ります。
王宮と墓の境界を見誤らぬために」
ダ・ヴィンチが画面を確認する。
「助かる。
ニトクリスの霊基特性なら、王墓系の防衛機構や葬送儀礼反応を読める可能性が高い」
エミヤが静かに言う。
「現地では、防衛機構が敵になる可能性が高い。
王として問われるのは君だが、戦場で倒れるわけにはいかない」
アトラスはエミヤを見る。
「分かっている」
「なら、身体にも記録しておけ。
王宮は演算を待たないかもしれない」
アトラスは、一瞬だけ黙った。
それから言う。
「戦場は演算を待たぬ」
エミヤの目がわずかに細まる。
「その通りだ」
「記録している」
「ならいい」
立香は、そのやり取りを聞いていた。
食堂の甘い空気も、王たちの評定も、山門の夜も、すべてがここへ流れ込んでいる。
何を灯すのか。
何を残すのか。
王は装置ではなく、何を未来へ伝達するのか。
そして今、沈んだ王宮がアトラスを呼んでいる。
立香は、アトラスの横に立つ。
「アトラス」
王宮の認証音が、また小さく鳴った。
『個体名照合不能』
立香は知っている。
けれど、呼ばない。
「アトラス」
もう一度、呼ぶ。
アトラスが立香を見る。
「汝は、呼ばぬのだな」
立香は頷いた。
「今、私が呼ぶべき名前はアトラスでしょ」
アトラスは、しばらく黙った。
そして、静かに言う。
「……外れてはいない」
ギルガメッシュが、それを見ていた。
何も言わない。
ただ、見ている。
岸が海を見るように。
立香は続ける。
「私は一緒に行く。
沈まないで見る。
でも、代わりには答えない」
「知っている」
「アトラスが答えるんだよね」
アトラスは、海底王宮の映像を見る。
青い脈動。
沈んだ玉座。
帰還命令。
再認証。
「己が答える」
その声は、低く、重かった。
ダ・ヴィンチが操作盤に手を走らせる。
「座標固定、開始。
対象海域、時代照合不能。
空間深度、異常。
王権反応、中心部に集中。
仮称登録――」
画面に文字が浮かぶ。
ダ・ヴィンチが読み上げた。
「深海王権特異点」
ロマニの声が重なる。
『アトランティス・レムナント……沈んだアトランティスの残滓、か』
アトラスは、即座に言った。
「残滓ではない」
立香が問う。
「じゃあ、何?」
アトラスは答える。
「王宮だ」
ギルガメッシュが笑う。
「墓でもある」
ニトクリスが続ける。
「そして、問いでもあります」
エミヤが弓を確認しながら言った。
「なら、答えに行くしかないな」
マシュが盾を構える。
「はい。先輩、準備はできています」
ロマニが通信越しに確認する。
『レイシフト準備、進行中。
マスター、無理はしないで。
特に今回は、精神干渉と王権認証が絡む可能性が高い』
「分かってる」
立香は答えた。
「沈まないよ」
アトラスの視線が、立香へ向く。
「その言葉も、多用する」
「大事だから」
「知っている」
王宮の声が、最後のように響いた。
『大洋王、帰還せよ』
観測室の空気が、水底のように重くなる。
『玉座は未だ空位』
アトラスの鎧が鳴る。
『王名、再認証を開始する』
アトラスは、一歩前に出た。
青い光が彼女の鎧を照らす。
「王座が空いたゆえ、座った者だ」
その声は、召喚の時と同じ硬さを持っていた。
だが、今は少し違う。
あの時よりも、名の重さを知っている。
火を閉じた理由を知っている。
届いたことの意味を知っている。
己の勝敗を欲したことを知っている。
そして、沈まぬ娘が隣にいる。
「だが、今は己が向かう」
アトラスは、海底王宮を見据えた。
「王宮が王を呼ぶならば、王は答える」
ギルガメッシュが笑った。
「よい。
ならば行け、大洋王。
沈んだ王宮が、貴様の返答を待っている」
「お前も来るのだろう」
「当然だ。
岸なくして海を測れると思うな」
「不快な比喩だ」
「外れているか」
アトラスは答えない。
それが答えだった。
ダ・ヴィンチの声が響く。
「レイシフト、座標固定。
深海王権特異点、転移準備完了。
全員、行けるね?」
立香は頷く。
マシュが隣に立つ。
エミヤが少し後ろに控える。
ニトクリスが静かに目を閉じ、王墓へ向かう女王として祈りを捧げる。
ギルガメッシュは、赤い瞳で海を見ている。
アトラスは、紺碧の鎧を纏い、三叉槍を手にしている。
沈んだ王宮が、海底で目を開く。
それは帰還命令であり、告発であり、問いだった。
大洋王アトラス。
汝は誰の名で、玉座へ戻るのか。
青い光が、カルデアを呑み込んだ。
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